「ほら、この席に座って!」
先走った技巧部の職員たちに連れられて座ったのは、達海とランスロットが座った席から遠く離れた席だった。
「話を聞きに行くんじゃなかったんですか?」
野次馬根性で。
「そうなんだけど、近くに行くと気づかれちゃうでしょ?ランスロットなんてそういうところ目敏いし」
「あ〜」
確かに、彼は平時でも周りをよく見ていそうだ。
「でもなんでこんな隅の席に?」
気づかれないようにするのはいいとして、ここじゃあ離れすぎて声を聞くどころではないのでは?
そんな私の疑問をよそに、技巧部のみんなはニヤニヤしながら机に集まり、机の上のある物体に視線を注いでいた。
黒い色のU字の何か。
光沢があり、それなりの硬度がありそうだ。
「何ですか?、これ」
この物体がなんであるか、見ているだけではてんでわからない。
隣のマシュも不思議そうに見ている。
「でも、何か.......そう、動物の顎?の骨に似ているような....」
マシュの発言をきき、目の前にいたミスター・ムニエルは目を光らせた。
「その通りだ!これは人の顎を模して作ったからね!」
言われてみれば確かにそう見えなくもない。
でもなぜ顎?
というか、そもそもこれは何?
私の疑問はムニエルがすぐに解いてくれた。
「これは魔術と科学、両方の最新技術を惜しみなく注いで作った盗聴器だ!この顎はターゲットの口の動きを正確に再現し、声の高さ、大きさ、果てはイントネーションまでも真似して発声できる。さらにおおよそ半径50mまでならどんな会話も聞き取ることが可能だ!」
などと宣いながら輝いた顔で両手を広げるムニエル氏。
すごいだろ?
いやさ、そりゃすごいけどさ。
毎日マシュの声を真似して欲しいけどさ。
......盗聴器って言ったよね。
あかんくない?
犯罪臭がすごいんだけれど。
「ムニエルさん...」
ほら隣のマシュも形容しがたい顔になってるじゃん。
「まあまあ」
苦笑いで私達を宥める技巧部の皆さん。
ここはみんなでドン引きするシーンじゃないんですか。
「そんな顔しないでって。悪用目的で作ったわけじゃないんだから」
「そうなんですか?」
嘘をつくな。
私だったら絶対に悪用する。
技巧部は訝しげな私の視線にたじろぐことなく、スラスラとこの盗聴器を説明する。
「マスターの仕事は戦うだけじゃないからね。レイシフト先で情報収集が必要になった時に、こういう道具があれば立花ちゃん達が楽できるでしょ?」
言われて私は、今までの旅を振り返る。
.....確かに。
戦闘になるのはレイシフトしても状況が見えてくるまでは控えるし、特異点で一番やったことは今までも情報収集だった。
もちろん戦闘も重要だけれど。
「....なるほど」
...そっか。
やっぱりみんな私達の事を考えてくれてるんだ。
みんなが私達を気遣ってやってくれた事なのに、邪推をした事がなんだか恥ずかしくなってきた。
「...ごめんなさい。みんなが私達の事を考えて作ってくれたのに、失礼な事言って」
そう言って私は頭を下げた。
「いやいや、頭下げなくっていいって。なあ?」
ムニエルさんは照れ臭そうに頭をかいた。
「そうだぞ。こいつはこんな綺麗な事言いながら、この前廊下で話してたアストルフォとデオンの会話盗み聞いてたからな」
話を振ったら、あらぬ方向から背中を刺されてムニエル氏は慌てた。
「おい!ここはいい話で流すところだったろ⁉︎」
彼の弁明虚しく、みんなの目は彼に向けられた。
「ムニエルさん....」
「ムニエルさん....」
「ムニエル....」
「あんた最低ね..」
「変態」
みんなの声は一つになった。
やっぱりか。
「そうじゃないって!話ずれてるって!」
額に汗を浮かべながら、彼は慌てて机の上の盗聴器を指差す。
「ほら!達海とランスロットの話が聞きたいからここに来たんだろ⁉︎」
みんなの白い目は変わらない。
「だいたいあいつらの話聞くのも立派な盗聴だろ!俺とやってること変わんないからな⁉︎」
それはそうだけど、あんたに言われたくはない。
「ほら、やるぞ!」
彼はU字の頂点の部分を指で叩いた。
すると黒い骨の顎はひとりでに浮き始め、喋り出した。
『......同じく極東の国である日本出身なのですよね?』
『え、ええ』
うおっ、きもっ。
顎が喋ってる。
というか、出身?なんの話?
周りを見ると皆、一様に顔を傾げている。
『日本では男性が満18歳、女性が満16歳からでないと法律上、結婚ができないと聞きました』
『は、はい。そのはずです』
結婚?
なぜ、今そんな話を................あっ。
「マシュ!」
急に話しかけた私に少し驚くマシュ。
びっくりさせてしまってごめんなんだけど、今はそれどころじゃなくて...
「ど、どうしましたか?」
「耳ふさい....」
『ということはつまり……マシュとは結婚を前提としたお付き合いをしたいということですか⁉』
遅かった.....
『え?』
『とぼけなくてもよろしい。朝からカルデア中で噂に上がっていることなのです』
あ、マシュの顔が.....
