絶望を覗いて、それでもなお戦う意思を持ち続ける者こそが強さを持つ。
「はあ⁉………なに?『コンパス』で帰ってきた?本気で言ってんのか?藤丸」
私の説明を聞いたムニエルさんは開口一番にそう言った。
確かに帰ってきた私自身でさえ信じられないような話だけど。
「ホントだよ。今も地下3階の倉庫に『コンパス』の残骸が残ってる」
「おかしいだろ。レイシフトにどれだけ大量の魔力と設備、技術、人手が使われてると思ってるんだ。それを片手サイズのコンパスだけで代用なんて………」
彼はため息をつく。
「いや、聖杯の魔力リソースを全部使ったってことはそんなに効率がいい方法でもないのか?…………もうなんでもありだな、部門長は」
「ちょっと待ってくれ。確かに驚くべきことだけれど、いま重要なのはそこじゃない」
ドクターが目もとを抑えながら苦言を呈した。
私も彼と同じ気持ちだ。
情報が多すぎて混乱する。
私はしゃべり続けて乾いた口を水で潤す。
水が入っていたコップを目の前の机に置き、周りを見る。
ここは技術部の工房の最も奥に備えられた用具室。
周りには開発資材と思われるものが整理されて置いてある。
キャロルさんが亡くなった後、彼女の遺体はすぐに予備のコフィンケースの中に入れられた。
遺体が見えるところにあると負傷者の気が滅入るし、疫病のもとにもなるからだ。
そしてコフィンをこの場所に移動させた。
その後、私たちはお互いの持っている情報をすり合わせるべく、一度ここで話し合うことにした。
今ここには私と所長、医療部のトップであるドクター、技巧部の副部門長チンと総務部の副部門長マーカスさん、それと役職付きでないスタッフの代表としてムニエルさんがいる。
全員が製図で使われていると思われる大きな机を囲っている。
「一度状況を整理しよう」
「はい」
ドクターは軽く息を吐き、先ほどの私の説明を要約した。
「まず立花ちゃんは右手ごと令呪を失った。それはあの紫色の化け物にやられた。加えて呪いも受けている」
「はい」
「そして特異点であるバビロニアは既に修復不能な状況に陥っていて、延命措置のためにジャンヌ・ダルクが残った。一緒に行った英雄王の消息は不明」
「はい」
「これに関しては彼女から言われた情報だけで詳細は分からない」
「………はい」
聞く前にコンパスを起動させられたから、詳しいことは何も聞けなかった。
結局、彼女が私に言っていたのは“カルデアがヤバい”と“バビロニアが滅びる前にソロモンを倒せ”ということだけだった。
状況があまりにも悪かったせいで焦っていたのかもしれない。
彼女が言っていたカルデアがヤバいの意味を知った今では、悪い状況というのは続いているといえるけど。
「カルデアは、立花ちゃんがバビロニアで見たという化け物に襲撃を受け、被害甚大」
マーカスさんは無言で頷く。
「スタッフの半分以上が消息不明。実践に耐えうる魔術師は少なく、生存者の半分は負傷」
「そうっす」
チンが肯定する。
「シバとトリスメギストスはほぼ機能停止。カルデアスは起動しているがいつ停止するか分からない」
「戦闘部門長の言葉が正しければ、ですが」
補足を加えながらムニエルさんも頷く。
「そして召喚システム・フェイトは無事。だが何者かに利用され、管制室には敵性サーヴァント少なくとも一体いる」
「ええ。その通りね」
所長が同意する。
「つまり、こちらにはサーヴァントがおらず、唯一のマスターである立花ちゃんは負傷していて令呪がない。さらにはカルデアには敵性生物が跋扈、敵のサーヴァントまでいて、シバによる観測補助やトリスメギストスでのサポートもできない」
「………」
「この状況の中で、新たにサーヴァントを召喚し、虚数空間の中にあるソロモン王の工房へとたどり着き、彼を打倒して人理の修復を行う…」
ドクターは大きくため息をついた。
「考えうる限り、最悪の状況だ………」
重い空気が部屋の中を漂う。
ドクターはそんな空気を振り切るように頭を振った。
そして所長に視線を向ける。
「所長、医療部の状況はどうでしたか?」
彼女は首を横に振る。
「もぬけの殻よ。病人の救助と薬の回収のために訪れたときにはもう誰も」
もぬけの殻………?
「それは…病人も職員も全員あいつらに殺されてたってことっすか?」
所長の表現に私同様違和感を覚えたのかチンが質問した。
その問いに所長は首を横に振る。
「いいえ。誰もいなかったのよ。入院の札が付いているベッドにもその周りにも血はついていなかった。もちろん遺体もなかった」
「避難したってこと………っすかね?」
そうか。
誰かが真っ先に動けない人達を避難させてくれたのかも!
