そこは本に囲まれていた。
多くの分厚い専門書がずらりと並び、背の高い本棚がいくつも設置してある。
床には描き途中の論文、付箋がつけてあるノート、クシャクシャに丸められた紙。
机の上には砂時計とトランク、そして纏められていない術式の束があった。
汚く、整理されていなく、そして僕の見慣れた部屋だった。
「移植の準備をしろ⁉︎」
父の書斎を訪れた僕は、感情のままに叫んだ。
「そんなことしてる場合じゃないだろ⁉︎このままじゃ父さんも母さんもアラヤに殺されるだけだ!」
父さんは机に向かいながらただ筆を動かしている。
聞いているのかいないのか、視線は卓上を見つめ続けるだけだ。
「父さん!」
僕は両親の命の話をしているのだ。
どうでもいい理論の話をしているわけではない。
父の肩を掴み、こちらに向けさせた。
しかし、それでも父の目は卓上を向いたままだった。
「いい加減にしろよ!」
あまりにも僕の話に無関心な父に僕は激昂した。
「そんな研究して何になるってんだ!死んだら何の意味もないじゃないか!」
父の首元を掴みこちらに寄せる。
そこで初めて父は僕の目を見た。
「達海。意味とは何だ?」
父の目は感情の高ぶりが感じられないほど冷たかった。
「え?」
「死んだら何の意味もないとお前は言うが、死ななかった場合にどんな意味がある?」
淡々と僕に問う。
あまりにも機械的すぎる言い方に、僕は一瞬鼻白む。
「い、生きられるじゃないか。母さんや姉さんと一緒に」
「では私が家族とともに生きる意味とは?」
同じような質問を問いかけてくる父。
家族と生きる意味?
「そんなのっ、家族といるのに意味なんか必要ないだろっ」
意味がなければ一緒にいられない人を家族と呼ぶか。
父はその答えに何ら感情を示さず、また質問をしてきた。
「お前は行動するのに意味はいらないと?」
「そういうわけじゃ…」
「じゃあ私が家族と生きる意味は何だ?」
父の目は空虚な穴のように見えた。
他人事のように何もかも話すその声に僕の腹は据えかねていた。
だから僕は乱暴に答えた。
「そんなの僕に分かんねえよ!」
「だろうな」
父の目は襟をつかんでいる僕の手に向けられた。
“離せ”とその目は言っていた。
僕は渋々手を離した。
「私が奈津と子を作り、家族とともに生きるのは私がそうしたかったから。それに意味なんてものはない。」
父は両手で服の乱れを整える。
「意味なんてものは全て結果論だ。結局のところ、人はやりたいことしかできない。だがそれをそのまま言ってしまうにはモラルがないからな。適当な理由づけをして意味などと宣っているだけだ」
服を整えると視線はもう一度僕の目に向いた。
「そして今、私のできることはこの研究を完成させる事だけだ」
「それで死んでもかよ!」
「ああ、そうだ」
全ての質問に父は本当に機械のように答える。
そうだ、の一言はただでさえ熱くなっている僕の頭をより感情的なものにさせた。
なんだよ、それ。
なにも考えてないじゃないか。
「そんなの無責任だろ!僕の気持ちも、姉さんの気持ちも何も考えてないじゃないか!」
自分がしたいことだけして僕と姉さんを残して死ぬつもりだって、それでも親かよ!
「責任とは?」
「は?」
「責任とはなんだ?」
さっきから、なんだ?なんだ?って!揚げ足とりばっかりして!
人の話を聞くつもりねえのか!
「そんな話をしてるんじゃねえ!」
「いいや。そんな話だ」
父さんは眼鏡を外し、机の上に置いた。
「達海。お前が言う“責任”とは社会が求める親の責任だろう」
社会が求める?
