扉を抜けるとそこは大きなコの字型のテーブルがあった。
そのテーブルの周りに20人ぐらいの人が席に座っている。
みんな各部門の部門長か、顧問だ。
彼らは私たちが入ると一斉にこちらを見た。
私を見て顔色を明るくする人。
達海を見て安堵する人。
私たちが入った後のみんなの表情の変化は大体この2種類だ。
比率としては前者が7割、後者が3割ぐらい。
ちなみに前者は達海を見て舌打ちするし、後者は私を見て眉をしかめる。
もうこれだけで全日本帰りたい案件だ。
「3人とも早く座りなさい」
コの字の凸部、上座の議長席に座っていた所長は入ってきた私たちを睨みながら言った。
へいへーい。
「達海さんはこっちっす」
「了解です」
達海は入ってすぐのコの字の端部分、下座のところにチンと並んで座った。
ではでは~私もそちらに…
「リツカ君、君はここだ」
私も達海たちの隣に座ろうとしたが、所長の右隣に座っていた
私はその言葉に眉をしかめる。
うへぇ。
またあの席かあ。
なぁんで、一戦闘員にすぎない私があんな上座に座らなきゃいかんのか。
今日こそはなんとかならんとですか。
私は視線で助けを求め、所長の左側に座っているドクターを見た。
ドクターは私の視線に気づくと苦笑して首を横に振った。
「諦めておとなしく座りなよ」
席に座った達海が小声で言った。
「えぇ」
「じゃないともっと面倒なことになりかねない」
ですよねー。
「…行ってくるわ」
私は達海にそう言ったあと、陰鬱な表情で席まで歩き、そこに座った。
それを確認するとレフ教授はニコリと笑った。
背筋に鳥肌が立つ。
怖っ。
この人、笑顔が一番怖い。
「出席予定者、全員の参加を確認したので第7特異点戦略会議を始めます」
所長が周りを見回した後、そう宣言した。
「ではまず、全員に今一度、今までのグランド・オーダーの行程の情報共有を図りましょう。医療部門、部門長ロマニ・アーキマン」
「はい。所長」
所長に名前を呼ばれるとドクターは書類片手に立ち上がった。
いつものふんわりとした雰囲気はなく、表情もどことなく真面目だ。
やるときはちゃんとやる。
大人としては当たり前の行動なんだろうけど、ドクターのこういうギャップはとても好きだ。
かっこいい。
「我々、人理継続保障機関フィニス・カルデアは周知の通り、この惑星の人類史を保障するという目的の元、前所長マリスビリー・アニムスフィア氏によって結成されました」
マリスビリー…。
現所長のお父さんだったらしい。
私が来た時には既に現所長が所長の座についていたので、私は会ったことがない。
「我々は当初の予定通りファーストミッションを実行。レイシフトを行ったが霊子演算装置・トリスメギストスに謎のバグが発生し、マスター47名の霊子変換に失敗。チャンバー形成後、因果の狂いの補正計算ができず、マスター47名生存証明が不可能となります。マスター47名の保護のため、死が世界に観測される前にチャンバーごと凍結。そのためマスターはファーストミッションから外されていた藤丸立花のみが健在」
私はあのとき達海に言われて礼装の調整をしていた。
私の着た礼装がちょうど壊れていたことを弟に指摘され、礼装なしでのレイシフトは危険だからと待機に回っていた。
本当に運がよかった。
そこまで言い終えるとドクターは一枚目の書類をめくる。
「その後、特異点Fを発見。これを修復すべく藤丸立花を仮のマスターとし、デミサーヴァント、マシュ・キリエライトに霊基外骨格を装備しレイシフト。現地で他のサーヴァントの協力を得つつ特異点を修復」
冬木…
「ソロモンを名乗る敵が人理の焼却を宣言。そして7つの特異点が露見。この状況から我々の主目的であるグランド・オーダーを所長が発令」
所長は腕を組んでドクターの報告を聞いている。
「第1特異点を同戦力で修復。戦力不足が懸念され、第2特異点において戦力不足が顕著となりました。しかし藤丸達海による戦力の底上げ、及びマシュ・キリエライトの英霊融合成功により無事修復」
「以後、紆余曲折はあるものの我々はマスターである藤丸立花を主軸に第6特異点までを修復。次点である第7特異点を目前として今に至ります」
ドクターは席に座った。
「結構」
ドクターの報告に所長は一言そう言うと席に着く全員の顔を見た。
「これまでのことに関して何か議題にあげるべきことはありますか?」
所長は達海の隣の少女がプルプル震えているのを見て一瞬だけ止まったが、それを無視して言葉を続けた。
「特にないようですね」
「では本題に入りましょう。第7特異点の修復について、航路計略部門、部門長スティーブン・ユリフィス」
「はい」
そう呼ばれて立ったのは中肉中背、金髪の髪をツンツンさせた碧眼のおっさんだ。
彼は航路計略部門のトップだ。
航路計略部門と言うのはカルデアが特異点を修復していく際に、どの特異点を回っていくのが効率がよく、戦略的に有効か、特異点はどの時代で、どのような理が敷かれているのか、等々の調査及び、カルデアスの観測を行う部門…らしい。
マニュアルにそう書いてあっただけで、私はいつも調査、観測した後の結果しか聞いていないので具体的な仕事内容は知らない。
彼はその中でも優秀と聞く。
ここに来る前に時計塔の降霊科?と言うところにいたらしい
「第7特異点については事前の調査で、地点はバビロニアにありその時代は紀元前にさかのぼることが分かっています。紀元前のためレイシフトの危険性がこれまでのどの転移より高く、またその世界では神性がまかり通っている可能性もあるとみております」
ある地点より昔はレイシフトがとても難しくなるってドクターが言っていたのは聞いたことがある。
だけどもう一つ聞きなれない言葉が聞こえた。
「神性がまかり通っている?」
どういう意味だろうか?
