たった一人のマスターへ   作:蟹のふんどし

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君の知らない物語(4)

 

 

 

期待を抱いた目で走る。

その表情はまだボクが見たことのないものだった。

あれだけ無感情に親と向かい合っていたこの子は、今やここまで子供らしくなってくれた。

とても嬉しい。

しかし、それだけにこの子が今から行おうとしていることが悲痛に感じられる。

 

お姉さんの励ましを聞いて、この子はずっと考えていた。

何が両親を失望させたのか。

自分は何が悪かったのか。

そして考え付いた。

 

自分のやり方が拙いせいだと。

変換する魔力量が少なく、粗いせいであると。

 

まあ、本人はもっといっぱい頑張ると口にしていたが、この子の考えていることは概ねボクが言っていることと一致している。

両親はこの子に関心をよせなくなったのであって、決して怒っているのではない。

前提条件から間違っている。

だがそれを指摘してあげる義理もボクにはないのであった。

 

この子の成長は楽しみだが、成長の方向性を指し示したいわけではない。

まして、あの両親の研究を助けるつもりは無い。

転ぶことも一つの成長だ。

 

この子は初めて自ら工房を出て、客間の扉へと向かった。

何やら話し声が聞こえる。

両親はここにいると思ったのだろう。

達海は勢いよく扉を開けた。

 

「おとうさん!おかあさん!あのね………」

 

客間に入り、達海は動きを止めた。

というのも客間にいたのは両親だけではなかったのだ。

いつも見ない顔が二人。

白いスーツを着た白髪の男と濃緑色のスーツを着た切れ目の男。

 

二人は両親と向かい合わせで談笑をしていたようだ。

今はこの子の突然の登場に4人とも凍りついているが。

中央のテーブルの置かれた紅茶の湯気だけが、凍りついた空気を笑うように漂っていた。

 

「ぁ………ぇっと…」

 

この子は戸惑うように両親を見た。

さてはて………来客中だったとはね。

この子も予想外の展開に固まってしまったようだし、助け船をだしてあげようかな………

 

「おとうさん、おかあさん……なるほど、彼はご子息ですか?ドクター・ハザマ」

 

そんなことを考えていたら白髪の男がこの子を見て、両親にそう問いかけた。

細身で威圧感のない姿をしているのに妙な雰囲気を纏っている。

落ち着いた声だが、安心感はない。

 

それに隣の男。

見た目は若いが、醸し出す品性はそれなりの時の経過を感じさせる。

その上、()()()()()()()()()

ふむ………

 

その問いかけに父親はにこりと笑った。

 

「ええ。恥ずかしながら私どもの愚息、達海と申します。ご迷惑をおかけして申し訳ない。お二人がいっらしゃる間は奥で大人しくしているよう言いつけておいたのですが……」

 

白髪の男もにこりと笑い返した。

 

「いえいえ。子供は元気あってこそです。迷惑などということはありません」

 

白髪の男の目は興味深そうにこの子をとらえていた。

一方で、隣の男はこの子の出で立ちにその目つきを鋭くしていた。

母親がこちらにやってくる。

 

「達海、私たちは大事なお仕事中なのよ。お部屋に戻って待っていなさい」

 

お部屋?

さてはて。

この子に部屋なんてものはないが………あ、実験室ならありますね!

 

もちろんわざとだ。

 

「………その……ボク………おとうさんとおかあさんに、あやまりたくて………」

 

達海は状況に困惑していたが、母親に相手にしてもらって安心したようだ。

とりあえず素通りされず声をかけてもらえた。

その事実に背を押され、ここ最近ずっと考えていた謝罪を述べようとした。

 

母親はにこりと笑って言う。

 

「あとで聞いた上げるから、今はお部屋に戻って、ね?」

 

まあ、来客中の親がそれを聞けるわけもなし。

割と重要な来客対応であるようだ。

この白髪の男、どうにも恐ろしい目をしている。

十中八九魔術師であろう。それもかなり高位の。

 

「かまいませんよ。どうぞ達海くんもご一緒に」

 

「いえ、そういうわけには………」

 

「この年ごろの子供は甘えたい盛りでしょう。私も娘がいるのでよくわかります」

 

そんなことを白髪の男は言った。

 

「しかし………」

 

