カルデア戦闘服と呼ばれるスーツを身に包む。
この礼装は私たちの戦闘補助と同時に、レイシフトの時に私たちが意味消失することを防ぐ役割も担っているらしい。
ボディラインを強調するかのようなタイトなスーツにはいささか気がひけるがしょうがない。
手首のスイッチを入れるとスーツと地肌の間の空気が抜け、ぴたりと体に張り付く。
「ふぅ」
制服をハンガーにかけ、ロッカーに入れる。
少し長くなってきた髪を無造作に後ろでまとめ根元をヘアゴムでくくる。
よし。
私は更衣室の扉を抜けて廊下を歩き、管制室一階に入った。
円形に広がった大部屋には中央の床を囲うようにコフィンが並び立っている。
元々は48名のマスターが使う予定だったものだ。
今となっては使う人数も多くて3名。
いざと言うときのための整備しかされておらず、私たちの旅を思わせるような使用感はない。
新品のようにピカピカと光っている。
「立花ちゃん!」
部屋に入ると同時にコフィンの前で立っていたドクターがこちらに気付いた。
私は小走りで彼のもとへ向かった。
「お待たせしました」
「全然。待ってないよ」
彼は少し笑ってそう答えた後、手に持ったタブレットを操作した。
何回かスワイプやタップを繰り返し、よしっと呟いた。
「バイタルは正常。魔力も異常値はない。準備は万端だね」
戦闘服には装着者のバイタルデータを自動的に専用端末に送信する機能が付いており、端末を操作すればいつでもその情報を確認することができる。
ドクターはいつもレイシフトの前の最終チェックとして、いつもこれを行っていた。
ただ、私は彼がかけてくれた言葉に明るい返事ができなかった。
「はい………」
「………」
「………」
「立花ちゃん」
「っ!?」
ぼーっとしていたらいつの間にかドクターの顔が目の前にあった。
吃驚した。
「そんなに心配しなくても大丈夫さ」
「え?」
「ダ・ヴィンチちゃんも最後だから気が立っていただけだよ」
「………そうかな」
「そうさ」
ドクターは私に笑いかけてそう言った。
気は休まらなかった。
私は知っていたからだ。
ドクターが嘘をつくとき彼は決まって右手で
そして今、彼が後ろで組んでいる両手がやっていること。
ドクターの笑顔はもっと自然体で、今のようなぎこちなさがないこと。
私は彼の気遣いに何ら返すことができず、昨日の管制室裏手での話し合いを思い出した。
§
ドクターの言葉に頭が固まった。
妊娠………
妊娠?
「いや、ちょっと待って。え?マシュが妊娠?ごめん。全然分かんないんだけど」
ドクターは渋い表情をした。
「うん、まあ、そうなるのも無理はないよ………」
無理はないとか、そう言うことではなくて。
だって、え?
妊娠ってあんな重症になるの?
それともマシュがデミサーヴァントだから?
大丈夫なの?
というかそもそも妊娠って………
相手、だれ?
