「これでいいんですか?」
僕は渡された術式を読んでホームズさんに問いかけた。
「ああ、それで問題ないはずだ」
僕の目の前に立つ彼はそう答えた。
そうなのか。
「でもこれ、ほとんど英霊の召喚と変わりませんよ?」
術式を見る限り、ほとんどやってることは変わらない。
聖杯を通すか否か、違うのはこの一点のみだ。
これでホームズさんが言っていた幻霊?を召喚できるのだろうか?
ホームズさんは僕の言葉を聞くと、ふむとひとこと言って顎に手を当てた。
「君は注射を受けたことはあるかい?」
注射?
「予防接種とかで病院で受けるあれですか?」
「ああ」
「受けたことありますけど」
そりゃ、現代人なら一度は受けたことあると思うけど……
召喚と注射にいったい何の関係が?
僕の訝しげな視線など素知らぬ表情で彼は続ける。
「注射器は1844年にフィンランドの医師が発明してからここ170年程、ほとんど形が変わっていない。なぜだか分かるかい?」
なぜかって言われたら……
「変える必要がなかったから、じゃないですか?」
必要がなければ変化も生まれまい。
需要と供給の関係ではなかろうか?
僕の答えにホームズさんは笑った。
「エクセレント!」
僕の答えは彼の満足いくものであったらしい。
「その通りだ。注射器はあの形がベストだ。だから大きく変化することなく使われ続けている。召喚もそれと同じだよ」
「召喚も?ですか?」
「サーヴァントの召喚システムはマキリ・ゾォルケンが考案したとあるが非常によくできている。格落ちとはいえ、これを使わない手はないさ」
ええっと、つまり……
「召喚システムも洗練されてた技術だから、幻霊の召喚に流用してしまおう、ということですか?」
「理解が早くて助かるよ」
彼はにこりと笑って拍手した。
まるで先生だ。
完全に子ども扱いされている。まあ、事実子供なんだけど。
はあ、とため息をつく。
そんな僕の横を小さな車のような機械が何台か通り過ぎていく。
この機械は召喚陣を描くためにダ・ヴィンチさんがさっき持ってきた。
イメージは小学校の頃によく見た白線を地面に書く手車に近い。
校庭でよく先生が使っていたあれである。
といってもこっちは全部自動で動いているが。
ウィーンと音を立て、術式に描いてある陣と寸分たがわぬそれを滑らかに床に描いていく。
結局、魔術も効率化を目指すと現代科学とそんなに変わらないのかもしれない。
「おーい」
そんな益体もないことを考えていたら、先ほど戻ってきたダ・ヴィンチさんが帰ってきた。
何か巨大なものを抱えて。
いや、あれ抱えてっていうのか?
背中に背負っていたランドセルのようなリュックから、六本指の大きな手みたいなものが取り付けられている。
そしてその手が彼女の頭上まで、何か大きなものを抱えて運んでいるのだ。
というかその手は一体どうやって入れていたんですか。
さっきそのランドセルから生えてきましたけど、体積的にどう考えてもおかしいですよ。
この二人の前にいると、自分の中の常識がどこかへ飛んで行ってしまいそうで困る。
「よいしょ」
ダ・ヴィンチさんは描かれた陣の真ん中に運んできたものを置いた。
「はい、お疲れ~。君たちは戻ってて~」
どうやら陣が完成したらしい。
彼女がそう言って両手を叩くと、先ほどまで陣を描いていたミニ自動車は虚数潜航艇の方へ走っていた。
オッケーグーグル。
多分あれのソフトウェアは今のミニ自動車が原点に違いない。
彼女の背中の巨大な手は、理解の及ばない変形をしてリュックへと戻り、彼女は言った。
「さあ、触媒も持ってきたことだし召喚を始めようか」
触媒?
