「動きませんね」
「動かんな」
壁をぶち破って止まった虚数潜航艇を見て、僕とアルトリアさんは呟いた。
あの舟、いや形状的には車両に近いんだけれども概念的は舟だ。
その舟が現れて一分近くたったが、動く気配も、誰かが出てくる気配もない。
やっぱりペーパームーンから離れるのはまずかっただろうか。
「ペンドラゴンさん。あの舟の中、確認しに行きませんか?」
一応、虚数潜航なんて荒業を行う前提で企画された船だから、あの程度で壊れるってこともないだろうけど。
人間が耐えられるかは別の話である。
搭乗員が何人いるかは分からないけど、けが人が出たのかも。
そう心配していたのだが、すぐにそれは杞憂だと分かった。
人の声が聞こえてきたからだ。
「ええい、離せ!離さんか!この私が直々に文句をいてくれる!」
「待てって!おっさん!あんたは出るなって言われてるだろ!」
「黙れ!航空機着陸直前に進入灯を消す奴があるか!」
聞こえてくる喧騒。
どうやら浮上のときのことで言い争っているみたいだ。
やっぱり離れちゃダメだったか。
「離れちゃダメだったみたいですね」
僕は隣のペンドラゴンさんにいった。
「知らん。駄目なら駄目と言っておけ」
そう言い切る彼女の顔には微塵も罪悪感はなかった。
いいなあ。
僕もこれくらい割り切れたら楽なんだろうけど。
「はいはーい。ゴルドルフ君は司令室に下がっててねー」
「技術顧問、所長である私の行動に意見しようというのかね⁉」
所長?
カルデアに新しく所長が就任したのだろうか?
「ミスター」
「なんだね⁉経営顧問⁉」
「我々としては現状、危険が多いここカルデアで指揮官たるミスターを守ろうという意思の元、行動しているつもりですが」
「う、うむ。流石だな。経営顧問」
「危険をとしてでも現場で我々の指揮をしてくださるというのであれば、方針を変えることも吝かではありません」
「む」
あ、ホームズさんの声だ。
「ダ・ヴィンチ。ミスターは我々と共に危険を顧みずカルデアへと出動するつもりのようだ。礼装の準備を…」
「わかった!わかった!そうだな!確かに所長たる私が危険な場所にいては、貴様らも目の前のことに集中できなかろう!私は戻る!」
「ご英断です」
「あ、あれだぞ!決して危険な現場が怖いとかではなく、お前たちが元気だけが取り柄のバカと盾の娘のことに集中できるように…」
「はいはい。じゃあ、行くよ」
新しい所長さん、わかりやすいキャラしてるなあ。
漏れてくる会話を聞いてそんなことを思っていたら、後部のハッチがあいた。
下りてくる人影は二人。
一人は長身ですらっとした青年。
キャメロットで見たときと変わらない。ホームズさんだ。
そしてもう一人は……少女?
童顔に、ホームズさんの胸ほどぐらいの高さの背丈。
おまけにランドセルのようなリュックを背負っている。
誰だ?あの子?
左手には身長を超すぐらいの杖を持っている。
ん?あの杖、ダ・ヴィンチさんが持っていたんだが。
二人はこちらに近づいてくると、声を上げた。
「やあ!達海くん!」
小さい女の子が杖を振りながら挨拶してきた。
この声……さっきの通信でダ・ヴィンチさんって言ってた人と同じ声だ。
え、嘘でしょ。
「いや~。君はいい反応してくれるね!私もこの体を作った甲斐があるというものだよ」
おいおい、マジですか。
「そう!ご推察の通り!私がかの有名な万能の天才!才色兼備で勇邁卓犖、ついでに麟子鳳雛なレオナルド・ダ・ヴィンチちゃんさ!」
どうしてこうなったんだ……
なんで時がたつと若返るんだ、この人。
というか今、自分に才能があるって三回も連呼したぞ、この万能人。
なんてコメントすればいいんだ。
「どうだい?この私は?」
どうだい?
どうだいって。
「すごく可愛らしく?なりましたね」
これでいいのだろうか?
