グラブルオルガ   作:ししゅう

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#1

 ここは"閉ざされた島"ザンクティンゼル。雲海に覆われた世界のはずれに浮かぶ小さな島である。そんな島でただひとつの集落・キハイゼル村の片隅に、ふたりの少年の姿があった。

 

「待ってるよ、グラン」

「ごめん、もう少しかかる…っていうか、ミカヅキはそんな軽装でいいの? オルガもスーツのまま先に行っちゃうし」

「別に、普通でしょ」

 

 青いパーカーの上から今まさに軽鎧を装備しようとしている茶髪の少年グランは、先ほど我慢できずに走って訓練場に向かってしまった特徴的な前髪の青年・オルガのことを心配していた。と、言うのもグランの訓練場は金露樹林という森の奥地にある。幼いころから森に親しんできたザンクティンゼルの住人でなければたちまち迷子になってしまうだろう。そしてオルガとミカヅキこと三日月・オーガスはそうではなかった。

 

 オルガと三日月はこの島の出身ではない。…正確に言えばこの「空の世界」の生まれでもない。彼らの出自については割愛するが、ふたりで倒れていたところを村人たちに発見され、以来グランの自宅に居候しているのだ。世話になっている村のため、とオルガと三日月はすすんで力仕事を請け負い、一定の信頼を得ている。特に三日月はグランの訓練相手になり武器の扱いを教えあったり、島民から農学を学んだりと充実した生活を送っていた。

 

「今ごろ迷ってるんじゃないかなあ…」

「だと思う。ねえグラン、おれを連れてってよ。オルガのとこまで」

 

 もちろん! と立ち上がるグラン。使い古した片手剣を腰に挿し、いざ出発というところで三日月があさっての方向を見上げているのが目に入った。

 

「何あれ」

「えっ――」

 

 グランが視線を動かすより早く、上空で派手な爆発音が響く。遅れて彼が見たものは黒煙をあげる巨大な鉄の塊だった。

 

「おぉーい! グラーン! ミカヅキぃー!」

「あ、ビィ。オルガ見つかった?」

「すまねえ、途中で見失っ――てオイ! それどころじゃねえだろ!? あのデケェ戦艦が見えねえのかよぉ!」

 

 爆発を聞きつけたのか、羽を生やした小動物がグランと三日月に向かって呼びかけながらすっ飛んできた。が、三日月の外れた問いかけにすぐさま怒鳴りつける。名前はビィといい、"ドラゴン"と自称している。グランが生まれたときからの付き合いで、彼の相棒だ。

 

 三日月とビィが漫才を繰り広げる中、戦艦から目を話さなかったグランは"それ"を見逃さなかった。

 

「! 今、空で何か光った…」

「火がついた部品かぁ…!?」

 

「――オルガ…?」

 

 もしビィの考えが正しければ、森が火事に見舞われるおそれがある。何より、三日月のつぶやきがグランとビィの焦りを駆り立てた。

 

「オルガが森に…! 僕が確かめに行く!ミカヅキは村に残ってみんなに避難を呼びかけて!」

「分かった。本当はおれがそっちに行ければよかったんだけど、森のことはまだよく分からないから、そっちは任せていい?オルガが呼んでくれればおれも行くから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「うん…? うん! 任された!」

 

 

 にわかに騒がしくなり始めたキハイゼルと対照的に、金露樹林は静けさを保っていた。その最奥、小さな祠の前で、鉄華団団長オルガ・イツカは目を覚ました(自動復活した)

 

「ぐ…! ハッ! おお、グラン…」

「おお、じゃないよオルガ! 大丈夫なの!?」

「俺は、鉄華団団長…! オルガ・イツカだぞ…! こんくれぇなんてこたぁねぇ!」

 

 言いながら立ち上がるオルガだが、ふらついて今にも倒れこんでしまいそうである。やはり落下物で頭を打っているのでは? グランは心配になった。落ちてきたものが近くにあるはずだと考え、あたりを見渡した彼は、村で見たものと同じ光を見つけた。

