「自分に嘘をつくな、ですか?」
僕の説明に彼女は首をかしげながら復唱した。
こちらに顔を合わせて傾げたせいで、パーカーのフードが左肩に垂れる。
「うん」
僕らは空き部屋の壁に寄りかかって、並んで床に座っていた。
簡易椅子はたたんで立てかけてある。
相談をするのに背を向け合って話すのは流石に気乗りしない。キリエライトさんを地べたに座らせるのもどうかと思ったので、ハンカチを渡してお尻の下にひいてもらった。
もともと人の出入りがほとんどない部屋なので気にしすぎといわれたらそれまでだが。
僕は背を丸めていて疲れてきたので組んでいた膝を休めて、胡坐に直した。
「僕がなんのために戦っているかを考えろって言われても、よくわかんなくてさ」
ここにきて何回目かもわからないため息を吐く。
理由も何も、半ば強制的に連れてこられて戦う理由なんてあるわけがない。
しいて言えば後ろ盾を得て、死なないようにするため。だけどこんな言葉を引き出すために僕の心をかき乱してまでドクターが諫言をくれたとは思いたくない。
彼はカルデアの中では比較的僕を慮ってくれてきた人間であるので、ただ不満を発散するために説教する人間ではないことぐらいはわかっている。
だからこそキリエライトさんに頼んでまで考えているというのもある。
「僕はなすがまま、姉さんの手にひかれてここに来ただけだからさ」
「そうだったんですか?」
彼女は少し驚いたようだった。
そう言えば僕らがどうしてカルデアに来たかって話したことなかったっけ。
まあ、たいして面白くもない話だから話そうとも思わないけれど。
自分じゃ手に負えなくて逃げ出してきただけだ。
「うん。だから恥ずかしい話、このカルデアで唯一僕だけが、志も持たずに流されている人間ってことに…」
ほとんど言い終えてから慌てて口を閉じた。
失言だった。
少なくとも彼女の前で言うべき言葉ではなかった。
カルデアに戦力を常駐させるために人間にサーヴァントを宿す計画。
彼女はその中で作られたデザイナーズベイビーだ。
記憶を何度も消され、調整され、隔離施設でほとんどの人生を過ごしてきたのだ。
彼女の夢にその時の恐怖が表れるほどに。
さっきの僕の言葉は、人生の多くをカルデアに捧げさせられてきた彼女を前に言う言葉ではない。
「ごめん。無神経だった」
僕は彼女に頭を下げた。
「い、いえ。私は気にしてませんので」
こういうところが人をいら立たせてしまう原因ではないのだろうか。
本当にどうしようもない。
どうしようもない奴だな、僕は。
「フォウ!」
僕が頭を下げながら後悔にまみれていると、僕の膝で寝ていたフォウくんが鳴いた。
いや、鳴いたというよりかは吼えたというぐらいのやや低めの声を出すと、僕の膝を飛び降りた。
「フォウさん?」
キリエライトさんの声に耳も傾けず、フォウくんは開きっぱなしの扉から部屋を走り出ていった。
急に飛び出るなんて珍しい。
僕の膝で寝ているときは僕が下すまで、いつもずっと寝ているのに。
あっけにとられて僕はキリエライトさんを見た。
そしたら彼女も同じように僕を見ていた。
同じことを思っていたらしい。僕と彼女は目を見合わせてから少し笑った。
フォウくんのおかげで重い空気は取り払われていた。
そしたらキリエライトさんがある提案をしてきた。
「これまでの旅を思い返して考えてみるというのはどうでしょう」
「これまでの?」
「はい。考えても分からないのであれば、実際に私たちが歩いてきた旅路を思い返せば何かヒントが得られるのではないでしょうか」
「なるほど」
作れないならあるとこから探す。確かに道理だ。
「例えば、印象に残ったり、強い感情のブレがあったことなどはありますか?」
印象に残ったこと…
顎に手を当て、少し考える。
アンケートで聞かれる質問みたいだなと思ったことは秘密だ。
初めから考えてみよう。
僕らが最初に行った冬木市。そこであったことというと…
「冬木大橋の下で姉さんが所長を泣かせてたこと、かな」
まだ何もわからずに右往左往してた時だった。急にレイシフトに巻き込まれて状況が理解できなかった。
理解できた後はレイシフト適性が高くないせいか、あまり魔力が回らなくて足手まといになった。
あんまりに僕が何もできないことを所長が怒って僕を怒鳴りつけた。
所長の言葉は正論だったから何も言い返さなかったんだけど、そのあとも罵倒が何回か続いてとうとう僕の悪口になった時、姉さんが言ったんだ。「所長だって何もできてないじゃないですか」って。
現場で陣頭指揮を執ってくれてたから何もしていないってことはないんだろうけど、所長もマスターとして動けなかったことには悔しさみたいなものを持っていたのかもしれない。何も言い返せずにだまっちゃったんだな。
