年下好きな早苗さんに義弟ができる話   作:かくてる

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遅れました


17話 永遠亭でのある出来事

 月から逃げ出した私に、恋が許されるわけが無い。

 禁薬に手を出した姫様と師匠の後を追って、地上へ降りた私は一生師匠の元でお力になると決めた。

 

 そして幻想郷で開いた「永遠亭」。

 師匠の技術や妹紅や慧音さんの人望おかげですぐに幻想郷の面々から信頼されるようになった。

 人妖問わず、様々な難病にも勇敢に立ち向かう師匠のサポートをずっと続けてきた。

 もしかしたら、それは一種の「償い」なのかもしれない。

 月から逃げ出した臆病な私、自分一人じゃ何一つ出来ないから、師匠の技術を隠れ蓑にして、いいように少しばかりの名誉を貰っていた。

 そんな私に、恋なんて許されるはずがない。それに、そんな気持ちは一度も考えないようにしていた。

 恋なんて、くだらない感情だと。ただの薄っぺらい邪魔な感情だと。鼻で笑ってこれまで過ごしてきた。

 

 なのに、それなのに、どうしてか、彼への想いが止められない。

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 なんでもない日の昼下がり。

 まだ、私と梁さんが知り合って一回目の秋の晴れた日だった。

 以前に守矢神社で梁さんにご飯を振舞ってからなぜだか梁さんのことを少しずつ意識するようになっていた。

 

 

 昼食休憩を取っていた私はぼんやりと縁側で空を見上げていた。

 この行為が意外と私の中では重要で、午後の勤務の集中力が増す。

 この時に考えることは様々で、今日の晩御飯のこと、午前に来た患者さんのこと、今日のてゐのイタズラの内容などなど、あげればキリがない。

 二つのおにぎりを食べて、軽く伸びをする。

 

「……よしっ」

 

 最後に自分の頬を軽く叩いて喝を入れ、私は職場に戻る。

 

「うどんげ、風邪薬とキャンサー用の抗がん剤、お願い」

「はい」

 

 今日の患者さんはかなり重い病を患っている人だった。

 

「……かなり大きい腫瘍ね。転移も視野に入れておいた方が良さそう。早急に治療する必要があります」

 

 顎に手を当て、レントゲンと睨めっこしながら真剣に考える師匠の横で、指示された物を持って待機する。

 私の仕事は言わば看護師だ。

 医師のサポートと、患者さんのケア。どちらも完璧とは言えないが、人並み以上にはできる自信はある。

 

「……では、応接室にて待機していてください。準備に取り掛かります」

「は、はい」

 

 その患者さんは子供だった。

 その子の表情は曇る一行で、がんという重い病気のプレッシャーが襲いかかっている。

 隣にいた母親も暗い顔で子を撫でていた。

 

「さ、こちらです」

 

 

 私は2人を応接室に案内した。

 

「……大丈夫です。八意医師なら、必ず成功させてくれます」

 

 とにかく、この子の負担を軽減できるように元気づけるような言葉を並べる。

 実際、師匠なら腫瘍を取り除くことも簡単だ。

 しかし、以前までは大きな病気として恐れられてきた。それをこんなに幼い子供が患うとなると、心配どころの話では無いのだろう。

 

「……」

「……だから、そんなに心配しなくても、きっと元通りになって、お母様と幸せな生活を送れます」

「……」

 

 子供はただコクリと小さく頷くだけだった。表情は変わることはなかった。

 

「……お茶を持ってまいります」

「……ありがとう……」

 

 そして、私は2人分のお茶を用意するために一度台所へと向かった。母親だけが、小さくそう言ってくれた。

 その時だった。

 

「失礼します」

「……あ、梁さん」

 

 梁さんがいつものように、菓子折を持って永遠亭にやってきた。

 少しだけ、心臓が跳ねる。

 この日はちょうど梁さんの義眼の定期検診と能力による体への影響の確認をする日だった。

 

「こんにちは……鈴仙さん、どうかしましたか?」

 

 梁さんは私の顔を覗き込みながら心配そうに見つめてきた。

 

「どうかした……とは?」

「……なんだか表情が暗いです」

「……そんなことないですよ。ほら、元気です」

 

 袖をまくって、力こぶは実際にはできないが、腕を強く握った。

 これが空元気だってことは自分が一番よく分かっている。だが、これでも取り繕うのは得意だ。多分、梁さんでも見抜けない。

 

「患者さんにお茶を入れてくる途中でしたので、いつもの縁側でお待ちください」

「……」

 

 そう言って、私はそそくさとその場を離れようとする。

 しかしその瞬間、私の右手が掴まれ、止まってしまう。

 