「この社会では親は子が自立することができるようするため、扶養する責任を持つとある。それはなぜか?」
「そうする事が親として当たり前だからだ!」
「それは違う。社会を維持するためにはある程度成長し、分別を弁えた人間が一定数必要だからだ。間違っても道徳などというありもしない理想主義のためじゃない」
「なっ⁉︎」
「では社会を維持するのはなぜか?人間個人の力は非常に矮小だ。個々で動いても優れた成果は得られない。だから組織的に動くことにより得られる利益を増す」
「僕はそんなことを聞きに来たんじゃ.....」
僕の言葉を無視して父は続ける。
「だが社会の運営を指揮するのは個人だ。運営している人間に有利になるようにこの社会は作られている。お前達を、その人間どもにとって都合のいい歯車にする事を社会では“責任”というのだ。だから実際には子の不利益になるようなことでさえ、道徳や良心などと偽って子の気持ちを大切にしろと嘯くのだ」
「...........」
「私が果たしたい責任は違う。達海や立花が自ら考え、でき得る最善の選択で生き抜く人間になるよう育てる。それが私の果たしたい責任だ」
父の目は今に至っても冷たいままだ。
「奈津も同じだろう」
だがその冷たさはあるいは必要な冷静さだったのだろうか?
「そしてそれを果たすためにやるべきことは、我々を抹消しようとする抑止力からすごすごと逃げ出すことではない」
「なんで....」
「そんな事をしても、状況は悪化するだけだ。お前も立花もまともな生活が送れなくなる」
違うよ。僕はただ...
「そうではなく、死を覚悟しても私と奈津でこの研究を完成させ、この技術をお前達に継ぐ。これこそが、お前達が自分の力で生き抜けるようにするための最善の行動だ」
ただ....
「お前達には自分の頭で考えられるだけの教育は施した。財産は僅かばかりしかないが、その代わりこの知恵を託す。」
そう言って自らの卓上を指で軽く叩く。
「お前達が大人になるまで付き合ってやれないことは非常に残念なことだ。私も奈津もお前達が成人になった姿を見たかった。立花とバージンロードを歩きたかったし、達海がいい歳したおっさんになってから酒を酌み交わしたかった。」
いつの間にか父さんの表情には微笑みに似た優しさみたいなものが僅かに含まれていた。
それで気づいた。
これはあの日の夢だ。
「だがその為にお前達の人生を世間の隅に追いやることが、私の果たしたい責任ではないのだ」
「..........」
「私と奈津が研究をしていなければこんな事態にならなかったかもしれないが。この研究をしていなければ私が奈津と出会うことも、お前達が生まれることもなかっただろう」
「............」
「だからそこは諦めてくれ。そして無い物ねだりせず、腐らず、生き抜いてくれ」
「............」
「それができるための知恵を今見出しているのだ」
「.............」
「だから私に責任を果たさせてくれ」
夢の中の父はそう言って僕を抱擁した。
あの時の僕は父の言っていることに納得できなかった。
「こんなことを言ってしまうんだから、やはり私は魔術師には向いていないな」
父はなぜか微笑んでいた。
そして僕は、結局何もできなかったのだ。
§
なんだかとても懐かしい夢を見ていた気がする。
内容を思い出そうとするのだが出てこない。
夢ってなんですぐの忘れてしまうんだろう。
「起きろ」
あれ?というか僕は何をしていたんだっけ?
何かさっきまで必死になって何かをしていた気が。
「起きろ!」
ミシッという音が聞こえた、というか
「痛ッ!」
手首あたりに強烈な痛みを感じて僕は飛び起きた。
え?なに?なに?
めっちゃ痛い。
「やっと起きたか」
右側から声が聞こえた。
そちらに向くと、ペンドラゴンさんがいた。
「うわっ⁉」
僕はその場から飛びあがった。
思い出したからだ。
彼女に追い回され、吹っ飛ばされ、首を切られたのを…って。
彼女の聖剣が僕の首をスパっと切った記憶が僕の視界を横切った。
「え?あ?……あ、あ?」
首を何度も左手で触る。
傷はどこだ?首はつながってるのか?
そもそも僕は生きているのか?
「落ち着け。貴様の首はちゃんとつながっている」
焦ってペタペタと首を触る僕に、ペンドラゴンさんは落ち着いた声で言った。
「つながって…?は?いや、え?」
左手は首のつながった皮の感触が返ってくるだけだった。
どうやら僕は重症で死ぬ一歩手前というわけでも、デュラハンになったわけでもないらしい。
その事実に気付いた瞬間、肩から力がどっと抜けた。
というか気づいたら力が入らなくなっていた。
よかった。
流石にあの時ばかりはもうだめかと思った。
「何をそこまで驚いている?戻したのは貴様だろう?その刻印を使わせたのは私だが」
僕の視線の先、椅子に座っている彼女は言った。
「時間遡行。貴様の魔術刻印の中身だろう?」
「っ⁉」
なぜ知っているんだ?
