「シャルロットさ〜ん。またやっちゃったよ〜」
「ちょっと!治療中だから動かないの」
医務室で帰ってきた藤丸立花ちゃんの手当てをしていると半べそで私に泣きついてきた。
「ごめんなさい」
頭を垂れてしゅんとする立花ちゃん。
はあ、と溜息が出てしまう。
「また弟くんと喧嘩したの?」
彼女の頭を撫でながら問いかける。
彼女は私の胸に顔を沈めながらくぐもった声でうんと返してきた。
あ、ちょっと、鼻水をかむならティッシュをつかいなさい。
鼻水をたらす彼女にちり紙を渡し、擦り傷を消毒する。
「詳しく話してみなさいよ」
「...」
「ほら」
「実は...」
カルデアの姉弟マスターの仲が悪いのは今に始まったことじゃない。
常に明るく前向き、成績も良く、人と関わることに積極的な姉、藤丸立花。
レイシフト適正が100%、数々の英霊を召喚し、適正な指示を下すことで戦局を変えるエース。加えて私たち職員に英霊、誰とでも円滑な人間関係を築く外交屋。
かたや暗く後ろ向き、成績は並、人と関わることに消極的な弟、藤丸達海。
レイシフト適正は芳しくなく、英霊を呼び出すことも出来ない。人手不足の為、デミサーヴァントであるマシュと契約し、常に姉の援護として立ち回る補佐役。人間関係が悪い訳ではないが姉へのコンプレックスか、自虐的な言動が多いきらいがある。
まあ、これで仲良くやれっていうのも難しい。
姉という立場上、弟である達海くんに強く当たってしまうのは当然であるし、戦績を立てられない達海くんが立花ちゃんに対し劣等感を抱いてしまうのも人として当然であると言える。
「強く言いすぎたかも....」
立花ちゃんは私が渡したちり紙で鼻をかみ、鼻をすすりながら呟く。
「でもきみは弟くんを心配していっているんでしょ?ならいいじゃない」
「それはそうなんですけど...」
机に肘を立てながら呆れ気味に溜息をはく。
そもそも弟である達海くんはカルデアに呼ばれるはずではなかった人材だ。レイシフト適正はとびっきり高いわけでもなく、英霊も呼べない。加えて魔術も素人に毛が生えた程度。
このレベルでスカウトされるなら私でもカルデアのマスター候補になれるのではないだろうか?
そんな達海くんをカルデアに呼んだのは、ひとえに姉である立花ちゃんが「弟を同行させるのがマスター候補になる条件」といったからだ。
レイシフト適正が異例な数値を叩き出した彼女は一般人であろうと無視するわけにはいかなかった。
当時のトップと二倍差だ。
いくら魔術がからっきしの素人でも手に入れておきたい人材だった。
だからオルガマリー所長もその条件を飲んだのだろう。
おかげでマスターの大半を失った私たちでも、彼女を軸に特異点修復を何とか行えているのだから所長様様である。
今は亡き所長へ、合掌。
「でも達海とはちゃんと話したいんですよ」
「とはいってもあの状態じゃあねえ」
正直なところ、私には弟くんが何もできなくて拗ねてるようにしか感じられない。姉である彼女が世界を背負って戦っているのにあの態度ではまだまだ甘いお子様だと感じざるを得ない。
確かにまだ10代の子供だが、お姉さんの立花ちゃんがここまでしっかりしているのだから見習ってほしいものである。
「ほっときなさいよ。一々構ってたら、どんどん甘えるわよ、あういうのは」
わかっているんですけどねと言いながら立花ちゃんは頭をかく。
「それでも唯一の家族なんですよ。」
家族と言う時、なぜか彼女の面持ちはいつも悲痛に満ちている。
「...今はそうでしょうけど、取り戻す為に私たちは戦ってるんでしょ」
私の言葉を聞くと彼女は悲しそうに笑った。
「あんまり詳しく言ったことなかったんですけど、人理が戻っても私の家族は達海だけなんですよ」
「え?」
私は包帯を巻く手を止めた。
「少し長くなるんですけど、いいですか?」
「え、ええ」
そういえば長いこと交友しているのに彼女の身の上話はあまり聞いたことがない。
「私達の両親って魔術師だった、らしいんですよ」
魔術師?