だとしたらマシュも無事で…!
「分からないわ。少なくとも誰かが負傷した形跡はなかった」
「そう…ですか。ならいいのですが…」
ドクターは安堵の息を吐く。
しかし所長の顔色は優れない。
「ただ…」
「ただ?」
彼女は口元に手を当てて、考え込んでいた。
しばらくの間があいて、もう一度口を開いた。
「………何もなさ過ぎた。不自然なほどに」
「無さ過ぎた?」
どういうことだろう?
「避難するにしても、担ぐにしても、ある程度の人が移動するなら痕跡が残るでしょう?部屋が散らかっていたり、ドアが開けっぱなしだったり」
「それは、まあ」
「本当に何もなかったのよ。まるで………まるで…」
「まるで…?」
「まるで…」
彼女は口を開きかけていたが、半開きの口をゆっくりと閉じた。
そして軽く息を吐く。
「………いえ、やっぱり考えすぎね。おそらく医療部の残っていたスタッフが避難させたんでしょう」
彼女の顔色は良くない。
少なくとも安堵している人間がする表情ではなかった。
私は周りの暗い雰囲気を吹き飛ばすべく努めて明るく話そうとした。
「そ、そうですよ。病人を動かせないだけで安全な場所で身を潜めてるのかも…」
「ない」
即答だった。
ドクターは私の楽観論をすぐさま否定した。
「…カルデアでこの工房と同等以上に安全な場所なんて、ないんだ」
「で、でも…戦闘訓練に使ってる部屋は魔術をいくら使っても傷一つつかないくらい頑丈でしたし、ならシェルターぐらいあっても…」
「いや、そもそもカルデアには強力な内部防衛機構が作られていないんだ。確かに魔術師や英霊の一人や二人を拘束するぐらいなら訳ないけれど、あの数で、しかも人間ではないような敵を相手に捌けるほどのものじゃない」
「それは…どうして…?」
「外部に対するセキュリティがあまりに強固だからだ。招き入れる人員は家柄、身辺、経歴に渡って徹底的に調べられているし、高度3000mの雪山に存在するカルデアに武力突入するのは物理的に不可能だ。加えてカルデアスの地場で魔術的にも安定している」
彼は組織の絶対性を悲しそうに説明する。
「この状態のカルデアを強襲するなんてできやしない。できたとしてもかかる費用に対してここを制圧する旨みが果たして釣り合うのか、そのレベルだ。だから作られていなかった」
「………でもここはっ」
「むしろ
ドクターは技巧部門の副部門長であるチンに聞いた。
彼女は首をかしげながら答える。
「それが、達海さんは“この方が安全だから”としか…」
「安全?」
「達海さんの実験は結構危ないやつも多かったっすから、私たちは周りに被害を及ぼさないようにこうしたと思ってたんすけど…」
チンはそう言って、首を振った。
「………いずれにせよ、今の外の状況を考えれば彼らの生存は絶望的だろう」
「そんな………」
「少なくともその覚悟はしておいた方がいい」
彼が厳しい表情のまま腕を組んだ。
所長がマーカスさんに視線を向ける。
「地上一階に向かった者は?今も応答はないの?」
マーカスさんは無言で首を振る。
「………そう」
ドクターは頭をガシガシと掻く。
「この状況なら、個人で召喚ができる達海くんがいてくれればとても心強かったんだが…」
ため息をつく。
「今言ってもしょうがないか…」
左手の拳を無意識に握りしめていたのに気付いた。
────何のためのマスターなのよ!
ついさっきシルヴィアさんが私に叫んだ言葉が脳裏に響く。
私は机を左手でたたく。
「ドクター!私にもう一度令呪をください!」
「………」
「私がもう一度マスターとなって、英霊を呼べば…」
彼は手を首の後ろの持っていき、申し訳なさそうに笑った。
「すまない。それはできないんだ」
「なんでですか⁉」
「きみに新たな令呪を渡すには、トリスメギストスによる霊子演算とプロメテウスの火から供給される膨大な魔力、そしてそれらを聖杯戦争の英霊召喚に落とし込むための召喚システム・フェイトが必要だ」
「っ………それは」
「そうだ。トリスメギストスはすでに機能停止。管制塔に行けない僕らは炉の魔力を管理することもかなわず、召喚システムは乗っ取られてしまった」
彼は視線を落とした。
「………すまない。君に戦う手段を与えて上げられないのは、僕の力不足に他ならない」
「っ………そんな」
「………すまない」
なんで。
なんで………
「謝るんですか………」
ドクターの表情を見てただ困惑する。
そんな、やめてくださいよ。
いつもみたいに頼りない笑顔で、言ってください。
あるんでしょう?