「問題ありません。元々無理を言って伺ったのはこちらです」

 

父親は軽く頭を下げた。

 

「申し訳ありません」

 

そして達海を呼んだ。

 

「達海、こちらに来なさい」

 

こんな風に呼ばれるのも初めてだろう。

達海は目を輝かせて父親の座る椅子のもとへ向かった。

彼の座る椅子には幅があり、子供が一人ほど座れるぐらいには空きがあった。

 

「ここで静かに座っていなさい」

 

「うん」

 

言われるがまま達海はちょこんと座った。

 

「ちょっとっ」

 

母親は抗議の目を向けるが、父親は首を横に振った。

 

「これ以上教授のお時間を取らせる方が迷惑だ」

 

母親はため息を吐くと席に戻った。

そして対面に座る白髪の男に頭を下げた。

 

「申し訳ございません。アニムスフィア教授」

 

「いえ」

 

ん?

今なんて言った?

アニムスフィア?

 

「それでは話を続けましょう」

 

ボクの疑問など待つ余地もなく男は話を再開した。

 

「貴方たちには私の計画に参加してもらいたい」

 

「先ほども伺いましたが、その計画とは?」

 

父親は訝しげにアニムスフィアと呼ばれた男を見た。

 

「人理保障継続機関フィニス・カルデア」

 

カルデア?

バビロンの王朝のことか?

 

「カルデア………それはいったい?」

 

父親はその言葉に疑問符を浮かべた。

 

「人類は常に絶滅の危機に瀕している、というのが私の持論です」

 

彼は微笑を浮かべたまま、話を続ける。

 

「我々は常に脅威に直面している。悪、霊、神、人……脅威とは挙げればきりがないですが、永劫に直面し続けるであろう最大の脅威はこれです」

 

彼は右手の人差し指を自分の胸に向けた。

 

「これ……とは?」

 

「“未来”、ですよ」

 

未来?

 

「ただでさえ不安定なこの世界で、人類は未来が続いているのかさえ分からないままに前へ歩むことを余儀なくされる」

 

「………ええ」

 

「誰もが生まれてからずっと未来への不安を抱いて生きています。抽象的で、区切りなく、際限のない苦しみが人々を押しつぶす。我々は今を生きなければならないのに、輪郭の見えない未来によって視界を狭められている」

 

「………」

 

「人は今を生きることで過去という(わだち)を残す。しかし、正しく生きなかった今は振り返る過去ではなく人を呪い続ける傷となる」

 

おそらくすべての人間が経験しているであろう呪い。

過去に犯した過ちへの悔やみ。

あのとき、ああしておけば。

なぜ自分はあのとき人を傷つけたのか。

なぜ自分はあのとき人に傷つけられたのか。

過去の後悔は罪を犯した人間を永遠に蝕み続ける。

その罪を故意に犯したかどうかに関わらず。

 

「未来への不安に気を取られ今を視界から外せば外すほど、杜撰に生きた“今”は過去ではなく過ちとなって我々を蝕む。そしてその過ちが未来への不安をさらに肥大化させていく」

 

「………」

 

「保障のない未来は人を狂気の渦へ陥れるのです。可能性のある未来は希望ではない。先へ紡がれる糸の先は絶望に満ちている。無限の可能性、誰もが子供に向けるその言葉は希望を託しているのではなく、不安から目を背けた結果の言葉です」

 

無限の可能性。

人間は好き好んでこの言葉を使うが、輝かしい希望とは惨たらしい絶望の山の上にあるのだと自覚しているのだろうか。

そんな無責任な言葉でどれだけの子供が輝きを失ったのか。

想像に難くない。

出なければ世にはこれだけ嫉妬がはびこるまい。

 

「人々が健やかに生きるために、人は未来を保障させる必要がある。」

 

アニムスフィアは二人の顔を見据えた。

 

「そのための人理保障継続機関フィニス・カルデアです」

 

「その組織が人類の未来を確定すると?」

 

父親は疑問を口にした。

アニムスフィアは首を横に振った。

 

「いいえ。確定はしません。我々は人類史を保障するのです」

 

「………」

 

「歴史を刻むのは今を生きる人です。歴史をはっきりと決めることは我々の役目ではありません」

 