「でもあなた一般枠だったじゃない。魔術も全く知らなかったし。」
いやーと彼女は笑う。
「私、男じゃないからって家督を譲られないどころか、魔術のまの字も教えてもらえなかったんです。そもそも両親が魔術師だったって知ったのも最近ですし」
「あー、なるほど」
前時代的だが魔術の世界ではままあることだ。
最近まで両親の素性を知らなかったのは彼女の大らかさ故な気もするが。
「だからあまり詳しくないんですが、私たちの両親はどうも時計塔の皆さんの顰蹙を買っていたようなんですよね。」
「時計塔の?」
「ええ。1代の成り上がりだったらしいので色々な所で嫌がらせを受けていたらしいです。それでも研究が上手くいってなにかの勲章?だったかな?を貰えるってことになったらしいんですよ。」
「すごいじゃない。勲章っていうと開位かしら。優秀なご両親だったのね」
開位は一代で進める最高階級と言われるほどであるから、彼女の両親はよほど優秀だったのだろう。
ありがとうございますと笑いながら続けた言葉に私は固まった。
「授与の前日、両親揃って亡くなりました」
笑いながら彼女は言う。その瞳には暗い何かが混じっていた。
「飛行機が落ちたんですよ。イギリス行きのが。前のりしようとした2人が乗っていたんですよね。」
「それは...」
「事故、って言われたんですよ。私も全く疑ってませんでした。現実感なくニュース見て、電話が来て、遺体がきて、マスコミが来て、葬儀になって。」
悲しそうにそれでいて笑みは保ちながら彼女は言う。
「でお墓をまえに途方に暮れていたら、ふと達海がやつれているのに気がついたんです」
「弟くんもショックだったんでしょうね...」
両親をなくしたのだ。当たり前だ。
「私もそう思っていたんですが日に日にやつれていくので怖くなって、達海までいなくなるんじゃって不安になって眠れなくなりました。」
彼女は強く手を握りしめていた。
「その日でしたね。夜中に物音がするので外に出てみたら血だらけの達海がいて、慌てました。なにか事件に巻き込まれたんじゃって。問いただしても何も教えてくれなくて、転んだの一点張りでした。」
私は苦笑した。
「言い訳が雑ね」
「ホントですよ。転んであんななるかって話です」
でも両親が亡くなって、弟くんが血だらけ、それはおそらく...
「ええ、御察しの通りです。研究引き継いだ達海を始末しに来たんです」
まあ、そうなるわよね。
「あいつの部屋に父の遺書があってそれで知りました。あ、血濡れで帰ってきた次の日にあいつの部屋に扉壊して入ったんですよ。」
「扉壊したって、あなた」
今は反省してますと悪気のない顔で舌を出す立花ちゃん。
「それで両親が暗殺されていたことも、達海がそれを引き継いだことも、そのせいで毎晩襲われていることも、全部知りました。人知れず私を守ってくれてたことも」
「あなたが無事だったってことはそう言うことよね」
最初は魔術があるってこと自体受け入れるのに苦労しましたが、といいながらちょっと嬉しそうに彼女は笑った。だけれどもその笑顔はすぐに曇った。
「知って、焦りました。達海が魔術の世界でどの程度実力を持っているかは分からなかったんですけど、あの調子じゃ、父と母の後を追うのも時間の問題だと思って。それで魔術に関係ありそうな団体に片っ端から連絡していったんです。父の手帳とか、母のメモとか疑わしい連絡先はかけまくりました。カルデアに出会ったのはその時です」
「呆れた。よく詐欺に引っかからなかったわね。」
「運だけは良いんですよ。私」
へへへっと笑う彼女。何かの間違い詐欺に引っかかって彼女がここに来なかったと思うとゾッとする。
「両親が先代の所長と見識があったみたいで、事情を伝えたら魔術的な素養があったらスカウトしても良いって話になったんですよ。」
「よく話が通じたわね。」
アニムスフィア家の先代は確かに情を解せる人間ではあったが、それ以前に魔術師だった。利益なく動く人間には思えない。
「母にレイシフト適正があったそうなんです。マスターの話は自分の研究に集中したいって母が断ったみたいなんですが」
「あー、なるほどねえ」
たしかに魔術的な素養は遺伝しやすいので調べる価値はある。ダイヤの原石が自ら懐に飛び込んでくるなら儲け物だ。
「ん?でもだったら弟くんが先に連絡を受けてたんじゃない?」
言い方は悪いが利用価値がありそうな人間が親を亡くして無防備になっているなら、身の安全と引き換えに引き取りそうなものだが。実際そう言う人種が魔術師であろう。
私の言葉に彼女は苦笑い。
「まさしくその通りなんです。けどご存知の通り、達海にはレイシフトの適正があまりなかったので断られたらしいです。そうとは知らず、テストで見事、好成績を叩き出した私は自分と弟の後ろ盾になってくれることを条件にここへと来たわけです。」
彼女の言に罪悪感と言いづらさが混じっている事を感じていたので続きを引き継いだあげた。
「なるほどね。じゃあ後ろ盾を得たと同時に弟くんのプライドもズタズタに引き裂いちゃったってわけか」
またまた彼女は苦笑い。
「ええ。父の遺志を継いで何とか私を巻き込まないよう守っていたら、まさか私に守られるようになるなんて夢にも思わなかったでしょうね。加えて自分にはない才能でお偉いさんに認められて、とまで来たらもうズタボロです」
また悲しそうに立花ちゃんは笑った。
確かにその通りかも知れない。何も知らない弟子が知らないところで世間に認められて、自分にはない才能を持ってましたなんて聞いたら、私もプライドが傷つくし、嫉妬してしまうかも知れない。
でも...