ダメだ。
いろんなことがありすぎて言うべきことがまとまらない。
私が頭を抱えて悩んでいると向かい側のソファに座っていた所長が中央の円卓を思いっきり叩いた。
バンッ!と音が響き、部屋の中の空気が振動する。
「馬鹿を言うのも大概にしなさい!ロマニ!妊娠でそんなことが起こるわけがないでしょう⁉」
所長はドクターを睨んだ。
だが怒鳴られたドクターは冷静だった。
「我々もそう思い、彼女の脳、臓器、神経、血管、体のいたるところを精密検査しましたが体には何も異常がありませんでした。唯一発見できた異常らしい異常は魔術回路の損耗ですが…」
「そちらの方がよっぽど原因になりうるでしょう⁉」
「確かに彼女の回路は通常の損耗率を逸脱しています。こちらも原因としては考えられなくはないですが、彼女の出自を考えれば納得できるものでもあるかと」
「っ………」
出自………
多分、マシュがデザイナーズベイビーであることだろう。
「それともう一つ、体の異常ではありませんが彼女に問題がありました」
「……もう一つ?」
ドクターはあるグラフが描かれた紙面中央の円卓に置いた。
よく見るような折れ線グラフだ。
先に行くにつれてグラフは緩やかな右肩上がりになっていき、ある地点から右肩下がりになるとグラフが切れる直前で右下にストンと落ちている。
「はい。彼女の霊基が安定していないことです」
「霊基が安定していない?」
「これは彼女の意志と霊基の相関率を数値化し、グラフにしたものです。ここに注目してください」
ドクターが指さしたのはグラフの頂点部分だった。
「彼女の霊基はこの地点を最後にして徐々に不安定になっています」
彼が指さした点から縦軸が一致する日時は………
「これはアメリカのとき?」
「そう。マシュは第五特異点の遠征以来徐々に力を制御できていなかった。こちらとしては彼女が宿した英霊の真名が判明していないことが原因かと思っていたんだが………」
「むしろ真名を彼女が理解したと同時に悪化した、ということか………」
レフ教授が右手で顎をさすりつつ、呟く。
私は彼のように冷静に分析するどころか困惑した。
「ちょ、え?どういうこと?マシュの力が弱くなってたなんて、私何も知らないんだけど………」
マシュはいつも通りだったし、誰にもそんなこと言われていない。
ドクターはバツが悪そうに首の後ろに右手を置いた。
「すまない。これは君たちにもマシュ自身にも伝えていなかったんだ」
「どうして?そんな大事なこと………」
「時期が時期だし、マシュ自身が英霊の力を引き出すことに焦ってしまうと思ったからだった」
彼はそう言った後、頭を下げた。
「この判断は早計だった。すまない。むしろ状況を悪化させてしまった」
彼の謝罪に私は慌てた。
「や、やめてよ⁉ドクター!私はただ理由を聞いただけで………」
謝罪を求めたわけじゃないって!
「ねえ!達海!」
私は右側に座る達海に同意を求めた。
「……」
しかし達海は俯いているだけで何も答えなかった。
いやな沈黙が部屋を漂う。
頭を下げ続けるドクターに私がおろおろしていると見かねた所長がため息を吐いた。
「ロマニ、頭を上げなさい。最終的に承認したのは私です。貴方が謝ることではありません」
「これは………彼女の主治医として、判断を間違えたことに対する責任の一つだと思っています」
「責任は責任者がとるものよ。貴方が主治医として今すべきことは状況説明を続けることです」
「………分かりました」
彼はしばらくの沈黙の後、頭を上げた。
「失礼しました。先ほどの続きを話します」
そして彼はグラフが大きな傾斜をつけて右肩下がりをする直前の点を指さした。
「ここです。ここが彼女の霊基が急激に不安定になった時です」
彼が指さすところを見る。
「キャメロット………よね?」
「ああ」
ドクターが神妙に頷く。
あの時でマシュに一番変化があったのは………
「さっき言ってた真名が分かったとき………」
「そうなんだ。彼女は自身に宿す英霊が誰なのか理解してからデミサーヴァントとしての在り方が強く揺らいでいる」
なぜ?
