「神奈子様」
「ん? どうした」
お昼時、私、神奈子様、諏訪子様、梁くんの全員が居間で休憩を取っていた時、梁くんが珍しく神奈子様に話しかけた。
「もうすぐ年末ですので、ちょっとした掃除をしたいなって思ってるんですけど……大丈夫ですか?」
「掃除か…………そういえば、前に掃除したのいつだ?」
「ずっと前かな、2ヶ月くらい」
顎に手を当てて考える神奈子様の隣で、即答する諏訪子様。諏訪子様は何故か記憶力は頭1つ飛び抜けているようだ。
「そんなに前か……別に特別散らかってる訳では無いが、埃とかは溜まってると思うしな。やるか」
「えぇー掃除ですかぁ」
やる気になっている他三人とは裏腹に、私だけ炬燵の机に伏せ、伸びる。
私は、掃除だけがとにかく苦手だ。というのも、家事を梁くんに任せてから嫌々に掃除をやらなくていいので、全くしなくなったというのが正しいだろう。
梁くんが家事を務めてならもう長い期間空いたので、私にも癖が出来てしまったようだ。
「早苗、梁が家事をやり始めてから巫女の仕事は精度が上がったけど、私生活はてんでダメじゃん」
「ごめんなさい。諏訪子様には言われたく無かったです」
私も確かに体たらくな生活ではあったが、諏訪子様も負けないくらいだらけている。そんな私たちを毎回叱っているのが梁くんなのだが、私が少しおっぱいを持ち上げて誘惑するだけで逃げてしまうので、別に苦ではない。と言うわけで、今回もその手を使ってみる。
「ねぇ?梁くぅん」
「な、何、姉さん……」
少し嫌な予感がしたのだろう。少し顔をしかめて、慌て出す。
「私の部屋まで掃除してくれたら嬉しいなぁ?」
そう言って、乳の下に腕をまわし、持ち上げる。こんなこと、梁くんにしか出来ない。いや、他の人にやったら本物のビッチだ。
「す、するわけないでしょっ……早く準備してよ……」
梁くんは私の胸を見た途端に顔を赤らめて顔を逸らす。ここまではいつも通り。こうすることでサボっても問題は無い…………が。それは私と梁くんの「2人きり」の時のみ有効だった。
「早苗ぇ?」
「あっ……」
梁くんの背後から現れる大きくて黒い影。それを見た私は一気に青ざめてしまった。やってしまった。
「そういう事か、毎日のように梁が慌てながらお前の部屋を後にするのは……そんなことをしていたとはな……」
「いえっ……あ、あのぉ……」
後ろにいる梁くんは額に手を当て、大きくため息をついていた。
「梁、すまないが少し早苗借りるぞ。終わったらすぐに掃除に入る」
「あ……はい」
「という訳だ、早苗。せっかくだし「お前の部屋」でお話しようか?」
「わ、私の部屋ですかっ!?」
「なんだ? 見られてまずいものでもあるのか?」
「え、えっと……その……あの……」
部屋に入られたくない理由。そんなの汚すぎるからである。
「とりあえず、行こうか、早苗?」
「いやぁっ! 神奈子様ぁ! 私をどうする気ですかぁっ! まだ、まだ死にたくないですぅ!」
「殺しはせん。ただお灸を据えるだけだ」
「いやだぁ! 神様基準のお灸なんていやだぁ!」
私の悲痛な叫びが守矢神社全体に響き渡る。冬はやっぱり空気が澄んでいるから、音がよく響くなぁ……。
「れ、梁くぅん!!助けてぇ!」
「…………」
「す、諏訪子様……」
「自業自得だよねぇ……さ、掃除しようか、梁」
「は、はい」
「いやあぁぁあ…………」
その後、自分の部屋まで連れてこられた私はみっちりと神奈子様に神様基準のお灸を据えられたのであった。めでたくもなんともないからね。
「梁、バケツ置いておくよ」
「あ、ありがとうございます」
神奈子様が姉さんに神様基準のお灸を据えている間、僕と諏訪子様は2人きりで掃除を始めていた。
とりあえず居間の掃除。一番長い時間いる部屋なので、入念に行わなければいけないだろう。
「僕は床を掃除しますので、諏訪子様は窓拭きお願いしてもいいですか?」
「あいよっと」
諏訪子様も、プライベートは姉さんに負けないくらいの体たらくであるが、先程の神奈子様の怒りを見て気合が入ったんだろう。
「それにしても……やっぱり寒いねぇ……」
「冬ですしね。これからもっと寒くなるらしいですよ」
「神様とはいえど、寒いものは寒いからさ、あまり外には出たくないんだよ」
僕はこの時、素朴な疑問が浮かんできた。手をとめず、僕は諏訪子様に問う。
「……神様は自分の体温調節も出来るって姉さんから聞きましたが………」
「ああ、出来るよ。寒いとか暑いとか感じなくする事は出来る。実際、神奈子がそうだしね」
「では、何故諏訪子様はそれをしないんですか?」
「………」
それを聞いた途端、諏訪子様のいつものような子どもっぽくて明るい雰囲気が消え、一気に悲しげになった。聞いちゃマズいと思った僕は慌てて訂正する。
「ご、ごめんなさい。聞いちゃマズかったですよね……掃除続けましょう」
