「着いたぁ!」
汽車から降りた僕達は見たことも無いのどかな風景で背伸びをした。遠くを見れば雪化粧が施された高山があり、近くを見れば白い湯気が立ち込められた街がある。
「しっかし、ここまでほんとに遠かったなぁ」
「幻想郷でも有名な秘湯らしいよ。山奥でしかも汽車が1日2本。そりゃ人も少ないわけだ」
年を越し、1月の中旬を迎えた僕達は以前姉さんがクリスマスイベントの時に引き当てた温泉ペアチケットを使って、守矢神社から汽車で3時間程の温泉街に旅行に来た。
「……守矢神社大丈夫かな」
「諏訪子様には行く直前に話したよ? 何かあったの?」
「あ、いや、姉さんと僕がいなくて生活出来るのかなって」
「梁くん、あの二人は仮にも神様だよ? そんな心配いらないよ。それより……」
姉さんは少しずつ僕との距離を詰め、顔を近づける。びっくりした僕はその場で硬直してしまう。対して姉さんは目を細めて微笑んでいた。そうして姉さん口が僕の耳元に運ばれた。息がかかる度に体が震える。
「今日は2人きりで楽しも? ね?」
「う、うん……分かったから離れて……」
「あら? 梁くんこういうの望んでたんじゃないの?」
「ひっ!?」
そう言って姉さんは「ふぅぅ……」と優しく僕の耳に息をふきかけた。僕の体は反射的にゾクゾクと震えてしまう。その反応を見て、小悪魔的に笑う姉さん。
「んふふっ……いっぱいサービスしてあげる」
「…………神奈子様にチクるから」
「うっ……」
この言葉に姉さんはめっぽう弱い。少し赤らめていた顔は少しずつ青ざめていき、恐怖に満ちていく。
「れ、梁くん……お願いだから……」
本気でビクビクしている姉さん、この時だけは僕が優位に立てる。神奈子様の説教が怖いのは分かる。というか、あの人怒ったらマジで天変地異起こりそうだもんね。
「冗談だよ。さ、行こうか」
「……梁くんのいじわる……」
今は、姉さんと2人きりでこの旅行を楽しむことにしたのだ。この街は幻想郷の最北端の地で、少し行けば瀑布も見ることが出来る。
「……はい、姉さん」
「? ……どうしたの?」
「…………手……繋ご……」
この時くらい、姉さんに甘えてもいいだろう。最近は一方的に姉さんにイタズラされていたので、この旅行は僕が姉さんの事を赤面させまくってやる。
「……えへへ……」
「姉さん?」
「いや、まさか梁くんから言われるとはって思って」
「い、いいでしょ別に」
「……うんっ」
姉さんの手が重なる。いつも触れてるはずなのに、いつもよりも何故か緊張してしまう。姉さんを恥ずかしがらせるためなのに、どうにも、僕だけが恥ずかしがってるみたいだ。
「わ、わぁ……」
「梁くん、お金本当に足りるの?」
心配事はそれだ。一応私と梁くんのお小遣いと貯金で足りるところではあるが、旅館に着くとそれが心配になってきた。
「大丈夫だよ。チケットの割引もあるし」
「ならいいけど……」
そう、この旅館、どう考えたって普通の人が来れるところではなさそうな高級感のある旅館だった。
玄関から醸し出される和の雰囲気、周りには他の建物もない特別感。どこの旅館にも負けていないだろう。
「お待ちしていました、東風谷様。どうぞ、お履き替え下さい」
扉を開けると和服が良く似合う女将さんがスリッパを差し出した。スリッパにまで、中が暖かいという凝りっぷり。
女将さんは早速、私たちを部屋へと案内してくれた。あのチケット、どうやらこの旅館の一番高い部屋のチケットらしい。
「梁くん」
「ん?」
「あのクジのおじさんって、何者なんだろうね」
「それは僕も不思議に思ったよ。こんないい所をお祭りの景品にするなんてさ……」
つくづく不思議だ。こんないいところなら自分で行けばいいのに。そう思っていると、女将さんが口を開いた。
「あの方の弟がこの旅館を経営していらっしゃるんです。なので、毎回人里のお祭りにはその方の協力に出向いているんですよ」
「なるほど……」
あのおじさんの弟……ねぇ。あの威勢のいいおじさんの弟となると、どんな人なのか少し気になってくる。
「こちらでございます」
襖が開かれるとそこには見るからに楽園が広がっていた。畳も座布団も全て守屋神社にあるものよりも倍の値段はするやつだろう。
「……すっご……」
「……本当にここで寝ていいんだ……」
おこがましい。私達がこんな所で寝れるなんておこがましすぎる。そう思うくらいだった。