彼の話を聞いて、真っ先に出てきたのはこの言葉だった。
マシュはあの特異点を通して、とても強くなった。
それは真名を理解し、宝具を使えるようになったことだけではない。
彼女が宿す英霊の知己と出会い、彼らとの戦闘や交流を通して精神的にも成長していた。
マシュは自分が何者なのか、それを受け入れていた。
なのに…
「マシュはデミサーヴァントの実験体として作られたデザイナーズベイビーだから、もともと通常の人間よりも寿命が短い。だがそれを加味してもこの症状は異常だ」
ドクターの言葉にレフ教授が反応した。
「その症状の原因は彼女が身籠ったことと霊基の不安定さだと?」
「ああ。消去法だけど、これ以外に原因が考えられない」
彼は机の上のグラフを見て、腕を組む。
「この二つがどう関係しているのかは分からない。だが少なくともこの症状との因果関係はあるはずだ」
レフ教授は顎をさするのをやめ、声を少し低くした。
「つまり彼女がどうして臥せってしまったか、明確な原因は分からないということか」
「すまない。僕の力不足だ」
「治療法の目途は立っているのか?」
「………それもまだだ」
「…そもそも彼女の体で起きていることが正確にわからなければ治療法の確立もしようがない、というわけか」
「ああ。医者として情けない限りだけれど」
「ふむ」
教授は腕を組み、ほんの数秒だけ考え込んだ。
それからまた言葉を発した。
「マシュが臥せてしまい、治療の目途は立たず、安静にさせておくしかない。だとするならば………」
するならば?
「我々が今話し合うべき事柄は第7特異点には彼女の代わりに誰を送り込むか、ということじゃないか?」
「いやいや!ちょっと待ってよ!」
彼の主張に私は異議を唱えた。
「何か問題が?」
教授はさも当然かのようにこちらに疑問を提示してくる。
「他に話すべきことがあるじゃないですか⁉」
「…ほかに優先すべき議題?なにかな?」
いや、不思議そうに私を見るところじゃないでしょう⁉
妊娠だよ?
新しい命を授かったんだよ?
マシュがお母さんになるならするべきことがあるでしょう⁉
「マシュが誰との子を授かったかって話ですよ!」
「………………?」
「ポカンとするところじゃないでしょう⁉子供ができたなら夫婦でこれからどうしていくのかを話し合うべきです!」
マシュが床に臥せているならなおさらだ。
教授は苦笑いした。
「フジマル君………これは公的でなくとも会議だ。それぞれがある程度の役職を背負っている。この場はプライベートなことを話し合う場ではない」
プライベート?
「我々は組織全体を見て、建設的な話し合いをしなくてはならない。レイシフトは明日だ。そんなに時間もない」
「そんな理由っ………」
「ロマニも言っていただろう。総合的な視点で建設的な主張ができる人間を呼んだと。我々がすべきことはそれだ」
子供を諭すように教授は優しく言った。
わずかに眉をしかめ、困ったように笑っている。
「違います!」
私は反論した。
納得いかない。
今、最も考えるべきはカルデア全体の動きではない。
「私たちが今すべきことはマシュを慮ることです!」
「それは…その通りだが、先ほどの話し合いで今は安静にしておくこと以外手の打ちようがないと結論が出ただろう?」
「確かにマシュの体に関してはできることは少ないですが、心に関してはできるはずです」
まだ彼女のためにできることは残っている。
「心?」
「はい。マシュの意識が戻ったら彼女がどんな状態なのか伝えなければなりません」
「まあ、そうだね。こんな状態になっているのに隠すことは逆効果になるだろうからね」
「ただでさえ体が不調な時に、マシュは妊娠という彼女にとって初めての出来事に向き合わなければならないんです。彼女はとても不安になるはずです」
「ふむ」
「そんなとき一番彼女の支えになるのはパートナーの存在じゃないでしょうか?」
マスターである私もいるけど、それでも子供は二人でつくるものなのだから。
少なくとも私の両親はそうやって二人で私を育ててくれた。
「だからマシュのパートナーが誰で、この先私たちがどう二人をサポートしていくか、それをまず話し合うべきです!」
「レイシフトは明日だ。彼女が出撃できない以上代理はすぐにきめなければならない。個人と組織、優先すべきなのはどちらか、明白だ」
「いいえ!組織を構成するのは個人です!個人をないがしろにしていけば、いずれ組織は崩れます!」
私は一歩も引かず、教授に面と向かって歯向かう。
ここは駄目だ。
命を紡ぐ人の営み、これをないがしろにして私たちが人理を救うなんてどうして言えようか。
私と教授の諍い。
それを止めたのは今まで一言も発さなかった人物だった。
「立花ちゃんの言うことにも一理ある」
レフ教授はその一言を聞いて、視線を壁際にいる人物に向けた。
「どういうことかな?」
その視線を受け、ダ・ヴィンチちゃんは壁に預けていた身を離して勝ち気な笑いを浮かべる。
「とりあえずは彼女の言う通り、マシュの逢瀬の相手が誰であるかを考えるのも悪くはないと言っているんだよ」
ダ・ヴィンチちゃん!
