第一会議室へつながる廊下を歩く。
「いやー。すごかったね」
隣を歩いていた達海は苦笑いで言った。
「あれは流石にやりすぎよ…」
私はため息を吐いた。
「まさかミーティングルームが廊下とつながっちゃうとはね」
あの後、戻ったミーティングルームで待っていたのは大激怒しているジャンヌとそれを煽るBB。
そして帰ってしまったのか既にもぬけの殻となった英雄王の席だった。
ジャンヌは宝具振り回すし、BBはさらに火をつけるような言い回しするし、ギルガメッシュはそもそもいないしで、すーーんごい大変だった。
怒ったジャンヌが振り回していた旗が壁にぶつかり、そのまま炎が燃え移った。
そしてミーティングルームの壁が炭と化した。
ダ・ヴィンチちゃん、怒りで体が震えてたな...
「マシュがいなかったら確実に炭になっていた自信があるよ」
頭の後ろに手を組んで気楽そうに笑う弟。
ジャンヌが暴れてる間、私と達海とドクターは彼女の後ろに隠れていた。
そうしないと割とマジで燃えていた気がする。服とか。
あんたが召喚したんだからそこはあんたがしっかりしなさいよ、とお小言を言いたくなってしまってもいいだろう。
もう一度ため息を吐く。
「はあ……....あ、マシュと言えばあんた、あんな約束して大丈夫なの?」
「約束?……ああ、さっきのあれ?」
「ええ」
暴れるジャンヌを鎮めたのは「何でも言うこと聞くから」という達海の言葉だった。
その言葉を聞いた瞬間、ジャンヌは暴れるのをやめ、何度もその言葉を達海に確かめた後、
「じゃあ、1日私に付き合いなさい!」
と嬉しそうににやけながらミーティングルームから出ていった。
笑みを抑えようとしていたのはわかったけど全く抑えられていなかった。
あの時の彼女の笑顔を思い出したのか達海は微笑んだ。
「この前ファッションがどうのって言ってたからそれじゃない?」
「ファッション?」
「うん。現代の服装に興味があるんだってさ。ファッション雑誌にもいっぱい付箋張ってあったし」
あ、そう言えば非番のとき私服でうろうろしていたら、ジャンヌが私のことをちらちら見てたな。
あれはそう言うことだったのか。
「ジャンヌってなんだかんだ言っていろんなことに積極的だよね」
達海はまるで娘を見る父のような、父性を感じさせる笑みで言った。
「彼女のそういうところ、すっごい好きだな~」
「でも服って。どうするのよ?作るの?」
繊維は貴重な資源だ。
趣味の範囲で使っていい量はあまりなかった気がする。
達海は私の質問を聞くと思案気に宙を見る。
「うーん、シミュレーションをちょっといじれば上手くできると思うんだけど」
「シミュレーションって、訓練の?」
「うん。彼女、都会でブラブラ歩きながらショッピングしたいみたいだから。上手く調整すればまあ、新宿とか渋谷の再現くらいできると思うよ」
え、なにそれ。
私も気になる……
「って、私が言いたいことはそうじゃないわよ」
そう。
私が言いたいのは約束の内容ではなく、約束そのものだ。
「マシュ、すっごい拗ねてたわよ」
「……あ」
達海はポカンとした後、冷や汗をだらだら流し始めた。
「あ、じゃないわよ」
駄目だこいつ、まるで治っちゃいねえ。
「私があそこまでレクチャーして上げたのにことごとく台無しにするわよね」
呆れ顔を向けると達海は焦りながらも反論してきた。
「いや!今回のは不可抗力でしょ⁉」
「ふぅかぁこうりょくぅ?」
「だって僕がああしなかったらミーティングルームが全焼してたかもしれないじゃん⁉」
「乙女心にだってもクソもあるもんですか。そんなことしてたらそのうち愛想つかされちゃうわよ」
うわああと叫びながら頭を抱えてしゃがみ込む我が弟。
その無様な姿を見ながら、ホホホと高笑いをする。
お勉強ばかりしていても女心は永遠にわかりません事よ。
「魔術のお勉強ばかりしてないで、たまには人の心を勉強しなさいな」
姉からの言葉、感謝しながら受け取るがよいぞ。
「それは姉さんに言われたくない」
頭を抱えていた弟は私のありがたーい言葉を聞くとジト目を向けてきた。
な、なんぞ?
