死そのものに意味などあるはずがない。
だから死から目を背けてはいけない。
「い………み………?」
カヤンは呆然と二言呟いた。
「ええ。仲間の死に意味を持たせる。私たちで」
所長は腕を組んだ仁王立ちで私たち全員に言った。
「適当なことをっ!」
「適当じゃない。具体的なプランがある。そして私たちはその手段を既に持っている」
「そんなものッ…」
「虚数潜航艇シャドウボーダー」
再び所長を咎めようとしたカヤンにかぶせて所長が謎の言葉を放った。
虚数?ボーダー?
私を含め多くの人間が怪訝な顔する。
私はこの時気づかなかったが、ここの中の数人は目を見開いて彼女の言葉に驚いていた。
「それが、今私たちがこのピンチを逆転させるために持っている唯一の切り札」
切り札………
「人理焼却を起こした者の拠点へ私たちを運ぶ、希望の舟よ」
希望の舟。
彼女は一体どういう気持ちで言っているのだろうか?
希望を伴うといっているその彼女の顔は毅然としていても明るくはない。
所長はこちらを振り向いた。
「立花!」
彼女の内心を考えていた私は、急に呼ばれて驚く。
「ここに来なさい!そして第7特異点で何があったかを話しなさい!」
「は、はい!」
私は驚きながらも返事を返し、彼女の横に並んだ。
全員の視線の前に出る。
「なんで藤丸がここに…………」
私を見たスタッフの多くが、目を見開き瞠目する。
ここに私がいることの驚きと疑念を覚えている。
当たり前だ。
この状況でレイシフトもできないのに特異点にいた私がいたら驚くだろう。
その視線にすくんでいると所長が軽く私の肩を叩いた。
「ただ起こったことをありのままに言いなさい」
「………はい」
深呼吸して心を落ち着けるとみんなに向けて私は口を開いた。
§
「特異点が修復不可能………?」
「令呪を奪われたって………」
「ジャンヌ・ダルクが残ったって、時間はどれくらいあるの?」
「いや、すべてが期待通りになったとしてソロモンのもとへどうやって向かうんだよ…」
私がバビロニアでのことの顛末を話すと、予想通りみんなの顔色は暗くなった。
それはまあ、当たり前だ。
私が伝えたことは結局のところ、私たちの状況がどれだけ厳しいかを念押ししただけなのだから。
「傾注!」
ここにいるスタッフがざわついていると所長は指示を発した。
その一声で静まり返る。
「つまり私たちはレイシフトをするための手段も、敵を倒すためのサーヴァントも、体勢を立て直すための時間もない。それは理解できたでしょう」
「そりゃあ…」
スッタフが顔を見合わせて頷く。
「なら私たちが持っている舟。シャドウボーダーも理解なさい」
さっきも言ってた…
一体それは…
「貴方たちの何人かは知っていると思うけど、アトラス院からこのカルデアに渡されたものはトリスメギストスの設計図だけじゃない。私たちにはペーパームーンと呼ばれる観測機も送られた」
「ペーパームーン…?」
多くのスタッフが首をかしげたが、経路部の副部門長であるマーカスさんが声を上げた。
「確か………カルデアスとの位相差を超える手段として用意されていた器具の一つです。虚数空間を観測、立証するための羅針盤だとか」
「その通りよ」
彼の説明を所長は肯定した。
「虚数空間に潜り目的地に浮上するという転移方法を実現すべく送られてきました。しかし、シバができたことと虚数潜航の危険性が高すぎること、この二つの理由からお蔵入りとなったもののはずです」
「ええ。そして、蔵にあるなら使えばいい」
「使えばって……………まさか……」
彼の顔に冷や汗が流れる。
「そのまさかよ」
「そんなこと不可能です!」
マーカスさんが狼狽えて叫ぶ。
彼がここまで狼狽することは珍しい。
経路部のスタッフも驚いている。
「虚数潜航は成功率が3割を切るんですよ⁉成功する確率の方が低い!それに器具があるだけで使い方はアトラス院のトライヘルメスにしか記されていません!第一、ペーパームーンはそれだけでは使えない。あの羅針盤を機能させるにはそれなりの設備が………」
「すでに完成してるわ」
彼は再び驚く。
「そんな馬鹿な………⁉」
所長は横目で技巧部門の副部門長であるチンを見た。
「どこかの馬鹿が、隠れて開発資材の一部を横流ししていたのよね」
チンは慌てて口を開く。
「いや!あれは達海さんの指示でっ………あ⁉」
そしてあわてて口を押えた。
顔には、“これは言っちゃいけなかった”の文字がありありと書かれている。
「まあ、いいわ。横領の責任は責任者にとってもらいましょう」
彼女はため息をついて辺りを見回した。
「つまりこの虚数潜航艇で私たちは虚数潜航、ゼロセイルを行う。そしてソロモン王のもとへ向かい奴を叩く。以上がこれから私たちが行うこと、それの大まかな指針よ」
彼女が言い終えて、ふんと息を吐いた。
言われたことに唖然とする。
虚数潜航艇………?