私がつぶやくのを近くのレフ教授が耳ざとく聞いていた。
「西暦以前の世界は神代の真っ只中であるということだ」
「?」
「要約すると神と言う存在が当たり前のように具現化している。これまでの特異点でも神性を持つものがサーヴァントとして格落ちして存在していたことはあったが」
エウリュアレとかステンノとかだよね?
「第7特異点はあれとはレベルが違う。神が人と同じように当たり前の面で群雄割拠している可能性がある」
「神さまがいる?」
「そのとおりだ。いても何もおかしくはない」
神さまがいる……
全く想像がつかない。
アマテラスオオカミがいなくなると世界が暗黒に包まれるのだろうか。
その世界では。
「これまでの特異点とは段違いに危険です」
部門長は書類から目を上げる。
「我々人間が知らないうちに地に歩く虫を潰すように、神々がその気なしにとった行動が人間を殺す世界」
「すなわち、いるだけ死ぬ可能性が高い世界です」
なんだそれ。
「いくら何でも無茶苦茶だ」
あまりにも理不尽な世界につい口からこぼれた。
部門長は私のつぶやきを肯定する。
「まさしく無茶苦茶な世界です」
彼はそのあと所長を見た。
「ゆえに今回は今までのように現地で協力者を探すということに重きを置かないことを提案いたします」
重きを置かない?
所長も疑問に思ったのか、具体例を求めた
「というと?」
「これまでカルデアから多くのサーヴァントを連れていかない理由は、彼らにリソースをそこまで割けないというのもありましたが」
「特異点では過去の時代であっても変調をきたしていることが多く、特異点にいる人間や英霊に状況を聞く方が極めて効率が良いと理由もありました」
確かにその土地に縁の深いサーヴァントを連れていっても状況が一変しているというのは今まで何度もあった。
その度、現地の人やはぐれのサーヴァントに協力してもらいながら情報収集をしてきた。
「そのためレイシフト後、協力者を探すというスタンスをとってきましたが、第7特異点では悠長にそんなことをしている暇はありません」
「転移して1秒後、たまたま神が通りかかって死にました。などということが十分にあり得ます」
嘘でしょ⁉
そんなゲーム感覚で死んじゃうの⁉
「したがって今回のレイシフトでは既に現地経験のあるサーヴァント、ギルガメッシュを同行させることが必要だと具申いたします」
「ふむ。なるほど。水先案内人を先に雇っておくということか」
レフ教授はその提案に面白そうに笑った。
いや、相変わらず糸目でいつも笑ってるようには見えるけど。
「必要性はわかったわ。それでサーヴァントを連れていくデメリットは?紀元前に転移するなら今までと同様にやってもかなりの時間とエネルギーが必要だと思うけど」
所長はすぐに現実的な数字の話を出した。
「我々の試算ではこれまでの3倍のリソースが必要と出ております」
「3倍……そんな余裕あるかしら」
彼女は顎に手を当てて少しの間考えたがすぐに顔を上げ、航路計略部門長の隣にいる初老の男性に質問をした。
「総務部門、部門長クリム・アトロホルム。削減可能なリソースは現実的にどれくらい?」
クリム・アトロホルム。
白髪オールバックで顔にしわの多い老人。
いつもしかめっ面
だが話してみると案外ユーモアが分かる。
彼は総務部門のトップだ。
総務部門はカルデアの事務処理を一挙に担っている部門である。
人事、経理、機材管理、清掃、etc...