それをいいことに姉さんがサポートをやってくれているのはドクターだとか、戦闘をしてくれているのはマシュとキャスターだとか、それとも私の代わりに所長がマスターやってくれますか、とか追い詰めるものだから、所長もついには泣いちゃって。
姉さんが人を泣かせるぐらいに口論をするってあまり見たことがなかったので印象的だった。
僕の発言にキリエライトさんは苦笑した。
「あの時はびっくりしました。直前まで緊張感はあっても常に朗らかだった立花さんが急に怒り出したので」
あのときは所長を泣き止ませるのが大変だった。ドクターと一緒に慰めの言葉をかけて、挙句の果てには所長のいいところを挙げ合ったりして。
ほんの数分前まで自分の罵倒をしていた上司の美点を挙げ合うって、今考えてもよく分からない状況だな。
「他にはなにかありますか?」
他に…順番で言うとフランスのときか。
あの時は結構な強行軍で大変だったが、その中で印象に残ったことというと…
「戦場のど真ん中でアントワネットさんと姉さんがお茶会を始めたこと…とか」
町を占拠した敵サーヴァントたちを這う這うの体で撃退したとき、あのお嬢様が「お茶会をしましょ」って言いだしたときは何事かと驚いた。
みんながあっけにとられる中、姉さんが笑顔で「いいですね~」って言いながらお茶の準備を手伝いだした時にはあきれたけど。
そのあともジャンヌダルクさんがあの二人を諫めようとしたら逆に諫められたり、かの有名なモーツァルトが演奏しだしたり、竜の娘が音痴な歌で演奏をぶち壊したり、あんなに大人数が喧々囂々としていたのに煩わしく思わなかったのは初めてだったので不思議だった。
「あとは、ローマで皇帝と竜の娘と姉さんが3人でコーラスしたらあまりにも下手であの国の人たちが気絶したこと…これは感情を強く揺さぶられたっていうのかな?」
何かちょっと違う気がする。
「船の上で酒宴を始めたと思ったら姉さんがサーヴァントたちと相撲を始めたこと…」
あの船長までならよかったのにアステリオスと始めたときにはさすがにひやひやした。あの子が優しい性格で助かった。
でもこれは姉さんが、ひいてはカルデア主戦力がくだらないことで怪我をしないかって注意してたから気疲れしただけかもしれない。
「ロンドンで姉さんにビートルズのジャケットの真似写真を撮らされたこと?でもあれはイラっとしただけのような…」
モードレットさんもノリノリで、正直ジキルさんがいて助かった。
「アメリカでキャンプ中の夜中にあの三人がまたコーラスをしだしたこと?これは寝れなくてイライラしただけだしなあ」
なんか振り返ってみるとろくな思い出がない気がする。
あれだけ戦って、修羅場を潜り抜けてきたつもりだったんだけど。
やっぱり前に出て戦っているのが僕ではないからなのだろうか。
自分で考えて、勝手に意気消沈していると隣でキリエライトさんがクスリと笑った。
「先輩は立花さんが大好きなのですね」
「大好き?なんでさ?」
今振り返ってみたこと全部、僕や周りの人間が姉さんに振り回されたことだけだった気がするんだけど。
この状況を思い出して好きというのは何か明後日の方向に思考が飛んでいる。
僕の訝しげな視線を見てまたクスリと笑うと僕の顔を指さしてこう言った。
「好きな人の話じゃなければ人はそんなに笑顔で話せないと思います」
笑顔…
僕は右手を自分の口元まで持ってきて頬を触った。
僕の頬の筋肉は少しえくぼを作っていて、口角が上がっているのが感じられた。
どうやら本当に笑っているらしい。
全く気付かなかった。
僕の唖然とした顔が露骨だったからか、彼女は微笑んだままだったがそのあと急に笑みを崩して驚いた表情をした。
「もしかしたらドクターが言おうとしていたことはこれだったのではないでしょうか?」
「これって?」
「先輩は立花さんが好きということです」
彼女はそのあと「あ、もちろん親愛の意味でです」と付け加えた。
僕が姉さんを好きということには異論を挟みたいところだけど、相談に付き合ってくれている彼女の意見を頭ごなしに否定するような失礼な人間にはなりたくなかったので、口から出そうな言葉を飲み込んで続きを促した。
「というと?」
彼女は言いづらそうだったが軽い上目遣いで僕を見てこう言った。
「今から私が話すことは少し先輩のお気に障るかもしれません…。でもあくまで私個人の意見なので理にかなっていないとお考えになったら私に言っていただければすぐに」
「いや、僕から頼んでるのにそんな失礼なことしないよ。むしろ思ったことを素直に言ってくれた方が僕としてはありがたい」
また気を使わせてしまった。
抑え込んだ言葉が態度に出てしまっていただろうか?
