手や足に衝撃が届き、箱のきしむ音が聞こえる。
ガタガタと揺れる。
まるで川下りをしているようだ。
何度も揺れ、狭い舟の中で体のあちこちがぶつかる。
目線よりわずかに上にあるコンパスが何度も火花を発している。
壊れるのではと冷や汗を流していた私の耳に機械的な音声が聞こえた。
『This ship is arriving in real number port. It’s compromised. Brace for impact.』
その音声が流れたと思ったら、揺れが途端に激しくなった。
え?なに⁉
なんて言ったの?英語?
「分かんないんだけど!日本語で!日本語で言って!」
私は困惑しながら叫んだ。
『This system is not compatible with Japanese.』
だから何言ってるか分からないんだって!。
って、衝撃⁉
「うわっ⁉」
私は前の壁を左手で、後ろの壁を背中で力いっぱい押して、体を固定した。
その瞬間…
「うわっ⁉」
バゴンッ!!
と船体が何かにぶつかったような音がして、舟が大きく揺れた。
そしてガリガリと削るような音と共に体が激しく揺れる。
「うわっ⁉おっ⁉痛っ!」
揺れの激しさに思わず頭をぶつける。
その後も何かを削るように激しい金属音のようなものが続き、最後に大きな衝突音がして揺れが収まった。
「いたたた…」
ぶつけた頭をさすっているとまた音声が流れた。
『We have arrived in Chaldea.』
『Heavy damage sustained. Navigation functions inoperable.』
「え?」
『Please refrain from getting the hatch open for a while.』
「…」
『The phase shift of real space is then corrected on basis of imaginary number phase difference.』
何言ってんだ?
着いたのかな?
なら出たいんだけど…
「どこから出ればいいんだろう…これ」
私は適当に周りの壁を触りながら叩く。
「おーい!開けてー!出してくださーい!」
『This section is under way. Kindly hold………』
「…しばらく出れない感じなのかな…」
まさか何かの故障だろうか?
このままこの狭い密閉空間に閉じ込められたままなのは、流石に焦る。
そう思って冷や汗を流しているとまた音声が聞こえてきた。
『The order have been completed. You can always open the hatch. Execute this command?』
「オールウェイズ、オープンザハッチ?」
もう開けられるってことだろうか?
「えっと、ハッチ、オープン…?」
『Ready to open hatch. Unlocking outer shell.』
私がその言葉を口にすると目の前の壁が左右に開いた。
「おお…」
そして私が入っていた場所がリクライニングシートのように立ち上がった。
ウィーンと音がして視界が開ける。
そこにはいつもの無機質な壁があった。
「帰ってきたんだ…カルデアに」
すごい。
本当にあのコンパスだけでここまで来てしまった。
あの小さな機械の驚くべき働きに瞠目していたが、すぐにハッとした。
今この瞬間にもジャンヌが命を張って戦っている。
私がのんびりしているわけにはいかない。
「早くみんなに知らせないと…」
私は軽く跳んで船から出る。
そして周りを見渡す。
ここはどこだ。
薄暗い辺りを見回しながら考える。
私の周りにあるのは、何が入っているのかも分からない馬鹿でかいコンテナ。
書棚に無造作に置かれている書類の山。
山になった回路基板や端末群。
随分と乱雑な部屋だ。
何かの倉庫?
でもカルデアにここまで汚い、というか整理されていない倉庫なんてあった…?
私はダメもとで耳のインカムを起動する。
『────』
ノイズすら聞こえない。
完全に壊れてる。
「しょうがないか」
私はこの倉庫の入り口を探す。
カルデアの共有スペースには入り口の近くに固定電話がつけられている。
もしかしたらこの倉庫にもついているかもと思ったんだけど…
10メートルほど先にあった少し大きな扉の周りには固定電話らしきものは見当たらない。
「ついてないか………」
私は自分の身長の二回りはありそうな大きな扉の前にたった。
「通信できないなら管制室まで行くしかない………ん?」
扉が開かない。
いつもはセンサーが近づくものを感知して勝手に開いてくれるのに。
扉の前で左手を振ったり、体を動かすがピクリとも反応しない。
停電?
