工房の中は酷い有様だった。
「あああああ!」
「シャルロット!鎮痛剤!アセトアミノフェン!」
「さきほどの処置で使ったのが最後です!ロキソプロフェンなら………」
「ダメだ!出血が多い!NSAIDsは使えない!」
「この突出痛ならオピオイドを……」
「彼は喘息を持っているんだ!フェンタニルは!」
「レスキューは医療部の在庫しかありません!」
「っ………10で投与だ!」
「分かりました!」
出血をしている人や大きな傷を負った人、意識のない人が10から20名ほど寝かされていた。
毛布を簡易的なマットにして工房の奥の広い部屋に寝かされている。
実験室なのか妙に広い区域の床や壁は硬質であろう素材で作られているようだ。
その場所に寝かされている人達の間をドクターと医療部門のスタッフ一人が何度も往復している。
「ドクター!来てくれ!クリスが急に胸が痛くなったって!」
「分かった!今行く!」
寝かされている負傷者より多い数のスタッフが負傷者の応急処置をしている。
包帯を巻いたり、声をかけたり、AEDの表示を凝視している人もいた。
また負傷者の奥には震えてうずくまっていたり、頭を抱えている人たちの塊もあった。
私はその光景を目にして、言葉を失った。
「これは………いったい………」
「カルデアが、襲撃を受けたのよ」
私がこの惨状から口に出た言葉を聞いて、隣の所長が答えた。
「襲撃………?」
「ええ」
所長が隣に視線を送る。
そしてしょっていたリュックを下した。
「チン、これをロマニに渡して頂戴。彼に頼まれたものは大方拾ってきたわ」
「了解っす」
「マーカス、シルヴィアを休ませてあげて」
チンはリュックを受け取りドクターの方へ、マーカスさんは無言で頷いて黙り込んでしまったシルヴィアさんを介助しながら奥に向かった。
「襲撃って………どういうことですか?」
呆然としながら私は質問した。
この惨状を厳しい目で見ているムニエルさんが口を開く。
「藤丸がレイシフトしてすぐそっちとの連絡が途絶えたんだ」
あっちでインカムを操作しても、ノイズだけが聞こえていたことを思い出し頷く。
「うん。こっちも」
「ただ魔力反応はあったし、存在証明も続けることができたから、俺たちは神代の魔力密度が通信を妨害してると推測した。それでそのままトレースしてた」
「問題はこのあとよ」
「問題?」
「貴方の魔力反応が急に弱体化したのよ」
所長の言葉をきいて考える。
弱体化、弱体化………
私の体に泥の呪いが入った時だろうか?
「何が起こったのか正確に確認はできなかったがとにかく藤丸が負傷したのは確かだった。だから礼装の治癒術式を起動するためにこっちの炉から魔力を送った」
私の魔力が少ない分、その補填はいつもカルデアから受け取る形で行っている。
「その時だった」
ムニエルさんの眉間にしわを寄せる。
「あいつらが現れたのは」
あいつら………
「貴方も見たでしょ。DSSにいたあの二体のあれよ」
バビロニアにもいたあの気持ち悪い紫色の生物だ。
「どうやったのか分からないが、あいつらが転移してきやがった」
カルデアに転移?そんなことが………
いや、でもそれだったらみんながいる。
飛んで火にいる夏の虫だ。
人間では太刀打ちできなくてもサーヴァントなら………
「ええ。貴方の言いたいことは分かるわ。おそらくサーヴァントがいれば被害を増やさずに済んだでしょう」
所長の言葉に私は眉を顰める。
サーヴァントがいれば?
妙な表現をする。
いるもなにもサーヴァントならカルデアに常駐している。
「あいつらはまっさきにDSSに転移してきたのよ。あとは、わかるでしょ?」
DSS。Degrading System Section の略称。
霊基を確立するための必要最小限の情報だけを抽出し、サーヴァントをあえて弱体化させて現界させることで魔力消費量を格段に減少させるシステム。
ほぼすべての動力を炉で賄っている現状を鑑みて発明された画期的な装置だが………
「あれは大前提として、このカルデアは敵に強襲されないという仮定があって初めて成り立つものだった」
所長は何かを睨みつけるように視線を鋭くする。
逆に言うとあそこにいる状態ではサーヴァントは力を使うことができないということだ。
あの中ではサーヴァントであっても少し丈夫な人間程度の力しか持たない。
そんな状態では彼らがいくら英雄であっても……
「DSS内の観測計器に異常が発生した。それを受けてレフ教授が確認すべきだって言ってな。彼と技巧部、機材管理課の何人かでメンテナンスに行ったんだ。だが地下に入ってから誰も通信を返してこなくなった」
「そしてレフたちの代わりに管制室に戻ってきたのがあれだったのよ」
所長は憎々しげに拳を握る。
「カメラにも、計器にもカルデアの異常はほとんど観測されなかった。報告が出たのは原始的な圧力感知器のみで、レイシフトでの通信復旧に忙しかった管制室はそれらをエラーとして処理しちまった」
「急に来たあいつらに対応する術はほとんどなかったわ」
彼女はその時の詳細を語った。
ドアが開く音ともに最初に聞こえたのは首が落ちる音だったという。
最もドアに近い場所で観測機管理をしていた男性スタッフの首が、管制室中央に落ちた。
そこからは阿鼻叫喚の図だった。