姉さんのことだとすぐにこうなるな、僕は。直さないと。
大人気なさを自省して続きを促した。
彼女は少し申し訳なさそうにしていたが、僕の顔を見て口を開いた。
「ドクターが言いたかったことは、先輩は立花さんが好きで、立花さんの為に戦っているのに、周りの環境や心の中の葛藤からその事実を受け入れられずにいる、ということではないでしょうか」
「僕が姉さんの為に戦っている?」
「はい。先ほどのお話を聞く限りでは先輩はいつも立花さんの身を案じていたり、立花さんのやりたいことにできるだけ協力しようとしているように感じました。」
彼女は真っすぐに僕の目を見て言う。
「そしてそれは立花さんを無意識にでも心配して、ではないでしょうか?」
心配?姉さんは職員ともうまくやっているし、英霊とも良好な協力関係を築けている。一部に至っては姉さんのファンになるぐらいだ。
そんな姉さんのどこを心配するというのか。
「姉さんに心配が必要かな?」
「確かに立花さんはとても優秀な方です。指示は的確で、人との距離感をつかむことがとても上手な方です。でも無意識的に気を張っているのではないでしょうか。先輩と話す時の立花さんはもっとのびのびしているように感じます」
「いつも僕の文句を言ってばかりだよ、姉さんは。リラックスとは正反対の位置にいる」
あそこまで怒鳴り散らしてくるのにのびのびも何もないだろう。
そう思うのだがキリエライトさんにはどうやら違って見えるらしい。
「ご存知かもしれませんが、立花さんは人に自分の意見を言うときはもっと相手を慮ったり、より意見を受け入れやすいようにとても気を使って言います。私やドクターの前であってもそれは変わりません。あそこまで正面衝突するのは先輩の前でだけでした。それは立花さんが先輩の前だけでは気を張っていないからではないでしょうか?」
「あんなに怒鳴っているのに?」
僕のつぶやきにキリエライトさんはお判りでしょうと言いたげな笑みを浮かべた。
「それは先輩を心から案じておられるからですよ」
「どうだか」
僕の反応を見てキリエライトさんはまた笑う。
「そして立花さんが色々なプレッシャーを受けながらも笑って立っていることが分かるからこそ、先輩もできるだけ立花さんのストレスを減らそうと気を配って先程おっしゃっていた行動をとられているのだと私は思います」
僕の行動を無理矢理よく解釈しようとすればそういった見方ができなくはないかもしれない。
でも、と彼女は言う。
「先輩のお力はレイシフトでは十全に出すことが難しいですし、カルデア内ではそのことを、その、あまりよくないように感じておられる方が一部いらっしゃるのでそう言ったことから先輩はストレスを抱えていらっしゃると思います」
彼女はオブラートに包んでくれたが一部というより、ほぼ全員だろう。
僕を見て明るい声で話しかけてくる職員なんてまずいない。
でも彼らだって世界を救おうと必死で働いているのだ。
なんとかしようと自分にできうるすべてのことをしているのだ。
それなのに人理修復のための要をこんな才能もやる気もない人間が担うのだから不満の一つも言いたくなるだろう。
みんなで頑張っているときに一人がミスを続けたら、どんな聖人だってそいつが疎ましくなる。
善かれ悪しかれ、出る杭を打つのは人間の性だ。彼らが悪いというわけでもない。
「そういった環境でお姉さんの方が、立花さんの方が優秀だと比較して表立って言われればどうしても立花さんのほうに、あまりよくない感情が向いてしまっているのかもしれません」
「…」
「そうして知らず知らずのうちに、立花さんが自分にストレスを与える原因そのものと無意識的に考えてしまい、立花さんを嫌ってしまう。もちろんこれは極論ですし、先輩がそんなことを意識的に思うなんてことはないと思います」
キリエライトさんは少し心配そうに僕の顔色を見ながらも続ける。
「そういった結果、先輩は立花さんが好きという感情を嫌いという感情で塗り固めている、ドクターはそう言いたかったのではないかと…」