「ドクター言ってたよ。『立花ちゃんは頑張り屋さんだね。この前も、僕の部屋に教本片手に魔術を習いに来たよ』」
「っ⁉」
「『深夜なのにすごいよね。僕も見習わないとなあ』って」
頬がかーっと赤くなっているのが自分でもわかる。
「そもそも対象として見られていないみたいですが、そこのところどうなんですかね?姉上殿?」
こ、こいつめ……。
「う、うっさいわね!城攻めは時間をかけて行うものなのよ!」
「まったく進歩してないじゃん」
「こっから怒涛の展開が始まるの!」
「え~。ほんとにござるか~?」
こ、このっ…。
形勢が逆転したからって調子にのりおって。
「べ、べつに私はあんたと違って失態は犯してないのでまだセーフですぅ」
「いやいや。行動しないのは失敗以前の問題だと思いまーす」
「……」
「……」
二人して落ち込む。
何やってんだ、私たち。
団栗の背比べ、鼬ごっこ、五十歩百歩。
醜い……
「不毛ね…」
「…うん。やめよう」
暗い表情で歩きだす。
「「……はあ」」
ため息が重なる。
ああ、気分が重い。
だがため息がつきたくなってしまうのも仕方がない。
いや、我々の思いがどうのこうのではなく。
単純にこれからいや~な仕事が待っているのだ。
「…こういう気分になるのも全部会議が悪い」
「まさしく」
二人でどんよりしながら廊下を歩く。
「なんでいつもああなるの」
「僕としては何とも言えないけど…」
もう帰りたい。
会議室に着いてすらいないけど帰りたい。
「毎回、毎回、よくもまあ当人たちを置いてきぼりであそこまで白熱できるわよね。あの熱量だけは買うけど」
「あの派閥みたいのはやめて欲しいなあ。割と疲れる」
「みたいっていうか、完全に二分してるわよねえ」
「最近は特にね」
マジで帰りたい。
全日本帰りたい協会。
まあ、帰る場所もここカルデアなんだけど。
「「……はあ」」
ああ、神よ。
今日の会議は延期となるように取り計らってはくれないものか。
「あっ!いたっす!達海さーん!」
Oh…my god…
神よ、頼んだ瞬間これですか。
迷える子羊を導いてはくれないのですか。
『あんた、そもそも迷ってないでしょ』
うるせー!
こちとら常に世界の狭間をさまよっとるわ!
もう絶対頼まないからな!
「チンさん」
通路の向こう側から聞こえた声に達海は返事を返した。
向こう側からカルデアスタッフの制服を着た小柄な少女が軽快な走りでこちらに近づいてくる。
「何してたんすか、もうっ!遅いっすよ!」
黒髪の長いツインテールを揺らしながら達海一直線に走ってくる。
しかしその視線が私をとらえるとたちまち苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
「げ。姉も一緒っすか」
“げ”、とはなんだ。“げ”とは。
相変わらず失礼な小娘(年齢不詳)だ。
少女は達海の前まで走ってくると片腕をつかんで自分の方に寄せ、私から離れた。
「ダメっすよ。達海さん。こんな頭の固いボンクラどものボス猿なんかとつるんじゃ」
「ボス猿って…」
少女のあんまりな言い様に達海が苦笑する。
こいつ、等々私を猿扱いしやがった。
許せん。
「つるむも何も、私たち血のつながった兄弟なんですけど」
イラっときたのでとりあえず当然のことを言ってやる。
私を猿って言うなら達海も猿だぞ、おら。
「スマートでインテリジェンスな達海さんと、パワーだけの脳筋ゴリラじゃ土台が違うっす」
「脳筋ゴリラ…」
このアマ…
というか達海、あんたも何笑ってんのよ。
「そうだ!達海さん!達海さんがこっちにくる前書いていた論文読んだっすよ!『遡行性魔術の定義と範囲、その応用性について』!」
チンは達海の右手をガシッと両手で掴み、目をキラキラさせながら言った。
「は、はい。ありがとうございます」
「素晴らしかったっす!時間の魔術を魔術回路そのものに応用しようなんて誰も考えないっすよ!回路そのものを時限の潮流と考えて、遡行させる。実質的な完全非侵食物質の生成なんて、もう感動っす!」
早口でまくしたてるチン。
何言ってんの?この子。
「それに制服の礼装も達海さんが強化したんすよね!身体強化に加速流動性を加えて強度を高めたって!」
「よく知ってますね...」
「それに何と言っても“幻霊召喚”!術式見せてもらったっすけど、どうしてああなるかまるで分かんないっす!あんな高度な召喚術式を短期間で作っちゃうなんて、どう考えても天才っす!すごいっす!」
「いや、あれはそんな高尚なものじゃ....」
ベタ褒めやん。
あまりの褒め具合に当の本人である達海も軽く引いている。
「時計塔の魔術師連中も理解し切れてないんすよ!やっぱあんな埃っぽい場所で仲間内だけでワイワイやってる奴らとは違うっすね!達海さんは!」
「僕も時計塔に短期留学したことあるんですが....」
おい、待てい。
「私は?」
「は?」
チンが心底訳の分からない、と言う顔をする。
いやいや。
「私、
これでもそこそこ役に立ってるんですよ?
