周囲、四方八方のモニターに、強く吹き荒れる吹雪が見える。
目の前、数十メートル先には、インパクトの強い武器パイルバンカーを右手に装着し、マシンガンを左手に装備する赤い機体、ド・スさんの駆るスタルカの姿があった。
『ニーナ、準備が出来たら、かかってくるとええ』
「はい」
ニーナさんが前進するように考える。それに合わせ、プリンテッサもブースターを吹かしながら、前へと前進する。
念じるだけというのは便利だが、個人的にはどうも変な感覚だ。機体が、人間の体の延長線のごとく動くというのはどうにも納得出来ない。だが、事実として、機体は動けと考えれば動くし、武器を使えと考えれば、それだけで殺戮兵器へと転じる。
『⋯⋯一応、死なんよう気を付けはするけえのう。安心せい、とまでは言わんが、訓練の気持ちで来い』
「⋯⋯はぁ!」
そう言われるや否や、ニーナさんは即時行動に移す。
プリンテッサの右腕武装マシンガン『VANDA』から、灰色のペイント弾が高速で射出される。プリンテッサの頭部と腕部パーツは親会社アルゼブラの新標準機体『EKHAZAR』のパーツを使っており、その腕部は、銃火器を横水平持ちにする特殊な構え方をする。そうすることで、安定性を高めるとかなんとか。
今、ニーナさんとド・スさんは、勢いの止まない吹雪の中で戦闘訓練を行っている。ペイント弾もその一環であり、威力はかなり弱められている。
吹雪を掻き分けながら、数十発の内の半分程度がスタルカを直撃するも、次の瞬間には視界を遮る吹雪の中にスタルカは掻き消えた。
『狙いは悪うない。じゃがのぅ⋯⋯』
「くぅ⋯⋯っ!?」
しまった、そう思った時にはもう既に遅い。機体が強く揺れ、大きな衝撃が、機体脇腹部から押し寄せる。
ド・スさん得意のパイルバンカー、その一撃だ。『KIKU』という名称のその武器の威力は、前回の戦闘でも見た通りだが、そもそもあれはノーマルACが相手であった。ネクストならまだ大丈夫じゃないか?とタカをくくっていたが、冗談じゃない。実際に当たると、あんなものは当てにならないと、文字通り身をもって認識する。いや、火力を最大まで減衰して、杭の先端も平坦なものにしているのに、なんでこんなに痛いの?中で実況してるだけの俺にすらダメージが来るって相当⋯⋯。
「けほっけほっ⋯⋯」
『足を止めるんじゃなか! 戦場じゃ、止まったら死ぬけえ!』
「⋯⋯はい⋯⋯ッ!」
叱責とも喝とも取れるド・スさんの言葉に、ニーナさんはしっかりと返事をしてもう一度、プリンテッサへと戦闘の続行を念じた。
――――――
「⋯⋯ふぅ⋯⋯まあ、模擬戦とはいえ初めてのネクスト戦にしちゃ上出来じゃ」
「⋯⋯ありがとうございます」
結局、経験の差はそう簡単に覆すことなどできようもなかった。あれが本当の戦いなら、俺はただ無駄に考えただけでこの人生?をニーナさんと共に終えてしまうところだった。ここで、せめてニーナさんだけは⋯⋯!とはならないあたり、俺も何の変哲もない小心者だ。
こんなんじゃ、いつまで経っても昇進できない。
はて、これは誰の言葉だったか。いや、思い出そうとしても思い出せないな。また、ふと出てくるまで待つしかあるまい。
実はこの数日、このような事が多々あった。目覚めからまだそれほど経っていないが、この調子なら、これから先もこのようなことは多々あるに違いない。確実性は無いが、確証に似た予感がある。
「そう言や、社長がニーナを探しとったんじゃった。後で、社長室にでも顔を出すとええ」
「⋯⋯了解」
別段、これから特にやることもなかったニーナさんは、ド・スさんと別れた後、パイロットスーツから着替えて早速社長室に向かうことにした。
いや、出来ることなら、あるか知らないが図書室にでもよって欲しい。まあ、私情が含まれすぎているのは事実だが。それでも、たとえ自らの求める答え、その確信からズレていようと、今はとにかく情報が欲しい。あれば、考えられることも増えるのだが。
そう言えば、ニーナさんは俺という存在を、何らかの感覚で認知しているのだろうか?違和感とか異物感とか⋯⋯まあ、実際
そうこうして、ガラス張りでデスクがあり、外の吹雪さえ見えなければ如何にも社長室風な部屋に着く。どうしてか、社長室はIDが必要じゃなかった。どうして、社長室に鍵がかかっていないんだろう。