…それで自分自身に嘘をつく、か。
彼女が言ったことはあまりに突飛で僕には考え付かないものだったが、それと同時にとても明瞭で、簡潔であった。
要は自分じゃ何もできないのに、それで言われた悪口を姉さんに責任転嫁することで憂さを晴らしてたってことだ。
もしこれが僕の心だとしたらはてしなく幼稚で、あまりにも恥ずべきものだ。
でもしょうがないじゃないか。
僕だってできる事ならレイシフト適性が高く生まれてきたかったさ。
ちゃんと英霊を呼び出して、姉さんと肩を並べて戦いたかっさ。
カルデアのみんなの期待にこたえたかったさ。
ああなると分かっていたらあんな研究なんてしなかったさ。
気持ちが溢れそうになる。
格好悪いからこれだけは言うまいと心にとどめておいたことが口から飛び出そうになる。
このカルデアで唯一、僕に背を預けてくれている彼女の前でこんなことは言いたくない。
沈黙してしまった僕を見て、キリエライトさんはすこし慌てた。
「で、でも、だとしても、そうなってしまうのは周りの環境が良くなかったせいですし、先輩が悪いわけではないですし、それにそもそも私の考えが的外れな可能性のほうが高いですし…」
彼女は僕がこんなになってもそれでもフォローしてくれる。
そんな彼女に比べて今の僕はと思うと、恥ずかしくて、情けなくて、矮小で。
どうしようもなくて涙が出てきた。
「…っ」
「先輩?」
出すな!泣くな!
これだけは言わないって決めただろ。
みんなが頑張っているのだから、志は持てなくたって僕も最低限の意地だけは持とうって決めたじゃないか。
「…っ」
涙が目からこぼれそうになる。
出てくるな、引っ込んでろよ。
お前の出番はないって言ってるだろ。
「…っ」
頼むよ。出てこないでくれよ。
何を言われたって、白い目で見られたって、この意地だけは通すって、そう決めたから今まで生きてこれたんじゃないか。
僕がもってるこんなちっぽけな意地くらい守らせてくれよ。
頼むから。
「先輩」
顔を下に向けてこらえていたら、体が包まれた。
彼女が僕の背に手を回したらしかった。
「大丈夫ですよ。私は先輩のサーヴァントですから」
限界だった。その言葉で何かが壊れたような気がした。
勝手に口が動き出す。
「僕だって、僕だって、みんなの期待にこたえたかったさ」
「はい」
目から涙がぽとぽと落ちる。
彼女に背をさすってもらっていた。あやされていた。
格好悪い。だというのに涙が止まらない。
「僕だって、姉さんのようにちゃんと戦いたかったさ。ちゃんと英霊を呼び出して、みんなといい関係築いて、笑いあって、そうしたかったさ!」
「はい」
「だれがこんな役に立たないお荷物になりたいなんて思うんだよ!なりたくてこんなのになったわけじゃないのに…」
「はい、わかっています」
「みんなして僕を馬鹿にして、白い目を向けて、僕だって望んでこうなったわけじゃない!」
「はい」
「頑張ったさ!シミュレーションだって夜中に何度もやった!何度も!何度も!降霊魔術の勉強だってしたさ!テキストが擦り切れるまで何度も読んだ!術式の組み立てだって何度もやった!それでも適性は変わらなかった!誰も呼び出せなかった!どうしようもなかったんだよ!」
「はい、先輩はとても頑張りました」
「これ以上僕に何をやれっていうのさ!もう、どうしろっていうのさ…」
「大丈夫です」
どうしようもなく言葉が溢れて止まらなかった。涙があふれて止まらなかった。
とても格好悪くて、絶対に言いたくないと、これだけは言うまいと思っていたことだったのに。
嗚咽が喉から出続ける。
「大丈夫ですよ、先輩」
嗚咽で震える僕の体を抱きしめながら、彼女は何度も僕に言葉を投げかけてくれた。
「先輩が頑張ってきたことは私が誰よりも知っています」
何度も背をさすってくれた。
「だから大丈夫です」
こんなに泣き崩れているのに僕はこの地に来てなんだか一番安心している気がした。
マシュは一歩間違えればダメ人間製造機。
誰であれ、話を聞いてくれる人がいるだけで救われることもあるのではないかと思います。