どうやらこの世には地獄しかないらしい。
私がこんな単純な事実に気付いたのは死の直前だった。
磔にされ、動けない私の前にいたのは石を投げる人々。
彼らは口々に私を魔女と罵った。
その顔に浮かぶのは怒りだったり、恐怖だったり。
ただただ感情の赴くままに動く彼らもまた、神に祈り、家族を愛し、生きている人々で、私を救世主とあがめていた人々と何ら違いはないのだ。
だからこそ、私は怒りを覚えなければならなかったのかもしれない。
ともに苦労を分かち合った仲間も、肩を並べた戦友も、泣き合った友人も、彼らと変わらない。
そんな現実を直視したくなかったのだ、私は。
だから憤怒した。
私を殺した人々を、陥れた司祭を、見捨てたフランスを憎んだのだ。
こんな単純な現実から目をそらすために。
でも逃げれば逃げるほど現実と言うものは付きまとってくるようだった。
死んでからも付きまとってくるとは、しつこい事この上ない。
しかもそれを突き付けてくるのが私を否定した一味と言うのがとても癪に障る。
私が現界直後から、顔をしかめて正面を見る。
「…お久しぶりです。ジャンヌ・ダルク」
よくもまあ、私を呼び出せたものである。
こいつの面の皮はいかほどか。
「急にお呼び出ししてしまった無礼はこの場でお詫びします」
そうよ。謝れ。
…まあ、べつに。世界の隅で不貞腐れていただけだからいいけれど。
「どうか僕の願いを聞いてくれませんか」
諦念と現実が入り混じったその目の中には一筋の希望があった。
いや、希望と言うよりは願望か。
それもうっすいハリボテのようなやつ。
「この願いを聞いてくれたら、どんなことでもします。だから…」
そういって私を呼び出した少年は私に頭を下げた。
その少し後ろには、いけ好かないキザ野郎と面持ちだけは年をとったガキが立っている。
どちらも辛気臭い顔をしてやがるわ。
「…」
気に食わない。
この状況も、それに連なる人間も、すべてが気に食わない。
「…」
ただ無言で頭を下げ続ける召喚者。
微動だにせず、ひたすらに首を垂れるその姿は「神に祈る敬遠な
「…チッ」
私は後ろにいる二人組を睨む。
殺意を込めて。
こいつら、
私の視線に物ともせず、後ろの二人もただ無言だった。
イラつく。
この状況も、後ろの偽善者も。
だけど何より一番むかつくのは、頭を下げ続けるこいつだ。
犬の群れにいるライオンが、自分が何者かも理解せずに嬉々として自分の磔台を作っている。
哀れだ。
愚かすぎる。
だが、フェアじゃない。
どうせ地獄に行くならば、自分の足で嬉々として向かうべきだ。
誰かに押されて滑り落ちるなんて神が許しても、私が許さない。
私は私と同じような馬鹿が、同じような馬鹿をやって、馬鹿を見て、馬鹿みたいに死んでいくのを絶対に許さない。
いいわ。
こいつのために地獄への水先案内人になってやろうじゃないの。
それがクソったれな私ができる唯一のことだ。
「…いいでしょう」
私の言葉に間抜けは顔を上げる。
間抜け面だ。
笑えるわね。
「…どうしました、その顔は?さ、契約書です」
まあ、それに?地獄に一人くらい仲間がいても、楽しそうですし?
§
「達海⁉」
僕らがやってきたのを見て、姉さんは目を丸くした。
「遅れてごめん。結界を壊すのに時間がかかって」
ジャンヌと契約した僕は彼女と共に地下まで急行した。
だが地下の入り口は結界が張られていて、大分時間を取られた。
「だから言ったでしょ。宝具を使ったほうが早いって」
僕の前に立つジャンヌは振り返ってこちらを見ながら文句を垂れた。
その言葉に僕は苦笑する。
彼女は結界を壊す時も、ひたすら文句を言ってきた。
やれ優雅じゃない。
やれ面倒臭い。
初めての仕事がこれ?
等々いろいろ言われたが、結局請け負ってくれるのは彼女の根が真面目だからかもしれない。
「状況も分からないのに無駄に魔力を消耗できませんよ」
僕の言葉に彼女は意地悪く笑った。
そして馬鹿にするような口調で言った。
「あんたなら大丈夫でしょ」
過剰評価だな。
それとも皮肉だろうか。
軽くため息をつく。
「それにしても…」
辺りを見回す。
状況がいまいちつかめない。
壊れかけの結界。
僕らの侵入口やそこらじゅうのひび。
周りを観察した後、視線を前に向ける。
魔神柱…なのか?あれは?
視線の先にはいつもとはシルエットの違う魔神柱のような敵が静止している。
蔓のような足を周りに垂らしているが、だらしなく地に這っている。
全く動かない。
そしてその魔神柱の前には燃え盛るジャンヌの宝具。
あの敵サーヴァント、マスターは誰だ?
いったいどうなっているんだ?