思考が違いすぎて、もはや何を言えば誉め言葉になるかさえ分からなくなってきた。
「そうだろう!そうだろう!もっと褒めてくれたまえ~!」
どうやらこのお言葉でもお気に召して頂けたらしい。
機嫌をよくしたのか両手を軽く開いて、その場でターンするとピースしてきた。
アーティストになったなあ。
いや、ダ・ヴィンチさんは元からアーティストか。
「自分を褒め称えたい気持ちはわかるがね。今は自重したまえ」
くるくる回るダ・ヴィンチさんを見てホームズさんは呆れながら言った。
「おっと、そうだったね」
彼女は左足を出して、キュッと回転を止めた。
「お久しぶりです。ホームズさん」
ダ・ヴィンチさんの隣にいるホームズさんにも挨拶する。
私のあいさつに彼は笑って答えた。
「ああ。久しぶりだ。ミスター・達海。君とまた会えて嬉しいよ」
そう言ってニコッと笑うと右手を出してきた。
握手だろうか?
差し出された彼の右手を握る。
「ふむ。なるほど」
そうつぶやくと彼は手を離した。
「久しぶりの対面も終えただろう。さっさと行くぞ」
僕らのあいさつが終わるとペンドラゴンさんは急かすように言った。
今も片足のつま先で地面を何度か叩いている。
「失礼。ミス・アルトリア。貴方には随分と苦労を掛けました」
「世事はいらん。お礼は現物でよこせ」
「なるほど」
ホームズさんの感謝に随分と厳しい言葉で返すペンドラゴンさん。
そんな言葉にホームズさんはにっこり笑って、懐に手を入れた。
コートの内側に食べ物でも入れているのだろうか?
「でしたら、この少し服用するだけで宇宙を垣間見ることができる魔法の粉を…」
「スト―――――ップ!ストップ!ホームズ!そういうのは個人的に楽しんでくれ!」
「ふむ。何か問題が?」
「あるに決まってるだろ!」
キョトンとした顔のホームズさんとあきれ顔のダ・ヴィンチさん。
やっぱ頭いい人って何考えてるか分かんない。
「ここカルデアはどの国にも属さない独立機関。いわば法律の空白地帯だ。ここでどのような嗜好品を楽しもうと私の自由では?」
これ全部素面で言っちゃうのがホームズさんだよなあ。
「そーいう問題じゃなーい!達海くんの情操教育に悪いでしょ!彼は未成年なんだからね!」
なんと常識的な発言をする万能人。
驚き。
そうか。ダ・ヴィンチさんも天才で頭おかしいけど、彼に比べればまだまとも……でもないか。
「知を追及するのに年齢は関係ないとも。ミスター・達海。どうかな?私と共に宇宙の神秘を覗くというのは」
キセル片手にそんなことを言ってきた。
世が世なら彼はただの犯罪者として捕まっていたかもしれないな。
僕はそちらに行くのは御免です。
ということで断ろうとしたその時。
視界の隅で何かがぶれた。
「遊びが過ぎるぞ。探偵。イカれるのは一人でやれ」
ペンドラゴンさんの回し蹴りが彼の顔を襲った。
だが蹴りを左手の甲で受け止めたホームズさんは笑顔を少しも崩さなかった。
「失敬。紳士ジョークですよ」
二人のやり取りの隣でダ・ヴィンチさんは大きなため息を吐く。
なんだろう。
まるでダ・ヴィンチさんが苦労人の立場をしているみたいだ。
「私は先に戻るぞ」
そう言うとペンドラゴンさんは壁に突っ込んだ虚数潜航艇へと歩いて行った。
その後ろ姿を見ながらダ・ヴィンチさんはホームズさんにあきれた視線を再度向けた。
「はあ。後でちゃんとフォローしておくんだよ?あれで結構責任感じてるんだから」
「もちろんだとも」
余裕綽々にキセルを吸いながら彼は言った。
まさか今も服用しているんじゃないですよね?