打開の策が………
「………」
なんで苦しそうな顔で俯くんですか………
「うわあああぁ!」
悲鳴が聞こえた。
用具室にいる全員がはじかれたかのように顔を上げる。
「まさか……」
チンはドアを開け、走って外へ出ていく。
私たちも彼女の後を追って部屋から出た。
外に出るとみんな動きを止めている。
ある一点を見ている。
「なにが………」
前方に止まっているチンに追いつく。
彼女もまた入り口を見て動きを止めていた。
追いついた私は彼女が見ている先をみた。
「あれは………」
入り口の扉がわずかに開いており、その隙間からあの紫色の鉤爪が伸びていた。
「シシシシシシシシッ!」
「クククククク!」
扉の向こうには虫が這いまわっているような音が幾重にも響いてくる。
そして扉を開けようと、わずかな隙間からは無数の鉤爪が差し込まれている。
「とうとうここまで………⁉」
後ろからムニエルさんの焦った声。
そしてすぐさま所長が周りに指示を出した。
「ぼさっとしない!動けるものは手を貸しなさい!チン!あなたは防壁の駆動系よ!奴らの足をちぎってやりなさい!」
「り、了解っす!」
彼女は後ろにいたムニエルさんを見て、入り口を指さす。
「行くっす!」
「お、おう!」
チンとムニエルさんは前方に走り出した。
所長はさらに周りに指示を出す。
「動ける術師は来なさい!結界を強化するわ!負傷者は奥に避難!動けない重傷者には軽傷のものが手を貸して移動!」
彼女の指示に驚きと恐怖で固まっていたみんながあわただしく動き出す。
「技巧部門所属は基盤に集まるっす!」
「カワタ!あなたは入口の結界を指示なさい!私は工房全体をやるわ!」
「はい!」
「ここの結界はどこに術式があるの⁉」
「慌てないで!重傷者を優先して!」
「邪魔!ぼーっと立ってんじゃねえ!」
「お前がぶつかってきたんだろうが⁉」
全員が移動しだして、衝突や混乱が起こる。
「立花ちゃん!僕らも負傷者の移動を手伝おう!」
「は、はい!」
ドクターに言われ、私は奥に寝かされていた負傷者のもとへ向かう。
奥ではすでに回路外科長のシャルロットさんが病人の移動を始めていた。
車輪のついた担架を運んでいた彼女はドクターを見て、叫んだ。
「アーキマン先生!ひとまず工房の外科治療室に彼らを!」
「ああ!わかってる!」
二人は自力で立ち上がることができない重傷者のもとへ向かう。
私も後を追う。
ドクターの後ろを走る私を見て、シャルロットさんが目を見開く。
「立花⁉あなたなんでこんなところに⁉レイシフトは⁉」
「それは………」
走りながら説明しようとしたが、その前に彼女の視線は私の右腕に向いた。
「あなた、その右腕!治療する気あんの⁉」
「え⁉」
「医者の前で滅菌もしてない布を傷口に巻くな!それ!後で見せなさい!」
「は、はい」
私がここにいることよりも、怪我の杜撰な処置に気付いたときの方が声が大きい。
彼女の性分だと理解していてもやはり驚く。
ドクターも苦笑気味だ。
「彼をおくまで運ぶわよ!」
シャルロットさんが引いてきた担架を男性スタッフのそばに寄せ、足を折りたたむ。
彼は頭を怪我したのか、包帯が巻かれており意識がなかった。
彼女は私たち二人の顔を見た後、早口でカウントする。
「いきますよ!1、2、3!」
その合図で私たちは彼を隣の担架に乗せた。
男性をバンドで素早く固定し、シャルロットさんは担架の足を立ち上げた。
「彼は私が!二人はまだ動けない負傷者を奥へ!」
「ああ!」
「はい!」
彼女は車輪がカラカラ回る音を響かせ、すぐに担架を奥へ運んで行った。
私たちもすぐに戻る。
お腹を抑え、うめき声をあげている男性スタッフに駆け寄った。
裂傷なのか巻かれた包帯にはわずかずつ血のシミができ始めていた。
「彼を運ぶ!立花ちゃんはストレッチャーを!」
「ストレッチャーって⁉」
「さっき使ってたやつ!車輪のついた担架!あっちの壁際にまだ2台ある!」
「了解です!」
私は頷いて、奥の担架へ走る。
慣れない手つきで足元のストッパーを外し、ドクターのもとへ転がす。
さっきみたいに下すにはどうすれば………
「端のレバーを引いて!」
端、端………これか!