僕は振り返り、姉さんを見る。
「?」
まだ意識が戻りきっていないのか、僕の視線にぼんやりと目線を返している。
姉さんのサーヴァントはどこに?
この結界の質からするとおそらく彼がいると思うのだけれど…
「達海!無事だったか!」
エミヤさんの声が響く。
やはりだ。
あの固有結界の魔力の質からするに彼だとは思ったが…。
声の響く方を向くと、エミヤさんが何かを抱えてこちらに着地した。
僕は彼の方へ向き直り、口を開いた。
「心配をおかけしました。色々と説明しなければならいことが多いんですが…」
助かった、彼がいるならば状況把握はできる、そう思って彼の腕へ視線を向け、声が止まった。
負傷した彼の両腕には、意識のないキリエライトさんとペンドラゴンさんが抱えられていたからだ。
「マシュ⁉」
意図せずして口から声が漏れた。
なぜ二人とも意識が…
「大丈夫だ。二人とも大事無い」
僕の声に慌てず、エミヤさんは滑らかな手つきで二人を床に寝かせた。
だが手つきに反して口調は焦っているようだった。
「そうですか」
僕はほっと息をついた。
とにかく無事でよかった。
「マスターちゃん?仲間の心配もいいけれど。私たち敵の真ん前にいることをお忘れで?」
彼女は旗の石突で地面をコツコツと叩く。
そうだった。
状況を忘れてはいけない。冷静にならなければ。
そう思った矢先、エミヤさんは焦ったように言った。
「その敵が問題だ。撤退の準備をしてくれ」
「撤退?」
どういうことだ?
「こちらはまだ十分に余裕がありますが…。いったいなぜ?」
当然な質問をする。
状況は分からないが、援軍が到着後すぐに退却と言うのは些か以上に判断が早い。
「彼女は君のサーヴァントか?」
彼は横目でジャンヌを見つつ、僕に言った。
「アーカイブにあったフランスでの敵にそっくりだが…」
彼の目には幾何かの疑念が宿っていた。
まあ、そうもなるか。
この状況で背中を刺されてはたまらない。
「え、ええ。そういう認識で構いません」
細かく言うと違うが説明している暇はない。
とにかく彼女を信用してもらうにはこれが手っ取り早い。
「ジャンヌが達海のサーヴァント……サーヴァント…え⁉」
ぼんやりしていた姉さんの意識がはっきりしてきたようだ。
姉さんがエミヤさんの声に反応し、視界の端でジャンヌの額に青筋が立つのが見えた。
ごめんなさい。
「そうか…なら君たち二人が殿だ。フォローは私がする」
彼の片手に青い電気のようなものが走る。
その光の後、手にはいつもの弓が握られていた。
「奴らとはまともにやりあうな。時間だけ稼いでくれ」
彼はいまだに動きのない敵を見ながら言った。
一方的な指示に疑問符が浮かぶ。
「だからなぜ…」
だがそんな疑問符は彼の言葉で吹き飛んだ。
「彼女が宝具をつかった敵、やつがビーストだからだ」
ビースト……は?
「ビースト⁉」
ビースト、またの名を人類悪。
人間の獣性から生み出された災害の獣の総称。
全人類が内包する大いなる悪であり、人類を守ろうとする願いそのものである。
より良き未来を願う精神が、今の安寧に牙をむいた結果できた人類の自滅機構。
確かにいずれ相まみえる可能性は考えていたが、なぜ今なんだ⁉
少なくとも今、人類に安寧はないし、より良き未来のために僕らは戦っている。
今の僕らを襲うのは彼らの存在定義を根本から揺るがしかねないはずだ!
「どうして⁉」
僕の叫び声に、エミヤさんは険しい表情で答えた。
「状況は分からないが、事実としてあの魔神柱によって召喚された」
「…魔神柱?」
嘘だろ。
「ああ、そうだ」
それは、あっちゃいけないだろ…
「人類を滅ぼそうとする悪にビーストが召喚される…」
一体何がどうなっている?
ビーストはその名の通り人類悪。
復讐者や人類に仇なす人外とはその根本が異なる。
形はどうあれ、幸福への願いにあふれた人類悪と人類を滅ぼそうとする悪とは相いれない存在であるはずだ。
なのにどうして…。
悪……悪?
いや、待て。
もしかしたら僕は前提を間違えているのか…?