そんなことを考えながら、社長室を見回すと、そこには既に先客がいた。
「おや? ニーナちゃん、キミも社長に呼ばれて?」
「⋯⋯はい、一応」
そこにいたのは、相変わらず軽薄な雰囲気を纏うスパルタクさん。
あの日以来、ニーナさんは彼に苦手意識を持ってしまっており、ド・スさんへの、ともすれば娘が尊敬する父に送るような視線はなりを潜め、いつもの冷たく冷ややかな視線を送る、冷めた少女のような姿を見せる。スパルタクさんも、それを理解しているのか、参ったね、と苦笑いを浮かべた。
そんな時、俺達とスパルタクさんに、後ろ、ニーナさんが入室した扉の方から声が掛けられた。
「⋯⋯二人とももう来ていたのか」
「あ、社長。遅いですよ」
その顔に見覚えはあった。
そこに居たのは、俺が覚醒した当日、白衣を着ていた怪しげな2人組の片割れ。今は、ビジネススーツの袖に腕を通し、ニーナさんや社内で見かけた何人かと同じ白金髪を、オールバックに固めたデキる男風である。
ニーナさんもその姿は覚えていたらしく、小さくも目を見開き、驚きをあらわにしていた。まあ、主観だが、自分の身体に何かしてた人達だしな。
「早速だが⋯⋯なんだ、ニーナ・A・レシャノフ。私の顔に何か付いているのか」
「⋯⋯いえ。なんでもありません」
「社長、ニーナちゃんは怖いんですよ。その社長の強面フェイスが⋯⋯なんちゃって」
ナハハハと作り笑いするスパルタクさん。助かった。スパルタクさんには感謝しよう。ホッとしている様子のニーナさんに代わって。
溜息を吐いて、社長はニーナさんをもう一度見た。そして、脇に抱えていた袋を手渡す。
なんだろうか?
「IDと端末だ。以後は、これで任務の連絡を行う。IDの権限はBランクに設定している。お前に必要な場所は、全て入れるようになっている」
「⋯⋯はい」
そう言えば、未だにIDをもらっていなかったのであった。
これで、行けるところが増える。とは言え、ニーナさんのようなリンクスが行くような場所と言ったら、どこだろうか。
⋯⋯まあ、考えるまでもないな。
俺は思考を打ち切って、俺達とデスクを遮るように降りてきたスクリーンを、慣れた手つきで操作する社長の話に耳を傾けた。
「仕事だ。ラインアークについては、説明は不要と考える。今回は、企業連からの依頼。ラインアークに襲撃を仕掛ける。任務の詳細は、渡した端末にある。後で確認しておけ」
「で、僕がキミのオペレーターを担当することになる。しばらく、よろしくね」
「⋯⋯」
話が急すぎて、いまいち要領が掴めない。だが、ラインアークの名前に、聞き覚えはあった。正確には分からないが、『白栗』と『アナトリアの傭兵』が脳裏に浮かんだのだ。つまり、昔の俺はソレを知っている。そして、『アナトリアの傭兵』はニーナさんとも縁のある存在だったはずだ。
ニーナさんは、ラインアークという言葉に表情を固くした。
「我がテクノクラートの大型新人、第四世代リンクスであるニーナ・A・レシャノフの初仕事となるわけだが、もちろんやれるな?」
その言葉に、強く頷いたニーナさんを見て、社長は仏頂面に深い笑みをたたえた。
――――――
所長室を出て、自室に戻ったニーナさんは、硬いベッドに座って、早速端末を弄り始めた。
端末情報の諸々の設定などを終え、ニーナさん宛てのミッションを確認する為、企業連から通達されている『ラインアーク襲撃』をタップする。
すると、端末からホログラム映像が空間上に投影された。
『ミッションを連絡します』
「うわっ⋯⋯!?」
音量設定を間違えていたのか、唐突な大音量の女性の声に、ニーナさんは端末をベッドに取り落とす。
その間も、女性の声はつらつらとミッションの内容を説明していく。
慌てふためき混乱するニーナさんを余所に、俺は依頼内容に耳を傾けた。
「⋯⋯ふう⋯⋯」
ニーナさんが落ち着いた時には、端末から聞こえる声は、締め括りに入っていた。
『失礼ながら、これは、貴女の試金石でもあります。良い成果を、期待しています』
「⋯⋯」
その、挑発とも取れる言葉に、ニーナさんはしかして無表情のままであった。
次回、ラインアーク襲撃を実行するニーナ。
そんな彼女の前に立ち塞がる、因縁の強敵とは!?
───『こちら、ホワイト・グリント、オペレーター、フィオナ・イェルネフェルトです』