「では、人理の保障とは?」

 

「我々は、人々が不安からありもしない未来を見ることをやめさせる。保障の文字通り、未来が間違いなく大丈夫であると請け合うのです。彼らに今を生きるよう仕向ける」

 

「それは空手形ではないのですか?」

 

何の確約もなく、ただ大丈夫と言っているだけでは詐欺師であろう。

父親のいうことは的を射ている。

 

「もちろん証拠はございます。疑似地球環境モデル・カルデアス。12年前に作り上げた魔術礼装です」

 

「カルデアス?」

 

「機密事項ですので詳細をお教えすることは叶いませんが、簡単に言うならば惑星の魂を複写する小型の疑似天体です。理論上100年先の地球を観測することが可能です」

 

「なんと………」

 

両親が目を見開く。

 

「この礼装でこの先100年における人類史の未来を観測し、未来が確かにあることを口伝する。許容できない問題が起きた際にはその原因を問題の起点から過去に遡り測定、そして修正する」

 

遡り、修正?

 

「これが、私どもが呼称する人理の“保障”、その具体的な行動です」

 

………。

 

「一ついいですか?」

 

父親はおもむろに尋ねる。

 

「どうぞ」

 

「先ほど教授は問題を観測した際に修正するおっしゃられた」

 

「ええ」

 

「しかし問題の原因が今後100年先までの未来ではなく、現時点から見ても過去に当たる場合もあるはずです。その場合はどうするおつもりですか?」

 

原因がすぐさま問題に直結しない場合というのは多々存在する。

例えば、食料品の価格の高騰。

あれらの原因に中東における原油価格の高騰があったりする。

その場合、実際に掘り出された原油の価格が市場のバランスに伴って設定されて、精製され、油として普及し、食料品を運ぶ輸送業者が購入、輸送コストの上昇に伴って配達料を値上げ、商品が小売店舗に運ばれて、小売店舗が値上げした価格で販売、消費者が値上げを実感するまでにおおよそ10ヶ月ほどかかる。

 

公害における生物濃縮などもその一例だろう。

自然に放出された有害物質を地が吸収し、その地に生える植物が有害物質を含む水分と栄養分を吸収しながら成長、それをさらに虫が食べ、それを小動物が、それを大きな動物が、そして最後には人がそれを食べ、ここまでの過程で濃縮された有害物質が人体に悪影響を及ぼすまでに数年かかったりする。

 

人理に影響を与えるほど大きな問題なら数十年、数百年単位の積み重ねで起きることもありうる話だ。

その場合、いくら問題が起こることが予見できたところでその原因たる起点は過去にある。

過去にあれば対処のしようもない。

さて、どうする気なのやら。

 

「それはカルデアの根幹をなす話になります。我が家の秘伝にも関わってきますゆえ、所属するか分からない状態での説明は勘弁願いたい」

 

重要なとこ言えんのかい。

……当然といえば当然か。

知りたきゃ協力しろ。

分かりやすい言葉で大変よろしい。

 

「………分かりました」

 

父親はそう返答した。

 

「………教授が何をなされるおつもりかは理解いたしました。しかし正直なところ、その研究、いえ観測に我々の力が必要とは思えません。教授はなぜ我々に目をつけてくださるのですか?」

 

どうも今までの説明を聞いているとこの男の素性がつかめてきた。

まあ、家名は会話に出ていたのでまさかとは思ったが………

 

………この男、時計塔の12のロードの内の一人、天体科のアニムスフィア家の当主だろう。

そんな男がなぜ一介の成り上がり魔術師夫婦に頭を下げに来るのだろうか。

この男が一声かければこの夫婦より優秀な魔術師なんて掃いて捨てるほど集まるだろうに。

 

「貴方たちに私が協力を要請する理由は大きく分けて3つ」

 

「3つ…?」

 

「一つ。貴方たちは非常に興味深い研究をしていた」

 

「というと?」

 

「遡行魔術。あれは先ほど話題にしたカルデアの根幹に関わる件について非常に関連性が高い。その技術を我々の計画に提供していただきたい」

 

「私どもの秘伝を差し出せと?」

 

「もちろんただでとは言いません。その対価としてこちらもアニムスフィア家の秘伝を貴方たちに公開いたしましょう」

 