「それでも家族じゃない。家族を守ろうと必死になって何が悪いのよ。確かにご両親が亡くなってからあんたを守り続けたのは弟くんだし、そこには斟酌が必要だったのかも知れない。けれども結局守りきれなかった。だから立花ちゃんが助けた。家族で支えあったってだけじゃないの」
私の暴言ともとれる言葉を聞いて立花ちゃんが目を丸くした。
「確かにそうなんですが...」
彼女の肩を軽く叩く。
「あなたは胸を張って良いのよ。結局あなたと弟くん二人を助けたのはあなた自身なんだから」
「あ、ありがとう、ございます」
結果論ではあるが彼女ら二人を救ったのだからもう少し誇ってもいいだろう。少なくともその事を気に病むのは家族を死に物狂いで救おうとした報酬というにはあまりに酷だ。
「全く、男はこれだから面倒くさいのよ。プライドに生きてるって言うか、なんというか。」
本当に面倒だわ。結局他人でも家族でも男のプライドって変わらないのね。
「それは、確かにそうかもですね...」
ん?というか...
「今思えば弟くん何にも変わってないじゃない。一人で突っ走って、怪我して、周りに助けられて....一度プライドを粉々に砕いてやったほうがいいんじゃない?」
目をそらす立花ちゃん。
「達海も達海なりに人理修復に貢献しようと頑張っているんですよ。いつも今日みたいになっちゃんですけど。それを見てるとですね、ついつい」
てへへと立花ちゃんは笑う。
私は何度目かのため息を吐く。
「犠牲なき献身こそが最大の奉仕」
「へ?」
「ナイチンゲール女史が仰った言葉よ。自己犠牲を続けてるようじゃ、誰のためにもならないのよ。自己満足で終わってるってビシッと言ってやりなさい」
彼女の顔を両手で挟む。
彼女がびっくりして目を見開く。
「あの、シャルロットさん...」
「ん?」
「ナイチンゲールさんなら後ろに...」
え?ちょっと待って私今いいこと言ってたよね。流れ変わっちゃうじゃない。
「ミス.ミハエル」
「はい!」
後ろの冷え冷えとした声に直立不動になる。
ちなみに私の本名はシャルロット・ミハエル。カルデア医療部門所属です。
「患者の治療を放置して、世間話とはなにごとですか」
冷や汗が額に一筋流れる。
「い、いえ。これはですね」
「あなたにはどうやら救急処置の重要性を説く必要がありそうですね」
私の肩をナイチンゲール女史の手が、獲物引き込むかのごとく掴む。
はわわ。
流石に見かねたのか、苦笑いしながら立花ちゃんが助けてくれる。
「あのー、ナイチンゲールさん。シャルロットさんは私のカウンセリング?みたいなことをしてくれていたので勘弁してあげいてください」
「ほう」
立花ちゃん、ナイスフォロー!
親指をぐっと立てる。
「なるほど。ではあなたには臨床心理学を教えて差し上げます。こちらに来なさい」
うそやん。
カルデアには個性的な人がいっぱいいるのではと思うこの頃です。
家族の影響って自分で思ってる以上に大きいんですよね。
それが良い方向であれ、悪い方向であれ。
だったら出来れば後悔はしない関係でありたいと個人的には思います。