ゼロセイル?
理解が追い付かないんだが………
「ちょ、ちょっと待ってください!所長!」
私が事の難しさに目を回しているとドクターが慌てて声を上げた。
ドクターの表情を見るに彼もまた混乱しているようだ。
「移動手段を得たとして、どうやってソロモンの工房へ向かうおつもりなんですか⁉あの工房は虚数空間にあるんですよ⁉⁉」
ドクターの言葉を聞いた彼女は不思議そうな顔をした。
「貴方が今言ったじゃない?虚数空間って………」
「はい?………っ⁉」
ドクターは首をかしげていたがすぐに何かに気付いた。
「まさか……虚数空間に潜ってそのまま突入するおつもりですか⁉」
「それ以外に方法はないわ」
「危険すぎますよ!あの工房に突っ込むなんて!そのまま突っ込んだら粉々に砕け散りますよ⁉それこそカルデアスの地場でもない限り!」
「………」
「それに虚数空間といってもその中で工房を見つけるのは別の話で………」
矢継ぎ早に理論的不備を指摘するドクターにチンが口を挟んだ。
「それに関しては縁があればいけるっす」
ドクターは彼女の言葉をオウム返しにする。
「縁………?」
「ソロモン王に関係する触媒っすよ。王が使っていた物、話、英霊、遺骸、所縁のある何かがあればその繋がりをたどってアンカーを打ち込めるっす。アンカーさえ掛かれば引き上げるのは出力の問題っすから」
「英霊………………………っ!そういうことか…」
ドクターが何か驚いた顔をした。
そういうこと…………?
うちにソロモン王に所縁のある英霊なんていただろうか?
チンが詳しく説明しているのを見てカワタさんが首をかしげる。
「チン、お前なんでそんなに詳しいんだ?」
「そりゃ、私も設計手伝いましたし…………あ」
彼女はまた慌てて口を抑えた。
もういいよ。
みんな分かってるから。
カワタさんはその仕草を無視して言った。
「ならその舟はどこにある?お前は知ってるんだろ。舟は今も無事なのか?」
その質問に彼女はハッとした。
そして少し間を開けて答えた。
「地下3階の第3倉庫っす…………」
「第3倉庫………あそこはDSSに一番近いそうかじゃないか!なぜそんな場所に!」
「だって上の倉庫じゃ他のスタッフも頻繁に出入りするじゃないっすか⁉DSSの近くならサーヴァントがいるからスタッフもあまり近寄らないって、達海さんが…」
もはや口を抑えることもしなくなったチン。
「それはまだあるのか?あいつらに壊されているんじゃ…………」
第3倉庫、第3倉庫………第3…あ。
「もしかして…その舟ってあの大きなコンテナのことですか?」
私はこちらに移動してきたときに見た馬鹿でかいコンテナを思い出した。
チンはグルん!と擬音が付きそうな勢いでこちらに振り返り私に指をさした。
「そうっす!それっす!」
やっぱりそうか。
「コンテナには傷一つついてなかったですよ」
彼女はほっと溜息をつく。
「そうっすか…はあ。よかったっす…」
そうか。
あれが舟だったのか。
にしてもコンテナが舟とはいったい。
舟を思い出していると違和感が頭をよぎった。
そう言えばあの倉庫、妙に綺麗だったな。
舟どころか、倉庫の中も全部傷一つなかった。
あの化け物が侵入した形跡もなかったような…
そう考えていたら、大きな声に現実へ引き戻される。
「で、でもサーヴァントはどうするんだよ⁉」
カヤンさんが狼狽えた声で言った。
所長は質問に質問で返す。
「サーヴァント?」
彼は自身のなさそうな顔で私を見た。
「フジマルが言ってたじゃないか!令呪がないって!召喚システムだって敵に奪われているんだろう⁉移動する手段があったって戦う手段がないんじゃ意味がない!」
………その通りだ。
逆転の目は戦う資格のあるものにしか意味はない。
私たちの力の根幹をむざむざ敵に奪われてしまった私では…
「そうね。だから…」
所長は彼らを見据えて言い放った。
「それこそがあなた達が死ぬ意味よ」
「死ぬ、意味…?」
スタッフ全員を見据える彼女の視線は険しい。
その口からは視線に違わぬ残酷な事実を口にした。