それともこの倉庫には電力が供給されてないとか?
扉の横についている小窓を開き、中から回転レバーを引き出す。
停電や故障などで動力が伝わらない自動扉を手動であけるためのあれだ。
一度マイル―ムの扉が故障したときに使ったことがあるので要領は分かる。
ただ上手く回らない。
私は先を失った右手首を見る。
左手だけだとこうも力が伝わらないのか。
黒い布が巻いてある先のない右手首を見ながらも、足で踏ん張ってレバーを回す。
そうこうしているうちに扉は鈍い音を立てて少し開いた。
幅5、60センチほどだが私が出るぐらいなら十分だ。
ほんのり掻いた額の汗をぬぐい、体を横にして横歩きで扉から出た。
「ここ、地下3階の廊下………?なんでこんなに暗いの?」
出たろうかは見覚えがある場所だったが、明るさに違和感を覚える。
廊下の照明がほとんど消えていて、いくつかの間接照明しかついていない。
停電………?
「っと………」
周りを警戒しながら廊下を歩いていると滑って転びそうになった。
ぴちゃりと音がして、足に何かが跳ねる。
何か水たまりのようなものを踏んだ。
何だ?
配水管が傷んで水漏れでもしたのか?
薄暗い中で足元を中止する。
「………っ⁉」
これは………
「血だ………」
鉄臭いにおいが鼻の奥を刺激し、床に溜まっているのが血であると気づく。
なんで血が………
床の水たまりはぽつぽつと先にも続いている。
目で追っていくと視線の先に人が倒れていた。
「っ⁉大丈夫ですか⁉」
私は急いで駆け寄った。
カルデアスタッフの制服を着ている。
職員だ。
私はうつ伏せに寝ている彼の肩をつかみ、あおむけに寝返らせようとした。
「う」
予想していたよりも彼が軽くて、彼の体を抱えたまま転倒してしまった。
「いてて………」
頭をさすりながら体を起こそうとして、気づいた。
彼がなぜあんなに軽かったのか。
彼には腰から下の体が………なかった。
「うわあああ⁉」
私は予想だにしない事実に悲鳴をあげた。
体が切れてる………
真っ二つに………
どういうこと………?
なにが………
「………ぁぁぁ…」
スタッフが死んでいる現実に固まっていた私の耳に何かが聞こえた。
ハッとして辺りを見わたす。
「………」
耳を澄ます。
「………ぃゃ…ぁぁぁぁ…」
これは…
「…………ああああああああ!たすけてくれ!」
悲鳴⁉
私は声が聞こえてくる方に走り出す。
なんで悲鳴が⁉
急な事態に理解が追い付かない。
ふらつき転びそうになる。
右手がない状態での平衡感覚になれていないからか、何度も転びそうになりつつも走る。
「頼む、誰か…だれか、いないのかぁぁぁ…」
声の聞こえる方へ走る。
「なんで………なんで………」
声が近づくにつれ、妙な音も聞こえてきた。
ぐちゃ、ぐちゃ、という粘り気のあるような音。
泥遊びをしている子供が出すようなそんな音。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
声が聞こえない。
ただ妙な音が大きくなっていく。
「はぁ、はぁ、はぁ………あそこだ…」
私は見えてきた明かりに立ち止まった。
扉が開きっぱなしの部屋から明かりが漏れている。
あそこはサーヴァントが集まっているD区画。
なんでこんなところから悲鳴が………
走って体温が上昇しているはずなのに、妙に体が寒い。
耳には妙な音が聞こえたままだ。
私はゆっくりと歩いていき、明かりが漏れている部屋を除いた。
私の目に入ってきたのは、人の首だった。
人の腕を切り取って地面に立たせ、開いた手のひらに首だけが乗せてある。
まるで生け花をしているかのように並んで置いてあった。
見知った顔が並ぶ首の生け花は、すべて苦痛にまみれた顔で彩られていた。
「な、なんで………」