寝かす面の裏側に着いたレバーを引いた。
足が折りたたまれ、担架が下りる。
「いくよ!1、2、3!」
掛け声で彼を乗せる。
ドクターは素早くベルトを締めて、担架を立ち上げた。
うめき声を上げ続けていた男性はドクターを見て、口を開いた。
「き、来たのか……?あいつらが?」
「それは………」
彼の震え声にドクターが何かを言おうとしたがその前に私は口を開いた。
「ええ!でも大丈夫!私たちが………」
男性は私が言葉を言い終える前に目を見開いた。
「い、いやだ………」
「え………」
「いやだああああ!いやだあああああ!」
男性は担架の上で暴れだした。
「ちょっ、やめて………!」
「助けてくれ!いやだ!ああああああ!」
彼が暴れて、ストレッチャーがバランスを失う。
そしてけたたましい音と共に倒れた。
「うわあああああ!」
なおも暴れて、安全ベルトで拘束されている四肢を動かす。
「お、落ち着いて!ま、まだ、ここには………」
「あああああ!」
彼の暴走は激しく、担架を立たせるどころではない。
「何をやってるの!」
私が男性スタッフの豹変ぶりに狼狽していると、奥から戻ってきたシャルロットさんがこちらに駆け寄ってきた。
「シャルロット!セレネ静術の筋注を!」
ドクターは彼女が駆け寄ってくるとスタッフを抑えて叫んだ。
その指示にうなずいた彼女は肩にかけていた救急バッグから紋様の入ったインジェクターを取り出した。
ドクターの拘束に抵抗し、暴れているスタッフの腕に打ち込む。
プシュッと空気が抜ける音ともに何かが打ち込まれ紋様が光る。
1秒もたたぬうちに男性の意識が途絶えた。
ほっと息を吐いたのもつかの間、シャルロットさんが私の首元をつかんだ。
「馬鹿!何をしてるのよ!」
怒鳴られた意味が分からず、私は困惑する。
「い、いや、あの人を安心させようと状況を伝えただけで…そしたら急に…」
状況を説明しようとしたらさらに怒鳴られる。
「怪我をしていれば精神も疲労するなんて!あなたが一番わかってることでしょう⁉余計なことを言ってどうするの!」
「私はただ事実を…」
「事実も真実もどうでもいいのよ!必要なのは患者を安心させること!すり減っているのすら分からないの⁉」
「そんなこと……!気休めを言ってどうするんです…っ⁉」
彼女は私の言葉に首元をつかむ力を強めた。
ぎりぎりと私の首が締まる。
「正しさなんかで人が救えるか!そんなもの…」
「シャルロット!」
その力が強まったところで傍にいたドクターが止めに入った。
「やめるんだ!立花ちゃんは医療部の人間じゃない!」
その言葉に彼女はハッとする。
首を絞める力が弱まり、手を離した。
「けほっ!けほっ…」
私はたまらず咳をした。
彼女は自らの額に手を当ていた。
「………ごめんなさい。言いすぎたわ…」
「い、いえ………」
私も彼女に謝罪をしようとしたが、大きな声が中断した。
「ロマニ!」
呼び声と同時に所長がかけてきた。
「所長?」
「一つ伝えておきたいことが…」
バンッ!!!!!!