魔神柱はもしかしたら…
「とにかく今は対処が先決だ」
僕の思考はエミヤさんの言葉によって打ち切られた。
その通りだ。
いまここでうだうだ考えてもどうしようもない。
「やつがビーストなら我々では歯が立たない」
元はと言えば人類悪こそサーヴァント召喚の発端。
彼らにかなうのは冠位クラスのサーヴァントだけだ。
だとするならば…
「今は管制塔まで撤退し、新たな策を練る必要が…」
やはりそうするしかない……
「だっさ」
僕の思考とエミヤさんの発言が同じような内容になった時だった。
ジャンヌの挑発がエミヤさんの指示に水を差した。
「なに?」
彼の鋭い声が飛ぶ。
だがそんな声に臆することもなく彼女はもう一度言った。
「勝てないから、逃げまーす。なんてあんたそれでも守護者なわけ?」
さらなる挑発にエミヤさんの目線は険のあるそれへと変わる。
普段では見ない険しいものだ。
「ちょっと…」
なんでそんな言い方を…
あんまりな言いように、僕はジャンヌを止めようとした。
だが彼女はそんな僕に我関せずで、彼のことを鼻で笑った。
流石のエミヤさんでも頭に来たようだ。
彼はジャンヌを睨んだ後、口を開いた。
「かなわない敵に策もなく挑むものはただの愚か者だ」
彼の舌はいつもよりか少し速く動いていた。
「理想論だけ振りかざして考えもしない阿呆は臆病者よりたちが悪い。なぜだかわかるか?」
彼の言葉には少し自罰的な何かが含まれているように聞こえた。
「エミヤ」
姉さんも意識が完全に回復したようだ。
彼の言い方に制止する言葉を仕向けた。
だが彼は姉さんの声に視線だけ向け、そのまま続けた。
「仲間を殺すからだ。君もそのたぐいかね?」
そう言って彼は腕を組んだ。
二人の間に険悪な雰囲気がながれる。
おいおい。
こんなところで仲違いしている場合じゃ…
だがジャンヌにとってこれは挑発ではなくプレゼンであったらしい。
僕らは次の一言に意表を突かれた。
「だから、その策があると言っているんですが?」
ジャンヌは馬鹿にするように表情をゆがませた。
策?
人類悪に有効な手立て?
一体そんなもの…
エミヤさんも僕と同じようにいったん目を見開いた後、訝しげな視線を彼女に向けた。
「状況打開の策があるの⁉」
だがそんな僕らと違い、ジャンヌの言葉を聞いた姉さんは表情を明るくし、声を弾ませた。
単純だがこれが最も話の早い行動だったかもしれない。
ジャンヌは姉さんの方を向くと皮肉気に笑った。
「ええ、ありますとも」
そしてもう一度エミヤさんに向き直る。
「勝算を持つ賢者と逃げるだけの臆病者。一体どちらが愚か者でしょう?」
§
「ねえ、エミヤ。やっぱり一度撤退した方が…」
私は左手に弓を持ちながら、達海たちの方を向くエミヤに言った。
あの後、ジャンヌは
「私は特別製なのよ。あんたらは黙って後ろで見てなさい」
とだけ言って、作戦の概要を話してくれなかった。
「ああ、私もそれが最も安全な策だと思う」
「なら!」
彼の少し突き放したようないいように、私は思わず彼の腕をつかんだ。
達海に何かあったら…
「だが撤退したところで、策があるかも分からない状況だ。ならここで彼女にかけてみるだけの価値がある、かもしれん」
「かもしれんってそんないい加減な」
エミヤは腕をつかんだ私を見た。
「もう一つ理由がある」
「もう一つ…?」
彼は私の耳もとに口を近づけると小声で話した。
「あのジャンヌ・ダルクは信用できない。少なくとも今彼女を連れて我々の拠点に帰るのはリスクが高い」
ジャンヌが信用できない?
「で、でもジャンヌは達海が召喚したサーヴァントなんでしょう?」
「そうは言っていたが霊基に違和感がある。それに彼女は敵だったのだろう?」
私はフランスの特異点を思い返す。
竜の魔女。
救国の聖女の別側面。
「でも彼女は私たちのために戦ってくれているじゃない」
少なくとも私を助けてくれた。
彼女を疑うのは失礼な気がする。
私の顔を見て、エミヤはため息をついた。
「まあ、それでこそ我々のマスターだがね」
そして前を向く。
「これは彼女が信頼できるかを試すテストでもある。信頼できないと私が判断した場合、敵ごと彼女を射抜いて撤退する」
「そんな…」
「心の底にとどめておいてくれ。マスター」
「…わかった」
どちらにせよ、エミヤがそういうつもりだということは受け入れておかなければ。
そう思った時だった。
頭痛がした。
────辺りには血が広がっていた。
止まらない!血が!
ここまで来て!
≪どうして!どうして!≫
視界が涙でゆがむ。
≪どうしようもないよ≫
待って、置いていかないで!
≪もう疲れた≫
握った手がするりと抜けて地へと落ちた────
「おい、マスター、マスター!」
「あ、うん、えっと…」
傍でエミヤの声が聞こえた。
反射的に彼を見上げようとして、足元がふらついた。
「大丈夫か⁉」
彼が大げさに私の肩をつかむ。
貧血かな。
それより今のは、いったい?
「あ、あれ?」
頬に何か冷たいものが走る感覚がした。
何だろう?
手で拭う。
「わたし、なんで泣いてるの?」
訳も分からず、エミヤに質問した。
あと10話ぐらいで完結します。
多分。
投稿頻度増えます。
多分。