鈴仙も昇格おめでとう!
久しぶりの雪が降っていた。
幻想郷に雪が降るのはそう珍しくもない。以前は春を奪う異変があったほどなので、見慣れている訳では無いが、テンションが上がるものでもなかった。
それに、こちとら数百年も生きてる神様なので、天候に精神が左右されることはあまりない。
「……おはよう……諏訪子」
縁側でボーッと雪を眺めていた私の背からあくびを噛み殺した眠そうな声がした。
「おはよう、神奈子。あーあ、寝癖ひどいよ?」
「んむ……そうか……」
まだ眠いのだろう。瞼が開いたり閉じたりを不自然に繰り返している。
「どれ、私が直してあげるからそこ座って」
「すまんな」
鏡の隣に置いてあった櫛を手に取り、神奈子の紫髪に手を伸ばす。
「寝起きなのに、綺麗な髪だねぇ……」
神奈子の髪は指が簡単にすり抜けられる程艶やかで滑らかだった。
だからこそ、この寝癖を直すのは少々面倒かもしれない。
「諏訪子ほどじゃないさ、髪の手入れも最近はサボってるしな」
「ダメだよー神奈子。女の子たるものオシャレしなきゃ」
「女の子である前に私は神なんだ。もっと他に優先すべきことがあると思ってるんでね」
「硬いなー」
冷たい風が通り過ぎている守矢神社にはいつもの騒がしさはない。
早苗を起こしに来た梁が早苗に追いかけ回される。そして、神奈子に見つかって説教を食らう。
諏訪子はそれを傍から見ているだけだった。でも、それがとてつもなく幸せに感じている。
「……」
「ん? どうした?」
鏡越しに神奈子が私の顔を見た。
私がどんな表情をしていたかは分からないが、声をかけられるということは変な顔をしていたのだろうか。
「いやなに、早苗達がいないのが思いの外静かでね」
「……まぁ、そうだろうな。いつも騒いでいるのは早苗だし」
「梁が来る前はこんなに静かなのも珍しく無かったんだけどねぇ」
梁が来て早一年弱、今でこそ四人の生活が当たり前になっているけれど、その前までは早苗と神奈子と私の三人だったのだ。
「……早苗も元気になったもんだ」
「……そう、だね」
母として、早苗がこれから先上手くやっていけそうか正直不安だった。
外の世界にいた頃は、早苗ただ一人が
そんな世界に嫌気がさしていたのは、何も早苗だけじゃなかった。
信仰の集まらない、くだらない世界に私達神は失望していた。
こうして、私達は守矢神社ごと、外の世界から幻想郷へと移転した。それが、つい四年ほど前。
「梁の影響力は凄いのかもな」
「そうだね。神奈子も実際に梁がここに来てくれて嬉しいでしょ?」
「もちろん。ちゃんと私達を信仰してくれるし、何より息子のように思えるしな」
白い歯を見せて屈託のない笑みを浮かべる神奈子につられて私も口端を上げる。
「そうだね……神奈子にとっては息子、か」
「ん? お前は違うのか?」
「そうねぇ……はい、終わったよ」
「お、すまんな」
寝癖が完全に消えた神奈子の肩を叩き、櫛を元の場所に戻す。
「そうだな、私も早苗同様、弟みたいなものかな」
「ほう、それは興味深いな」
「興味深いって思うほど大した理由は無いさ」
ただ、彼に「あの件」を諭されて以来、どうも息子のような年の離れた関係には見えなくなっていたのだ。
ただそれを神奈子に打ち明ける勇気はない。どこか気恥しいと思っている自分がいた。
「まぁ、身長の問題かな」
「ふぅん……」
身だしなみを整えた神奈子は目を細めて訝しげに私の顔を覗き込む。その眼差しに私は狼狽した。
「な、何さ」
「なーんか、私にはそれ以外の感情も混ざってるように見えるんだけどなぁ」
「は、はぁ?」
神奈子の言っている意味が徹頭徹尾理解できない。
なんだか嫌な予感がするのは気の所為ではないと思う。
「諏訪子。あんた梁に早苗のこと話してからちょっと梁に対する態度が変わってる気がするんだよ」
「……早苗のことって……」
「血縁のことさ」
「……」
神奈子の真剣な眼差しに私は黙り込み、次の言葉を待った。
どうやら、打ち明ける勇気がなくても、神奈子は初めから分かっていたようだ。
「あの時、確かにあんたの顔は安心しきっていた」
「まぁ、嬉しかったからね……」
「今はそれだけじゃないのかな」