入口の方から大きな音がした。
そちらを見ると奴らの足が工房のドアを貫通していた。
「っ⁉」
その足はもがくように動いており、ドアにひびが入っていた。
近くで術師の指揮をしていたカワタさんが怒鳴る。
「何をしている!結界の補助が弱いぞ!カヤン!」
怒鳴られた男性スタッフは起点となる術式の前で棒立ちとなっていた。
声が届いていないかのように扉を見ている。
「聞いているのか!カヤン!その術式はお前の………」
「うるさい!」
彼に近づき、もう一度怒鳴ったカワタさんを彼は怒鳴り返した。
彼の表情は悲壮感しかなかった。
絶望に支配されており、目に光がない。
「こんなことしてどうなんだよ⁉どうせもう死ぬのに!」
「なんだと⁉」
カワタさんは彼に詰め寄るが、カヤンさんはその手を払う。
「みんなももうわかってるさ!今ここで何をしたってただの時間稼ぎにかならないってことを!もうすぐ死ぬってこともなあ!」
彼の叫びにそこにいた人間の多くは肩をピクリと動かした。
「全員が聞いてただろ⁉さっき死んだ彼女の言葉を!トリスメギストスもシバも動いてないって!カルデアスもすぐ止まるって!」
「っ⁉お前少し黙れ!」
「レイシフトもできねえってのにここで魔力が尽きるまであの化け物どもをせき止めて、なんの意味がある⁉俺はあんな死に方をしたくねえ!」
カワタがカヤンの胸ぐらをつかむが彼は止まらない。
「ここに入るとき遺書を書いたのを忘れたか⁉死ぬ覚悟はしたはずだろ!」
「死ぬ覚悟はしたさ!世界を救うための覚悟ならな!おもちゃになる準備じゃない!」
「っ⁉」
カヤンはカワタにだけでなくこの部屋にいる全員むかって吼えた。
「ここにいる奴らなら全員が見たはずだ!あの紫色の化け物が俺たちの仲間で弄ぶ姿を!」
「………」
「悲鳴を上げる仲間を切り刻んで、痛みと絶望で苦痛の表情を浮かべるさまを楽しんでいた………あいつらは、セシルも、サムも、イアンもケイもターナもみんな!意味もなく殺したんだ!信じる何かでもなく、障害となったわけでもなく、殺すためでもなく、あいつらは遊びのためだけに俺たちの仲間を犬死させたんだ!」
彼の叫びに誰もが言い返すすべもなく黙り込む。
「俺たちは色んな”死”を見てきた。冬木で、フランスで、ローマで、オケアノスで、ロンドンで、アメリカで、キャメロットで」
「………」
「英雄たちが自分の信じる何かのために命を落としてきた。その意地のため、敵を足止めするため、俺たちを先に行かせるため、その地の人々を守るため………。何かの意味のためにその命を散らした。俺たちは…いや、俺は、そんな死に方を見すぎた…」
彼は肩を震えさせながら、意気を落とした。
「自分の死に方を選べるのが、強い奴らだけだなんて…そんなことを忘れていた。今思えばそうだ。どんな特異点でも多くの人間が、理不尽に死んでいた。国民、海賊、市民、難民、騎士……。英雄が華々しくその命を散らす裏側で、無力な人間の多くが意味もなく潰されていた。そんな事実が怖くて、目をそらしていた………」
私はいままで特異点で見た死を思い出した。
瓦礫に押しつぶされた冬木の老人。
ワイバーンに握りつぶされたフランスのおじさん。
戦争のなかで行きかう軍隊に押しつぶされたローマの父親
嵐の中で船から落ちていった海賊の青年。
殺人鬼に切り刻まれたロンドンの婦人。
戦から逃げる中で息絶えた女性。
聖抜によって切り殺された難民の子の母親。
砂漠の民に殺された騎士。
どの人間も、無残にそして理不尽に、考える間もなく殺された。
彼らには帰りを待つ家族がいた。
強い絆で結ばれた仲間がいた。
守りたい子供がいた。
慕ってくれる後輩がいた。
何も関係なかった。
ただ大きな流れに巻き込まれただけだ。
「なんのために死ぬ⁉だれのために死ぬ⁉そんなことも分からないまま必死になってここで力尽きるのか⁉俺は!俺たちは⁉」
彼は膝をついてすすり泣きだした。
「そんな死に方………俺は嫌だ………。俺は意味もなく、弄ばれて、泣きわめきながら死ぬなんて、いやなんだ…」
彼の言葉に誰もが口をつぐんだ。
ただみんなしてうつむいた。
反論する言葉も、慰めの言論を言うでもなく、黙り込んでいた。
ただ一人を除いて。
「ええ。私だって嫌だわ。そんな死に方」
それは私の隣にいた所長だった。
「でもね。仲間たちの死を、犬死か、名誉ある戦死か………どちらになるかを決めるのは生きている私たちよ」
「所長………?」
彼女の言い方に何か含みがあった。
気づかぬうちに私はそうつぶやいていた。
カヤンは所長を半狂乱に責めた。
「そんな綺麗事っ!どうせみんなここで死ぬんだろ!」
彼はその長い髪を後ろでまとめ上げ、はっきりとした声で言った。
「ええ」
「っ⁉」
その言葉に彼は面食らった顔をする。
「だから私があなた達に意味をあげるわ。なんのために死ぬか、その意味を」
カルデアで、特異点で、華々しい活躍をするのはいつだってマスターとそのサーヴァントだった。
だが忘れてはいけない。
選ばれなかった人間の努力こそが彼らの活躍を支えていることを。
力なき者たちの闘志こそが、選ばれたものに力を与えることを。
苦しゅうない。ほれ、朕に続きを賜せ。
と思われた方はぜひ下の欄から感想や評価をしてくださると、とても嬉しいです。
ふんどしが舞い上がって、踊ります。