そしてその顔の横にいたのは………
「キキキキキ!」
「やめろ!やめてくれ!」
バビロニアにいたあの紫色の生物だった。
どうしてカルデアにあいつが⁉
「キキキキキキキキ!」
「い、いやだ!死にたくない!死にたくない!」
その生物はカルデアスタッフの制服を着た男性の上に乗っていた。
紫の生物は下にうずくまっている男性の右手と左足を二本の鉤爪で持ち上げた。
「やめろ!や、やめてくれ!」
男性は震えた声で叫ぶ。
紫の生物は口だけしかない顔をゆがませて、足と手を左右にゆっくりと引っ張る。
口は笑っている。
「い、いやだ。頼む。許してくれ………何でもする!いやだ!」
「キキキキキキ!」
紫の生物は笑ったかのように声を出す。
まるで男性の顔が恐怖と悲痛でゆがんでいくの面白いというように。
左右に引っ張る力はどんどん強くなっていき、次第に男性の体から嫌な音が聞こえてきた。
ぶちぶちとちぎれるような音が。
「いだい!やめて!おねがいします!ゆるしてください!」
男性の顔に涙と鼻水が溢れる。
「キキキキキキ!」
笑い声が聞こえる。
「や、やめ………」
「キキキキキキ!」
「やめろおお!」
私は叫びながら殴りかかった。
左足で地面を蹴り、上体をひねりながら奴に肉薄する。
「ケ!」
叫ぶ私の接近気づいた奴は後ろ脚の鉤爪で私に切りかかる。
私は切りかかってきた爪を伏せて避け、飛びつくようにして拳を放つ。
魔力を左手にこめて、肩らしき部分に打ち込んだ。
みしりと音がして奴の体にひびが入る。
「ふ、ふじまる!」
つかまれていたスタッフは殴りかかった私を見て目を見開く。
「いま!助ける、から!」
私は彼にそう叫んだ。
「あ、ありが………」
彼の言葉が終わる前に奴はもう一方の後ろ脚で私を切りつけようとしてくる。
私は奴の首にとりつき、肩の間接を壊そうと試みた。
スタッフをつかんでいる前脚の右肩を左手で斜め後方に引っ張り、筋組織ごと折ろうとした。
「こんのおお!!」
パキパキと間接が割れるような音がしだしたのもつかの間。
奴は体を回転させ、私を振りほどこうとする。
「離して、堪るか!」
左手に渾身の力を入れ、しがみつく。
体を張り付かせ、奴の鉤爪から身を避けようとしたとき脇腹に鋭い痛みが走った。
あの時、貫かれた傷が開いた。
礼装に新しい血が滲みだす。
それと共に右手首にも鈍痛が響きだした。
力が抜けていき、左手の握力がわずかにだが確実に弱くなっていく。
ジャンヌに魔力は使うなと言われていたけど、こんなにすぐ影響が出るなんて。
「くっ………うあ⁉」
脇腹の痛みで体が浮いてしまった。
わずかに浮いた私の足が奴の鉤爪にとらえられる。
必死に奴に張り付くが、抵抗虚しく右足で吊り上げられ、そのまま後方へ放り投げられてしまった。
「う⁉」
受け身を取り、地面を転がる。
あまりの勢いに衝撃を消しきれず、声が漏れた。
足を出して無理矢理体の回転を止め、すぐさま奴に接近しようと顔を上げる。
「このっ………」
顔を上げた私の前には右手と左足をつかまれたスタッフが掲げられいた。
「た、たすけ………あああああ!」
そして私の目の前でスタッフを引きちぎるかの如く、手と足を引っ張り始めた。
「こいつっ………うあ⁉」
飛び出そうと前傾になっていた私は何かの力に押されてうつ伏せに倒れた。
なに⁉
焦った私は振り向いて後ろを見た。
「な⁉」
「ケケケケケケケケケ!」
そこには紫の生物がいた。
もう一匹いたのか!
私の上に乗った新手の敵は四本の鉤爪で私の両手両足を拘束した。
このままじゃ、やられる⁉
私は拘束を引きはがそうともがく。
しかし奴の爪はびくともしない。
「くそ!」
何とか抜け出さないと!
焦る。
動かない。
「くっ………?」
いつまでたっても攻撃が来ない。
なぜ?