「では、夕食は6時にお持ちいたします。どうぞご堪能ください」
頭を下げた女将さんはこの部屋を後にした。私はこの部屋を一周する。
「わぁ……トイレまで風流だよ。それに……ここ、露天風呂付きなんだ」
「え? ここにあるんだ。大浴場は無いのかな」
「……大浴場もあるって。夜はそっちに行こうよ」
「そうだね」
私は玄関にある地図を見て旅館の見取り図から大浴場を探す。すると、端の方にその文字があった。
「でも、ここでも十分広いよ。一人で入るのは持て余しそうだね」
「……そう、だね」
「? ……梁くん?」
「なっ、なんでもない!」
急に赤面してそっぽを向いてしまった。私はそれが分からないほど鈍感ではない。とことん攻めてしまおう。
「あらぁ? 梁くん、私とお風呂に入りたいの?」
「べ、別に……」
「素直になりなってぇっ」
「…………うん……」
「へっ?」
その場で硬直する。梁くんはモジモジとしながらこちらを上目遣いで表情を覗いてきた。上目遣いで。
「……姉さんと……入りたい…………」
「っっ!!??」
人生最大の驚き。まさか梁くんがこんなに素直になるとは思わなかった。いや素直じゃないという訳では無いが、ここまで梁くんが甘えるのも珍しい。
「ど、どうしたの梁くん!? いつもなら「ね、姉さんとなんか入りたくない!」って抵抗するのに」
「それ僕の真似のつもりなの……?」
「いや全然似てないのは私にも分かってたよ」
「……別に……今日くらいは……姉さんと入るのも……いいかなって……」
「…………」
可愛い。
今すぐ抱きしめたい。そう思う頃にはもう梁くんの事を抱きしめていた。
「うわっ……姉さん!?」
「梁くぅん…………好きぃ……」
「ぐるじぃ…………」
梁くんの頭が私の胸に埋まる。私から見える銀色の髪はやっぱり女の子みたいにツヤツヤで、パーカーのフードの隙間から見えるうなじなんかも繊細で。
それになんと言っても「あの顔」は反則だと思う。とてつもない愛しさが込み上げる。
「……むぐぅ…………ねえ……さ……」
「あっ、ごめんね梁くん! つい……」
「なんか首筋痛めた……」
梁くんは少し不機嫌になって首を摩る。
「あんなこと……言わなきゃ良かった……」
「ごめんって梁くぅん……」
「…………」
「め、目を逸らさないでよぉ……」
「やだ……姉さんの顔なんか見たくない」
「梁くぅん……」
ずっと目を逸らし続ける梁くんに私は謝り続ける。私が梁くんの方を見ても梁くんはそっぽを向いてしまう。しばらくそれを繰り返していると、ようやく目が合って静寂が訪れた。
「…………ははっ……」
「……ふふっ……」
思わず笑みが零れてしまう。それは梁くんも同じようで同時に笑ってしまう。
私は畳の上に寝転がって梁くんと2人でここに来れたことを噛み締める。
「まさか……こんないいところだとは思わなかったね」
「そうだねぇ……」
「ねぇ、梁くん」
「んー?」
私は部屋に掛けてある時計を見ながら、提案をする。
「まだ夕食まで時間あるし、ちょっと外歩かない?」
「うん、いいね」
「じゃあ、浴衣に着替えましょうか」
「い、今?」
「そりゃ、醍醐味でしょう?」
「そうかもしれないけど…………って! 姉さん!」
「ん? 何?」
梁くんは慌てて手で顔を隠す。なぜなら、私は着ていた普段着をその場で脱ぎ捨て、下着姿になっていたからだ。もちろん、梁くんに見られても恥ずかしくはない。下着までならば。いや、少しドキドキはしているかもしれない。
「何って……そんな所で脱がないでよ……」
「いいじゃない別に、梁くんしか居ないんだから……」
「言っとくけど僕も男だからね!? いつまでも子供扱いしないで!」
「あはぁ……梁くんはいつまでも子供だよぉ?」
「うぐ……いいさ、分かったよ!」
梁くんは怒気を少し孕めた声で自分のパーカーのチャックを下ろす。そして、あろうことか、梁くんも服を脱ぎ、上半身が裸になった。
「ちょっ!? 梁くん!? 何してるの!」
「何って……脱いだだけだよ!」
「……脱いだって…………えへっ……えへへ……梁くんの体……」
「うわ……」
梁くんはどうやら見当違いをしていたらしい。私が梁くんの裸をみて恥ずかしがって顔を隠すと思ったのかと思っていたのだろうが、逆だ。梁くんの体をマジマジとみたいに決まっている。私は下着姿のまま梁くんに近寄り、体のラインを指でなぞった。
「〜〜っ! 早く浴衣着て!」