 

 それは白いワンピースを身に付けた少女だった。気絶して倒れており、青い長髪が地面に広がっている。グランが見た光は胸に光る宝石から発せられたものだった。

 

「女の子だ…! きみ、しっかりして!」

「お、おい! 大丈夫かぁ!?」

「こんくれぇなんてこたぁねぇ!」

 

 寝ぼけたままのオルガをひとまずおいて置いて、ふたりは駆け寄り、グランが軽く肩をゆする。すると少女はすぐに目覚めたが、驚いて身を引いてしまった。これはいけない、とグランは警戒を解くために手を引っ込めた。

 

「怪我とか、ない? 大丈夫?」

「気を失ってたみたいだけどよぅ」

 

「は、はい…。 ちょっと頭が重い感じもしますけれど…大丈夫です!」

 

 少女は素直に会話を交わしてくれた。ほっとしたグランはまず自己紹介から始めることにした。

 

「僕はグラン! こっちはドラゴンのビィ!」

「俺は、鉄華団団長…! オルガ・イツカだぞ…!」

「グランさんとオルガさんと…そ、空飛ぶトカゲさん?」

「んなっ!? オイラはトカゲじゃねえ!」

「はわわ! ごめんなさい!」

 

 呼び捨てでいいよ、とグランははにかんだ。見れば、未だにふらふらしているがオルガもグランたちのそばまで来て、少女と顔合わせをしている。

 少女はルリアと名乗った。話を聞くに追われる身で、カタリナという人物と行動を共にしていたらしいが、どうやらはぐれてしまったらしい。

 

「カタリナは、綺麗で、強くて、私のそばにいてくれる…!」

「正直ピンと来ませんね…」

「コラッ!」

 

 思ったことをそのまま正直に口に出してしまうオルガを咎めたビィが頭をはたく。そしてそれはオルガにとっては致命傷であった。オルガは短くうめき声をもらして、斃れた。

 

「俺は止まんねぇからよ…お前らが止まんねぇ限り、その先に俺はいるぞ! ――だからよ…"止まるんじゃねぇぞ"…!」

「うん、分かった。そのカタリナさんを探そう! オルガの言うとおり、止まっている時間が惜しいや。ひとまず村で情報収集を…」

 

「いたぞぉーっ!」

 

 鋭い声がグランの言葉をさえぎる。見ればいかつい鎧に身を包んだ二つの影。オルガは怪訝な顔をするが、グランはその姿に覚えがあった。

 

「何なんだよこいつぁ?」

「エルステ帝国…!」

 

 エルステ帝国。武力でもってここ一帯の空域、「ファータ・グランデ空域」の支配をもくろむ軍事国家である。

 

「そこの者たち動くな!武器を捨てて両手を上げろ!」

「命が惜しいなら、おとなしくその少女を引き渡すことだ」

 

 "命が惜しければ"と帝国兵は威嚇するが、グランとオルガは引かない。グランは抜剣し、オルガはハンドガンを取り出して片膝をつき、射撃の構えをとった。

 

「いやだ。信用できないね!」

「あぁ、筋が通らねぇ。そうだろ、ビィ」

「だな!」

 

 思わぬ抵抗の意思を見せられた帝国兵は業を煮やしてそれぞれ剣とクロスボウを構え直し、手近にいたグランに狙いを定めた。

 

「ガキどもが…! 後悔するなよ!!」

「…ッ!」

 

 グランは帝国兵の剣を正面から受け止め、何度かの衝突の後、状況は膠着する。そこでグランは競り合う帝国兵の横合いからもうひとりが自分の頭を狙っていることに気が付いた。グランの頬を冷や汗が伝う。果たして放たれた矢は――オルガの背中に吸い込まれていった。

 

「"団員を守んのは俺の仕事だ"…! うう゛っ!」

「馬鹿な!? 確かに狙ったはずだ!」

「俺は止まんねぇからよ…お前らが止まんねぇ限り、その先に俺はいるぞ! ――だからよ…"止まるんじゃねぇぞ"…! 今だ、やっちまえ! グラァン!」

 