混乱し、逃げ惑うスタッフ。
入り口から新たに乱入してくる敵。
魔力を使えたものはあの生物に優先的に狙われ、その場にいたダ・ヴィンチちゃんが囮として管制塔に残った。
彼女が入ってきた9体の生物を足止めし、所長たちを逃がした。
管制室から出た彼女らは、達海の代理として管制室にいたチンの提案で技巧部の工房へ行くことになった。
あそこは魔術実験を行うため、不慮の事故に備えて分厚い壁と強力な魔術結界に囲まれてると。
向かう途中に惨殺されたスタッフの死体、壊された壁、多量の出血痕が残っていて、その中であの生物に襲われながらなんとかたどり着いたらしい。
「途中で負傷者と襲われているスタッフを助けながらここに来たのよ。技巧部には最低限の外科設備がある。実験での万が一に備えてね。でもそれ以外にはほとんど医療器具がない」
ここは機具のメンテナンスをするが、人を看る場所ではない。
薬も、医療機器も十全とは言い難いだろう。
「負傷者のためにある程度の薬は必要だったし、まだ生存者がいる可能性も高かった。だから魔術が使えて動ける人間が外に向かったの。私もその一人」
それであそこに。
「貴方を見つけたのはDSSを確認しに行く途中で偶然、運がよかったわ」
彼女はそれを言い終えて、軽く息を吐いた。
今少なくとも生きているのはここにいる人たちだけ………なの?
「じゃあ、達海もマシュも………」
所長は首を横に振った。
「懲罰房のある地上一階にも何人か送ったけど、まだ帰ってきてない」
「………」
そんな…
「医療部の病室は………っ⁉」
彼女が言葉を言いかけたとき、入り口から物音がした。
比較的入り口に近かった私たち3人は即座に顔をそちらに向ける。
「敵………?」
耳を澄ます。
コンコンとノックするような音だ。
ゆっくりと工房の扉に近づく。
工房の扉の目の前に来た時、扉を強くたたく音が聞こえた。
バンッ!!!!!
大きな音が鳴り、直後静寂が訪れた。
奥で負傷者の手当てをしていた人たちもみな一様に口を閉ざし、こちらを見ている。
誰の目にも恐怖の色が宿っている。
私は右手首の痛みをこらえ、冷却術式を中断した。
その魔力を礼装に補填する。
隣では所長が障壁を展開していた。
その表情は明るくない。
「………」
「………」
「………っ」
扉がわずかずつ開き始める。
工房の扉は魔術結界と防壁の二つで守られている。
これをこえる方法は2つ。
一つはカルデア職員のIDを持ち、生体認証をパスすること
もう一つは結界も防壁も意に介さぬほどの力で無理矢理こじ開けるかだ。
扉がゆっくりと開き、廊下側から人影が歩いてきた。
「………部長………?」
薄暗い廊下からこちらへと歩いてきたのは私の上司、戦闘部門の部門長、キャロル・エーデルフェルトだった。
「部長!無事だったんですか………⁉」
思わぬ人物に驚きの声を上げる。
しかし彼女は私の声を聞くよりも先にその場に倒れた。
彼女が境界を越えてすぐ工房の扉が閉まり、彼女の体躯を明かりが照らす。
………血だらけ⁉
「部長⁉」
私はすぐに駆け寄る。
「ドクター!シャルロット!来てくれ!負傷者が!」
後ろでムニエルさんが奥に叫んだ。
私は倒れた彼女を膝に寝かせ、彼女を呼ぶ。
「部長⁉部長!しっかりしてください!」
いたるところから血が出ている。
特に首元の傷がひどい。
血が流れ出ていて止まる気配がない。
「エーデルフェルト!」
後ろからドクターがこちらに走ってきた。
「ちょっと君!そこをどいて………って⁉立花ちゃん⁉」
ドクターは私を見て目を丸くする。
「何でここに………⁉」
説明したいのは山々だが今はそれどころじゃない。
「ドクター!今は部長を!」
「あ、ああ!」
ドクターは彼女に駆け寄る。
彼女の左手を持落ち上げる。
「冷たい………脈拍も弱い」
ドクターは厳しい目つきで彼女を看る。
「斑紋まで………まずい出血性ショックが酷すぎる」
彼は後ろを振り返ってムニエルに指示をする。
「ムニエル君!シャルロットに言ってAとABの全血製剤、それに塩化カルシウムをもらってくれ!」
「え、えぇ」
「大量失血Aといえばわかる!急いでくれ!」
「わ、分かりました!」
ムニエルさんが慌てて後方に走っていく。
ドクターはしょっていた赤色の救急バッグを下した。
「とにかく止血しないと………」
彼が止血剤を取り出そうとしたとき、彼の腕を部長の手が握った。
「待ち、なさい…アーキマン…」
ドクターは驚いて彼女を見下ろす。
「エーデルフェルト!よかった!」
「まだ、やることが、ありますわ………げほっげほっ」
彼女が吐血する。
その状態にドクターは慌てる。
「無理に話しちゃいけない。今はとにかく手当を………」
彼が手に持っていた止血剤のボトルを部長は払った。
ボトルは彼の手を離れ、遠方へ転がっていく。
「もう、手当ては………いりません。自分のことぐらい、自分で、分かります」
彼女の言葉にドクターは目を見開く。
「それよりも伝えることが………所長は………?」
「ここよ」
部長の状態をドクターの後ろで見ていた所長が前に出た。
彼女は極めて冷静に彼女に問いただした。
「ユリフィスとアトロホルムはどうしたの?一緒に行ったわよね?」
他の部門長たちも一緒に?