「幻霊の召喚にも触媒が必要なんですか?」
僕はホームズさんに聞いた。
「もちろん」
彼はすぐに答えた。
「先ほども言ったがこの召喚は召喚システム・フェイトの流用だからね。君のお姉さんがいつもやっているのと大きく変わらないさ」
いつもの召喚……
「じゃあ、あれはキリエライトさんが使っている盾、ですか?」
「………ああ、その通りだ」
それにしてはゴテゴテしている。
彼女の盾にあんな装甲はなかったが。
「ん?これ?これは強化外骨格って言ってね。まあ、ゼロセイルと同じでお蔵入りになった技術を掘り出してきたのさ」
僕の視線に気づいたダ・ヴィンチさんはそんなことを言った。
あれも使われなかった技術なのか。
すごいな、カルデアって意外と倉庫だけでも宝の山なのかも知れない。
「そんなものもあったんですね」
「……まあね」
そこでふと疑問に思う。
そう言えば彼らは何でお蔵入りになった技術を使っているんだろうか?
虚数潜航であれ、あの強化外骨格であれ。
ドクターもこちらのダ・ヴィンチさんも、あんなもの使おうなんて一言も言ってなかったが。
“注射器はあの形がベストだ。だから大きく変化することなく使われ続けている”
さっきホームズさんが言っていた言葉が頭をよぎる。
この言葉。
逆説的に考えれば、必要に迫られれば変化する、と捉えることもできる。
未来のカルデアは、骨董品を漁らなければやっていけないほどの何かがあった……のか?
まさかな。
虚数潜航にしたってとても有用な技術だった。
だから実用化しただけだろう。
頭を振る。
やったこののない幻霊の召喚を行うからナイーブになっているのかもしれない。
下らないことを考えてる場合じゃない。
こういう時、いつもはキリエライトさんがいたからか、余計なことも考えなかったんだけど。
そういえばキリエライトさんは来ているのかな。
ダ・ヴィンチさんが盾を持ってきたってことは舟の中にいるのかもしれない。
聞いてみようかな。
「詠唱は一部分だが幻霊の召喚に合うよう変更してある。聞きなれたフレーズで行わないように注意したまえ」
ぼんやりしていたら隣のホームズさんにこんなことを言われてしまった。
いけないいけない。
少し気を抜きすぎた。
僕は手に持った術式の研究書をもう一度確認した。
§
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
「────」
「────告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに逆らい、この意、この理に背くならば応えよ」
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝常世の悔恨を纏う亡霊、
世界の隅より来たれ、復讐の担い手よ────!」
§
「あれが……魔神柱…?」
私だけでなくマシュ、エミヤ、そしてアルトリアもそろって固まっているようだった。
私たちはまた隊列を組み最下層まで下ったが、結局敵の形跡らしいものは何一つ発見できなかった。
そのためそのまま進み、最下層の扉をくぐったのだが……
「細い……よね?」
そんな私たちを出迎えたのは今なお稼働中の動力炉と、魔神柱と呼ぶには形状の大きく違う敵だった。
動力炉であるプロメテウスの火は側面が弓のように緩やかなカーブを描き、上下が少し太い円柱であるのだが、その床から天井までつながっている円柱に太い蔓のようなものが巻き付いている。
最初はあれも動力炉の一部かと思ったが、生理的な嫌悪感を催すほどの量の目がその蔓の表面を這っているのが見えた。
おそらくあれが魔神柱なのだろう。
あれで柱と言っていいのかは甚だ疑問ではある。
魔神
「立花!」
私たちが驚き、足を止めていると向こうから人影が数人駆け寄ってきた。
「ムニエルさん!」
先頭を駆けているのはシミュレーションルームで別れたムニエルさんや技巧部のメンバーだった。
彼らの姿を見て、マシュが声を上げた。
「無事でよかった!」
7人ほどが小走りにこちらの近くに来ると、軽く笑った。
「いや、そっちもなんもなさそうでよかったよ」
戦闘にいたムニエルさんは腰に手を当てて言った。
はて?
「何でここに?」
なんでムニエルさん達はここにいるんだっけ?
そう思った私は彼にそう問いかけた。
それを聞いて彼は呆れた視線を私によこした。
「いや、シミュレーションルームで言ったろ。俺たちは炉心の整備に回されてるって」
ああ。そういえばそんなことを言っていた。
警報が鳴ってごたごたしたときのことを思い出す。
「ずっとここにいたの?逃げなかったの?」
威圧感を放っている魔神柱を背にしているムニエルさんに私はそう質問した。
彼らがここの配置なのはわかる。
しかし彼らが怪我をしてしまっては、元も子もない。
あんなえげつない敵が目の前にいるのになんで逃げないのさ?