僕は身を固くした。
「ああ。でも今はあのロクデナシに隠蔽されてるんだったか?だとするとこれも織り込み済みということか。あのトラブルメーカーめ」
まさか遡行魔術で体を復元したのか?僕は?
だがそんな魔力は回していないはずだ。
そもそもこれを使ったら…
足を組み、こちらを見下ろす彼女を見る。
彼女はなんだ?
僕を倉庫に呼んで、変な論文を読ませたかと思ったら、追い回して刺して。
いったい何がしたいんだ?
敵なのか?
それとも……
「貴方は何者ですか?」
額を汗が垂れる。
この質問の答えによっては、何としても彼女を倒さなくてはいけなくなる。
姉さんにだけは、絶対に奴らを近づけるわけにはいかない。
僕の質問に彼女はすぐに答えた。
「安心していい。私は守護者ではない。」
!
そこまで知っているのか。
「私は貴様を消しに来たのではない。貴様に助けてもらいに来たのだ」
「助けてもらいに?」
予想外の言葉に目が点になる。
「なんだ、その反応は」
彼女は僕の反応を笑った。
いや、僕の反応は至極正しいと思う。
助けを故意に来た人物は助けを求める相手の首をはねたりしない。
彼女は椅子から立ち上がると、僕の目の前にある台に立った。
台の上には円形のオブジェが横たわっていた。
そういえば、ここは一体どこだ?
薄暗いし、狭いし。
周りを見るとごちゃごちゃと多くの機材が置いてあり、据え付けの席もあった。
管制室に少し似てるか?
「私とて最初から貴様の首を切るつもりではなかった。貴様に頼んで刻印を使ってもらうつもりだった」
「刻印を?」
無意識に右肩に触れる。
ああ、と彼女はうなずく。
「だが食堂で貴様に聞けば、使うつもりは毛頭ない様子だ。あげくあのバカが手を加えたようでもあるし」
先ほどからロクデナシとかバカとか罵倒されている人物はなんなんだろうか。
「命を落とす状況にでもならんと貴様は使わんと思ったのでな。強引なやり方をさせてもらったぞ」
強引と言うか、それはもはや脅迫に近いのでは?
「なぜ、そんなことを?」
僕に刻印を使わせる目的が分からない。
「縁を作りたかった。アンカーを打ち込めなければ虚数空間からボーダーを上げることはできない」
アンカー?ボーダー?
「この未完成な虚数潜航艇とその理論の理解者、そして刻印の使用者。この3つがボーダーの浮上に必要だと探偵が言っていたからな」
彼女は僕の方へ向いた。
「あの倉庫で、訳は後で話すといったな」
「ええ」
そうだ。
あの後、訳が分からないまま論文を読んで、襲われて、逃げて。
肝心なことは彼女から何も聞いていない。
さっきから質問しても要領を得ない言葉ばかりだし。
ようやっとまともな説明が聞けるのか。
この時、僕は暢気にそんなことを思っていた。
その数秒後、さらに混乱すると知らずに。
彼女は腕を組んで僕を見た。
「私は未来のカルデアから来た」
そして僕を指さした。
「世界を救った一人のマスターを貴様に救ってもらうために、私はここへレイシフトしてきた」
「は?」
は?
ちょっと待て。
全く分からない。未来のカルデア?レイシフト?
これは何かの冗談か?
ここは笑うとこなのだろうか?
「いやいやいや、待ってください」
僕は額に手を当てる。
もう少し緩やかな説明が欲しい。
「いや、待たん」
僕の制止は全く聞かれなかった。
彼女それを無視してこちらに歩き、私の腕をつかんだ。
「悪いが状況説明は苦手だ。この後来る奴らの方が向いている」
「え?」
さっき説明するっていたばかりじゃないですか。
彼女は私を引っ張り、先ほどの円形のオブジェの前に立たせた。
「さあ、ペーパームーンに触れ。それであいつらを呼ぶ」
「ペーパームーン?これが?」
あのゼロセイルに使うっていう?