「……」
考えれば考えるだけ、なぜだか顔が熱くなっていく。
今日は調子でも悪いのだろうか、神奈子の質問に即答できない自分に嫌気がさしていた。
「……まさかとは思うが……本当に梁に惚れたのか?」
「……ち、違う……と思う」
否定ができない。
真っ向から否定しなければならない事柄なのに、首を横にも振れない。
「……惚れた……わけじゃないんだ。ただ、昔を思い出しただけ……」
「……あいつのことか?」
「……うん」
私が初めて恋をした人。
もう何年も前の話だし、顔もあまり覚えていない。
早苗という可愛らしい娘を産ませてくれたのは素直に嬉しかったのに、それ以外はもうショックのあまり記憶が曖昧だ。
「……まさか、あいつと梁の面影が重なっちゃうなんて」
「……梁は……あんな奴じゃないことくらい。お前だって分かるだろう?」
「違うんだ。そうじゃない」
「……」
私を捨てた彼と梁の面影を重ねているんじゃない。
"私が好きだった彼"と重なっていた。
今思えば、あまり思い出したくない彼を好きになった頃。それはもう幸せの絶頂というものだった。
神様という使命を忘れさせてくれる、まるで薬のようなものだった。
彼に甘えれば、神という偉大な存在からたった一人の恋する少女になれる。
「……嫌だな。こんな話をすると梁を意識してしまうじゃないか」
「……ほぅ……それは男として?」
神奈子の顔はまるで餌を与える寸前の魚のような好奇心に満ちた目をしていた。
「男として…………かもしれない」
「なんだ、歯切れが悪い。好きなら好きって言えばいいのに」
「だって、人間の子供だよ? 自分の娘よりも下の子供に恋をするって面白すぎないか?」
「…………」
突然、神奈子の目が鋭くなる。
本気で怒ってる訳ではなく、軽く睨みつけるように私の目を見すえてきた。
「お前、人間くさいぞ」
「え、え?」
「娘より年下だからなんだ。人間だからなんだ。そんなのに縛られるくらいなら、いっそ恋なんかしなきゃいいんだ」
「う……」
「お前から見て、梁がどう映ってる? ただの家族なのか?」
──────
「あ、諏訪子様。おはようございます」
「んあー、おはよー……」
早苗と私が家族だと打ち明けた後も、梁は変わらず私と接してくれた。
「まだ6時なのに、お早いですね。まだ神奈子様も姉さんも起きていないのに」
「たまたま目が覚めちゃっただけだよ」
「珍しいですね……諏訪子様、寝癖酷いですよ?」
「おっとと……」
エプロンを付けた梁が呆れた顔で私の髪型を見た。
私は少しだけ気恥ずかしくなって頬を赤らめるが梁はそんなことお構い無しに近づいてきた。
「ほら、寝癖治すのでそこに座ってください」
「へ? いいよいいよ。自分で直すから」
「……まさか諏訪子様。いつも自分で直してるんですか?」
少し低めの声で訝しむように聞いてきた。
私はその問いにすぐさま首を縦に振った。
「……あのー諏訪子様。お言葉ですけど、たまに帽子の隙間から直せてない寝癖が見えるんですよ」
「えっ」
「言うのは少し可哀想かなぁって思ってて……あ、いつもじゃないですよ。たまぁに寝癖が直しきれてないことがありまして……」
「むぅ……早く言ってよぉ……」
苦笑いをする梁。
寝癖が直しきれていなかったのならば早く言って欲しかった。もしかしたら霊夢達にも見られていたのかもしれない。
「というわけなので、後ろ向いてください」
「一人でできるのに……」
「ダメですー。また霊夢さん達にバカにされますよ?」
「えっ、私の寝癖霊夢達にバカにされてたの!?」
まさか陰でバカにされていたなんて、朝イチからとんでもない情報を知ってしまった。
「まぁまぁ……じゃあ失礼します」
梁の左手が優しく私の髪に触れる。
そして、後頭部から流れるように櫛が私の髪を整えていく。
「……梁、あんた相当手馴れてるね」
「姉さんの寝癖を直してますからね。それに、諏訪子様の髪は綺麗なので、直しやすいんですよ」
「っ……あんたは平気でそういうこと言うんだね」
ドクンと一度心臓が跳ねた。
「へ? 何がです?」
「なんでもないよ」
そのあとは無言で、梁は優しく寝癖を直していった。