私はそんなことを思ったのだけど、ムニエルさんはやっぱりみたいな顔をした。
なにその反応。
「じゃあ侵入してきた敵ってやっぱあれなのか?」
彼は炉心に巻き付いてる魔神柱を指さした。
「うん」
どうみても敵。
「いや、俺たちも最初はそう思ったんだよ。で逃げようとしたんだが、どうも変なんだよな」
彼の言葉に周りの技巧部の人たちもうんうんと頷いた。
変?
「確かになんか細いけど……」
変と言うなら魔神柱がカルデアにいることそのものが変だ。
態々言うことでもない。
だが彼の表情を見る限り、そういうことを言いたいわけではないらしい。
「それもそうなんだが、それだけじゃなくて」
「それだけじゃないって?」
「ほら。この状況だよ。おかしいと思わないか?俺たちが無事って」
彼は両手を広げて自分の体をアピールする。
怪我がないならよかったけど……
そんなことを考えてからハッとした。
言われればそうだ。
彼の言葉にあんまり緊迫感がなかったから考えなかったが、そもそもマスターでもない彼らが魔神柱と同じ空間にいて傷一つないってのも妙だ。
ムニエルさんは両手を下すとあの魔神柱を指さした。
「この距離だし俺たちのこと見えてると思うんだけど、なぜか攻撃してこないんだよ」
「攻撃してこない?」
「ああ。最初この階にエレベーターで降りたらすぐあいつが見えた。だから俺たちも逃げようとしたんだ」
普通そうするよね。
「そしたらトマリンが腰ぬかしちまってよ」
ムニエルさんの隣の大柄な男の職員が頭を掻いて苦笑いする。
熊も投げ飛ばせそうなくらい大きいのに、腰抜けちゃったか。
「こんなガタイだからよ、肩貸そうにも引っ張ることすらできなくてな。その場で悪戦苦闘してたんだ……」
そういって彼は後ろの魔神柱を見る。
「あいつ、目の前で腰ぬかしてる人間がいるのに何もしやしねえ。1分もすればトマリンも立てるようになったんだが流石に変だと思ってな」
彼は肩をすくめた。
なるほど。
「でもそれだったら連絡してよ。端末使って管制室に知らせてくれればこんな急がなくてもよかったのに」
猶予があるならもう少し余裕を持ってきたかった。
「したさ。でも繋がらないんだよ」
彼はズボンから端末を取り出す。
右上にはofflineと表示されている。
故障か?
そう思って私も端末を取り出すが、offlineと表示されていた。
電波が通らないのだろうか?
「ここをこのまま放置しておくわけにもいかないだろ?かといって上に敵がいないとも限らないからこのメンツを分断すんのも危険だし、だから身を潜めて待ってたってわけ」
潜める意味もなかったけどな、そう言って彼は端末をしまった。
そういうことか。
彼らがここにいる理由はわかった。
さてどうするべきか?
炉を復旧させるのが目的だから、炉が整備できる彼らにはここにいてもらった方が都合がいい。
だけど戦闘するとなると彼らを危険にさらしてしまうかもしれない。
一度戻ってもらうべきだろうか?
上からここまでに敵らしい敵もいなかったし。
うーん。
ドクターに聞こう。
インカムのマイク部分を口に近づける。
「ドクター。聞こえてたと思うけど、どうすればいい?一回ムニエルさんたちを連れて帰る?」
『……』
「ドクター?」
『……』
返事が返ってこない。
故障?
いや、電源は入ってるよね。
「インカムも使えないんじゃないか?端末と同じで」
耳からインカムを取ってにらんでいると、それを見ていたムニエルさんがそう言った。
「あー、どっちも使えないのか」
困ったな。
連絡できないのはあまりよろしくない。
一回戻る?
でも予備電源の発電量を考えると時間がないだろうし。
むむむ。
そもそもあの魔神柱は何しに来たんだろう?