「……なるほど、患者さんのケアに失敗して落ち込んでるってとこですか」

「……」

 

 この人、どこまでエスパーになればすむのだろう。地底の覚妖怪並に心が読めるのではないか。

 

「……その患者さんは子供なんです。ちょうど梁さんくらいの」

「……」

 

 彼になら、と一瞬思っただけで、いつの間にか口が開いていた。

 本当は他人に言ってはいけないものなのに、梁さんにだけはどうしても言いたかった。

 

「がんを患ってしまっていて……落ち込んでる患者さんを……私は安心させることが出来なかった」

「……」

「それが私の役目でもあるのに、何もしてあげられなかった。できるのは……こうしてお茶を入れるだけ……」

 

 口に出せば出すほど、自分の無力さが嫌になってくる。

 何年看護師やってるんだ。何人の患者さんと関わってきたんだ。

 心の奥底から、そんな罵声が届く。

 

「……なるほど、そういうことだったんですね。鈴仙さん」

「は、はい」

「僕をその患者さんの所に連れて行ってください。なにか力になれるかもしれないので」

「え、で、でも……」

 

 戸惑っているうちに、梁さんは応接室の方へ歩いていってしまった。

 

「鈴仙さんはお茶を入れてから来てください」

「は、はい」

 

 あんな目、見たことがない。

 子供とは思えないくらいの、突き刺さるような鋭い目だった。

 

(……梁さんもまだ小さいのに……)

 

 たかだか人間の子供があんな目をできるなんて。と少しだけ恐怖を覚える。

 

 私はそそくさとお茶を入れて、梁さんの後を追う。まだ梁さんは部屋に入っていないみたいだ。

 私は梁さんの前に出て、応接室の障子を開ける。

 

「失礼します。お茶を持ってまいりました。あと……」

「こんにちは。有原 梁と申します」

 

 梁さんは深々と頭を下げる。銀色の髪が少しだけ、垂れる。

 

「……えと」

 

 母親も子供も眼帯を附けた知らない子供が来て挨拶されるのはさすがに困るだろう。

 

「僕もこの後用事があるので、良かったらあなたの手術までお話していきませんか?」

「は、はい……」

 

 梁さんは子供とは思えない貫禄でゆっくり、優しく話しかけていた。

 対する相手は少しだけそんな梁さんを見て萎縮してしまっている。

 

「……今日はどうして、永遠亭に?」

 

 状態を知っているはずの梁さんはあえてそれを本人の口から言わせようとした。

 

「……がん……になってしまって」

「がん……ですか……大変ですね」

 

 梁さんは表情を変えず、ただただ相手の子供の目を右目だけだがしっかり見つめていた。

 

「……きっと、今、心配なのでしょう? 自分がこの後、どうなってしまうのか」

「……はい」

 

 母親は心配そうに梁さんと子供の会話を見ていた。

 対する私もおぼんを腕に抱いて、部屋の隅っこでそれを眺めていた。

 

「じゃあ、これを見てください」

 

 そうして、梁さんは左目の眼帯を外した。それを見て、2人は驚愕の表情を浮かべた。

 そして、梁さんの黄色に光る義眼が姿を現した。

 

「そ、それはなんですか……?」

 

恐る恐る問う子供に梁さんは淡々と語り始めた。

 

「……僕は、少し前に家族を妖怪によって殺されました」

「っ……」

「その時、実は僕も妖怪に襲われて、体をぐちゃぐちゃにされ、左目を失いました」

 

 力強く、相手に伝わるように、自分のトラウマを話していく。だんだんと、子も母もその話にくい込むようにのめり込んでいた。

 

「この目は……義眼です」

「えっ……」

「永遠亭で埋め込んでもらいました」

 

 梁さんは私に目を向け、礼をするように微笑んだ。

 

「その時、私は色んな人に支えてもらいました。今は新しい家族もいて、そこにいる鈴仙さんにだって、助けてもらったことばかりで、本当に頭が上がりません」

「…………」

「……あなた一人じゃ……ううん、この世の人間全てが、一人で辛いことを乗り越えられるはずがないって、こんな歳ながら感じることが出来ました」

「……」

「だから……」

 

 梁さんは子供の手をぎゅっと握って、瑠璃色と黄色のオッドアイで子供も目をしっかり見つめながら、力強く口を開いた。

 

「あなたも……きっと大丈夫です。僕が保証します。大した影響力は無いかもしれませんけど……お母様だって……今までも……そしてこれからも、あなたを立派に育ててくれるはずです。だから、たくさん支えてもらってください」

「……っ、はいっ!」

 