もう一度上を見ると、奴は笑って私の顔に涎を垂らした。
そして肩ではなく下半身についている方の足で私の顔を固定し、無理やり前を向かせた。
「な、なにを………………⁉」
目の前にはスタッフの痛みに歪む顔が………
「あああああ!いだい!いだい!やめでぐれえぇ!」
こ、こいつら………!
私はそこでこいつらがしたいことを理解した。
こいつらはあのスタッフが殺される瞬間を私に見せるつもりなのだ。
拘束して、目の前で同胞を殺す。
こいつら戦っていない。
私たちで遊んでやがる!
「こいつらああああ!」
私は叫び、手足をもがく。
「ケケケケケケケケケケケケ!」
私を抑えている敵が嗤う。
私の目の前でスタッフがどんどん広がっていく。
「いだい!いだい!ゆるじて!たずげて!ふじまああああ!」
ミシミシと嫌な音が響く。
「やめろ………おい、やめろ………」
「キキキキキキ!」
スタッフを伸ばして遊んでいる敵が嘲笑う。
「いあだ!いあだ!」
「やめて………やめてぇぇえぇ!」
その瞬間、男が裂けた。
右肩から股にかけて真っ二つに裂けた。
吹き出た血が私の顔にかかる。
そして中から散った肉が頬に張り付いた。
「「ケケケケケケ!」」
最後まで悲痛な表情で絶命した彼の顔と対称に奴らは愉快そうに笑っていた。
奴は鉤爪に引っかかっている彼の体を下に落とた。
ちぎれた面からはみ出ている腸が着地際に血をまき散らす。
その血がまた私の顔に張り付いた。
「キキキキキキ!」
奴は落ちた体を足で抑え、鉤爪で首を引き裂いた。
次いで両腕を肩から引き裂く。
四本の脚で奴はその両腕を針金のように巻き付けて、開いた手のひらの上に首を乗せた。
「シシシシシシシシッ!」
そして奥に並んでいた生け花の最後尾に並べた。
「なんで………」
なんでこんなことをするんだ?
態々人の前で人を殺して、遺体を切り裂いて飾る?
この行為にいったい何の意味がある?
「キキキキキキ!」
なんだ。こいつらは。
何だっていうんだ。
「シシシシシシシシッ!」
スタッフを切り裂いた鉤爪が迫る。
死神の鎌が。
「ガンドッ!!!!!」
赤い閃光が私の前を通り抜けた。
「gg!?」
その閃光は不規則な線を描き、2体の敵を貫いた。
2体の敵は動きを止め、痙攣しだす。
そして人影が私の前を走った。
「星よ!」
その掛け声とともに敵の足元に文様が浮かぶ。
そして敵の足が粒子となって消えた。
「fffff!?」
動揺しているのか、口だけの顔で何度も足元を見ている。
その光景に呆気にとられていた私に叱咤が飛んできた。
「何をしているの!藤丸!」
彼女は銀の髪を払いながら私を見た。
「立ちなさい!」
毅然と立つ女性の姿に私は驚きの声を上げる。
「所長⁉」
「逃げるわよ!」
目を丸くする私に彼女は叫ぶ。
「は、はい!」
私は慌てて敵の下から抜け出す。
「dddddd!」
逃げ出そうとする私を見て、敵は足を振り上げた。
「全力で走ることだけを考えなさい!」
敵の攻撃をかわそうとした私に彼女から指示が届く。
全力で⁉走る⁉
でも後ろから………
ええい!ままよ!
私は避けるためにひねりかけていた体で足を蹴りだし、大きめのストライドで走り抜けた。
右後方から近付いてきた鉤爪は私が当たる直前に、何かに阻まれた。
これは………魔術障壁か!
スプリッターも驚きのピッチで敵の脇をすり抜け、そのまま所長に並ぶ。
「所長!無事だったんですか!」
「話はあと!
