「流石はドクター・フジマル、非常に興味深い研究でした」
「ありがとうございます」
「専門分野だけではなく天文学にまで精通していらっしゃるなんて、多才だからこそこなせるアプローチですわね」
「浅学非才の身である自分ができることがこれしかなかっただけですよ。とてもお褒めいただけるようなことでは………」
彼らの信念がどうであろうと“魔術使い”が軽蔑されるのは事実。
能ある鷹は爪を隠すというが、見下されすぎても情報は集まりづらい。
彼らの目指す道のりは遠い。
態々自ら障害を置く意味もなく、この子の両親は自分たちの目的を隠し魔術師として時計塔に名を馳せているのだった。
割と優秀らしい二人のマッドメイガスは今日も今日とて社交性の皮を被っている。
「後ろの子はドクター・フジマルの御子息で?」
「ええ。魔導に入門して日の浅い我々では育児を担う侍従を雇う余裕もなく、申し訳ない」
学会に連れられて歩くこの子の目を通して、前にいる両親と他の魔術師の会話を聞く。
妬み、嫉みのオンパレードだ。
言葉の裏がはっきりと聞こえてくる。
おそらくこの子にも聞こえているのだろう。
胸を抱えてうめいているのが分かる。
「ご子息もお父様とお母様がこんなに立派で鼻高々でしょう」
『神聖な学び舎にちいせえガキなんか連れてくるんじゃ無えよ』
「いえいえ、そんなことは」
父親はちらりとこの子の様子を確認しては、そう返して笑った。
言い趣味してるよ。
ボクの特性を分かったうえで、嫉妬のはびこる魔術師の巣窟なんかにこの子を連れてくるなんてさ。
これも善意なのだろう。
なんたって両親からは言葉の裏が聞き取れないんだから。
「どうだ?奈津」
「ええ、良い数値とは言い難いけれど確実に周囲の人の悪性を吸収してる。これなら………」
喜びの表情でモニターを眺める藤丸夫妻。
予想以上の結果に喜びを隠せないらしい。
どう見ても電極を息子の頭にぶっ刺した後にする表情ではない。
なにを考えているんでしょうかね。
もはや困惑も呆れも恐怖も通り越した何かがある。
ボクも何ら成長しない状態で人の行動を見るのは久しぶりだが、人はここまで狂った存在ではなかったかのように思う。
痛みと恐怖で震えるこの子供の姿が目に入らないのであろうか。
彼らがモニターで何かをするたびに、この子供のなかに取り込まれた悪性がぐちゃぐちゃにかき回され魔力へと収束していく。
こんな無茶な行為を子供の魔力回路で無理矢理行っているのだから、この子供は体の内側をズタズタにされるような痛みを感じているだろうに。
まあ、この子供も子供でどうかしているが………
「今日はこのぐらいにしておこう」
そう言った父親は息子に取り付けていた電極やらパッドやらを取りはずした。
母親は申し訳なさそうにこの子供を見つめると、ハグをした。
「ごめんね。達海。貴方をちゃんと世界を救える存在にしてあげられなくて」
「………」
「でももう少しの辛抱だから、ちょっとだけ待っててね。お父さんとお母さんも頑張って研究して獣の力を引き出して見せるから」
「うん」
そうじゃねえよ。
こう、この状況なら申し訳なさを感じるところがほかにあるだろ。
おい。
それと君もだ、息子。
うん。じゃねえよ。
痛いんだろ、怖いんだろ。
反感とか持てよ、あの親に。
反抗しろよ。
君がその気になれば、否が応でも人の悪性でボクの権能を成長させられるだろうに。
「………」
無視すんなや。
ボクの声が聞こえてなかろうと、君に取り込まれた魂が喚いてることぐらいわかるだろ。
「………」
これだよ。
親が親なら子は子。
蛙の子は蛙というがまさしくその通りだ。
ひなの刷り込みは確かに強い。
親は子にとって絶対的存在である、というのも事実。
けれど問題はそこじゃない。
この子供は何も考えていないのだ。
この境遇を、環境を心の中で何も感じ取っていない。
そりゃ物心ついたときからそうなんだから、この状況を当然と受け入れることは無理もない。
でも、そうじゃない。
人としてそうあってはいけない。
たとえ理不尽でも、我がままでも、何かを主張することは人の子としてあるべき姿のはずだ。
人としての何かが決定的に欠けている。
この親にしてこの子あり。
血は争えない。
………いや。
色々と理由を並べ立ててみたが、要するにボクはこの子供が嫌いなのだろう。
この歪なあり方に嫌気がさしているのだ。
人は人らしくあるべきだ。
人類悪のボクが言うと皮肉らしく聞こえるけどね。
親はこの子供を残して、工房から出ていってしまった。
この子は取り残されたことに子供らしい反応もせず、ぼうっと前を見ている。
これもまたいつも通りだ。
この子供は人の悪性を吸収すること以外で外に出たことがない。
両親はこの子供を外に出そうとしないし、この子供も外に出ようとしない。
はあ。
嫌になるね。
まあ、むやみに悪性を吸収しない分、ボクとしても都合がいいことは認めるけどさ。
カチャリ。
ん?