褒めてくれてもよくない?
というか褒めて。
私もベタ褒めされたい。
しかしチンは私の言葉を聞くと鼻で笑いやがった。
「何言ってんすか。私の話聞いてなかったんすか?」
やれやれと首を振る。
「達海さんはどんなにピンチでも頭を使ってスマートに切り抜けていくっすよ。『強い敵?とりあえずみんなで殴ってから考えよう』とか言ってるゴリラと比べること自体がおこがましいっす」
殴ってみないと敵がどの程度か分からないじゃない。
「達海さんは私たちノンキャリの星なんです!お堅いキャリア組とは違うんすよ」
「私だって家柄がいいわけじゃないでしょ。達海と同じ家だし。なんなら魔術なんてここに来るまで存在すら知らなかったわよ」
どちらかと言うと達海の方があいつらに近いでしょ。
よく知らないけど本格的に魔術学んでたみたいだし。
しかし少女は私の言葉を一笑に付すと肩をすくめて首を横に振った。
「あのエリート(笑)組のリーダーってだけでもう無理っす。生理的嫌悪っす。ゴリラっす」
「ゴリラは関係ないでしょ!」
「ゴリラがキレたっす!シルバーバックっす!」
「誰がボス猿よ⁉」
そもそもリーダーなんかやってるつもりないんですけど!
「まあまあ」
合ってすぐ喧嘩を売ってきたこいつと私の応酬を見て達海が仲裁に入った。
あんたからも何とか言ってやりなさいよ!
私、何もしてないのにすっごい罵倒されてるんだけど!
私は達海に無言の圧を送る。
「チンさん、何か用があって来たんじゃないんですか?」
あいつは私の視線を軽やかにスルーして、少女にやってきたわけを聞いた。
おい。
それを聞くと少女はハッとした。
なんやこいつ。
来た用件忘れてるなんて、私が猿ならこいつは鳥ね。
「そうっす。そうでした」
そう言って腕の時計をちらっと見た
「戦略会議のことなんすけど」
そうだろうね。
そのために私たちも会議室に向かってたわけであるからして。
「会議の時間には早いんすけど、20分前ぐらいに二人以外は会議室にそろったんすよ」
まあ、私たちはバイタルチェックがあったし。
それに、それも踏まえて余裕を持たせたスケジュールだからまだ余裕はある。
ただその余裕がいらぬ問題を引き起こすことも間々ある。
「そしたらまあ、違う部門の人間が一堂に会してるので色々と情報交換とかするじゃないっすか」
あ、嫌な予感がする。
達海もそうらしい。
口がひくついている。
「それで最初は世間話をする程度だったんすけど、それがだんだん議論みたいになってきて、今じゃ喧喧囂囂の有様っす」
もう帰っていい?