「いや、いいよ。梁にもいつか話すべきだと思ったし」
「…………というと、神奈子様や姉さんは知っているんですね」
「まぁ、早苗は知らないと思うよ」
「そ、そんなことを僕に話してしまって大丈夫なんですか?」
戸惑いつつも、僕は諏訪子様の話を一言一句逃さないように耳を立てて聞くようにした。
「……私は……生まれた時から神様だった」
「…………」
「どんなに屈強な男もどんな強い権力を持った女も……全員私にはひれ伏した」
「……」
「そんな私は一つの国を作った。その中では、幸せ、笑顔。そんな素晴らしい国を作ることが出来た」
諏訪子様の顔は見えないが、笑い話には聞こえない。僕なりに真剣に黙って聞いていると、諏訪子様は続けて口を開いた。
「でも、ある時に私は神奈子の持つ強大な国に侵略された」
「っ! じ、じゃあ神奈子様は元々は敵……だったんですか?」
そこまで言うと、諏訪子様は苦笑いをしてその発言を曖昧に否定する。
「敵……というか私達の国は一方的に侵略されたから……神奈子の国にとってはありんこ同然さ」
「……」
「そこから、色々あったんだけど、結局は神奈子は私を認めてくれて、2人でこの神社を作りあげたんだ」
「……」
段々、僕は言葉が出なくなっていた。ただ黙々と諏訪子様の話に吸い込まれるように聞いていた。
「守矢神社に参拝客が増え始めた時に……私は、一人の参拝客に恋をしたんだ」
「こ、恋……ですか」
「ああ、ただの人間にな」
意外だった。諏訪子様の口から恋話が出てくるとは思わなかったから、僕は少し驚きの表情を見せてしまう。
「……それから、私はその男に惚れ込んで……その……なんだ? 今風に言うと……アタック? したんだ」
「お、おお……け、結果は?」
「OKだったよ。その時は嬉しくて泣きまくったなぁ……」
しみじみと思い出すように諏訪子様は上を向いて話し出す。
「それから、私は子供を産んだ。神奈子は嬉しそうに祝ってくれたよ」
「わぁ、おめでとうございます」
思わず僕もその場で拍手して諏訪子様を祝福する。
「でもね……私とは遊びだったんだ。私の惚れた男はもう何人もの女と遊んでいた。私は、捨てられたんだ」
「……ぇ……」
「……あの男は私と私の子を捨てて、またどこかへ逃げてしまったんだ」
ギュッと諏訪子様の拳が握られる。幼い少女の体とは思えないくらいの力で握られているのがわかった。
「金も無くてさ。あの時の私と神奈子には神の力を使いこなすことが出来ていなかった。子供に飯もろくに与えてやれなくて、私は意を決して、その子を捨てた」
「す、捨てた……」
「私なりの決断だったんだ。私はせめてもの償いとして、その子に名前を付けた」
「な、名前……?」
諏訪子様は下唇を噛んでから大きく深呼吸をする。その顔は哀愁漂う悲しい顔だった。
「『早苗』と……」
「……は?」
僕は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「えと……それはつまり……」
「そう、早苗は知らないと思うが、私の実の娘なんだよ」
「じ、じゃあ姉さんは人間じゃ……」
「いや、人間だよ」
くい込むように諏訪子様は僕の予測を断ち切る。
「それから、早苗は守矢神社の参拝客になって、外の世界で巫女として住むようになったんだ。まさか、また早苗と再会できるなんて夢にも思わなかったよ」
「……」
「だから、早苗と同じように寒さを感じて、食べ物の美味しさを感じて、私は神様だけど、人間らしく生きて、早苗に、償いが出来たらいいって思ったんだ」
「そう……なんですか……」
「と、すまないね。話が長くなっちゃった。そろそろ神奈子達も帰ってくるだろうから、掃除始めようか」
なんだろう……。このフワフワした気持ち。たった今、諏訪子様に何かを言いたい。脳がそんな判断をする前に、僕は本能的に動いていた。
「償いなんかしなくても今も姉さんは諏訪子様のこと、大好きだと思いますけどね」
「……梁……」
「一緒の感性を味わうって素敵なことです。でもそれを「償い」としていくのは少し違うかなって、僕は思います」
「でも……早苗は私が捨てたんだ。その罪は……」
「諏訪子様は姉さんに幸せになって欲しいから捨てたんですよね? 例えそれが罪だとしても、姉さんは今、きっと幸せですよ」
どうしてこんな事が言えるのか、それは僕は母の優しさを知っているから。妖怪に襲われたのがただのトラウマとして残っているわけじゃない。母や父、姉の温もりを感じることが出来る。
「その優しさを「愛情」として注いであげた方がきっと、姉さんは今よりももっと幸せになると思います」
「…………」
「あ、ととっ、ごめんなさいっ! 偉そうに喋ってしまって……」
我に返った僕は恥ずかしそうに諏訪子様に頭を下げる。言いすぎてしまった。諏訪子様怒っているだろうか?
