最強チートのおっさんが女の子を育てるだけのお話   作:てと​​

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001 プレリュード

 

 森の麓、樹木の陰で身を縮みこませながら、幼い少女は嗚咽を漏らしていた。

 生まれ育った村の方角では、戦火による黒煙が上がっている。だが、先程まで聞こえていた雄叫びや悲鳴は、今や耳に入らなくなっていた。それは争いが終決したことを示していた。

 魔族と呼ばれる勢力の侵攻。

 唐突な襲撃に小さな村はろくな防戦ができなかった。武器とも呼べないような農具を手にした両親は、少女にとにかく逃げ隠れるよう言い残して、すぐそこまで迫った魔物に立ち向かっていった。少女は裏手からなんとか村を脱したが――幼い体躯では大した距離を歩くこともできず、こうして木陰で身震いをするしかなかった。

 

「――っちニ……き残りガ……」

「……っ!?」

 

 おどろおどろしい声色が聞こえてきて、少女はびくりと体を強張らせた。地の底から響くような低い声は、けっして人間のものではなかった。すぐそこに迫るもの――その正体は明白であった。

 

「お……イやがっタ……」

「……ぁ…………」

 

 禍々しい瞳が、少女を見つめていた。

 紫がかった体色に、蝙蝠のような羽を持った人外の存在。手には鋭利な爪が伸び、血のようなもので塗れていた。そんな悪魔と呼ぶにふさわしい魔物が、頭上から彼女を見下ろしていた。

 

「じゃア、死ネ……」

 

 手が振り上げられる。爪の切っ先は、少女の喉に向けられていた。

 それに貫かれて命を落とすのだ――そう理解した時だった。振り下ろさんと勢いづけられた魔物の手が、ピタリと硬直したのは。

 まるで何か、ありえないものを目撃してしまったかのような所作だった。

 魔物は戦慄を含んだ震え声で、呟くように口を開いた。

 

「なンだァ、てメぇ……ドコから……」

 

 その視線の先を、少女もおそるおそる追うと――人間の男が立っていた。

 ……音もなく、気配もなく、いつの間にかそこに、すぐそばに。

 ある意味で魔物以上に不気味な存在に、少女は息を呑んでしまった。

 

「……クそッ!」

 

 焦燥を滲ませた様子で、魔物は標的を少女から男に切り替えた。

 鋭い爪先が襲いかかる。その脅威に対して、男はつまらなそうに、虫を払うような動作をして――

 不可視の何かが、魔物の胸にめり込んだ。強大な力をぶつけられた魔物は、重力など忘れたかのような勢いで宙を飛ぶ。猛烈な速度で吹き飛ばされた魔物は、そのまま大木の幹に体を打ち付けられた。

 樹が大きく揺れ、舞い散る木の葉とともに魔物の体が地に堕ちる。その肢体は微動だにしていなかった。――即死だった。

 

「…………」

 

 呆然としていた少女だったが、とにかく一つのことはすぐにわかった。助かったのだ。……いや、助けられたのだ。この人に。

 彼女はそこでようやく、男性の顔をしっかりと見上げた。フードを被っていたが、顔立ちは判別することができた。

 年頃は四十路くらいだろうか。伸び放題の無精ひげに、疲れたような目元が印象的だった。そして何よりも――髪色と瞳が特徴的だった。

 黒髪と黒目。ブルネット、というレベルではなく完全に漆黒の髪。そして、底のない深淵のような暗い瞳。金髪碧眼の少女とはまったく異質な、初めて見る髪と目だった。

 

「…………」

「あ……あの……」

 

 一言も語らない男に怯えながらも、少女は意を決して声を出した。だが、その呼びかけに対しても彼は無反応だった。拒絶している――というよりかは、完全に興味がない様子だった。

 男が歩きだした。村の方向へ。

 そこへ行って何をするのかはわからない。だが、一つだけ確信はあった。この男が立ち去ったら、二度と少女のもとに戻ることはないだろう。

 

「……ま……待ってっ!」

 

 叫び声は必死だった。生死を分かつ瞬間であると、直観的に悟っていた。幼い彼女には、自力で生き延びるすべなどない。また別の魔物に襲われでもしたら、今度は助からないだろう。ここで彼から庇護を得なければ、死が避けられない状況だった。

 

「おいて、かないでっ!」

 

 涙混じりに助けを求める声に、男は足をとめた。ちらりと後ろを振り向いた彼は、虚無を感じさせる冷たい瞳を少女に向けながら、ぼそりと言い放った。

 

「――自分の道は、自力で進め」

「…………っ」

 

 憐憫の情、などというものが男にはなかった。彼にとっては、少女などどうでもよい存在だったのだ。

 突き放すような言葉を受けながら、けれども少女は涙を流さなかった。あるいは、もう枯れきっていたのかもしれない。

 悲しみと怒りが混ざり合ったような、よくわからない気持ちに突き動かされて、少女は立ち上がった。尽きていたはずの体力が、感情を糧に湧きあがる。力強く駆けだすと、すぐに男との距離は縮まった。

 

「――わたしも、ついていく」

 

 息を切らしながら、少女は男の横に追いついた。彼はわずかに視線を向けたが、小さく鼻を鳴らしただけだった。足手纏いだから失せろ、という態度ではなさそうだ。

 この男についていく。

 それが幼い少女の選んだ、生きる道だった。

 

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