「まあ、なにはともあれ。私たちが無事対面できたのは何よりだ」
ダ・ヴィンチさんは綺麗な笑顔を浮かべてそう言った。
「そう?ですね」
僕は少し疑問符を浮かべながら肯定する。
いや、彼女の言に賛成したい気持ちは山々なんだけれども、僕は彼らがなぜ未来から来たのか全く知らないのだ。
ペンドラゴンさんは、僕に助けてもらいに来たって言っていたけど具体的にどういう意味なんだか。
状況が分からないので判断のしようがない。
という僕の思考は僕の表情に出ていたみたいだった。
ダ・ヴィンチさんは僕に言った。
「とりあえず情報共有をしたい。まずは、達海くんがどういう経緯でここにいるか、私たちの状況をどこまで知っているか。それを教えてもらっていいかい?」
そろそろそちらのことも教えて欲しいと僕は思う。
けど僕よりもはるかに頭の回転が速いこの二人がこう言うってことは、やっぱり何かしらの意味があるんだろう。
僕は言いたいことをぐっとこらえて飲み込んだ。
「分かりました」
了承の意を伝えて、頭の中を整理する。
経緯っていうなら一応カルデアに来た時から話した方がいいのかな。
うん、そうだな。
「まず、僕がカルデアに来たのは…………
§
「首を切り落とされたあ⁉」
カルデアでの諸々の経緯を語り、ペンドラゴンさんがここに来るまでにしたことを話したら、ダ・ヴィンチさんは素っ頓狂な声を上げた。
うん。人としては正常な反応だ。
ちなみにホームズさんはダ・ヴィンチさんの隣で万年の笑みで大爆笑している。
うん。人として終わっている。
「そうみたいです。幸いなことに頭が地面に落ちた記憶自体はないのでPTSDの心配はなさそうです」
頭だけで地面から首のない自分の体なんかを見たら、夢に出てきそう。
首が切られても7秒くらいは意識があるっていうしなあ。
「そういう問題じゃない」
ダ・ヴィンチさんはまたまた呆れ顔。
何事にも限度ってあるよね。
「彼女が自分から行くって言ったからこの任務を任せたんだけど、あの効率性が完全に裏目に出たよ」
もうっと彼女はため息を吐く。
それを聞いてホームズさんはいまだに肩を震わせて笑いながら言った。
「いや、一概にそうとも言えない。彼女の行動はやりすぎだが縁を結ぶことはできた。結果的に我々はこうしてこの時代に来ることができたじゃないか」
「結果的にでしょ!」
ホームズさんの弁にダ・ヴィンチさんは憤慨する。
「やりようなんて他にいくらでもあるだろうに」
「ミス・アルトリア、それも彼女の場合はそれこそ効率的だからね。実際これ以上遅れていたら我々も、この時代の彼らも危なかった可能性が高い」
「まあ、そうだけど」
ダ・ヴィンチさんが憤慨してくれるのはありがたい。
実際もう二度と首を切られる感覚なんて御免だ。
だがそれはそれとして。
彼らはなぜ僕の刻印を知っているのか?
そして最も分からないこと。彼らがなぜ未来から来たのか。
もう、流石に聞いてもいいだろう。
「教えてください。貴方たちはなぜ未来から来たんですか?」
僕の質問を聞いた二人の顔はすぐに笑みが消え、真剣な表情になった。
そしてダ・ヴィンチさんは口を開いた。
「私たちは……魔神柱を追ってきたんだ」
「魔神柱?」
魔神柱。
僕らの特異点探索で幾度も立ちはだかってきた敵。
ソロモンがかつて召喚したとされる魔神の集団“ソロモン72柱”の魔神と同じ名を冠する存在。
太い柱に幾筋もの裂け目が走り、いくつもの眼球が張っているおぞましい存在。
彼らは人理焼却を果たすために特異点に送り込まれる存在ではなかったのか?
なぜカルデアに。
「君がさっき言っていた第3種の警報。あれは君も知っての通り外部の敵から侵入があったことを知らせるものだけれど」
「進入してきた敵が、その魔神柱だと?」
「ああ。その通りだ」
僕の言葉にダ・ヴィンチさんは頷いた。
じゃあ、今カルデアに魔神柱がいるってことなのか?
そうだったのなら僕はここでこんなことをしていていいのだろうか。
姉さんは既に向かっているのか?
だとしたら僕も今すぐにでも魔神柱のいる場所へ向かうべきではないのか?