態々カルデアの魔力を吸い上げるために来たのか。
それはそれでこちらとしては壊滅的な被害なんだけど。
何というか地味だ。
50mほど先の奴を見る。
私が入ってきても攻撃する様子もないし、こちらが本当に見えてるかも怪しい。
うーむ。
顎に手を当てて悩んでいると、周りを見ていたムニエルさんはあることに気が付いたみたいだった。
「達海はどうしたんだ?こっちに来てないみたいだけど」
弟がいないことに気付いた彼がそんなことを言った時だった。
「マスター!」
エミヤが叫んだ。
それを聞いた私はムニエルさんを蹴飛ばす。
「うお⁉」
「ごめん!ムニエルさん!」
そう叫びながら私もその場を飛びのく。
頭を抱え、受け身の体勢で地面に転がった。
バゴッ!
そんな大きな音とともに衝撃が走り、私とムニエルさんがいた場所の床から勢い良く何かが生えてきた。
「あっぶな」
冷や汗が背中をすうーっと垂れるのを感じながらそんなことを呟く。
すぐさま立ち、生えてきたものの正体を確認する。
「げそ?」
床を突き破って生えてきていたのはイカの足に似た何かだった。
吸盤のように赤い斑点があり、表面は紫色。
厚みがあり、見る限りは肉質が堅そう。
「?」
ゆらゆらと揺れる足の吸盤が動いた。
注意深く見ると斑点は吸盤ではないようだった。
「目か」
ってことは、これは魔神柱の一部ってことで。
「立花さん!攻撃です!」
マシュが盾を構えながら叫んだ。
だよねえ。
やっぱり魔神柱相手に穏便に、とはいかないか。
となると…
「当初の作戦通りに行こうか」
礼装にわずかばかりの魔術を補填する。
そして振り返りざま、指示を出す。
「マシュは技巧部の人たちを守りながら後退!彼らを部屋から出し次第戻ってきて!」
「了解です!」
「ムニエルさん!一度管制室まで戻ってください!ここに来るまで敵はいなかったので、すぐに戻れるはずです!戻ったらドクターたちに現状を伝えてください!」
「わ、わかった!」
私の指示を聞いた職員たちは急いで階段の扉のある方向へ走る。
殿はマシュ。
後ろを確認しつつ、的確に彼らを誘導する。
まずは彼らの安全確保が最優先だ。
「エミヤ!アルトリア!魔神柱の気を引くよ!回避優先で攻撃して!」
「了解した!」
「こちらもだ!」
二人は魔神柱に向けて踏み込んだ。
エミヤが投影魔術で弓を生成し、剣を矢にして番える。
弓を引き絞り、右手の筋肉が服の上からわかるほどに収縮する。
そして迷いなく矢を放った。
一直線に飛んでゆく剣の先は魔神柱の目。
寸分たがわぬ狙いがまさにその目を貫こうとしたが……
「む⁉」
剣ははじかれて床へ落ちた。
カランと金属音を立てて、床をはねる。
「ならば」
右側面からアルトリアが距離を詰め、そして飛んだ。
「これでどうだ!」
風を推進力にし、速度を乗せると体に回転をかけながら聖剣で魔神柱を切り裂いた。
炉に巻き付いていた体の一部が切り裂かれ、体内部から黒い液体が噴出する。
「この手ごたえ……?」
よし!