後ろを見ると敵は4本の鉤爪を使って、蟹のように歩いていた。
私はその後ろにある
「あれは………」
私の視線に気づいた所長は一瞬だけ、口を閉じた。
そしてすぐ部屋の入口へと向き直る。
「今は生き残ることが先よ」
「kkkkkkk!」
後ろからは奇妙な笑い声。
「行くわよ!」
「は、はい!」
私と彼女は廊下へ走り出した。
§
「はぁはぁはぁ」
私は膝に手をついた。
荒い息は整えようとしても、肺に空気を入れようと必死に動く。
「はぁはぁはぁはぁ」
私の隣にいる所長は壁に背をついてそのまま座り込んだ。
彼女がしょっていたリュックの中から陶器がぶつかるような音を立てる。
「ここ、まで、くれば、大丈夫、でしょう」
肩で息をしながら、途切れ途切れの口調で彼女は言った。
「ここ、って………」
私も荒い息で返答する。
「そう。ここは、技術部門の、工房。貴方の弟が、使っていた、拠点、ね」
「達海、の………」
私たちはとにかく息を落ち着けようと黙った。
しばらくして落ち着いてくると奥から声がした。
「所長!無事ですか!」
工房の奥の方からスタッフ数人出てきた。
ムニエルさんに、シルヴィアさん、マーカスさんに、チンまで。
「ええ。誰か帰ってきた?」
「………いえ、まだ誰も」
「………貴方たちは?」
「こちらに被害はありません。やはり技術部門長が張った結界が機能しています」
「そう」
「ただ中にいるスタッフの中で、負傷した奴らの動揺が激しくて………」
ムニエルさんと所長が情報交換をする。
どうやらこの工房の中にスタッフの何人かは避難しているようだ。
そしてムニエルさんが口を開きかけて、こちらを見た。
「藤丸も無事だったか。よかったよかっ………え?」
そして動きを止めた。
「………は?え?なんでお前ここにいるんだ⁉まだあっちにいるはずだろ⁉」
「あ、うん、それなんだけど………」
私はあっちで起こったことをみんなに伝えようとした。
しかし私が口を開くより先に、シルヴィアさんが焦り気味に所長に聞いた。
「しょ、所長!それであの………」
「………」
「外で、無事だった人は…いまどこにいるんですか…?」
「………」
「…DSSの解除に行った人たちは………」
彼女の言葉に所長は俯いた。
その表情に何かを恐れながらも、シルヴィアさんは続けて聞いた。
「来てないってことは………どこかに避難しているんですよね………?」
「………」
「そう…ですよね…?」
彼女の言葉に私は先ほどの部屋の奥の景色を思い出された。
あの生け花の陳列を。
所長はうつむいたまま、口を開いた。
「DSSにももちろん行ったわ。スタッフも確認した」
「じゃ、じゃあ…」
「ただ…生きてる人間は、確認できなかったわ」
「え?」
「確認できたのは、遺体だけよ」
所長の言葉を聞いたシルヴィアさんは動きを止めた。
「遺体、だけ…」
「ええ。私がDSSに行ったときはあれが既に2体いた」
「そんな…」
「そういうことよ。生きていたのは藤丸だけだったわ」
シルヴィアさんはその言葉でうずくまってしまった。
「エルロン…エルロン…うううぅ」
彼女の発した名前を聞いて、戦略会議で二人が仲睦まじく話していたことを思い出した。
まさか、D区画に彼もいたのか。
じゃあ、彼はあの生け花の中に…
そう思った矢先、うずくまっていたシルヴィアさんは私に迫ってきた。
鬼気迫る表情でこちらに接近し、礼装の襟首をつかんだ。
「なんでよ!リツカ!なんで彼を助けてくれなかったのよ!」
「っ………」
私は彼女の言葉に気圧された。
「あなたがいたなら助けることだってできたでしょう⁉」
「それは…」
「何のためのマスターなのよ!その令呪を使えば、彼らだって…」
そう泣き叫びながら、彼女は私の右腕を持ち上げた。
そうして彼女が見た私の右腕に先はなかった。
黒い布が巻かれているだけの右手首を見て、彼女は目を丸くする。
そして言葉を止めた。
ムニエルさんも、マーカスさんも、チンも目を見開いて、息をのむ。
「リツカさん。その右手…」
チンが呟いた。
私はうつむいて彼女に一言だけ発した。
「…………ごめん、なさい」
シルヴィアさんの目からは涙がこぼれた。
そして彼女は崩れ落ちた。
「なんでよ………」