 自動復活したオルガに活を入れられたグランは相手の剣を弾き上げ、がら空きになった胴を一閃した。続いて、矢を放ったことで隙を晒したもう一人と距離を詰め、頭部へのラッシュで昏倒させ、戦闘は終了した。

 

 

 ルリアは被弾してまたもふらつくオルガに駆け寄り、覚えたての治癒魔法をかけようとするが、オルガはこの場を離れることが先決とばかりに歩き始めた。

 

「はわわ…! オルガさん、大丈夫ですか!?」

「こんくれぇなんてこたぁねぇ!」

「で、でも!」

「いいから行くぞ! …皆が、待ってんだ…」

「! そうだ、村の皆が危ない! ルリア、ビィ、オルガの言うとおりここは村に戻ってこのことを知らせよう。ミカヅキとも合流しないとね」

 

 その時、がちゃり、と金属の鳴る音がした。森の中でそんな音が聞こえる原因は分かりきっている。グランはルリアを守るように前に出るが、体を起こした帝国兵の銃口はグランたちでなく、真上を狙っていた。もうじきここに援軍がやってくることを察知し、グランは迷わずパーティに撤退の指示を出した。もちろん目の前の帝国兵の意識を刈り取ることも忘れない。また、撃たれるのではと構えていたオルガは露骨に安堵していた。自動復活持ちとはいえ、痛いものは痛いのである。

 

「信号弾か! 皆、ここは一旦退こう!」

「なんだよ…!」

 

 グランたちが動き出そうとすると、近くの茂みが音を立てて揺れた。

 現れたのは女性兵士であった。兜は装備しておらず、茶色の長髪が揺れている。一行は警戒するが、それもすぐにルリアの声によって解かれることになった。

 

「カタリナ…!」

「ルリア! 無事かッ!? とにかくここを離れよう。君達もだ!」

「分かってるよんなこたぁ!」

 

 今度こそ離脱したグランたちは、しばらく走ったところで情報交換がてら小休止を取っていた。感謝の言葉を述べ、深く頭を下げた女性兵士改めカタリナ・アリゼはエルステ帝国の尉官であったが、監視対象となっていたルリアに情が移ってしまい、帝国を裏切り、ルリアを外の世界に連れ出し、今に至る。ここからは島に隠した小型騎空挺で逃亡する予定だという。それを聞いたグランはすぐに案内を申し出た。カタリナは遠慮するが、オルガとビィもグランに同調する。

 

「カタリナさん、騎空挺のある場所ってどこ? 案内するよ!」

「待て! これ以上迷惑をかけるわけには…!」

「あァ分かったよ! 連れてってやるよ!! 連れてきゃいいんだろ!!? お前を、お前らを! 俺が連れてってやるよォ!!!」

「…ここで姉さんが断っても、こいつら付いてくと思うぜ?」

 

 食い下がる二人と一匹にカタリナはついに折れた。騎空挺の場所を伝え、すぐにピンと来たグランを先頭に、一行は再び走り出す。あと少しで森を抜けるというところで、突然カタリナが皆を制止した。しかしそんなことではオルガ・イツカは止まらない、止まれない。決めたのだ。最初に死んだあの日、そう決まったのだ。

 

「待て、止まれ!」

「止まるんじゃねぇぞ…」

 

 カタリナたちを置いて先頭に立ったオルガだが、待ち伏せていた帝国の弩弓隊の一斉射撃を受けてしまう。

 

「うう゛っ!」

「オルガ殿!? 何をやっているんだ! オルガ殿!!」

 

 突然の奇行に困惑しながらも流れ矢を切り払うカタリナを横目に、オルガはハンドガンで反撃に出た。

 

「うう゛う゛ぁァァァァ!!」

 