こちらの攻撃が全く通用しないというわけではなさそうだ。
そうならばやりようはある。
≪────!!────!!≫
魔神柱が鳴いた。
音が出ているのだが、こちらでは表現できないような声だった。
まるで聞いたことがあるような。
旧友の声を聞いているかのような感情を心のうちに抱かせる声だった。
「魅了の魔術?」
あまりにも不自然に沸き立つ心を感じ、敵側の魔術を警戒する。
「マスター!」
エミヤが私に向かって叫ぶ。
それを聞いて、私はまた前に大きく跳んだ。
「大丈夫!」
受け身を取りながら彼に答えを返す。
そして先ほどまで立っていた場所をまたしてもげそのような足が床を壊し、下から貫いた。
「二人とも!」
「ああ!」
体を回転させ勢いのまま立った私は、二人の姿を確認して叫んだ。
エミヤとアルトリア、二人の足元の床が盛り上がっていたからだ。
エミヤ返事をして跳び、アルトリアは私が声を出す途中で既に回避運動に入っていた。
そして二人が寸前までいた場所を、下から足が貫いた。
「こいつ、この気味の悪い足を何本持っているんだ?」
「さあな」
二人が回避運動をしながら会話している声が聞こえる。
余裕だなー。
まあ、それもそうか。
「この足、気配を消す気がまるでないもん」
おっと。
床の振動を足で感じた私は後ろに大きくステップする。
その一瞬後、また足が床を貫いて生えてきた。
危ない危ない。
絶え間なく床を貫いてくる足を、感覚を頼りによける。
しかしワンパターンだな。
というか当てる気あるの?これ。
さっきから何本か、私たちの位置と関係ない場所に生えてきてるんだけど。
魔神柱の近くでつかず離れずを繰り返している二人とは、離れた位置に生えてきた足を見ながら考える。
いつもの魔神柱なら広範囲の魔術や個人を狙った出力の高い術を使ってくるのだが、今回のこいつはさっきから物理的な攻撃しかしてこない。
しかも適当な場所に足を生やすだけ。
たしかにムニエルさんの言っていた通り、なにか変だ。
邂逅直後に宝具を使ってもらうつもりだったけど、この状況だと難しいし、もう少し様子を見るべきか?
「あ」
そんなことを考えていたら、ステップの着地をしようとした足が滑った。
私は転倒方向の床に手をつこうとした。
視線の先はひびが入り、今にも何かが貫いてきそうなほど不自然に盛り上がった床。
やばっ。
「「マスター!」」
前線の二人が同時に叫ぶ。
それと同時に私の体が宙に浮いた。
「お?」
お腹に圧迫感。
顔を上げるとマシュの顔がすぐ近くにあった。
「大丈夫ですか⁉立花さん!」
どうやらマシュが私を抱えて間一髪で跳んでくれたみたいだ。
「ありがとう。助かったよ、マシュ」
「いえ。私でもこれぐらいなら」
マシュは私を抱えながらもにこりと笑ってくれた。
そして素早く回避行動をとる。
一連のさまを見て、前から荒い声が飛んできた。
「気を抜きすぎだ!マスター!」
「猿でももう少しましな動きをするぞ!間抜け!」
ひどっ⁉
特にアルトリアさん!
今のただの悪口じゃない⁉
まあ、気を抜いてた私が悪いんだけどさ!ごめんね!
…でも確かにこれは危ない。
「マシュ、このまま私を抱えて動くの頼んでもいい?」
見た目がひょろひょろだからと言って、よく分からない敵に私一人というのも心許ない。
幸いにも今回は彼女がフリーなので頼む。
「もちろんです。立花さん」
マシュは私を抱えたまま、私の頼みを快諾してくれた。
彼女が守ってくれるなら万全だ。
「マスター!」
マシュの腕に抱えられたまま移動していると、魔神柱を切っていたアルトリアが叫んだ。
「いつまで様子見をしているつもりだ!」
職員たちの避難も終わり、こっちが守りに入っている理由もなくなった。
敵の攻撃もワンパターンだし、彼女もしびれを切らしたのだろう。
確かにこれ以上様子見をしてもあまり意味はなさそうだ。
しかし…
「宝具を使うには足場が悪い…」
アルトリアの宝具にしても、エミヤの宝具にしても
宝具を開放するまでのわずかな時間、彼らは無防備なのだ。
こんな無作為な攻撃の中、発動させるのは非常にリスクが高い。
本当だったらほかのサーヴァントに陽動してもらいたいんだけど、生憎今回は彼ら二人分の魔力しかない。
マシュとパスをつないでるのは達海だから彼女に宝具を使ってもらうわけにもいかない。
どうするか…
そんなことを考えていた時、マシュがあることを呟いた。
「この攻撃、狙いが偏ってますね…」
「狙い?」
彼女のつぶやきに顔を上げる。
「はい。見てください」
彼女は走りながら横に顔を向けた。
私もそちらを見る。
「先ほどから魔神柱が生えあがってくる場所が固まっているんです」
彼女の視線の先には魔神柱の下足みたいなものが貫いた床の後があった。
彼女の言う通り、穴が開いている場所には偏りがあった。
集中的に貫いている場所は二つ。
一方は当然だが魔神柱の周りで戦っている二人の周囲。
戦っている彼らを攻撃しようとすれば当然そうなるだろう。
もう一方は私たちの周りに集中している。
と言っても私たちのいる場所を貫いているのでなく、先ほどから進行方向を塞ぐ形で足が生えてきている。
私たちを囲もうとしているみたいだ。
「あの攻撃は出せる位置が限られている、ということでしょうか?」
その可能性もある。
奴のあの攻撃はとばせる位置が限られるのかもしれない。
でもいまいちピンとこない。
それならば悟られる前に私を攻撃するのがあの魔神柱にとって最も都合のいいことなはずだ。
なぜ私とマシュを囲うように、あのイカの足みたいなものを延ばしているのか。
不穏だ。
魔力に余裕がない状態で後手に回ることだけは避けたい。
だったら先手必勝!