私たちが快適に生活できるのは彼らのおかげなので頭が上がらない。
聞く限りだとただの事務だが、全部門の書類を一括管理しているので幅広い魔術知識がないと仕事ができない、というのは達海談。
そんな部門のトップなのだから彼も相当に頭が切れるのだろう。
「そうですな。できて2倍前後ですな」
彼は右手で顎をさすりながら答えた。
「2倍……」
その答えに所長は難しい表情をする。
「もう少し何とかならないか」
航路計略部門長は苦々しい表情で聞く。
「無茶言わんでくれ。ただでさえ食事、空調、照明、医療器具に必要な電力を最小限まで削っとるんだから。機材管理課は炉心のオーバーワークだと悲鳴を上げておるわ」
そのように答えてから、彼は少しにやけた。
「まあ、しかし、無理をすればできん事もないですがね」
「無理?」
所長が聞き返す。
「今もっとも使われているエネルギーをレイシフトに回してしまえば、できなくはないですとも」
最も使われている?
彼は意地の悪い笑みを浮かべつつ続ける。
「マスター47名の凍結か、そちらのマスターさんが行っている英霊との契約。どちらかを解除する許可をいただければ現状の5倍はまわせるんですがねえ」
こういうことを平気で言ってしまうあたりこの老人も魔術師なのだろう。
この偏屈じじいめ。
あとで毛細血管にガンドを打ち込んでやる。
脳梗塞の恐ろしさを知れ。
所長はその提案を即座に否定した。
「マスターの凍結解除は許可しません」
「でしょうねえ」
当たり前だろ、じじい。
お前遠回しに人殺すって言ってんだからな。
自覚してんのか。
してるんだろうなあ。
「戦闘部門、部門長キャロル・エーデルフェルト。そちらはどうです?」
じじいの発言のしわ寄せを受けるのが赤髪ポニーテールの女性。
引き締まった体、高い背丈、切れ目の人物。
「ありえません。特異点攻略に必要な戦力とカルデアの防衛のための戦力。こちらだってぎりぎりの戦力でやっています」
「それに契約は機械的にできるものでもありません。要らないから契約を切るなどというやり方ではいずれ藤丸はどの英霊とも契約を結べなってしまいますわ」
そして私の直属の上司でもある。
基本的に戦闘指揮、体術、魔術などは彼女に指導してもらっている。
「そうなんですか?戦闘部門、強襲課長、藤丸立花さん」
「へ?」
航路計略部門長が私に聞いてきた。
あまりそちらの名称を呼ばれることがなかったので間抜けな返事をしてしまった。
私も戦闘部門に所属している。
一応マスターは全員戦闘部門に所属する予定だったらしい。
強襲課以外にも支援、偵察、遊撃など一応の区分けがあったとか。
課長といっても強襲課は私一人なので形式上のものである。
この役職いる?
「へ?ではなく、どうなんです?」
私が間抜けな返事で答えを止めていたのでユリフィスがもう一度聞いてきた。
英霊との契約を切るか?だっけ。
「まあ、みんな人ですし、そういうやり口じゃ信頼は得られないんじゃないですかね?」
みんなとの契約を切るなど絶対に有り得ない。
が、ここで主観的な主張をしてもただ馬鹿にされるだけだということはもう何度も経験した。
これぐらいのほうがすんなりと受け入れられる。
口調?
私にそれは期待されていない。
「そうですか」
予想通り彼はすんなりと私の言葉を受け入れた。
「となると……」
「うむ」
「まあ、そうね」
3人の部門長は神妙にうなずいた。
「……やはり、レイシフトに連れていくマスターを絞るしかあるまい」
「そうだな。今回は藤丸立花君一人で行ってもらうということに…」
こいつら……会議の前にこうするって決めてたな?