「死に、ましたわ」
「しっ⁉」
彼らまで………⁉
殺しても死なないような、優秀な魔術師のはずじゃ…
「なぜ?貴方たちならあの化け物ぐらいで死にはしないでしょ?」
所長の質問はいたって客観的だ。
客観的すぎて感情の気配がないほどに。
「ええ………敵が、あれだけだったら………」
「だけ?」
「か、管制塔に行ったとき……げほっげほっ」
彼女が大きな血の塊を吐き出した。
顔が真っ青だ。
いや、体全体に赤みがない。
「これは、呪いか!」
彼女の体を見て、ドクターが視線を険しくする。
「少しばかり、しくじったので………それよりも管制塔で……げほっげほ」
「何が………」
所長が何かを言いかけたとき後ろで何かが落ちた。
振り返ると小さな瓶を持ったムニエルさんが輸血パックを落としていた。
ムニエルさんは部長に走り寄り、食い入るように聞いた。
「カルデアスは⁉シバは⁉トリスメギストスは⁉管制塔に行ったんですよね⁉無事だったんですか⁉」
「………カルデアの機材は、もうダメでしょう…カルデアスはまだ機能していますが、時間の問題ですわ……げほっ」
ムニエルさんの表情から色が抜け落ちる。
「嘘だろ…」
「召喚システムは無事でしたが、あれは………敵に、利用されていました」
所長が訝しむ。
「利用されている?」
「………それこそが、問題です。管制室には…敵性サーヴァントが………ごほっごほっ」
サーヴァント⁉
敵に召喚されたの………?
でもどうやって………?
「あ、ありえない!」
ドクターが彼女の言葉を否定する。
「仮に召喚システムが機能していたとして、触媒もなしに英霊を召喚できるわけが…」
そうだ。
私たちだってマシュの盾を触媒にすることで英霊召喚を行っている。
「そもそもここを攻撃する行為は、人類を殲滅させることと同義だ!そんな存在に令呪の譲渡なんて抑止力が許すはずがない!」
「ですが…事実ですわ……アトロとユーリは実際にそれで……」
「馬鹿な…」
「……ごほっ!げほっ!げほ!」
彼女がどす黒い色の血を吐き出した。
私は顔色がサーっと青くなるのを感じた。
どう考えても命にかかわるような、そんな血の量だ。
「部長!」
彼女の目の光がかすれてきた。
呼吸も浅い。
ドクターが救護措置を行おうとわずかに動いたが、所長が止めた。
所長はドクターの肩を抑え、無言で首を振る。
「エーデルフェルト。最後に一つ聞いてもいいかしら」
所長の言葉に彼女の口角がわずかに上がる。
「まさか、私が………一回りも下のガキに、こんなことを言われるとは…」
彼女の喉元から浅い呼吸が何度も聞こえた。
笑っているのだろう。
「それで、なんですか…?」
所長は未だに表情を変えずに腕を組んでいる。
「あなた、なぜここに来たの?近接戦闘に優れるあなたなら、あの二人が死んだ時点で逃げれば死ぬことはなかったはずよ。手足の1、2本ぐらいはもげたかもしれないけど」
「………」
「自己本位の化身。自らの探究を至上とする。だからこその魔術師でしょう?それなのにあなたは逃げもせず、そんな状態になってまでここに帰ってきて情報をくれた」
所長は腑に落ちないようだった。
同じ魔術師として彼女の行動原理に違和感を持ったのか。
「なぜ?」
部長は一回だけ短く息を吐いた。
「…当然の疑問ですわね………単純…」
「…」
「わたくし…貴方のことは、好んではおりませんが…別に、あの男が好きというわけでも………ありませんのよ…」
所長は彼女の発言に最初は眉をピクリと動かしたが、そのあとその眉をひそめた。
「あの男………?」
「してやりました………ざまあ、みやがれ……ですわね…」
彼女は緩慢な動きで自らの髪留めに手をやった。
その裏から何かを取り出し、所長に押し付ける。
「カードキー………?」
プラスチック製の小さなカードキーだった。
「エーデルフェルト………?」
カードキーを受け取った所長の顔がハッとする。
彼女の視線の先にある瞳に光はなかった。
私の上司は息絶えていた。
予想だにしない状況が彼女を襲う。
しかしそれはただの始まりにすぎず………
ふーん、ええやん。
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そしてふんどしが倒れます。