「ただいま戻りましたぁー」
玄関の戸を開けて、中に入る。
木造の独特な匂いがいつものように広がる。独特と言っても、嗅ぎなれた匂いではある。
私はこの匂いが好きだ。落ち着くし、何だか安らぐ。
「た、ただ、いま……」
ぎこちない挨拶と共に、恐る恐る入っていく梁くん。
私はそんなおどおどしている梁くんの背中をバシッと叩いた。
「いったぁ!?」
「梁くん、ここは君の家なんだよ!他人の家に入るような態度はダメ!」
「て、手厳しいなぁ…」
私が梁くんに説教をしていると、トタトタと可愛らしい足音が中から聞こえてきた。走ってきたのは、諏訪子様だった。
「あ、おかえり、早苗、梁」
「あ、ただいまです」
梁くんが小さく返事をする。
諏訪子様はそれを聞いて安心したようにニコリと笑う。
しかし、諏訪子様は梁くんの義眼を睨みつけるように見る。
「義眼、付けてもらったんだね」
「あ、はい」
「……どうして色が違うの?」
「あ、これは……」
長々と丁寧に説明し、諏訪子様に理解してもらうように梁くんは言っていた。
「…なるほどねぇ、あ、早苗、お昼ご飯」
「はいはいー」
私は梁くんを連れて、台所へと向かう。
その目的としては梁くんはここ、守矢神社で家事を担当すると、自分から意気込んでいたため、一番難しいであろう料理を最初に教えることにした。
私はエプロンを身につけ、梁くんにもお古のエプロンを渡すが、梁くんは頑なに着ようとはしなかった。
「ね、姉さん……」
「んー?」
「このエプロン…」
白と黒のエプロンだが、周りにフリフリしたような可愛いデコレーションまで付いている。
「……男物は!?」
「あるわけないでしょー、女しかいないんだから」
「じゃあ着ない!これでやる!」
「だーめ、ちゃんと着ないと教えないぞー」
梁くんはそこまで言うと言葉に詰まっていた。
「…姉さんにそんな趣味があったんだね」
「……じゃあそういう事で良いから着てね」
「うぐぅ……」
そう言うと、梁くんは敗北を認めたように溜息をつき、赤面ながらもフリル付きのエプロンを着た。
(破壊力凄いでしょこれ……)
「ね、姉さん?」
私は何故か自分の下の方でポタポタと水が滴る音が聞こえてきた。
梁くんが驚いたような顔で私を見るので、自分の身の回りを調べてみる。
すると、私の緑色のエプロンを赤く染めていた。
顔を触ると、鼻から血が流れていた。
「わわ……鼻血が」
「姉さん、これ」
私は梁くんが差し出したものを見る。
それはティッシュだった。
「あ、ありがと梁くん……」
可愛い子を見つけると鼻血が出てしまう現象は本当にあるのだと、そう思った。
「さて、気を取り直して、始めていきましょうか」
「よ、よろしくお願いします」
緊張気味の梁くんを尻目に私ら優しく丁寧に少しずつ教えていった。
梁くんの物覚えが思ったより早く、スムーズに教えることが出来て、内心ほっとしていた。
「ん、いつもの味だね。梁、君も手伝ったのかい?」
「あ、はい。僕、姉さんが巫女の仕事をしているので、家事は僕が担おうかと…」
「そうだねぇ……早苗は何かと忙しいし、それがいいかもね、早苗、梁が覚えるまで頑張ってくれな」
神奈子様が味噌汁をズズズと啜りながら私を応援する。
「はい、ありがとうございます。神奈子様」
「ただ、手は出すなよ?」
くい込むように次の言葉を送った神奈子様。
だいぶ棘のある言い方なのは、私が年下好きだってことを明かしてから、梁くんを襲わないか心配に思っているのだろう。
「ぜ、善処します」
それを聞いた神奈子様は安心したように微笑み、再び味噌汁を啜った。
「さて、梁くん。次はお風呂掃除だよ」
「風呂?」
「そう、湯船は常に綺麗にしておかないとダメだから、必ず夕飯の後に洗うこと、じゃあ、掃除の仕方教えるね。服脱いで」
「ふっ、服?」
「え、脱がないと濡れちゃうよ」
私はそう言いながら、自分の髪を後ろで結ぶ。
そして、着ていた巫女服も上を脱ぐ。
「わ、わー!姉さんっ!」
「?」
梁くんは顔を真っ赤にさせて、両手で覆っていた。
可愛い反応をしてくれるものだと、私は微笑みながら思った。
「あらら?恥ずかしい?」
「は、恥ずかしい……」
今の私は正直、下着姿とあまり変わらないが、布面積は広いし、別に梁くんになら見られても構わないし。
「じゃあ、このままぎゅーってして……」
「そ、それは、ダメっ!」