「ここで決める!」
すーっと大きく息を吸い込むとお腹に力を込めて渾身の声を出す。
「エミヤ!宝具!使って!」
私は叫ぶ。
「周りの攻撃は気にしなくていいから!」
私をちらりと見て頷いたエミヤは動きを止めた。
「了解した!」
何も聞かずに宝具の開放に入ってくれる彼に口角が上がる。
これが彼の信頼。
裏切るわけにはいかない。
「マシュ!私を魔神柱目掛けてぶん投げて!」
エミヤの魔力が高まるのを感じながらマシュに言った。
「はい!……はい⁉」
マシュは目を丸くした。
「え⁉投げるんですか⁉」
「そう!ほら!」
私は両手を上げた。
彼女が私の腰をつかみやすくするためだ。
「本気ですか⁉」
「本気!本気!」
マシュの目がぐるぐる渦巻いている。
「着地はどうするんですか⁉」
「なんとかなるって!」
「そもそもなんで投げるんです⁉」
「必要だから!」
奇襲はいつだって相手の想定を上回る必要があるんだよ!
さあ!
「どうなっても知りませんよ⁉」
私がいたって冷静だからか、マシュは混乱しながらも指示に従ってくれた。
彼女は右腕で脇下に私を抱えた。
そして左足を軸にして回転し、円盤投げの要領で魔神柱めがけて私を思いっきり投げた。
「飛んで!ください!」
彼女の掛け声とともに体にものすごい負荷がかかる。
「うおうっ!」
耳元でごうごうと風を切る音がする。
そして炉心とそれに巻き付いている魔神柱にどんどん近づく。
予想はしていたが、内臓が動く感覚に肝を冷やす。
分かっていてもジェットコースターとかでフワッとなるあれだ。
スリル満点だね。
風を切る感覚を肌で感じながら右腕を魔神柱に向けて構える。
ふと、この前のことを思い出した。
「キャメロットでもやったな、これ」
そんなことを呟きつつ、私が補填したわずかばかりの魔力で礼装を起動させた。
「ガンド‼」
右手の先から赤黒い光が飛び出し、真空放電のような不規則な道を描きながら飛んだ。
そして魔神柱に直撃した。
パキンッ!
ガラスを割ったような音が辺りに響く。
下で荒々しい音を立てて床を破壊していた魔神柱が動きを止めた。
よし!効いた!