やっぱり彼女ならわかってくれると思った。
当然教授はいい表情を浮かべなかった。
「その人間を特定したところで今、直接的に彼女の救いとなる手立てはないんだ。それが建設的でないと天才を自称する君ならわかると思っていたんだが………」
「おいおい。人の話はちゃんと聞くものだぜ、レフ教授。ロマニは総合的な視点で建設的かつ
「それは理想論だ。ロマニはそれができる人材を呼んだと言っただけで、どちらもやるように要求しているわけではない。」
ダ・ヴィンチちゃんはそれを聞いてにやりと笑う。
「それはどうかな?少なくとも私はそうは思わない」
「なぜ?」
「これが明らかに人為的な工作だからさ」
「…」
彼女の言葉に教授が押し黙る。
ダ・ヴィンチちゃんは肩をすくめた。
「まさか、
え?
彼女の言葉に困惑する。
確かに子を作る相手を見極めるという意味なら、それなりの時間をかけて相手を知ることになるだろうから偶然とは言えないかもだけど………
「偶々妊娠して、偶々霊基が不安定になって、偶々第7特異点のレイシフト前に倒れた」
彼女の視線はもう一人、未だ言葉を発していない人物に向けられた。
「そんなことがあってたまるか、そう思うだろ?
ダ・ヴィンチちゃんは達海を睨んだ。
「………」
「そんなに睨まないでくれよ。少し考えればわかることだろ?」
彼女は冷たい視線で達海を見下ろす。
「まず一つ。彼女に体を許されるくらい親密な人間であること」
彼女は人差し指を立ててこちらに向けた。
「デミサーヴァントであるマシュに強引なやり方はほぼ不可能。彼女自身が受け入れるぐらいには親しい関係の人物である必要がある。英霊はそも受肉をしていないから考えなくていい」
次に、中指を上げた。
「二つ目。彼女と一緒にいる時間が長いこと」
左手には、いつの間にか先端に大きな結晶の取り付けられたいつもの杖がにぎられていた。
「当たり前だが私たちも忙しいからね。四六時中とまではいかなくてもそれなりに彼女と一緒にいる時間がないとそんなことする機会がない」
彼女は薬指を立てた。
「そして三つ目。男であること。これは当然だ」
彼女はそれを言い終えるとこちらに近寄ってきた。
彼女の目つきは冷たいままで、左手に握られた杖も相まってまるで戦闘前の雰囲気に見える。
「この三つが当てはまる人間と言うものは意外と少ないものでね。その最も足る人物が君なわけだけど、達海くん」
ソファの背もたれに手を置き、まるで芸術品を眺めるような目で彼女は弟の横顔を見た。
「どうなのかな?」
「………」
弟はダ・ヴィンチちゃんの無機質ともいえる瞳をまえにしても何も答えなかった。
ただ俯き続けているだけだ、
「沈黙は肯定とみなすけど、それでいいのかい?」
「………」
え………え⁉
まさかとは思ったけど本当に⁉
マシュと達海が⁉
いつの間に⁉
「さて、本題はここからだ。本当ならおめでとうの一言でも言いたかったんだが…」
背もたれに置いてある手に力が入り、ソファのきしむ音が聞こえた。
「君、
「………」
………え。
「あの霊基の乱れ、妊娠が表面化してからの症状、まるで拒絶反応のように見えたんだが」
「………」
「だんまりかい?」
「………」
達海は何も答えない。
「生憎、こればかりはそうもいかないんだ」
「………」
「なんとか言ってくれたまえよ」
「………」
黙り続ける達海にダ・ヴィンチちゃんはとうとうしびれを切らした。
ダ・ヴィンチちゃんは達海が座ってるソファーを蹴り飛ばした。