いや、落ち着け。
情報収集をしないで戦うなんて愚の骨頂だ。
今現在、状況を最も正確に把握しているのは僕の目の前にいる2人だ。
彼らの話を聞くのが最善の選択だ。
深呼吸し、頭の中を整理する。
よし。
「追ってきたとはどういう意味ですか?」
最初に彼女が言っていたことを聞く。
魔神柱を追ってきた、これはどんな状況を指すのか。
僕の質問を静かに待っていたダ・ヴィンチさんは、その言葉にすぐ答えた。
「私たちは人理修復の過程で、討伐すべき魔神柱に逃げられてしまったんだ。だからその魔神柱の持つ聖杯の反応を追って、ここまで来た」
「魔神柱が逃げた?」
そんなことあるのか?
僕らが戦った時は、一度だって魔神柱が撤退したことなんてなかった。
別に彼らが物だって思ってるわけじゃない。
彼らは確かに意思を持っている。
だけれども戦いを通して感じたものは、どの特異点でもたったの2つだけだった。
1つは、人理は間違ったものだということ。
そして2つ目は人理焼却を果たすということ。
例外はあったが彼らの意思はその2つにほぼ限定的で、機械に似ているのだ。
意思はあっても自我がないというべきだろうか。
決められた目的を果たすために動いてるとでもいったような。
だから彼らは自らが劣勢になろうと、あくまでその2つを果たそうと動いていた。
自らの危険を感知して魔神柱が逃げ出すなんてあるのだろうか?
それがましてや特異点を作る聖杯を持って逃げるなんて、自ら特異点を壊すことは彼らの存在意義に関わることではないのだろうか?
頭の中を様々な疑問が駆け巡る。
「君の疑問はわかる。魔神柱が逃げるなんて私たちも予想していなかったからね。実際なぜそんな行動をとったかよくわかっていないんだ」
ダ・ヴィンチさんは肩をすくめて言った。
まあ、それはそうだよな。
そもそもわかっていたら特異点でももっと有効な作戦がたてられるというものだ。
これは置いておこう。
原因が分からないのなら対策を話し合うべきだ。
「ダ・ヴィンチさんは先ほど人理修復の過程で、と仰ってましたけれど、そちらの時代では無事修復をやってのけたのですか?」
僕は彼女に質問した。
この質問に彼女は全く表情を変えず、こう聞き返してきた。
「なぜそれを問うんだい?」
彼女の顔は先ほどと同じだが、それ以上に何か圧があった。
僕が質問した理由はいたってシンプルだ。
「増援の有無を知りたいだけです」
「増援?」
彼女はきょとんとした顔で聞いた。
何も不思議がることじゃないと思うけど。
「ええ。僕らは今に至るまで限られた人員、資材、施設の中で何とか特異点を修復してきました」
「うん。それは私も知るところだ」
未来から来たならそうだろう。
「でも人類の存続をかけた戦いをこの規模のサポートでやるなんて通常ではありえないはずです。もし修復が完了しているならそれなりのマスターが呼べると思うのですが」
そもそもの基準がおかしいのだ。
だから僕を戦場で使わなければならなくなるし、姉さんはたった1人でほとんどのサーヴァントと契約している。
もし、未来から増援が期待できるならより本格的な戦力を投入できるかもしれない。
そうすれば魔神柱であろうと、より確実に討伐できるのではないだろうか。
……姉さんだって危険な目に合わなくて済むかもしれない。
僕の話を聞いてダ・ヴィンチさんはなるほどと頷いた。
だけど彼女から答えは僕の期待通りではなかった。
「君の言うことはもっともだ。だけどそれには答えられない」
「なぜです?」
「それを言うことは今ここで生きているすべての人を裏切る行為だからだ」
彼女は腕を組んで険しい表情をしていた。
「人理修復は一つ一つの歩みにこのカルデアすべての人たちの血のにじむような努力と苦労があった。その全てを無視して結果だけを述べるのは、人理を焼却したゲ、いや……、ソロモ……君たちの敵と同じになってしまうから」
そういってから彼女は肩の力を抜いた。
「ただ増援に関しては答えられるよ」
「あるんですか?」
ふふん、と笑みを浮かべる。
やはりあるのか。
じゃあ、虚数潜航は先遣隊と言うことか。
たしかにあの虚数潜航艇なら並みの攻撃なら防げるだろうし、緊急時には虚数空間に逃げ込むことも可能だろう。
もしくは舟のなかにもういるのか?