「で結局いつもの様相を呈してきて議論が平行線っていうか、とにかく当人がいないと進まねえってなったんで私が呼びに出されたんす」
そこまで言うと彼女は両腕でつかんでいた達海の右手を引っ張って、その場で駆け足を2度した。
「ということで達海さん!会議室までダッシュっすよ!」
「えっと了解です。それと走れるから腕を…」
達海が言い終える前に少女はもう一度右手を引き寄せると達海にウィンクした。
「それから、チンじゃなくてイーハンっす。名前で呼んでくださいって何度も言ってるっす!」
「あははは…」
「はいっ!イーハンっす!呼んでください!」
少女は目を輝かせて顔を達海に近づける。
近くない?
近いね。
処すよ。
達海は引き気味に苦笑している。
「いや、ほら、名前呼びって図々しくないですか…?」
「大丈夫っす!図々しくないっす!達海さんには呼んで欲しいっす!」
押しが強い。
よろしい。
そんなに呼んで欲しいなら呼んで差し上げましょう。
「イーハン」
私が甘―い声で呼んだあげるとバっと振り返って、滅茶苦茶睨みつけてきた。
「あんたに呼んで欲しいとは一言も言ってないっす」
さえずるな、小娘よ。
アホウドリ。
君は大切なことを忘れている。
「その当人ってのには私も含まれているんだけど、なぁんでさっきから私が蚊帳の外なのかなあ?」
チンはそれを聞くとふんっと顔を背けた。
「私は達海さんを呼びに来たので。どうせゴリラはあの頭でっかちどもが呼びに来るっす。だからついていくるなっす」
こいつ…まだ言うか。
こめかみがぴくぴく震える。
よろしい。
そんなにゴリラゴリラ連呼するなら、偉大なる森の賢者の力を見せてやるわ。
「ゴリラは怒ると狂暴なのよ」
「は?何言ってんすか?頭大丈夫っすか?」
「つまり今からお前をボコボコにする」
私は制服の礼装を用いて自身に身体強化を施した。
体に力がみなぎる。
よし、潰す。
「ご、ゴリラが怒った!達海さん!逃げるっす!」
身体強化を見た瞬間、チンが目を見開いて走り出した。
「逃がすか!おとなしく私の拳の下敷きになりなさい!」
今までの暴言、後悔させてやるわ!
待ちなさい!
後ろで達海がため息を吐く音がした。
「そう言うことするからゴリラって言われるんだよ、姉さん……」
§
「────!」
「───!」
「────────!」
既に扉の外側からでも聞こえてくる怒声。
始まってすらいない会議で飛び交う怒号とはこれ如何に。
私はチョークスリーパーでチンを締め上げつつ、げんなりとした気分で会議室の扉の前に立つ。
「ギブッ、ギブっす!」
「あー。入りたくない」
やだなー。
もう勝手に終わってくんないかな、これ。
「大体さ、勝手に始めたなら始めた人たちで収集をつけるべきじゃない?」
私は後ろから歩いてきた達海にそう問いかけた。
「そんなこと言っちゃだめだよ……というか姉さん、離してあげなよ」
「え?」
「チンさん、白目向いてるよ」
「あら」
さっきまであれだけ威勢よく私の腕をタップしていたのに。
貧弱者め。
私は泡を吹き始めたチンを開放する。
チンは私の足元にバタンと倒れ、3秒ほど痙攣していたがすぐに目を覚ました。
「く、来るなー!ゴリラは森へかえ……あれ?」
叫びながら上体を起こしたチンはハッとして辺りを見回すと軽く息を吐く。
「なんだ。夢っすか」
相変わらず周りが見えていないのか勝手に独り言を始めた。
「ふう。やれやれ。ゴリラに首を締め上げられる夢とか、最悪っす。夢の中まで脳筋とかもはやプロテインの精霊っす」
「おはよう」
猿の次はサプリメントかよ。
「うわあむぐ⁉」
悲鳴を上げかけたチンの口をふさぐ。
「はい、静かに。中に聞こえちゃうでしょ」
私が耳元で言ってあげるとコクコクと首を縦に振った。
よろしい。
ゆっくりと口から手を離す。
チンは手が離れるとすぐに達海の後ろに隠れた。
何もしねえよ。
「な、なにやってるんすか?二人とも」
弟の背中に隠れながら、扉の前に立つ私たちに聞いてくる。
「入らないんすか?」
その言葉に私たちは顔を見合わせる。