子供は視線を物音のした扉へ向けた。
あれは………
「しーっ、さわいじゃだめよ」
静かに扉を開けて入ってきたのは、藤丸立花。
この子供の姉だった。
またか。
ボクは心の中で微笑む。
このワンパクっこ、よくこうやって工房に忍び込んでくるのだ。
どうやらこの子、藤丸達海のお姉さんとして弟のお世話をしたいらしい。
「………?」
忍び足で歩いてくる彼女に、この子は首をかしげている。
この子は彼女との関係性がつかめていないようだ。
「たつみ!きょうもおねえちゃんがやってきました!」
彼女はこの子の前に来ると自信満々と言ったふうで腰に手を当てた。
うん。
可愛い。
可愛さしかない。
ここ最近周りの人間が特殊すぎるせいで、彼女だけがボクの癒しとなってる説がある。
「………」
この子はただ不思議そうに見ているが。
元気で無垢な子供だぞ。
喜ぼうぜ!
「いいですか?こどもはべんきょうしないといけません。すわっているだけじゃおばかになってしまいます」
彼女は親の口調をまねているのだろうか。
この子の先生をやるつもりらしい。
尊み。
「ということで!きょうはえほんをもってきました!」
彼女は背中に隠していた絵本を取り出した。
お。
今日は本を読むのか。
この子の目を通して本の題名を見る。
本の表紙には『まほうつかいとあくま』と書いてあった。
三角帽子に黒いローブを羽織った人間と真っ黒い猫のような獣が向かい合う絵だった。
世俗的なイメージど真ん中の魔法使いだな。
この猫は悪魔というより使い魔に見えるけど。
彼女は工房の椅子をこの子の隣まで引きずってくる(可愛い)とこの子の隣に座り、絵本を広げた。
「おねえちゃんがよんだあげます。たつみはいいこできくこと」
「………」
そして二人の間に絵本を置いた。
絵が興味を引いたのかこの子はゆっくりと下を向いた。
「まほうつかいとあくま」
そして彼女は大きな声でゆっくりと題名を発音した。
「むかしむかし、あるところにまほうつかいがいました。
まほうつかいはとてもつよいまほうがつかえました。
まほうつかいはがまほうをつかえば、おおきないわをころがすことができました。
あめをふらせることができました。
むらからはなれたばしょにすんでいたまほうつかいはいつもひとりでした。
まほうつかいはさびしいとおもっていました。
だからむらのみんなとなかよくなるほうほうをかんがえました。
そして、みんなのためにまほうをつかえばみんなとなかよくなれるとかんがえたのでした。
むらにやってきたまほうつかいは、むらのみんなのなやみをかいけつしました。
かわのみずがあふれてこわいときけば、まほうでつちをもり、おおきないわがみちをふさいでいるときけば、まほうでいわをころがし、きりかぶのせいではたけがつくれないときけば、まほうできりかぶをぬきました。
なやみをかいけつしてもらったむらのみんなはよろこんで、まほうつかいをかんげいしました。
まほうつかいはみんなとなかよくなれてうれしくなりました。
そんなあるひ。
むらでこどもたちがねこんでいきました。
むらのみんなはだんだんとふあんになり、だれかがまほうつかいがやったんだといいました。
まほうつかいはいいました。
「ぼくはやってない。きみはまちがっているよ」
いわれたむらのひとはおこりました。
みんながいいました。
「まほうつかいがやったんだ。このむらからでていけ」
まほうつかいはむらのみんながきらいになり、むらからはなれたいえにもどっていきました。
しばらくたつと、そのむらにあるまじょがやってきました。
そのまじょは、まほうつかいとおなじようにまほうをつかうことができました。
まじょはむらをたずねるとみんなのためにまほうをつかいました。
まじょはまほうつかいとおなじように、みんなにかんげいされました。
そしてあるとき、むらのこどもたちがねこんでいきました。
むらのみんなはだんだんとふあんになり、だれかがまじょがやったんだといいました。
まじょはいいました。
「まほうでこどもたちをなおしましょう」
まじょはねこんでしまったこどもたちひとりひとりをたずねてまわり、こどもたちをまほうでなおしていきました。
ふあんになっていたむらびとたちは、こどもたちがげんきになるとよろこびました。
そしてまじょにあやまりました。
「ごめんなさい。わたしたちはまちがっていた」
まじょはわらっていいました。
「ゆるします。こどもたちがげんきになってよかった」
みんながわらってそのむらはしあわせになりました。
でもひとりだけおこっているひとがいました。
まほうつかいです。
かぜのうわさでまじょのことをしったまほうつかいは、おこりました。
「ぼくもやっていなかったのに、なんでまじょだけみんなとなかよしのままなんだ」