そう言うと、梁くんはすぐさま自分の浴衣を着てしまった。もう少し堪能したかったが、これ以上すると梁くんは本気で怒っちゃうので、諦めて私も浴衣を着た。
「うーん少し胸がきついなぁ……」
「……」
「どしたの?」
「い、いや、なんでもない……」
「そんなに私のおっぱい気になる? 見せてあげよっか?」
「いい!」
梁くんは怒って先に部屋を出てしまった。あの顔も態度も、梁くんの全てが愛おしく感じた。
「つれないなぁ……」
「早く行こ!」
「はーい!」
文句を言いつつも私は小走りで梁くんの隣に立つ。いつまでこうして梁くんの隣にいられるのか私には分からなかった。
「げ、下駄まで貸してくれるんだね」
「ねー、驚きだよ」
カランカランと下駄と下の石が当たる音を奏でながら私達は温泉街を歩く。守屋神社の方まで流れ、紅魔館前の霧の湖まで行く大きな川の上流が温泉街の真ん中を走っていた。
「てか、梁くん……」
「ん?」
「梁くんの浴衣……女の子ものじゃない?」
「えっ?」
梁くんの浴衣を見ると紫のアサガオ柄の浴衣だった。あの旅館は浴衣の貸出があって、好きな柄を選んでいいそうだ。
「だって……男物全部大きかったんだもん……」
「ふふっ……まぁ、そういう所も子供だよねー」
「う、うるさい……そういう姉さんはどうなのさ」
「私は、好きな柄を選んだよ」
私は同じアサガオ柄だが、色はピンク色だ。梁くんとは違い、私はしっかりと自分の好きな柄を選べたから満足だ。
「ふーん、可愛いね……」
「えっ」
「えっ」
「………………れ、梁くん、私……可愛い?」
「えっ、うん、だからそう言ってるじゃん」
「……」
「…………あっ、やっぱ今のなし……」
梁くんは自分の言ったことに気づいたのか、顔を逸らして照れてしまう。しかし、私はしっかり言質を取っていた。
「えへへ……可愛いって褒められちゃったあ……」
「……もう行こ!」
「梁くん、手つなごーよ」
「…………い、いいよ」
先程は梁くんから手をつないでくれたのに、いざ「つなごう」と言われると恥ずかしいようだ。可愛い。
「あ、梁くん! 甘味処!」
「晩御飯の前だよ?」
「大丈夫! 別腹だから……」
「……」
「梁くんまた私の事食いしん坊だって思ったでしょ」
「またっていうか、いつも思ってるけど」
「ひどいっ!」
なんとか言いつつも私達は甘味処へ入った。人里にあるものと似たような雰囲気だが、やはり本格的なのはこちらの方だった。
「……姉さん何食べるの?」
「抹茶パフェ!」
「え、ええ……」
「梁くんは?」
「僕は……紅茶でいいかな。晩御飯いっぱい食べたいし」
「決まりね。すいません」
注文を終え、あっという間にパフェと紅茶が届いた。
「んぅ……美味し!」
「……」
梁くんは温かい紅茶を飲みながら外を見る。冬は日が沈むのが早い。街の街灯が夜の温泉街を照らしていた。
「綺麗だねぇ……」
「そうだね……姉さんが奇跡を起こした甲斐があったよ」
「……な、なんかイカサマしたみたいに聞こえるからやめてよ……」
「まぁ、あれは姉さんの無駄に良い運が呼び寄せたんだよね」
「梁くん、無駄は余計かなぁ……」
苦笑いをしつつ、私は抹茶パフェを口に運んでいく。抹茶らしい苦味とアイスが相まって口にどんどん溶けていく。
「……時間も時間だし、これ食べたら1回戻ろっか」
「ええー、まだパフェしか食べてないのにぃ」
「このあとも食べる予定だったんだ…………でも、もう時間だし、ご飯の時間って6時でしょ? もう5時半だし、いい時間だよ」
「……まぁ、仕方ないか……」
パフェを食べ終えた私は会計を済まして外に出る。
「さ、さぶ……」
そう、先程は梁くんと手を繋いでいて体が火照っていたし、甘味処にいたから暖かかったが、いざ外に出ると、極寒だった。
「は、早く風呂入ろ……姉さん……」
「そ、そうだね……じゃあ……はい」
「……ん……」
私は梁くんに手を差し出す。梁くんは迷わず私の手に自分の手を重ねてくれる。
この旅行の間はいつもよりも梁くんと近くにいたい。短い間だけど、この時だけは梁くんに甘えたい。そう思った。
次回は…………やっぱり温泉回?
最終的には?
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早苗さんと幸せルート
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