そして達海の首元つかみ、持ち上げる。
「ダ・ヴィンチちゃん⁉」
驚いた私の声など我関せんず、左手の杖を達海の顔に向けた。
杖は魔力を纏い、淡い光を放ち始めた。
そしてその光が俯いていた弟の顔をくっきりと照らし出した。
「え………」
気づいたら声が出ていた。
弟の顔が見たことのない形相だったから。
泣き腫らしたように真っ赤になった目。
とても濃い隈。
憔悴しきったような顔。
その暗い目は、今にも魔術を放たんとする彼女の目をただ睨んでいた。
こいつのこんな顔、初めて見る………
「何をしているの⁉」
「レオナルド!」
呆然としたのもつかの間、彼女の行動に吃驚したドクターと所長が立ち上がり、ダ・ヴィンチちゃんを諫めようとする。
しかしダ・ヴィンチちゃんはそんな言葉は聞こえない風に達海に低い声で問うた。
「君、今の自分の立場が分かっていないのかい?数名程度部下を増やしただけで偉くなったと勘違いしているのか?」
「………」
ドスの利いた声で首元に杖を押し付けるダ・ヴィンチちゃん。
達海はいまだに睨むだけだ。
「人に好かれたからって何をしていいとでも勘違いしちゃったのかな?」
襟元が達海の喉に食い込む。
「それとも、人間やってないと平気で人の体を壊しちゃうのか?ええ?」
その言葉を聞いた達海が初めて表情を強く動かした。
弟は眉を吊り上げ、ダ・ヴィンチちゃんを睨むと襟首を掴んでいる彼女の右手を払いのけた。
「………一緒にしないでください…」
つかまれていた体勢が崩れ、その場に倒れる。
「蛙の子は蛙か。それとも自覚がないのか。それならもっと重症だね」
「違う…」
達海は拳を強く握りしめていた。
ダ・ヴィンチちゃんは軽蔑するかのような目でそんな弟を見下ろしていた。
そして吐き出すかのように言葉を発した。
「思い込みだけで進むところが君の両親とそっくりだ」
達海が目を見開いた。
「一緒にするんじゃねえ‼」
怒声を上げてダ・ヴィンチちゃんに殴りかかった。
「達海⁉」
しかし英霊に生身の人間がかなうはずもない。
迫りくる右手に対し、ダ・ヴィンチちゃんは達海のわきに体を入れ込み、その右手を抱え込んだ。
そして一本背負いの要領で達海を思いっきり投げた。
自分の殴りかかった速度に加え、彼女が利用した慣性も相まって物凄い速さで達海は地面にぶつかった。
「ッ⁉」
声はなく、ただ肺から息だけが漏れ出た。
ダ・ヴィンチちゃんはそれだけで済まさず、両膝で達海の両腕の動きを封じ再び弟の首に杖の先端を据えた。
「このっ!」
弟が怒りに負かして声を出すが、完全に動きを止められていた。
「もう一度問う。答えろ。マシュに何をした?」
その問いに対し、達海は憤怒の表情を崩さず、怒声を放つ。
「あんたらが言えることか⁉人の命を弄びやがって!どっちが同じだよ!思い込みだけで進んでいるのはそっちだろ⁉」
「質問しているのは私だ」
「大義名分を抱えりゃ何したっていいのかよ!そうやって造られて生まれてきた奴らがどんな思いで生きてるのかも知らねえで!何度も何度も同じようなことして!」
「っ⁉」
ダ・ヴィンチちゃんが目を見開く。
達海は右手の甲が光を発していた。
まさか、あいつ令呪を使う気⁉
「達海くん!落ち着け!」
ドクターが目を剥いて叫ぶ。
「もううんざりだ!平和だの、未来だの」
右手の令呪が赤い光を発する。
「教えてやるよ…あんたらみたいなやつらが上から目線でやったことがどういう結果を産むか!」
「やめなさい!藤丸達海!」