ごくりと息をのむ。
そんなもの触って大丈夫なのか。
分からない。
優柔不断な僕に、ペンドラゴンさんはしびれを切らした。
僕が戸惑っている間に彼女はつかんだ僕の腕を台にあげ、私の手をこのオブジェに押し付けた。
「ちょ⁉」
そして指先がペーパームーンに触れた。
「……」
「……」
何も起きない。
静かなままだ。
「あの」
変化しない状況に僕が疑問の声を上げた、その時だった。
『…これでいいと思うんだけど。うーん。もしもし~。聞こえてるー?』
謎の声が響いた。
え、誰?というか何この声?通信?
謎の声に、隣のペンドラゴンさんが返答した。
「ああ、聞こえているぞ」
えっと、知り合いですかね。
『やっと繋がった!』
謎の声がはしゃいだ。
なんかこの声聞き覚えがあるな。誰だっけ。
『調整ミスったんじゃないかと焦っちゃったよ。聞こえているなら早く返答してよね』
「だまれ、境界性ロリ。こちらも準備で忙しかったのだ。なぜ存在証明がこんな面倒なのだ」
境界性ロリ?
なんだ、そのパワーワードは。
謎の声とペンドラゴンさんは会話を続けている。
あの、いい加減説明してくれません?
『それは仕様だから諦めてくれよ。どうしてもというならこの方針を立てたホームズに言ってね』
「あいつは好かん。言葉でなんでもかんでも煙にまくタイプだ」
『あ~ほんとそれ~』
ホームズ?
ホームズって、キャメロットにいたあのホームズさん?
『本人がいる前でいうことではないと思うが』
『だって本当のことじゃん?』
『まあね。だが君も似たようなものだろう』
あ、本当にホームズさんの声だ。
え、なにこれ?
どことつながってるの?
『おい!ダ・ヴィンチ!行くなら早くしてくれ!おっさんの堪忍袋の緒が切れそうだ!』
『技術顧問!なにをしている!早くしろ!』
『はいはーい』
なんかいろんな人の声が聞こえる。
あれ?今ムニエルさんに似た声が聞こえたような。
ん?ダ・ヴィンチ?
『おーい。つながったってことは君の隣には彼がいるんだよね?』
「ああ、いるぞ」
謎の声がまた戻ってきた。
『彼と話せるかい?』
「ああ」
そんな会話をするとペンドラゴンさんは目で僕に話せと言ってきた。
「え?誰ですか?この人?これ、どことつながっているんです?」
「未来のメンツに決まっているだろう。あっちの虚数潜航艇だ。さっき読んだはずだが?」
そんな、当たり前だろ?って顔されても。
もうこっちはしっちゃかめっちゃかなんですけれども!
戸惑っていたらあちらから話しかけてきた。
『……達海くん。久しぶりだね』
謎の声は知己に会うかのような口ぶりだった。。
「久しぶり?ですか?えーっと僕はあなたとお会いしたことがあるんですか?」
確かに声は聞き覚えがあるが急に言われても誰なんだか。
僕の質問に、またもや聞いたことがある言い回しで謎の声は言った。
『あ、ひっどーい。こんな完璧美人天才少女を忘れるなんて』
ん?
『さすがの私でも傷ついちゃうぞ』
「え、その言い方って」
自分をここまで持ち上げる言い方。
そんな人間は一人しか思い浮かばない。
「貴方はもしかして」
『私はみんなの頼れるレオナルド・ダ・ヴィンチちゃんだよ。もう一度脳裏に刻んでおくよーに』
「……マジですか」
『マジだよー』
なんか声が幼い気もするがこの言い方は紛れもなくダ・ヴィンチさんだ。
これはいよいよペンドラゴンさんが言ってたことが現実味を帯びてきたぞ。
ドッキリとかじゃなければ。
『色々と聞きたいことはあると思うんだけど、とりあえず達海くんは虚数潜航の概要はわかってるんだよね?』
「え、ええ」
『そうならそちらのペーパームーンにもう少し強い魔力を流し込んでくれ』
「魔力を?」
『ああ。私たちが乗ってるシャドウ・ボーダーを浮上させる。君たちが乗ってるその未完成のシャドウ・ボーダーを目印にさせてもらいたいんだ。』
僕たちが乗ってるシャドウ・ボーダー?