「I am the bone of my sword…」
下では既にエミヤが詠唱を始めていた。
タイミングばっちりだ。
流石だね。
空を飛びながら、私を投げたマシュの様子を見る。
彼女はこちらを見て固唾をのんでいた。
そんなに心配しなくても……。
「え?」
足を止め、こちらを見ている彼女にそんな感想を抱いたとき、彼女の周りの違和感に気付いた。
私たちを囲うように床から飛び出ていた足。
それが
彼女を中心として綺麗にすべての足が、等間隔で地面から飛び出ていてまるで陣のようだった。
「陣……?」
放物線の頂点に達したのか私の体が落下し始めた。
背を地に向けながら体が落ちていき、地面にぶつかる5秒ほど前でアルトリアに抱き留められた。
「まったく無茶をする」
彼女が私を立たせながら言った。
「だがおかげでチェックメイトだ」
彼女は魔神柱の方へ向き、聖剣を構えた。
「さあ、魔力を回せ。決めるぞ」
しかし彼女の言葉に私は反応できなかった。
空中で見たあの円、見たことがあった。
既視感。
ある場所であれを私はよく目にしていた。
彼女の盾を中心としてサークルを作るのだ。
そしてその後に行うのは……
「まさか…」
そんなはずはない。
そんなことはあり得ない。
だが有り得たとしたら。
「エミヤ!宝具の開放をやめ…」
その判断は遅かった。
「……My whole life was ”unlimited blade works”!」
彼の詠唱の終わりとともに私たちをまばゆい光が囲う。
あまりのまぶしさに右腕をかざし、光を遮る。
白光が収まり現れたのは、無数の剣が地へと刺された荒れた大地の丘だった。
固有結界。
一定時間、現実を心象世界に書き換える特殊魔術。
魔神柱の隔離を実行するための結界は完了した。
あとはアルトリアの宝具を開放するために魔力を回せばいい。
それだけのことができなかった。
目の前の光景が衝撃的だったからだ。
「召喚陣……」
最下層から切り離され、固有結界の中に閉じ込められたことによって魔神柱が床の下からどのように足を生やしていたのかが露になった。
本体から木の根のように私たちの足元へ、あの蔓のような体を無数に張り巡らせていたのだ。
そしてマシュの周りを取り囲んでいた魔神柱の足のようなものは絡み合い、
「まさかさっきの攻撃は、これのため…?」
私たちの行き先を塞いで取り囲むだけが目的ではなかった。
地下に根を張らせ、召喚陣を描いていたのか!
私たちを囲んでいたのはまさか、マシュの盾が触媒になるってわかっていたってこと⁉
巻き付いていた炉から隔離され、蔓のような本体がすべて地に投げ出された魔神柱を睨みつける。
でも魔神柱が召喚なんてできるわけない!
そんな私の考えをあざ笑うかのように声が響いた。
≪素ニ銀ト鉄。 礎ニ石ト契約ノ大公。
降リ立ツ風ニハ壁ヲ。 四方ノ門ハ閉ジ、王冠ヨリ出デ、王国ニ至ル三叉路ハ循環セヨ≫
この詠唱は…やはり…
≪閉ジヨ。閉ジヨ。閉ジヨ。閉ジヨ。閉ジヨ。
繰リ返スツドニ五度。
タダ、満タサレル刻ヲ破却スル≫
いや、今は考えている時ではない。
「マシュ!急いでその陣から出て!」
触媒がなければ召喚システムは安定しない。
彼女の盾さえ陣から外してしまえば…
「立花さん!っ!」
私の声を聞いたマシュは両足に力を入れるも動けなかった。
床から生えていた魔神柱の足の一部が彼女に絡みついて、固定していた。
あちら側もお見通しってことか!
だったら!
≪────告ゲル。
汝ノ身ハ我ガ下ニ、我ガ命運ハ汝ノ剣ニ。
聖杯ノ寄ルベニ従イ、コノ意、コノ理ニ従ウナラバ応エヨ≫
私はカルデアに残った魔力を注ぎ込んだ令呪を3画すべて起動させた。
「マスター⁉」
私の行動を見て、エミヤが驚く。
奴がなぜ召喚をしようとしているか分からない。
だが敵がサーヴァントを召喚できるのだとしたら、長期戦ができない私たちの方が部が悪いのは明らかだ。
だったら、奴が術を終える前にその一切を消滅させる!
「令呪を持って命ず!宝具を開放せよ!セイバー!」
膨大な魔力がアルトリアに注がれ、彼女の聖剣はおびただしいほどの黒い光に飲まれた。
「了解した。魔竜ヴォーティガーンにも達する我一撃を持って勝負を決する!」
周りの空気に圧がかかり、体が重くなる。
「卑王鉄槌。極光は反転する」
彼女が自身の前に黒い聖剣を掲げた。
≪誓イヲ此処ニ。
我ハ常世総テノ善ト成ル者、
我ハ常世総テノ悪ヲ敷ク者≫
「光を呑め!」
≪汝三大ノ言霊ヲ纏ウ七天、
抑止の輪ヨリ来タレ、天秤ノ守リ手ヨ──‼≫
「『
私の視界は一面の黒によって塗りつぶされた。