所長が自らの魔術刻印を起動し、右手を達海に向けた。
「令呪を持って命ず!来………」
達海が何かを命令しようとした瞬間だった。
弟の体の力が急に抜けた。
頭が力なく床に横たわる。
「達海⁉」
弟の不自然な挙動に私は慌てて駆け寄った。
「どいて!ダ・ヴィンチちゃん!」
ダ・ヴィンチちゃんをどかし、だらんと力の抜けきった頭を動かして達海の顔をこちらに向けた。
目の光がない。
口からは唾液が垂れ流れている。
「どうやら技術部長は疲れているようだね」
顔を上げると軽い笑みを浮かべたレフ教授が手を払っていた。
「これは………?」
私が弟を抱えながら、呆然と呟くと彼はああといった。
「ガンドだよ。北欧に伝わる古い呪いでね。少しいじると人間の神経網を混乱させたりもできる」
「神経を…」
弟の心配が頭をよぎったが、口に出す前に教授はそれを悟ったようだ。
「安心したまえ、別段命にかかわるような呪いではないし、後遺症になる恐れもない。一時間もすれば目を覚ますだろう」
「そう、ですか…」
安堵して軽く息をもらす。
教授は動きの止まっていた周りを見渡すと所長に向けて言葉を投げかけた。
「オルガ。いかに部門長と言えど先の行動は問題だ。カルデアの規約条例第32項指示系統の順守、ならびに第42項武力の管理義務に違反している。この場で即刻処罰することを提案する」
「え、ええ。そうね…」
所長は一連の流れに驚きを隠せないようだったが次第に状況が整理できたのかいつもの表情に戻っていった。
「技術部門長、藤丸達海。この者を規約違反として懲罰房で2週間の拘留を命じます。今から医務室に運び、意識が戻り次第処罰を実行します」
所長はマニュアル通りの処罰を言い渡した。
「了解した」
レフ教授は苦笑いのままそう言った。
所長はダ・ヴィンチちゃんに視線を向ける。
「それからレオナルド・ダ・ヴィンチ」
「なんでしょうか?」
ダ・ヴィンチちゃんはいつの間にか杖をしまっており、いつも通りの姿で立っていた。
「貴方は英霊であるし、規約に該当する項目は少ないですが職員に対しての行き過ぎた挑発は慎むように。武力の行使は厳禁です」
「失礼しました。善処いたします」
うやうやしくダ・ヴィンチちゃんは頭を下げた。
彼女のしおらしい姿に所長は暫く彼女を訝しげな表情で注視していた。
だがしばらくするとため息を吐き、部屋の全員に指示を出した。
「余計な混乱は避けるべく、この部屋で話したこと、起こったことはすべて口外厳禁とします。マシュは体調を崩し緊急入院、ICUでの集中治療を継続という形のまま、藤丸達海は訓練中の負傷で治療中とします。いいですね?」
彼女の問いに部屋の全員が了解の意を示す。
「明日のレイシフトは予定通りに行います。人員については再度検討しますがその前に…」
彼女は私が抱えていた達海を見た
「ロマニ、彼を医務室まで運ぶわよ。担架を持ってきて頂戴」
「は、はい。了解しました」
ドクターが小走りで廊下に出ていく。
「立花、あなたはもう休みなさい。あとは私たちでやっておくわ」
「………分かりました」
私は呆然としてそうつぶやいた。
そして達海が運ばれていくのをただ見ていた。
§
あのあとしばらくして達海は医務室で目を覚ました。
俯いて大した会話もせずに大人しく懲罰房に入った、らしい。
私が直接見たわけではない。
ドクターから聞いた。
もう訳が分からない。
達海もダ・ヴィンチちゃんもいったいどうしたって言うのよ。
あの後、ダ・ヴィンチちゃんもそさくさと部屋から出ていってしまったし。