私はその間考え事をしていた。そして、その考えはいつの間にか口にしてしまっていた。
「梁は……これからも
「……どういうことですか?」
「ああ、いや、深い意味はないんだけどさ。梁がここに来てから随分と守矢神社は賑やかになったからね」
「そんなことないですよ。姉さんがいて、神奈子様がいて、そしてなにより、諏訪子様がいるから、守矢神社は素敵な所になったんですよ」
「あはは、謙虚なガキだな……」
「謙虚でもなんでもありません。事実です。僕を救ってくれたのは紛れもないあなた達なんですから」
「…………そうかい」
少し小馬鹿にするように、小さく笑う。
でも内心はとても嬉しかった。私達がいてくれるから、梁は笑ってくれる。そう言っているように思えて。
「……僕が生きていけるのも、諏訪子様達のおかげです。僕一人じゃ、結局この幻想郷にいる意味なんて無かったんですから」
「……それは、どういう意味だい?」
梁は少しだけ黙り込み、髪を結く手も止まっていた。
どうしたものかとちらりと後ろにいる梁を見ると、顔を赤くして、目を逸らしていた。
しかし、意を決したのか、一つ咳払いをして、微笑んだ。
「僕の生きる意味は諏訪子様達です」
「……っ…………嬉しいこと言ってくれるねぇ」
私は、何度梁に心を打たれてしまうのだろうか。
梁の声、言葉、それら全てが安心してしまう。
ただのガキなのに、ただの人間なのに。
どうしてか、梁という存在が愛おしくてたまらない。
ただそれは家族としての親愛からなるものなのか?
それとも……
「は、早く終わらせましょう。もうすぐですからじっとしててくださいね」
「はいはい」
私は平然を装っていた。
いつものように軽はずみな声で、それでも顔は必死に隠していた。
こんなにも心臓が高鳴っていることを梁に悟られないように、顔を赤くして口端が上がってしまっているのを見られないように。
こんなに胸が痛くなるのは、いつぶりなんだろうか。
それに、この胸の痛みがなんとなく懐かしく感じるのはなぜなんだろうか。
この感覚がどこか懐かしくて愛おしく感じた。もう一度知りたかった胸の痛みがこんなタイミングで表れるとは思わなくて、割と不意打ちだった。
この時の私にその気持ちを知る術はまるで存在しなかった。
──────
「……やっぱり梁は弟だよ。大切な家族さ」
「そうか……」
神奈子の目線が私から外れ、大きく背伸びをした。ところどころパキパキと音が鳴っているのは何故だ?
「さぁてと、今日は私が朝食を作ろうかな」
「おっ、久しぶりに神奈子の手料理か? 何年ぶりだろうかなぁ」
「少しブランクがあるのは許してくれよ?」
「私は味に関しては辛口だからなぁ。あぁ、味付けは薄めにしてよ? 梁はそこらへん気を遣ってくれるよ?」
「むっ、梁と比べるのはよしてくれ。あいつの料理は天才に近い」
「それは否定しないよ」
そう言って神奈子は台所へと消えていった。
縁側から吹く冷たい風が私の体温を冷やしているのに気がついた。
私は戸を閉めようと縁側に向かう。
そして、妖怪の山一体に広がる雪化粧に少しばかり見とれてしまう。
木の葉一つ一つに白色の雪が優しく乗っていた。
そんな守矢神社から見える白色の山を見つめながら、ポツリと口に出してしまった。
「…………好きだよ。きっと」
この声は吐き出された白い息と共に銀世界に消えていった。
最終的には?
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早苗さんと幸せルート
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梁くん独り立ちルート
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早苗さんとイチャイチャルート
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もしかしたら鈴仙と幸せルート
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諏訪子、もしくは霊夢と幸せルート