両親は目を剥いた。

当たり前だ。

1代の成り上がりの研究成果を得るために、代々紡がれてきた高名な家の秘伝を差し出すと言っている。

等価交換ではない。

少なくとも一般的に見たら。

 

「………本気ですか?」

 

「もちろん」

 

何を考えているんだか、このロードは。

 

「2つ。貴方たちはどの派閥にも属していない」

 

この子の両親は時計塔では嫌われ者だ。

若輩者が飛び出ると周囲の嫉妬を煽り、足を引きずられるのはどの組織にもよくあることだ。

時計塔もその例に漏れない。

それゆえ属していないというよりかはどの派閥にも属せない、というのが正しい表現だろう。

 

「先ほどお話した疑似地球環境モデル・カルデアス。実は組み上げが終わっているだけで完成はしていないのです」

 

「組み上げだけ?」

 

「というのも惑星の魂の複写だけありまして、膨大なエネルギーを食う」

 

「………具体的にはどの程度ですか?」

 

「一国家が保有する発電所を半年ほど独占する程度」

 

「いちこっ⁉」

 

二人が目を剥く。

 

………………………………いや、無理じゃね?

 

この反応は予想の範囲内だったのか、アニムスフィアは機先を制した。

 

「国家予算に匹敵するほどの資金が必要です。あまりにも現実的ではない。しかし無策というわけでもありません。それを用意するのに好都合な儀式が近々行われる」

 

儀式?

 

「極東に存在する願望器の召喚。その儀式に参加していただきたい」

 

「……………願望器…まさか、冬木の?」

 

父親は少し驚いたような顔をした。

知っているのか?

 

「やはりご存知でしたか。お二人とも日本出身と聞いていたので、その可能性はあると思ってはいましたが」

 

アニムスフィアは机の上の紅茶を手に取る。

 

「それならば話は早い。マスターとしてその儀式に参加、私のサポートを頼みたい」

 

両親は気まずそうに彼を見た。

 

「失礼ですが教授。あれがどのようなものかご存知ですか?」

 

母親が問う。

 

「あれは万能の願望器などではありません。戦争の過程で願いを成就できるだけの魔力が集まるだけで、大聖杯の力で孔を固定したとしても根源へ至るなど到底……」

 

アニムスフィアは手のひらを二人に向けた。

 

「皆まで言わずとも結構です。私はそれを理解しているし、第3魔法などどうでもいい。先ほど申し上げたでしょう?必要なのは資金だと」

 

「貴方は……」

 

「私が果たすべくは一族の冠位指定(グランドオーダー)。“この惑星の人類史の保障”」

 

魔術師らしからぬその言いように訝しさを拭えない。

こいつ……何を考えている?

 

「私としてはあなた達から“根源”という言葉が出てきたことが驚きですよ」

 

協会に聞かれれば追放もあり得る会話のはずだが、この男の口調が事の重要さをぼかしてしまっている。

これも認識阻害の魔術なのか。

それとも当主に必要とされる話術なのか。

 

どちらにせよ、藤丸夫婦は会話の主導権を少しづつこの男に握られているように思える。

 

「……私どもも魔術師ですからね。いくら若輩といえども根源へと至る道は常に模索しております。その一環で聖杯戦争のことを……」

 

「ご冗談を」

 

アニムスフィアはまた笑った。

しかし今回の笑いは微笑ではない。

どちらかといえば嘲笑だ。

 

「あなた方は根源などどうでもいいのでしょう?眼中にない」

 

「っ⁉」

 

両親の視線にはロードと会談しているとは思えぬ不純物が混じった。

殺気だ。

その殺気に呼応するように二人の回路は旺盛に動き出す。

 

それに気づかないわけでもないだろうにアニムスフィアはティーカップを傾け、ゆっくりと紅茶を飲んだ。

陶器が軽い音を立てて机上に置かれる。

 

「………目を見ればわかる。貴方たちは理を見ていない。真理に触れようとする者の目にはどこか諦観がある」

 

「………」

 

「大いなる普遍を前にして、自らがただの個にすぎない。その事実を受け入れた諦めが否応なく含まれるものだ」

 

彼は顎に指をあてる。

 

「だが、貴方たちにはそれがない。しかし…真理は必ず手に入ると驕っているわけでもない」

 

夫妻の目つきは変わらない。

 

「だから声をかけた。目をつけた」

 

彼の目にもまた、()()()()()()()()()

 

「これが3つ目の理由であり、私があなた達に協力を要請する最大の理由ですよ」

 

 

 

 

 

 

§

 

 

「儀式は2年後の予定ですが、準備にはそれ相応の時間が必要です。1週間以内には結論をいただきたい」

 

そう言って教授たちは帰っていった。

そう言えば隣にいたあの男、ボクたちが客間に入ってからは一切口を開かなかったが何をしに来たのだろうか?