今僕がいるここって……
ペンドラゴンさんを見る。
「ああ。ここは放り込んであった未完成の虚数潜航艇の中だ」
「まさか虚数空間の中にいるんじゃありませんよね?」
「なわけないだろう。この舟は未完成だ」
そうか。
つまり実数空間にあるこのペーパームーンを目印に彼らは虚数空間から浮上するつもりってことか?
ペーパームーンの扱い方なんて知らないんだけど。
「魔力を流し込むだけでいいんですか?」
『うん!頼むね!』
とりあえず言われたとおりにしよう。
添えてある左手からペーパームーンに魔力を回す。
何も変化は起きない。
これでいいんだろうか?
『虚数空間震、観測した!錨固定しろ!』
『錨、固定!』
魔力を流してすぐ怒鳴り声っていうか号令みたいなものが聞こえてきた。
『ペーパームーン航路図プラスマイナス収束開始。
シャドウ・ボーダー、間もなく実数領域へ入港します。』
これ、あっちの舟のアナウンスだよな?
なんでこっちに届いてるんだろう?
これ、通信というよりかは接触回線に近いのか?
『実数空間における存在証明、投錨済み。
対象、2015年カルデア、ペーパームーン。』
本当に彼女がさっき言っていた虚数潜航艇なのか。
なんかなにもしてないのに高揚感が。
ワクワクしてきた。
僕は何もしなくていいのだろうか?
「僕は他に何かすることあります?」
仏頂面のペンドラゴンさんに尋ねてみた。
「ない」
ですよね。
「なんだ、その顔は」
いや、僕も男の子なんで、あんな感じのものを聞くと参加したくなるといいますか。
ロマンを感じざるを得ないといいますか。
『虚数空間より浮上中。
実数空間到達まで残り15秒』
ほら、こういうの。
「だったら外に出て、出迎えでもしてやれ。叶わぬ対面だったからな。喜ぶ奴も多かろう」
「あっちの虚数潜航が終わるまでここにいなくていいんですか?」
アンカーがずれたら船は慣性で大きく振り回されるような気がするだけど…
「境界性ロリはそんなこと言っていなかった。何とかなるだろう」
そうなのか。
そういうもんか。
「出口はこっちだ」
「あ、待ってください」
急いで彼女の後を追った。
『虚数潜航、終了。
これより実数空間へ浮上します』
§
「ここって第3倉庫じゃないですか。なんでこんなところに」
「知らん」
外へ出ると、そこは見慣れた倉庫だった。
こんなところに保管してあったのか。
僕たちが中に入っていた未完成だという虚数潜航艇を見上げる。
これが虚数潜航艇?
どうみてもただのコンテナなんだけど…
「来たぞ」
僕がしげしげとコンテナもどきを見ていると、横で彼女は虚空を指さした。
僕はそちらに目を向ける。
指をさした空間が揺らめいた。
そしてふっと気づいたら大きな車両がその空間に存在していた。
急に現れたのだ。
瞬きしたらあったみたいな、変な感覚だった。
「え?」
現れた車両はなぜか猛スピードで走っていた。
僕と彼女の目の前を猛スピードで横切り、過ぎ去っていく。
そして速度を維持したまま倉庫の壁に激突した。
ガッシャ―ンという擬音があまりにも似合う衝突。
壁を壊し、破片をまき散らし、砂ぼこりをふきあらし、やかましい音を立てる。
そして数秒後、静かになった。
「……」
「……」
これは、あれか。
おそらくあれだな。
僕は横のペンドラゴンさんを無言で見た。
彼女は虚数潜航艇が突っ込んでいった先を無言で見ている。
「やっぱり、まずかったですかね。ペーパームーンから離れたの」
「……」
彼女は何も言わない。
「……」
「……」
「あれは並みの装甲車より強い複合装甲を持っているらしいからな。大丈夫だろう」
「それ、僕らがあそこから離れていい理由になってないですよね」
「……」
「……」
やっべ。