何がどうなっているのか…
「ねえ、ドクター。昨日二人は何を話していたの?」
私には二人が言い争っていたことがよく理解できなかった。
マシュのことをふまえたうえで何か違うことを話していたとは思うけど。
私の質問にドクターは虚を突かれたように固まったように見えた。
しかしすぐに困ったように笑い、右手を首の後ろに回した。
「いや、僕にもよくわからなくてね。あの後、ダ・ヴィンチちゃんに聞こうと思ったんだが僕もマシュと達海くんの検査でいっぱいっぱいでさ」
「そっか…」
「今回のレイシフトが終わったら聞いてみよう」
「………うん。そうする」
「じゃあ僕は上に戻るから、何かあったら言ってね」
彼は管制塔の方へ歩いて行った。
…とりあえず私も目の前のことに集中しないと。
なんであれ、これで最後の特異点だ。
私は私のやるべきことをやる。
『聞いたぞ。あの雑種、有象無象から狂犬に鞍替えしたそうではないか』
コフィンに入ろうとしたら頭に声が響いてきた。
これは………
「英雄王。どこで聞いたんですか…」
霊体化しているのだろう。
姿は見えないが彼が笑っているのが目に見える。
『緘口令など敷いたところで人の口に戸は立てられぬ。真に口外したくないというのであれば、死人に口なしということわざを学ぶのだな』
相変わらず物騒な…
『まあ、よい。ようやく狂犬に鞍替えしたのだ。あの半端者はどこまで俺を楽しませてくれるか期待しておくとしよう』
「………?」
迂遠な言い回しも相変わらずだ。
『雑種よ。お前も世界を救うマスターの自覚があるのならその責を改めろよ。呆けていると要らぬ傷を負うぞ』
「それってどういう…」
彼に聞き返そうと周りを見渡すが声は帰って来ず、既に彼の気配は消えていた。
誰も彼も私に分からない事ばかり言って………
ちゃんとわかるように言ってよ!
「もう!」
投げやりな気持ちになりながらコフィンの前に立つ。
鉄の棺桶のような金属の筒の前面、ガラス張りになっている部分がスライドし開いた。
肩幅の1.5倍ほどの直径の筒に体を入れるとガラスがまたスライドし、コフィンを閉じた。
『立花ちゃん。準備が良ければ右手を強く握ってくれ。それを合図にコフィン内に麻酔を充填する』
この礼装はバイタルだけでなく体の負傷やどう動いているかもデータ化できるらしい。
もう何でもありだな、この礼装。
「ふう」
私は深呼吸した。
倒れたマシュ、何を考えているか分からないダ・ヴィンチちゃん、激昂した達海。
今まで起こらなかったことが次々に起こっている。
あまりにも分からないことだらけだ。
このまま特異点に向かってもいいのものかと、そう思う自分がいる。
でもレイシフトは簡単にできることじゃない。
職員が大人数で準備をして初めて確実に安全に行える。
だからもう後には引けない。
それにこれが終わればすべてが丸く収まる。
そのはずだ。
私がここで踏ん張れば、最後はみんな笑顔で喜び合える。
だから………
私は右手を強く握りしめた。
「終わらせる。世界を取り戻す」
頭の上と足の下から白い煙が噴き出してきた。
次第にコフィンの中に蔓延し、そして意識が薄れる。
『第7グランドオーダー、実証開始!』
不穏な会話、ぶつかる仲間たち、潜む闇。
何も起こらぬはずもなく………
夏イベ情報がありすぎて混乱しました。
姉ビームとはいったい………
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