結論に到達するまでがスムーズすぎる。
他人事だと思って都合のいいように決めやがって。
一人でって簡単に言うけどな、ローマで私たちがどんな目にあったか……
鮮やかに3人の部門長の意見が一致したところで待ったの一声がかかった。
「異議ありっす!」
少女の声に3人の視線がそちらに向いた。
ギロリという擬音が鳴りそうな向け方だ。
「……なにか?技巧部門、副部門長チン・イーハン」
声を上げたのは先ほどまで私を森の賢者と呼称していた少女だった。
「今の意見は横暴っす!」
「どういう意味だね?」
そうだそうだ。
言ってやれ。
「今までの特異点で多くの敵を撃破して、藤丸立花をサポートしたのは達海さんっす。その功績を無視して待機って言うのは筋が通らないっす」
彼女の言に顔をしかめると、アトロホルムはその隣に視線を向けた。
「君の部下はそう言っておるが、どうなんだ?」
「技巧部門長、藤丸達海くん」
技巧部門長と呼ばれ、私の弟が顔を上げる。
驚くことなかれ、私の弟もなんと一部門の部門長なのだ。
技巧部門。
基本的に私が使っているような魔術礼装や英霊に使う概念礼装、その他召喚儀式の設立や特異点で使うような戦術道具の開発なども行っている。
完全な技術職だ。
まあ、そもそも魔術師が技術職みたいなところがあるのでこの表現もどうかと思うが。
達海はそこのトップなのである。
元々は特別顧問として技巧部にいたらしいが、幻霊召喚を成功させてからチンに部門長の座を譲られたそうだ。
本人曰く“逃げられなかった”、らしいけど。
「どうでしょうね?」
質問を向けられた達海は一言そう言った。
その返事にユリフィスは馬鹿にしたような視線を向けた。
「どうでしょうね?とは、また適当なことをおっしゃる。まるであなたの術式のようではないですか」
その挑発にキャロルさんやアトロホルムも同調する。
「あのような訳の分からない召喚術を使うと頭もやられていくのでしょうか」
「おいおい。そりゃ言いすぎではないかね」
「それはそれは…」
またか。
謎の批判。
私たちが会議室に入って来た時に顔色が分かれたのはこれだ。
達海が成功させた幻霊召喚、これはカルデアの7割の人間には歓迎されていない。
いくらカルデアが実力を持つ人間を選抜して結成されたといっても、その人間たちが実力主義か否かとは別の話だ。
選抜そのものを実力主義でおこなった分、彼らがどのような主義主張や価値観を持っているのかはまるで考慮されていない。
そして魔術の世界において力を持つのは古い家である傾向が強い……らしい。よく知らんけど。
そして古い家ほど血統を重視する立場、いわゆる貴族主義であることが多いそうだ。これもよく知らんが。
そうするとカルデアでも部門のトップに来るほどの実力者は貴族主義が多いわけで。
下らない批判をしている部門長たちを見る。
まあ、こうなる。
一応、うちの家も新興の魔術家系。
そうすると彼らの価値観では軽蔑の対象と言うわけだ。
くだらねえと思うのだがこれで彼らも相応の実力者であるから質が悪い。
その軽蔑を向けられている達海自身は
「このカルデアは英霊召喚を基盤に作られているんだ。そこに幻霊召喚なんて言う規格の合わないシステムを使うやつが現れたら、邪魔者扱いするのがまっとうな人間の反応だよ」
とか言っていたが。
未知に対する恐れか、異端に対する怒りか。
いずれにせよ
これのせいで会議はいつも2分し、私たちは頭を痛めている。
「このっ……」
私が部門長3人に声を上げようとすると達海が思いっきりにらんできた。
“余計なことをするな”って目だ。
あいつからするとここで私が部門長らに反感を買われることの方が面倒らしい。
達海が言うから私はいつも部門長たちにおべっかを使っている。
私が達海と同じ家系なのに、弟とは違って嫌われていないのはそう言う理由だ。
自分で言うのもなんだが私はマスターとして、天性の才能がある。
もはやマスターをするべくして生まれたかのようなレベルだ。
そして才能ある若者に敬われるのはどの国の大人でも嬉しいらしい。
こうして私は彼らにゴマをすっている。
下らない批判に拳を震わせているとバンッ‼と大きな音が鳴った。
そちらを見ると所長が眉をしかめて机の上に手を置いていた。
どうやら彼女が机を手でたたいたようだ。
「静粛に!ここは議論をする場です。特定の個人を批評する場ではありません!」
彼女がすっと全席を睨む。
先ほどまで達海を叩いていた連中はみな素知らぬ顔だが、静かにはなった。
すると所長は達海にさっきの内容を改めて問いただした。
「それで技巧部門長、どうなんです?」
達海はため息を一度吐くと口を開いた。
「逆に問いたいのですが、強襲課長のみで神代の地を渡り歩けるのでしょうか?」
「どういうことですか?」