「梁……こっちに来なさい」
「は、はいっ!」
下を向いたまま、手招きをする諏訪子様に僕は怯えながら近寄っていく。
すると、諏訪子様は僕の手を引っ張り、自分の体と密着させて、腕を回した。
「えっ、ちょ、諏訪子様!?」
「少し、このままでいさせてくれ……」
身長差は同じくらいなので、僕の肩に諏訪子様の顎が乗る感じになってしまい、諏訪子様のいい香りと髪が鼻腔をくすぐった。
「……ありがとう…………梁……うちに来てくれて……」
「諏訪子様……」
諏訪子様は抱きしめる力を強める。つられて僕も諏訪子様の腰に手を回す。きっと諏訪子様も色々考えていたのだろう。
諏訪子様の体が震え出すと同時に鼻をすする音が聞こえた。泣いているのだとわかった僕はそのままずっと、諏訪子様を抱きしめていた。
諏訪子様はやっぱりまだまだ子供なんだなと僕は実感できた。
「か、神奈子様ぁ……長すぎですよぉ……」
「お前の部屋が汚すぎるのが悪い。それともなんだ? また説教が欲しいか? お前も欲しがりになったなぁ……」
「そんなこと誰も言ってないですよぅ……」
私は神奈子様の説教を終え、居間に戻ってきた。
「梁くんただいまっ! さぁさぁ、掃除をはじめ──」
ガラガラと戸を開き、私はその居間の光景を目にする。梁くんと諏訪子様が抱き合っていたのだ。そして梁くんと諏訪子様は同時に『あっ』と発した。
「あ……れっ…………れ……い……くん?」
「ち、違うんだよ姉さん……これは…………」
「そ、そうだよ早苗……えと……その……そう! 梁にゴミが付いてたから」
「梁くんと…………諏訪子様が……できてたなんて……」
わなわなと私はショックのあまり震え出してしまう。ショックすぎてっショックすぎてぇぇ!
「梁くん! どういうことなの! 梁くんは私が好きなんじゃないの!?」
「そ、そんなこと言ってないけど……」
「どうして諏訪子様がいいの!? やっぱり歳が近いから!? 言っておくけどね、諏訪子様はもう数百年も生きているのよ!?」
「だ……だから姉さん……落ち着いて…………」
「梁くんから告白したの!? というか、神様と子供のカップルなんておかしいわよ!?」
「ちょっ…………す、諏訪子様……助けてください」
怒り狂う私の対応に困った梁くんは諏訪子様に助けを求めた。しかし、当の本人はもうそこにはいなかった。
「す、諏訪子様ぁ!?」
「梁くん! みっちり話し合うわよ!」
「すわこさまあぁぁ……」
「で、何があったんだ? お前が人に甘えるなんて珍しいな」
守矢神社の屋根の上、私と神奈子は夕焼けを見ていた。私は恥ずかしそうに後頭部をポリポリと搔く。
「いやぁ……梁の言葉が心に響いて……つい……」
「……話したのか、早苗の事」
「うん、いつかは早苗にも話せるようになりたいけどね……」
「それを言うかはお前次第だ。きっと早苗は受け止めてくれると思うがな」
「私の問題なんだよ。これから、幸せでいられるかどうかっていう……」
「で、それを梁に諭された……と」
屋根の下で叫び声が聞こえるが、私たちは右から左に流していた。
「……梁のやつ、ガキのくせして一番大人なんだよ」
「なんだ? 諏訪子、お前も梁に惚れちゃったか?」
からかうようにニヤける神奈子に私は少し考える。
「ふむ……恋仲になるには、梁がもう少し大きくなってからだな。体が小さすぎる」
「ほう……お前の惚れた男よりも立派になるぞ」
「あいつは立派じゃないだろ。ただのクズ男さ」
「言うねぇ……ま、諏訪子も男を見る目が良くなったってことよ」
「別に梁に惚れた訳では無いけど…………」
私は少し赤面して、頬を人差し指で搔く。先程の梁との密着が今になって急に恥ずかしくなってきた。
「まぁ、ちょっと見直したってところかな」
「はははっ! これからの成長が楽しみだ」
「そうだね」
きっと、梁は凄い男になる。私はそう確信していた。
この世界では諏訪子と早苗さんは親子という関係です。
ご了承いただけると嬉しいです。
最終的には?
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早苗さんと幸せルート
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梁くん独り立ちルート
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早苗さんとイチャイチャルート
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もしかしたら鈴仙と幸せルート
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諏訪子、もしくは霊夢と幸せルート