 涙を流した子供は梁さんの手を強く握って、大きな声で返事をした。

 

 先程までの暗い表情とは一変して、明るい笑顔で子供は手術室に向かっていった。

 その途中、お母様は梁さんに何度も頭を下げていた。それを両手を振って謙遜する梁さんがなんだか輝いて見えた。

 

 

 

 

 手術は無事成功し、親子は笑いながら永遠亭を後にした。月の技術は凄い、そう最後にお母様が呟いてくれた。

 

 私は今、梁さんと縁側に2人で座っている。というのも、今日の業務は全て終了したからである。

 

「今日はありがとうございました。梁さん」

「いえいえ、何もしてないですよ」

「あのレベルの不安を取り除くことが出来るなんて……カウンセラーみたいですね」

「あはは……歳が近かったので、やっぱり抱える不安は同じでしたから」

 

 頬をかきながら、少し頬を赤く染める梁さんに私は疑問を抱いた。

 

「梁さんでも……あのような不安があったのですか?」

「はい」

 

 即答だった。

 

「一時期はすぐ死ぬんじゃないかって、誰にも悲しまれないまま生涯を終えるんじゃないかって、凄く不安でしたよ」

「……」

「でも今は違います。家に帰れば姉さんや諏訪子様、神奈子様がいて……外に出れば霊夢さんや鈴仙さんがいて……」

 

 梁さんは思い出すように夕焼け色に染る空を見上げる。

 そして、白い歯を出してにっこりと笑うその顔を私に向けた。

 

「……今の僕は……幸せにすぎるくらいに幸せです」

「……っ!」

 

 自分の環境に驕らず、今自分がどんな立場なのかをきちんと理解して行動する。

 当たり前のことだが、案外難しいものだ。私のように職に就いているものならばその場のルールがあるが、ルールの存在しない人間性の部分ではかなり難しいものがある。

 梁さんはそれを、平然とやってのけたのだ。たった十数年しか生きていない子供がここまで出来るわけな無いのだ。

 

(それはきっと……梁さんが辛い過去を経験しているから……)

 

 私はその笑顔の裏に隠される梁さんのトラウマに心が痛む。

 

(力に……なりたい)

 

 彼の心のケアをしたい。そう思った。

 

「……鈴仙さん」

「……はい?」

 

 ぼんやりと梁さんを見つめていると、梁さんの方から声がかかってきた。

 

「……あなたは……その優しい性格で……患者さんを笑顔にしてあげてください。その素敵な顔で患者さんを幸せにしてあげてください」

「……れい、さん」

「なんて、こんなガキが上から何言ってんだって話ですけど」

 

 そうして、少し頬を染めた梁さんはしっかりと私に向き直った。

 そして、笑う。

 

「僕は、鈴仙さんが幸せにしてくれた一人ですから」

「……ッ!!」

 

 ギュッと心臓が締め付けられるような思いが溢れ出した。

 

「あっ、もうこんな時間……では、鈴仙さん、またっ!」

「あ……」

 

 梁さんは時計を見たあと、直ぐに帰路に着いてしまった。

 角を抜けて梁さんが見えなくなると、一層私の胸の痛みが強くなっていく。

 

 ドックンドックン……心臓が波打つように鼓動をしている。

 

(好き……好きぃ……)

 

 溢れ出した想いが留まることを知らない。

 梁さんのことを考えると胸が痛くなる。想いが止められなくなっていく、「好き」という想いが強くなっていく。

 

 顔が真っ赤に染まり、両手で心臓を抑え、縮こまる。

 梁さんに触れたい、梁さんと話したい。そう思うだけで、幸せな気持ちになって、明日も会いたいと思ってしまう。

 

 これが恋なんだって初めて気づいた時には、もう梁さんしか見えていなかった。

 

 ────

 

 想いが止められなくなった時は、小さく呟くのが日課だった。

 

「ダメよ……私は月から逃げ出した玉兎で……罪を犯した罪人なの……恋なんてしたら……ダメ」

 

 しかし、その後も梁さんとたくさん関わっていくうちに私は罪の意識というものが薄れていった。

 

 それはいい事だと、師匠は言った。

 

「いいじゃない。うどんげ、そうやって、地上のものらしく恋をして、幸せになりなさい」

 

 優しく、そう祝福してくれた。

 

 それから、私は梁さんというただ一人の男性に惚れていた。

最終的には?

  • 早苗さんと幸せルート
  • 梁くん独り立ちルート
  • 早苗さんとイチャイチャルート
  • もしかしたら鈴仙と幸せルート
  • 諏訪子、もしくは霊夢と幸せルート

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