「「……」」
何とも言えない空気にチンが首をかしげる。
「どうしたんすか?」
彼女はただ純粋になぜ入らないかを聞いてくる。
「時間稼ぎです」
「はい?時間稼ぎ、ですか?」
「いえ、僕も姉さんもできればもう少し議論の熱が冷めてから入りたいなあ、というささやかな願望で……」
こんな中に入ったら、絶対また面倒なことになるし。
それに一応サポートしてもらってるとは言え、私苦手なんだよね、あの人。
目が笑ってないんだもん。
本当は何考えてるかまるで分からん。
「―!」
「────!」
「────!────!」
「ああ、もう!全然話が進まないじゃない!あの二人は何やってるのっ‼」
部屋の中からそんな声が聞こえてきた後、こちらにどしどし歩いてくる声が聞こえる。
終わった。
嵐がやってくる。
ああ、安寧なる日常が。
達海もまたあきらめの表情で扉を見ている。
次の瞬間、大きな両扉が開いた。
「あの二人はどこにいるの……よ……」
扉から出てきたのは
うわぁ。
よりにもよって一番面倒くさい人出てきたぁ。
扉の前で私たち二人が立っているのを見て、所長は目を丸くした。
しかし真ん丸になった目をすぐに引きつらせたあと、目じりを吊り上げて鬼のような表情をした。
「遅いッ‼何やってたの!」
そして怒鳴り声で叱りだした。
予想通りめんどくせえ。
というか遅いって。
会議が始まる時間までまだ20分あるんですが……
しかしここでそのことを言うのは愚の骨頂。
言った後に「それくらい見越して早めに来なさいよ!」と逆ギレされるに決まっている。
ならどうするか。
それは
達海!君に決めた!
私は弟に目線で合図する。
目が合うと弟はジト目を向けてきた。
が、しばらくするとため息を吐いて口を開いた。
「申し訳ありません、所長。会議に間に合わず、手間をおかけしました」
「ッ……」
達海の口上に面食らった顔をする所長。
「ですがやはり流石です、所長。ここまで会議を能動的に進めることができるのはやはり所長の力あってのものです」
大紛糾の会議を“能動的”とは。
物は言いようである。
「そんな会議を我々のせいで止めるわけには参りません。所長御自身のお時間を無駄にしないためにも、ぜひ我々もこの会議の末席を汚させて頂きたく存じます」
言い終えると達海は一礼した。
よくもまあ、こんな口上がペラペラと出てくるもんである。
私だったら「まだ20分もありますよ」を言ってからの所長大激怒タイム突入だというのに。
弟が詐欺師にならないか、お姉ちゃん心配だわ。
頭を下げた達海を見て、何を思ったのかは分からない。
所長は無言で何秒か弟の姿を見ていたが、すっと回れ右した。
「…次はありません。早く席に着きなさい」
そう言うと彼女は部屋へ入っていく。
流石、達海!
この手の扱いはこなれてるわ。
達海の後ろにいたチンはそーっと顔を出しながら所長の文句を言い始めた。
「いくら
「所長ですからね。彼女は間違いなく“偉い”んですよ」
達海の返しにチンは頬を膨らます。
「それはそうっすけど…」
その表情に達海は苦笑する。
「まあ、でも多分、彼女は“真面目”なんですよ。それだけなんじゃないでしょうか?」
真面目ねえ。
だとしたら“ド”が付くほどの大まじめだ。
達海の言い方に何か感じたのか、チンはじーっと達海の顔を見ていた。
「な、なんですか?チンさん?」
「なんか妙に含みのある言い方っすね…」
顎に手を当てて言う。
「さては所長となんかあったんすね⁉」
相変わらず元気だ。
「何があったんすか!言うっす!あの
「そんなものありませんよ……」
「それからイーハンっす!何度も言ってるっす!」
「あははは……」
ガンガン押していくチンと引く達海。
「あんた達、遊んでると次こそ所長にどやされるわよ」
多分次は割と本気で。
その言葉を聞くとチンは焦ったように達海の腕を引いた。
「あっ、ヤバいっす!行きましょ!達海さん!」
「腕引っ張らないで…」
そのまま会議室に入っていった。
「あ~、帰りたい」
私もその後を追った。
遅筆が憎い。