「ユリフィスさんの言う通り、第7特異点は神代の地。神がいる可能性は極めて高いでしょう。危険性が高いというのには僕も同意です。しかしその通りなら尚更、僕もあちらに行く方がよろしいかと存じます」
達海は所長を真っすぐ見つめる。
「一人のマスターのみで歩くということは、当たり前ですが不慮の事態が起こった時のカバーが効きません。神による副次的な災害が起こりやすいのならむしろ2人体制で行き、相互に補助を行いながら攻略していく方がリスクは少ないのでは?」
達海の意見に所長は少し考え込む。
「それは…確かに、一理あります」
そう言って弟の意見を肯定した。
所長を思ったよりも達海の意見にすんなりと飲んだことに焦ったのか、ユリフィスは慌てて反論する。
「し、しかし、2人を転移させた為に二人とも中途半端な戦力しか保持できなくなってしまえばそれこそ本末転倒でしょう」
しかし達海も冷静に反論する。
「そちらの試算方法は存じ上げませんが僕の場合、魔力は自身で賄っておりますので転移後の補給は結構です。その場合必要なリソースは2.6倍ほどになるのではないですか?」
「だとしても足りていない」
「ええ。ですので技巧部の開発資材を一時的にエネルギーに回します。それで足りないリソースの8割ほどは賄えるでしょう。あとの2割は僕が時間差で転移すれば十分に埋められるはずです」
「む、むう」
ユリフィスが達海に押されて黙り込む。
すかさずアトロホルムが別の側面から反論する。
「これは人事課から聞いた話ですが、かのサーヴァントは技巧部門長との共闘を渋っているとか」
この意見に達海は眉をピクリと動かした。
その反応に老人はにやりと笑う。
「共に行って、現場でサーヴァントが言うことを聞かなくなるのは非常に危険なのではないか?」
「……」
正論だからか達海は反論しなかった。
そんなんで勝ったつもりか?
ふ、馬鹿どもめ。
英雄王は最初から私の言うことなんて聞くつもりがないわ!
私が高らかに王様の自由度を宣言しようとしたところで、再び所長が机をたたいた。
「静粛に!」
そして右側を見た。
「レフ、あなたはどう思う?」
「ふむ」
彼は手を組み、少しの間考える。
「確かに地の利を有しているサーヴァントを連れていけるのはとても心強い」
レフ教授の言葉に7割がたの人間は顔色を明るくする。
「おお!」
「でしたら!」
「だが」
浮かれた周りを前に教授は反対意見もまた肯定する。
「魔術に精通している技巧部門長がリツカ君についてくれるなら、そちらの方がリスクは低いだろう」
「そうっすよ!」
その意見にチンが賛同の意を示す。
達海は訝しげに教授を見ていた。
「なら折衷案としてこういうのはどうだろうか?まずリツカ君及び彼女のサーヴァントが先にレイシフトを行う。それで一時的に様子を見る。もし彼女に危険が迫ったり、人手が足りないようであればその時に彼を転移させる」
彼はコの字型の机の凸部分から両側を見る。
「これなら、かのサーヴァントを連れていくことも可能かつ、リツカ君の安全性も保たれるだろう」
「ふむ。まあ、それなら」
「まあ、緊急時を作らなければいい話だしな」
「私としても異論はありませんわ」
と周りが納得しかけたとき、一人異論を発した。
「いえ、その場合では援護までに時間がかかりすぎてしまいます」
弟だった。
「彼女が転移した後は一度安全な場所に身を隠してもらい、僕が転移した後活動してもらう方が危険はより少なくて済むはずです」
「なるほど……」
レフ教授は頷く。
「だが君との共闘を英雄王は快く思っていないのだろう?」
「っ…」
「こちらが後から君が連れていく腹積もりであることが知れれば、英雄王は立腹してしまうかもしれない」
確かに彼ならそのまま帰りかねない怖さがある。
「だがマスターの身が危険となればそこで怒るほどかの王の器量も小さくはないだろう」
「畢竟、君は緊急時の奥の手にしておくのが全体的に見て、最も効果的な手だと思うよ」
そう言うと達海は黙った。
教授はそのまま左側の所長に提案する。
「どうだろうか?オルガ」
「そうね……レフがそう言うのなら…」
所長はちらっと達海を見た。
達海は眉をしかめていたが、所長に見られてることに気付くと
「確かにそれなら資材の節約も可能ですし、現実的な妥協点かと」
そう言い、どうぞと言うように手のひらを上にして向け、所長に会議の進行を勧めた。
所長はまだ達海を見ていたがしばらくすると目をそらした。
「他にこの意見に異論があるものは?」
周りを見渡すが声を上げるものはいなかった。
「では第7特異点は藤丸立花、及びそのサーヴァントを主軸としてレイシフトを進めていきます。レイシフトの見積もりは各自明日までに提出すること」
「計画の詳細はそれらを鑑みてこちらで決定します。決定したら端末で共有しますので各自確認を必ず行うように」
「以上。解散」