あの所長とわめいていた人か?
「ないよ!」
ない?
「これはサポートの有無の問題じゃなく、運用の問題だ」
「運用?」
運用……
魔力が足りないってことか?
それとも召喚システムに問題が?
疑問符が頭に乱立する。
ダ・ヴィンチさんはどこからともなく眼鏡を取り出した。
そしてかけた。
「まず基本として、マスターが英霊呼び出せるのは、マスターとなる人間が魔術を使えるからではない」
「魔術的素養ってことですか?マスター適正みたいな」
もっとも僕に足りない部分だ。
そう思ったが彼女は首を振った。
「それもあるけどね。本質的には“世界からの要請”という許可が下りているからだ」
世界からの要請……
抑止力のことだろう。
「人類滅亡や星の破滅を回避するために、出される要求ですか」
「そうだ。そのためのサーヴァントだ」
全を守るために一を殺す。
それを行うのがサーヴァント。
世界は綺麗ごとでできていない。
「英霊が世界の法則から外されてサーヴァントとして召喚されるのは、抑止力が世界維持のための力として認めているから」
元はグランドクラスを呼び、人類悪に対抗するための手段。
聖杯戦争はそれを格落ち、つまり流用したものと聞いている。
「だからその許可なくしては座から彼らを呼び出すことはできない」
つまり要約すると英霊を貸し与える役割を抑止力は担っている。
マスターは許可をもらうって初めてサーヴァントとして英霊を召喚できるということだろう。
「そしてわれわれは、この時代においてもっとも平常な場所にきた」
「平常……たしかに外に比べればまともな空間ではありますね」
人理が消滅したこの世界で人類が営みを続けている場所がここカルデアだ。
そうだ、とダ・ヴィンチさんは言う。
「このカルデアはこの時代で唯一、世界を守ろうとする陣営の領域と言えるだろう。抑止力の拠点とさえいえるかもしれない」
なるほど。
確かにここまでサーヴァントが集まっていれば抑止力陣営ともとれる。
知らぬ間に僕は最悪の陣営についていたらしい。
「そんな唯一の拠点に、だ」
彼女は唯一を強調する。
「未来からの介入なんて不特定要素を多分に含んだ存在が来た時、世界がどんな判断をするだろうか?」
なんとかきれいに保ってきた庭。
そこに入ってくる訳の分からない集団。
僕だったらどうするか?
「確実に追い出しますね」
生活が懸かっているならなおさらだ。
英霊を召喚する許可?出すわけがない。
「そうだろう」
ダ・ヴィンチさんもまさしくその考えに至っていたようだ。
「そんな状況でマスターを連れてきたところで、おそらく英霊を呼び出すことすらままならない。できるかもしれないけど試すにはリスクが高すぎる」
「なるほど」
それで増援のマスターは期待できないってことか。
理にかなってはいる。
だがそうすると……
「じゃあ、今いる僕と姉さんだけで戦うってことですか?」
そう言うことになる。
結局戦えるのはサーヴァントを率いるマスターだけなのだから。
「うん。この時代の戦いは敵が何であれこの時代の者にしてもらうしかない」
ダ・ヴィンチさんも眉をしかめながら言った。
やっぱりか。
世界の断りがある限り、未来の彼らが戦うのは不可能に近い。
しかしそれなら彼らはなんのために僕にコンタクトを取ったのか。
何もできないのに虚数潜航艇を動かしてくる意味なんてほぼ皆無だろう。
当たり前にそこに行きつく思考は彼女も読んでいたようだ。
眉をしかめつつも言葉をつなげた。
「私たちには敵の情報と未来で培ってきた技がある。それを使ってもらいたい」
情報と技。
今の僕らには喉から手が出るほど欲しいものだ。
だが……
「姉さんのところに行ったほうがいい」
直接的な援助ができないというのであれば戦力の乏しい僕よりも、姉さん方へ行くべきだ。
彼らが所持する技術や情報が何であれ、それを有効に活用するためには人材が密に通う人物に渡される必要がある。
つまり姉さんだ。
現場での司令塔を担う姉さんに知らせず、何の意味があるのか。
ダ・ヴィンチさんは僕のつぶやきに反論した。
「君のお姉さんはあまりに強力すぎる」
「え?」
強力すぎる?