「今からここにいるカルデアの職員のほぼ全員に管制室に行ってもらう」
彼女の発言に周りのスタッフは呆気にとられる。
「え………?」
「は…?」
「管制室って…」
管制室に行くって…。
「目的は2つ」
彼女は皆の戸惑いに我関せず続ける。
「一つは管制塔に強襲し、召喚システムから英霊の霊基情報を奪取する。あの情報さえあれば藤丸が召喚する機会はいくらでも作ることができる」
ちょ、ちょっと。
「二つ目は囮よ」
待って…
「管制室の強襲までの道中でできるだけラフム、あの化け物をおびき寄せる。あいつらは人の存在に引き付けられているようだから、物音を立てれば勝手に集まってくるでしょう。そして手薄になったところで藤丸達がシャドウボーダーでカルデアを脱出する」
「そうすれば………」
「待ってくれ!」
所長の説明を切るようにしてカヤンは大声を出す。
「管制室に行くって………そんなの特攻じゃないか!」
所長は表情一つ変えず頷いた
「そうね。管制室にはあの化け物のほかにサーヴァントもいる。全員がほぼ確実に死ぬでしょう」
「っ!ふざけんな!」
所長の死の宣告にカヤンは激怒した。
立ち上がり唾を飛ばしながら怒声を放つ。
「どうせ死ぬなら戦ってから死ねだと⁉あんたは俺たちを何だと思ってんだ⁉」
彼の叫び声に私は入所したときに彼女に言われた言葉を思い出した。
────あなた達は人類史を守るためだけの道具にすぎないことを自覚するように!
あの時、彼女はブリーフィングルームで座るマスター48名に対して張り詰めた表情でそう叫んでいた。
「俺たちは使い捨ての道具じゃないんだぞ⁉」
自分とは対照的な言葉に所長は何を思うか。
「いいえ。あなた達は人類史を守るための道具よ」
彼女は動揺など微塵も見せずにそう言い放った。
「他人事だと思って、このアマ……!」
敬意も残ってない口調のカヤンは所長につかみかかろうと近づいた。
しかし彼女の視線は彼を貫いたままだった。
「そして、それは私自身もよ」
「っ!」
「管制室への特攻は私が指揮をする」
彼女の視線は強い意志が輝いていた。
「私たちは道具。捨て石よ。選ばれた数少ない人間たちが、次へ進むための犠牲よ。それでも………」
彼女は目を見開く。
「それでも!私たちは人間よ!道具で、捨て石で、ただの駒だとしても!私たちは意思を持った人間なのよ!」
「ここで私たちは死ぬ!だけどその意味は!その意志は!藤丸達が受け継ぐ!」
周りにいる人々全員が私を見た。
「それが私たちにできる唯一のこと!選ばれなかった、才を持って生まれなかった私たちが命をなげうって健気に尽くすこと!それだけが私があなた達に見せることのできる道よ!」
「私を恨みなさい!私を呪いなさい!あなた達を殺す私を憎しみなさい!そして………」
「私と共に死になさい!」
§
男は管制室のど真ん中にいた。
彼は前に横たわる女の腹の中に勢いよく手を差し込む。
女の顔が苦痛に歪む。
男はその表情の変化を無感情に見ていた。
何度か腹の中をこね、男はすべきことを終え女の腹から手を抜いた。
抜いた直後、女の腹の傷は黒紫色の肉で覆われた。
その変化を男は満足げに眺める。
そこで男は管制室にわずかな雄叫びが聞こえるのを感じた。
男は手を絹のハンカチで拭き、緑色のハットの位置を直した。
そして上を見てつぶやく。
「騒々しいな」
しばらく上を見上げていると、振動もわずかに伝わってきた。
「なるほど………まあ、これで終わるとは思っていなかったが…」
男は
「最も愚かな選択肢を選んだものだ。流石はアニムスフィア家の娘というわけか」
彼は視線は前に戻す。
「同僚が来たぞ。あの愚か者に君たちが分かるかな?」
人を殺し、自分を殺すことを彼女は選んだ。
しかし苦渋の決断が最善の結果をもたらすとは限らない。
よろしい。では続きを。
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ふんどしが裂けて、蟹が割れます。
蟹みそはうまい。