 

「天体科のロード………侮れないな」

 

客間に座ったまま、父親は唸った。

 

「あの男が言ってたこと、本当だと思う?」

 

「あからさまな嘘は、言っていないと思う」

 

「でも、根源に興味がないって………仮にもロードよ?」

 

母の質問に父は首を振った。

 

「いいや、あの男は根源を求めていないとは言っていない」

 

「え?でも第3魔法なんてどうでもいいって………あ」

 

母は何かに気付いた。

父もそれに同意するように頷く。

 

「あの男は()3()()()()()、どうでもいいと言った。聖杯戦争は魂の物質化を目的として御三家に作られた儀式。あの男は聖杯戦争の当初の目的()()興味がない」

 

「………なるほど。儀式による手段に興味がないだけで、目的は根源へと至ることってわけ」

 

「おそらくね。彼はアニムスフィア家が培ってきたアプローチに拘っているのだろう」

 

「じゃあ、私たち騙されたってことかしら?」

 

「そうともいえない」

 

父は手を組んで唸る。

 

「あの男の目的は根源だが、その過程で彼の言っていた冠位指定を果たす必要がある。結果的に人類史の保障は行われるのだろう。だから“お前たちの悲願も叶う。つべこべ言わず協力しろ”と言ったのだろう」

 

「舐められてるわね」

 

「それが人々の幸福につながればいい」

 

「そうね」

 

「だが彼の冠位指定を成したところで、決して人々の幸福には繋がらないだろう」

 

「ええ。未来を保障し、今を生きる指針を示す。そこに愛は無いわ」

 

「あれは競争の激化を促す。その果てにあるのは格差だ」

 

「………じゃあ、あの話は断るの?」

 

「いいや。彼に協力する意味はある」

 

意味、ね。

 

「外部からの刺激。とくにアニムスフィアの秘伝は私たちに新たな着想をもたらしてくれる可能性が大いにある」

 

「名家の魔術ですからね」

 

「私たちの技術などいくらでもくれてやっていい。それが、人々が幸福を得る対価だというなら安いものだ」

 

ほお。

彼らは狂っているが、その善性に対してはどこまでも真摯だ。

 

「それにその秘伝に、もし意味がなくとも………」

 

二人は笑った。

 

「ちょうどよかったわね。まさか()()()()達海と逆のアプローチをしていたことが功を奏すなんて」

 

「ああ。塞翁が馬とはいわないが、聖杯戦争に負けることはまずないだろう」

 

負けることはまずない?

 

「聖杯が得られれば大量の魔力を使うことができる。幻想の召喚も可能となるかもしれない」

 

「手元のものを使うのではなくて、呼び出す………いいかもしれないわね、特に立花は親和性も高いし………」

 

「ああ。………僕たちにも新たな指針ができた。彼には協力するとしよう」

 

「ええ。聖杯は私たちに譲ってもらうとしましょうか」

 

 

「あ、あの!」

 

二人の会話が終わり、静寂が訪れかけていたところで達海は声を上げた。

両手を組み、緊張した面持ちで二人を見つめる。

 

………そういえばあの会談が終わったら、母親が達海の話を聞くと言っていたな。

 

「ごめんなさい!」

 

脈絡なく達海は両親に頭を下げた。

 

「ぼくのがんばりがたりなかったから………まりょくがすくなかったから、おとうさんとおかあさんのためになりませんでした。ごめんなさい!」

 

この客間に来て言おうとしていたことをこの子は大声で告げた。

 

「ぼく、もっとがんばるから!いっぱいまりょくつくるから!だから………」

 

涙目になっていたこの子の肩に母親は手を置いた。

達海を見つめる目は優しげだ。

 

お?これはもしや………

 

「大丈夫よ。達海。あなたが悪いわけじゃないのよ」

 

父もまたこちらを見て告げた。

 

「ああ。達海。大丈夫だ。お前は何も心配しなくていい」

 

おお?