「未来から来た人物が、過去でその本人や近しい知人と出会うということは危険だ」
「なぜですか?」
「その人物の行動によって本来の世界の流れを壊す危険性がある。特異点であれば、その世界の歴史は本来のものでなかったからよかったが」
「……たしかにここカルデアは正しい世界の歴史ですね」
今まで特異点にばかり目を向けていたが、ここは唯一、人理が続いている空間でもあるのだ。
そうなれば抑止力はここに限っては、正しく働くということか。
「その通りだ。過去の人物と会うことは世界の断りを乱す行為。すなわち抑止力の排除対象になる可能性が高い」
融通の利かないシステムだな。
抑止力ってのは。
「だから君のお姉さんと接触を持つのは避けた」
そう言うと彼女は右手を僕に差し出した。
僕が見慣れている手よりも大分細い手だった。
「私たちが手を貸せるのは達海くん、君しかいない」
だがその手によって支えられているものは大きいらしい。
「だから達海くん。私たちに協力してくれないか?」
彼女にはとてもお世話になっている。
それにホームズさんにも。
それにカルデアが危険だというなら無視できない。
「もちろんです」
そういって彼女の手を握った。
彼らの言い分はわかった。やるべきことも分かった。
だが問題は別にある。
「ただどうやって魔神柱を倒すんですか?その方法がありません」
僕には姉さんほどの力はない。
「僕が契約しているのはキリエライトさん一人のみ。それだって彼女からの了承で半ば強引な形でです。彼女は本来出せる力の6割ほどしか使えていない」
僕のマスター適正は著しく低い。
だからか僕はキリエライトさん一人の力さえ上手く発揮しきれていない。
今までは彼女自身が宿す英霊の名を知らないことにも起因していたかもしれない。
しかしそれもなくなった今、彼女の枷となりうる要素はもはや僕だけだ。
すなわち僕は壊滅的にサーヴァントの運用に向いていない。
「それは思い違いだ。ミスター・達海」
僕の考えに反論を投げかけたのは今まで静かにしていたホームズさんだった。
「思い違い?」
思い違いとは、いったい?
「君はマスター適正が低いわけではない」
何を言ってるんだ、彼は。
彼は落ち着いた顔で説明する。
「遺伝しやすい魔術的素養がここまで姉弟で違うのは不自然だと思わないかね?」
それは確かにそう思ったこともあったけど。
「でも事実、僕は上手く運用できてません」
実際にできないのなら適性がないとみるしかない。
しかしホームズさんによると違うらしい。
彼はキセルを右手に持って言う。
「さっきダ・ヴィンチ女史が言った言葉を思い出してみたまえ」
言った言葉……?
「英霊の召喚には“世界の要請”、つまり抑止力の許可が必要だ」
ああ、マスターがなぜ英霊を呼べるかって言ってたやつか。
確かに言っていたが、それが一体何だというのだろう。
「だがミスター・達海。君にはその魔術刻印がある」
彼は僕の肩を見る。
「時間遡行の魔術。もはや根源に到達しかねないほどの魔術を持った人物に抑止力は許可を与えるか?」
この刻印が……原因?
「答えはノーだ」
僕の父さんと母さんが命をとして作った刻印。
父さんと母さんを殺しておいて、刻印をまで消さないと世界に認められないって言うのか?
そんなのは断じて認められない。
「君は素養がないのでなく、抑止力に資格をはく奪されているのだよ」
「つまりこれを捨てろってことですか?」
僕の両親の形見だぞ。
「絶対に捨てません!何があっても!」
僕は両親のことを思って怒鳴ってしまった。
だけどホームズさんはにこりと笑った。
「もちろん、構わない。そうでなければ困る」
「へ?」
英霊を召喚できるようにしろって話じゃないのか?
「でもそうならどうやって戦うんです?」
サーヴァントがいなきゃ魔神柱とやりあうのは無理だ。
「たしかに英霊は呼び出せない。だが何事にも例外はある」
例外?