まほうつかいはおこっておこってしかたがありませんでした。
そのときです。
まほうつかいのいえにいっぴきのくろいねこがはいってきました。
まほうつかいがねこにおどろいていると、ねこはまほうつかいにいいました。
「きみはまちがっていない」
まほうつかいはいいました。
「そうだ。ぼくはただしい。なんでみんなはぼくをわるものにするんだい?」
ねこはいいました。
「それはね、あのまじょがみんなにわるいまほうをかけているからだよ」
まほうつかいはまたおこりました。
そしてむらまでやってくると、まじょにまほうをかけてしまいました。
そのまほうで、まじょはくろいねこになってしまいました。
「おまえがみんなにわるいまほうをかけたんだな。わるいやつめ」
まじょはいいました。
「わたしはみんなにまほうをつかってないわ」
まほうつかいはおこりました。
「うそをいうな」
まじょはいいました。
「あなたはひととはなしたことがないのね。だからこういうことをするんだわ」
まほうつかいはさけびました。
「ぼくはわるくない」
まじょはなみだをながしました。
「かなしいひと。ひとをちゃんとみることができないのね。そのままじゃあなたはみんなとなかよくできないわよ」
そういうとねこのすがたのまま、まじょはどこかへきえてしまいました。
まほうつかいはむらにはいっていきました。
そしてみんなにいいふらしました。
「みんな!わるいまじょをやっつけたよ。これでみんなにかけられたまほうはとけるよ」
むらのみんなはおこりました。
「まじょにまほうをかけるなんて、なんてわるいまほうつかいなんだ。むらからでていけ」
まほうつかいはもういちどいいました。
「ぼくじゃない。わるいのはあのまじょだよ」
むらのみんなはかんかんにおこりました。
「うそをつくな。この
まほうつかいはむらからおいだされてしまいました。
まほうつかいはなきました。
なきながらいえへかえりました。
いえにはねこがまっていました。
「ほらわたしのいったとおりだったでしょう?
まほうつかいはおこりました。
「きみのいったとおりにやっただけなのに、ぼくはもうあのむらにいけなくなってしまったじゃないか」
ねこはいいました。
「あなたがひとをみていないからよ。わたしたちがはなしているのはきまりじゃなくてひとよ。ひとのかおをみてむきあうのよ」
まほうつかいはこんわくしました。
「きみのいっていることがよくわからないよ」
「これからべんきょうしていけばいいのよ。わたしはまほうをつかうことができるの。あくまのあなたにだって、ひとのかんじょうをおしえることができるわ」
そういって
それいらい、このふたりをみたはなしはききません。
おしまい。」
彼女は本を閉じて、ふーっと長い息を吐いた。
割と長かった。
けどよく分からない物語だったな。
少なくとも勧善懲悪じゃない。
絵本だけど子供むけじゃないような………。
彼女はチラチラとこの子に視線を送っている。
何かを期待している目だ。
いつも彼女は弟のために色々なものを持ってくるが、基本的にこの子は無反応なのだ。
まあ、今日もダメなんだろうなぁ。
という僕の予想に反して、この子は口を開いた。
「………まほうつかいはあくまになっちゃったの?」
その言葉を聞いて、立花は嬉しそうに目を開いた。
「っ!……そうよ!まほうつかいはわるいことをしたからあくまになっちゃったのよ!」
この子は首を傾げた。
「なんで?まほうつかいはなにもまちがったことをしてないよ」
「むらのみんなをおこらせたじゃない」
「………まほうつかいはやってないことをやってないっていっただけじゃないの?」
「そうよ!」
「やってないからやってないっていっただけのに、なんでむらのみんなはまほうつかいのことばにおこったの?」
「それは………むかつくからよ!」
この子の質問に彼女は言い放った。
ムカつくから。
あまりにも簡潔だけど間違ってはいない。
ボクの観察してきた経験によれば人が怒る原因ってだいたいプライドの問題だ。
理由はすべて後付けにすぎない。
この子はさらに質問を続ける。
「………むかつく………?」
「そう!むかつくからおこる。あたりまえでしょ!」
この子は首を傾げた。
「じゃあ、このねこは?まほうつかいをだましたよ?わるいことじゃないの?」
「まほうつかいがわるかったんだから、だましていいのよ。そうやってまほうつかいがわるいことをおしえてるの」
「わるいひとはだましていいの?だますことはわるいことじゃないの?」
「わるいひとはいいの!」
「わるいひとってなに?みんなをおこらせるひと………?」
「そう!みんなをおこらせるのがわるいひと!」
この子は静かに顔を上げた。