梁くんは頑なにそれを拒否した。
私は「ちぇー」と不貞腐れる真似をして、風呂場に入っていく。
梁くんはオドオドとしながらもTシャツを脱いだ。まだまだ細い体なのに、少し筋肉質かもしれない。と言ってもまだまだ可愛いものだが。
神奈子様に比べればだけど。
「おお……」
「な、何?姉さん……」
「……梁くんってなにかしてたの?」
「え?」
「ほら、お仕事とか」
「あぁ、たまにお父さんの引越し業を手伝ったりしてたかな」
「なるほど、だからこんなに筋肉質なんだね」
私は梁くんの胸板から腹筋にかけて人差し指でツーっと撫でる。
「ひゃぁ!?……ちょ、姉さん!?」
「あははー、可愛い反応」
「からかわないで!」
少しからかいすぎたか、梁くんの態度が少しずつツンケンしてきてしまっている気がした。
私は気を取り直し、お風呂に入る。朝に諏訪子様が入ったからか、まだ少し湯気がたっている。
「お風呂掃除はできそうだけど、他とは少し違くて」
「え、そうなんだ」
「そう、お風呂用洗剤の量とかも節約してほしいの。ここは人里から離れているのも知ってるでしょ?」
「うん、だから節約するの?」
「そう、それに、諏訪子様と神奈子様はああ見えても神様なの。お風呂は常に清い環境しないと」
「ああ見えてって……」
苦笑いする梁くんを横目に私はスポンジと洗剤を渡す。風呂掃除はあまり教えることはないので、私はとりあえず、今日は洗ってもらうようにした。
「梁くん、風呂の中に入った方が洗いやすいでしょ」
「あ、そっか」
梁くんはお腹にお風呂を乗っける形で腕を伸ばして掃除していた。
身長の小さい梁くんにはそれは隅々まで行き届かない。
梁くんは頷き、一度お風呂から離れた。先程も言った通り、諏訪子様が入っていたので、床ももちろん濡れている。
つまりよく滑るということだ。
「おわぁっ!?」
「きゃっ!」
普通に立とうとした梁くんはそのまま後ろ側に滑る。私は無意識に梁くんを守ろうと手を伸ばしていたが、それが逆効果でただの巻き添えになってしまった。
「いったた……」
私は梁くんを守ろうとしたが、結局梁くんを下敷きにしてしまった。
そう、下敷きに。私は梁くんに抱きつくようになっており、胸に梁くんは顔が埋まっていた。
「ちょっ!?姉さん!?」
「あららー、梁くんも本当は待ってたんだ?」
慌てふためく梁くんを見て、私はまたからかってしまう。悪いくせになってしまいそうだ。
赤面する梁くんは私から離れようともがくが、筋肉の割に力がない。
「待ってない!早くどいて!」
「……嫌だった?」
「………嫌じゃ……ない……けど」
だんだんと声が小さくなっているが、私にははっきり聞こえた。
さらに赤くして顔をそらす梁くんが愛らしく思えた私はキューンと来てしまった。これが母性本能というのだろうか。
「んもぉー!梁くん好き好き!!嫌じゃないって、素直ねぇー!」
「わぁぁぁ!やっぱ嫌だ!離してぇー!」
私はさらに抱きしめてしまう。それも本能的に強く。包み込むように。
梁くんはさらに暴れ出すが、やはり力が弱い。梁くんは上裸、私はほぼ下着姿なので、やはり肌の密着が気になるのだろう。
ここで、私はあるモノが太ももに当たっているのに気づいた。
「あれ?梁くん、何か硬いものが」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!ああああああ!」
大声でかき消す梁くん。私はニヤリとしながら梁くんを見つめていた。
「まだまだかわいーねぇーっ!」
「やめて姉さぁぁぁーん!」
「2人ともうるさーい!!………って、早苗ぇ!?何してんの!?」
あまりにも騒がしくて叱りにきた諏訪子様に見られてしまった。諏訪子様は真っ赤に顔を染めて顔を手で覆い、逸らした。
当たり前だ。私が梁くんの上に乗って抱きしめているのだから、卑猥なものに見えたって仕方ないだろう。
「す、諏訪子様!これはちょっとした事件というか……」
「う、うう……」
「あんた手ぇ出さないって言ったでしょー!神奈子に言いつける!」
「待って諏訪子様!神奈子様にだけは言わないでー!」
諏訪子様は逃げるように風呂場を後にした。私はその後を追った。
そしてその後、私は下着姿で諏訪子様を追いかけまわした。その途中、遊びに来ていた霊夢さんに見られ、結局神奈子様にこっぴどく叱られたのは別の話です。