 放たれた銃弾は三発。内一発が帝国兵の額に命中し、兜をへこませる。彼は戦闘不能となり、すぐさま別の兵が抱えて撤退して行った。得意になるオルガだが、自らも致命傷を負い――斃れた。

 

「俺は止まんねぇからよ…お前らが止まんねぇ限り、その先に俺はいるぞ! ――だからよ…"止まるんじゃねぇぞ"…!」

「そんな…オルガ殿ォォォ! こんなところで…!?」

「見て、カタリナさん」

「え?」

 

 自分たちに付いて来ることを許したせいで…。 と、自責の念でつぶれそうになるカタリナ――いや、オルガの自業自得なのだが――に、グランは声をかける。カタリナがオルガのほうを見ると、不敵な笑みを浮かべてゆるりと立ち上がるオルガの姿があった。それを確認したグランは、驚愕するカタリナにオルガの体質を明かした。

 

「こんくれぇなんてこたぁねぇ!」

「オルガはこういう奴なんです。殺されても死なないというか…」

「し、信じられん…」

 

「寸劇はお終いですかネェ、カタリナ中尉ィ?」

 

 オルガに撃たれた兵士と入れ替わるように、特徴的な髭の男が現れカタリナの名を呼んだ。ポンメルン大尉、と呼ばれた長身の軍人はカタリナを睨み、背任は重罪だと責め立てる。

 

「村の方では何やらやたら腕の立つガキが守りに就いていて島民の"協力"を得ることは不可能と報告を受けていますし、これ以上任務を滞らせては帝国の面子が立ちませんからネェ! ――ヒドラを出しなさいィ!! 貴女にも責任は取ってもらいますからネェ、カタリナ中尉ィ…」

「ヒドラだと! グラン、オルガ殿! 逃げ…」

 

 ポンメルンの号令に呼応するかのように、森全体が揺れた。…何かがグランたちに近づいてきている。足音はどんどん大きくなり、やがてグランとオルガの前に、五つ首の巨大な化け物が現れた。猛スピードでの突進をかわしきれず、グランは弾き飛ばされ、オルガたちと分断されてしまう。

 

「ぐぁ!」

「「グラン!?」」

「…待ってくれ…! 俺ならどうにだって殺してくれ、何度でも殺してくれ!! アイツの命だけは…」

 

 どうか間に合ってくれと、オルガは走った。確かにオルガがグランの前に立ちさえすれば、それですべてがひっくり返るだろう。しかし、オルガの希望は、あっけなく…散った。

 

「グラン! おい! しっかりしろよぉ…! …おいってばぁ…」

「……ッッッッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーッ!!!」

 

 腹を深く切り裂かれ、仰向けに倒れているグランと、小さな手で彼の身体を揺さぶるビィ。オルガはその場に膝を付き慟哭した。オルガは人間がどれだけ血を流せば死ぬのかを良く知っている。だから一目見てオルガには分かってしまっていた。グランはもう助からない。

 しかしルリアだけはそれでも諦めなかった。

 

「大…丈夫…。私の力、あなたに預けます…グラン!」

 

 ルリアがグランに手をかざすと、不思議なことにグランは立ち上がった。服は斬られたままだが、その下の肌は傷一つなくなっていることが分かる。狼狽したポンメルンが出した攻撃命令を受け、ヒドラが咆哮する。しかしルリアとグランの表情には"勝てる"という力強い確信が宿っているようだった。

 

「始原の竜、闇の炎の子…汝の名は――!」

「「プロトバハムート(「ミカァ!」)!」」

 

 舞い降りたのは"始原の竜"でも"闇の炎の子"でもなく、"鉄華団の悪魔"ガンダム・バルバトスだった。落下の勢いと大上段から振り下ろす大質量のソードメイスでヒドラの五つ首を、叩き潰す。仕事を終えた悪魔は召喚士に問いかけた。

 

『オルガ、次は何をすればいい』

「…決まってんだろ、行くんだよ。ここじゃない何処か、俺たちの本当の居場所へ」

『ああ…行こう。おれたち、皆で…!』


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