何も考えてなかった顔は妙に達観しているようにも見えた。
「だれかをむかつかせるひとはわるいひとなんだね………まほうつかいはわるいことをしてないのに、わるいひとになっちゃったんだ」
「そう……ね?」
「やだな………むかつけばひとをわるいひとにかえられるなんて…。どっちがあくまなんだろう」
この子供たち、なかなか面白い議論をしている。
興味深い。
無駄に賢くないからか、人の本質をついているように思う。
確かに人の判断の根幹は感情によって決められる。
それは判断を行うのが脳の理性を司る場所でなく、感情を司る場所だからなどといわれている。
つまるところ人は客観的に善悪を決められない。
状況を分析し、良い悪いを判断するのでなく、良い悪いを決めてからその決断の補強材料を探す。
人間の言う正義とはこのようなものだ。
ゆえに人の善性はその人間の行動によって決まるのではない。
その人間のもつ感性によって決まる。
それはこの子たちの親が証明している。
彼らはボクを拘束し、この子の魂にねじ込んでしまったが彼らの感性はそれを善とするから、僕の成長の糧とはならない。
なるほど。
もしかしたらこの絵本はこういうことを伝えたかったのかもしれない。
だから魔法使いと悪魔なのか。
魔法使いはまほうつかいなのか、まじょなのか、はたまた、むらのみんななのか。
悪魔はまほうつかいか、まじょか、むらのみんなか。
それはその読者の感性によって決められるのだろう。
立花のように人と向き合うことを考えるなら、感情をないがしろにしたまほうつかいが悪魔なのだろう。
この子のように事の善悪を考えるならむらのみんなが悪魔なのだろう。
損得勘定を考えるなら、むらのみんなに歓迎されながらまほうつかいを諭したまじょが悪魔になるのかもしれない。
………面白いけど、子供に伝わるのか?
いや実際伝わっているから二人の会話に上がっているんだろうか。
意識を戻すと立花はおろおろとしていた。
どうやらこの子が呟いた一言でこの子が悲しんでいると判断したらしい。
彼女はおろおろしたあと、何かを思いついたかのように手を叩いた。
彼女は続きがないはずの絵本の最後のページをひらき、まるでもう1ページあるかのように音読を始めた。
「ですが、ずっと、ずーっとあとになってむらにやってきたひとはいいました。
むらにはまほうをつかうふたりのにんげんが、むらのみんなといっしょにおどっていた、と。
まほつかいは、むらのみんなとなかよく、まじょはしょうじきに、むらのみんなはやさしく、ぜんいんでてをとりあっていました。
ほんとうのおしまい!」
どうよ⁉と言いたげな目で彼女はこの子を見つめる。
この子はただ驚いて、彼女を見つめていた。
「まちがえたらあやまって、なおせばいいのよ!」
「………それでいいの…?」
「いいのよ!わたしはそうやっておとーさんとおかーさんにゆるしてもらってるもん!」
「そうなんだ…」
「うん!」
「ぼくもまちがったらあやまればいいのかな……?」
「だいじょうぶよ!ちゃんとはなせばみんなわかってくれるわ!」
「そっか…………わかってくれるんだ……」
「ええ!」
「………じゃあ………………………ぼくはまほうつかいになりたいな…」
この子がなんでそんなことを言ったのか、その時ははっきりわからなかった。
でもこの子が“人”として生き始めたのはここからだったと思う。
ボクは正直言ってこの時、心からワクワクしていた。
作られた人形のように、傀儡のようにただ言われたことを行うモノでなく、ヒトとして何かをしたいと言ってくれたことに心躍っていた。
この子の魂に混ぜられてから気づいたんだ。
美しいものはそれ単体では存在し得ない。
泥臭い努力や汚い行為、どす黒い感情、そういうものがあって初めて美しいものは美しくなり得る。
そう言ったものを培って、併せのんで、はじめて美しいんだ。
無垢は美しくない。
残酷で、罪なだけだ。
だからこれからこの子は、藤丸達海は美しくなる道を歩む。
その一歩を進んだんだ。
そう思いたかった。
傀儡が人になる。
それははたして良いことか。
感情を持つからこそ、抱える苦しみはある。
見えなかったものが見えてしまったとき、得るのは歓喜か、悔恨か。
”感想をくれた子犬たち!ありがとう!
そんな愛くるしい子犬たちには伝えておくわね!
ごめんなさい。シナリオに関わることは答えてあげられないの。
だから返事がなくても許してね!
でも感想も質問も、もちろん評価も、送ってくれるととっても嬉しいわ!
お礼に私のオリジナルソングを歌ってあげたいくらい!
ってふんどしをつけた蟹がほざいてたわ。
おらっ!そのくらい自分で言いなさいよ!このふんどし野郎!”
ってエリちゃんが言ってました。