「ちょっとしたずる、とでも言おうか」
我々の世界にいるのは何も英霊だけじゃない、とホームズさんは言った。
「民間伝承や物語などの架空の存在、英雄と呼ぶには活躍が乏しい者。英雄にも反英雄にもなれず朽ちていくだけの存在。そう言った存在が山ほどいる」
「確かにいますけど、それは・・」
「そう。座にすらいない彼らは、本来呼び出すこともできない」
だからこそ英雄が英霊となるはずだ。
「だが、極めて世界法則が乱れた世界では、呼び出すことが可能だ」
乱れた世界?
「そして呼び出された彼らは“幻霊”と呼ばれている」
「幻霊?」
「ああ。個人的な縁さえあれば、もともとお姉さんと同じポテンシャルをもつ君になら召喚することは容易なはずだ」
「僕に縁なんてありませんよ」
「そうだろうか?」
ホームズさんはキセルで一服した。
僕に縁なんてあったか?
ひと間空けて彼は言った。
「君はフランスで、英雄ではない、作られた架空の存在に出会ったのではないかな」
フランス?
英雄でない?
作られた存在……
まさか……
「ああ。竜の魔女。作られた架空の聖女。彼女は偉業を成した過去の人物でも、悪でありながら救い手となった反英雄でも、抑止力と契約した守護者でもない」
強引だ、そんなの。
「彼女は英霊ではない。幻霊だ」
そう言い切るホームズさん。
彼が言うならそうかもしれないが、見ていないから言えることもある。
「あの存在が僕に力を貸してくれるとは到底思えません」
彼女が英霊にならないのは、その本質的な問題もあるはずだ。
だがホームズさんにとっては些事のようだ。
「だが君には縁があるだろう」
いくら何でも無理だ。
召喚したとして焼き殺される可能性の方が高い相手だ。
僕の不安は顔に出ていたのだろうか。
ホームズさんは安心させるように、ぼくに笑った。
「安心したまえ。私たちや魔神柱が未来から来た時点でこのカルデアは極めて世界法則の乱れた世界となった。時は進むだけなのが世界の絶対法則だからね」
そうじゃない。
「さあ、召喚の準備を始めよう」
§
「彼は聡明だ。小細工はすぐにばれるぞ」
召喚準備のためボーダーへと戻る私にホームズは言った。
「ばれる?何がだい?」
聞き返した私に、ホームズはちらっと目線を向けた。
「とぼけるのはよしたまえ」
彼は続ける。
「我々は魔神柱を追ってきた。なるほど。
「……」
「確かに我々は
「だが経験はある。我々は魔神柱を逃がし、そして打ち倒した経験が4度もある。」
「……」
「たしかに
「……」
「我々がマスターを連れてこないのは“世界の要請”が得られないから。確かに我々もそのリスクは考えた。だがマスターを連れてこれない根本的な理由はそこじゃない」
「……」
「
「……」
「ミス・立花が強力すぎる。彼女に接触するのは困難である」
「だがそれならミスター・達海を彼女への伝令にして、彼女のサーヴァントを戦力とするのがもっとも確実な戦術だ」
「
「……」
「そしてなにより、未来から来た人物が過去の本人や知人などと会うことが危険なのだとしたら」
「
「……」
「たしかに嘘は言っていない。が、正確に真実を言っているわけでもない」
「
「……」
「……」
もう!
「うるさいな!それくらいわかってるよ!」
私だってこんな詐欺まがいな行為、やりたくてやってるわけじゃない!
「じゃあ言うけどさ、すべての真実を言うことが彼の救いになるのかい?」
「……ふむ」
「人が前に向かって歩いていくには希望が必要なんだよ。明日は今日よりも幸せで、明後日は明日よりも幸せだ、って想像がなくても進める人間は決して多くない」
人は前に進むことができる。それは確かだ。
だが同時にとても弱い存在でもある。
「態々彼の力を借りるために来た私たちが、彼の希望を踏み砕くなんてそんな図々しい真似、私はするべきでないと思う」
恩を仇で返すのは、あの
「なるほど」
ホームズは顎に手を当てた。
「だが彼の所感も聞かずに、彼が打ちのめされると思うこともまた傲慢だ」
「……」
「……」
「うるさーい!さっさと用意しろ!この訳知り顔で肝心な時に何も話さない探偵!幻霊召喚は君だよりなんだからな!」
「ああ、わかっているとも」
次回より事態は動きだします。