 

「これからはお前のお姉ちゃんがみんなのために頑張ってくれる」

 

「立花が頑張るから、大丈夫。達海は何もしなくて大丈夫よ」

 

知ってた。

ですよね。

なぜボクは一瞬でもこの二人に期待してしまったのか。

 

ともすれば優しさとは無関心の表れであると聞くが、こういうことか。

関心のない相手には必要以上の労力をかけないもの。

それが結果的に優しさに見えると、そういうわけだ。

よりひどくなっている。

 

これは………この子にはあまりにも………

 

しかしボクの想像とは違い、この子の顔は悲痛ではなく驚愕に動かされていた。

 

「おねえちゃん………?」

 

母親は笑った。

 

「そうよ。お姉ちゃんがみんなを幸せにしてくれるからね。いい子で待っていなさい」

 

その言葉を置いて二人は背を向けた。

 

「え………まって……おと……おかあ………さん……」

 

そして部屋を出ていった。

 

訪れる沈黙。

何一つ動かない。

この子の焦燥感だけを除いて。

 

「どうしよう………どうしよう………」

 

ん?

突き放されて悲しいわけじゃないのか?

 

どうしたんだい?君。

 

「どうしよう………」

 

何に困っているんだ、君は?

 

「このままじゃ、おねえちゃんがいたいになっちゃう………!」

 

ああ。なるほど。

あの二人、姉にも何かするみたいな言い草だったな。

いや……あの感じだと既に何かしてるのか………?

この子と逆のアプローチ、なんて言っていた気がするが。

 

なんにせよ、このままだと立花も達海の実験のように恐怖や痛みを度外視した何かをやらされるのは想像に難くない。

それは確かに君が焦ることだな。

 

「どうすればいい?」

 

どうする、とはどういう意味だい?

 

「どうすればおねえちゃんをいたいにしなくていい?」

 

君の姉を両親の実験から遠ざけるにはどうすればってことかい?

う~ん。

正直、今の君じゃできることはない。

 

「え?」

 

腐ってもあの二人は時計塔の魔術師だよ?

確かに今の君の魔力量はそこらの魔術師を超えて余りあるけど、言ってしまえばそれだけだ。

刻印があるわけでもないし、魔術を覚えているわけでもない。

そんな君じゃ、両親は止められないよ。

魔力ってのはエネルギーであって、それを使うための術がなければ大して意味をなさない。

 

「そんな………」

 

二人の興味を君に移すって方法もありだけど、あの感じじゃ厳しそうだしなあ。

 

「でも、それじゃ、おねえちゃんが………」

 

 

「君は優しいんだな」

 

客間の扉から声が聞こえた。

達海がそちらを向く。

こいつは………

 

「その中身で人の心配ができるなんて、大変すばらしい」

 

そこには先ほど帰ったはずの一人、アニムスフィアに連れられていた濃緑色のスーツを着た男が立っていた。

達海が目を見開く。

 

「おっと、すまない。私はちょっと忘れ物をしてしまって、こちらに戻ってきたんだ」

 

「わすれもの………?」

 

「ああ。私と似たようなヒトをさっき見てね。声をかけておこうかと」

 

達海は警戒するかのように数歩下がった。

その行動をボクは心の中で称賛する。

こいつはヤバい。

あのアニムスフィアとかいう男も十分やばかったが、こいつはそういうレベルではない。

中身が人ではない。

 

「ああ。()()()()()自己紹介がまだだった」

 

男は緑色のハットを右手でとり、こちらに軽く一礼した。

 

「私の名前はレフ・ライノール。さきほどマリスビリー・アニムスフィアが言っていたカルデアで顧問を務めている。といっても一介の学生すぎないのだけどね」

 

 

 




魔術は常に相手を出し抜こうとする生き物。
謀るのはこっちだけじゃない。



ロリ所長!ロリ所長!
見たいかー!
ショタリロボーイミーツガール見たいか―!
私は見たい(見れるとは言ってない)。





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