「ま、マシュ?ちょっと落ち着いて....」
「.........」
目の端を釣り上がっていく........
「ほ、ほら、あれだよ。ランスロットも心配っていうか、ね?あれだよね?ムニエル」
「そ、そうだよな。やっぱり、ほら、一人娘だとな?なにかと心配.....」
マシュは幽鬼のような人相で言葉を発した。
「娘........穀潰しの娘.......」
いかん!
心に分厚い盾が!
シールダーさん!心を閉じないでっ!
「何やってんですか⁉︎ムニエルさん!他に言うことあるでしょ⁉︎」
「バカ!そもそも俺に話を振るんじゃねえ!」
「困った時のムニエルでしょ⁉︎」
「俺は風邪薬か⁉︎」
オチ担当はあなたでしょう。
『.....と物事には順序というものがあるのです!すなわち今回の場合、マシュに愛をささやく前に!父である私にも一言伝えると.....』
ランスロットというか、顎が喋り終える前にマシュが席を勢いよく立った。
目の中に、光がない.....だと......
「ツブス.....」
あ、これやばいやつだ。
私は立ってマシュの肩を引いた。
って強よ!?
体重かけてるのにひきずられるんだけど⁉︎
「マシュ落ち着いて!ほら!みんなも抑えて!」
「お、おう!」
3人がかりでマシュを止めようとする。
うおお。止まらなねえ。
「マシュ!冷静に!」
「行ったら俺らが聞いてたこともバレるって!」
「というか行って何する気⁉︎」
「ゴクツブシ.....ハ....ダマットレ....」
「あんた本当は冷静でしょ‼︎」
「あ、ちょっと!ムニエル何やってんの!盗聴器止まっちゃったんだけど!今いいところなのに!」
「そりゃ魔道具だからな!魔力を注ぐのと対象の距離にうまく周波数合わせないとそりゃ止まるよ.....てか、お前らも手を貸せって!」
止まって!マシュ!
あ、礼装はまずいって。ちょっと落ち着いて!
§
まさか、たったの5分で10合ほどはあったであろう赤飯を、一人で全て平らげてしまうと誰が思うだろうか。
いや、思わない(反語)
ペンドラゴンさんってすごいなあ。
彼女は口の中のお米を飲み込むとしゃもじを置いた。
「なかなか美味であった」
「それは良かったですね」
「私はジャンクを好むがたまにはこう言うのも悪くない」
そういえば彼女の霊基は反転しているんだったか。
霊基の変化って食事にまで影響を及ぼすのか。
「祝いのために用意されたものには何であれ、それ相応の幸が含まれる。この体は鈍感だが相反するものを取り込むにはには都合がいい」
「はあ」
幸、幸せ、祝詞。
祝福の思いというのは方向性が違うだけで、呪いの類とあまり違いがないように思えてしまう。
こういうのは魔術を学んだ弊害なのだろうか。
客観的とも言えるが、物事を悲壮的に捉えるには僕はまだ若い気がする。
それはそれとして...
「あの、ついてますよ、食べ残し」
そう言って僕は彼女にハンカチを差し出した。
こんなにキリッとした顔なのに口に食べカスが付いているだけで子供っぽく見える。
彼女は僕のハンカチを無言で睨みつけた後、鼻を鳴らして腕を組んだ。
「貴様が拭え」
「........」
なんでさ。
「上の者の失態は黙って拭うのが臣下の務めだ」
僕はあなたの臣下ではない。
というか顔に食べカスつけたままで、なぜここまで不遜な態度ができるのか。
王ってすごいな。
僕は言われた通り黙ってハンカチで彼女の口もとを拭いた。
「それでいい。」
彼女はそう言って立ち上がった。
そして赤飯の入っていた米櫃と空になったお椀ののったトレーを担いだ。
「ではな」
そのまま厨房の方へ歩いて行った。
....あれ?いつのまに僕の分の食事まで食べたんだ?
気づかなかった。
というか僕の朝食は?
今日は朝飯抜きでシュミレーションですか。
嘘だ!僕はペンドラゴンさんが怖くなったんで嘘をついているんだ!
嘘だといってよバーニィ。
僕のポケットの中に戦争は起こってないよ。
「はあ」
これからの空腹にため息をついて机に頭を落とした。
頭がカサッと音を立てて何かに当たった。
「ん?」
これはさっきペンドラゴンさんが僕に投げたハンバーガーの包み紙か。
ため息を再度吐く。
食器を持って行ってくれるなら、ゴミもちゃんと片付けてくださいよ....
クシャクシャに握られた紙を見てるとふと思う。
ハンバーガーの包み紙を捨てる時って性格出る気がする。
僕は神経質だから、捨てるものでも綺麗に畳んでおかないと気が済まないたちなんだよね。
他人が口をつけたゴミを開くのも抵抗があるが、それ以上に不規則に纏められた紙が気に入らない。
神経質だが潔癖症ではない僕の性質に、僕自身が首を傾げながら紙を畳もうと開いた。
「ん?これは.....」
§
「魔術刻印?」
何とかマシュの暴走を抑えきった私たちは、ヘトヘトの思いで盗聴器を再起動した。
その時に聞こえてきたのは、あまり聞き覚えにない単語だった。
達海の体に魔術刻印があるとかないとか、アルトリアが言ってた。
そもそも魔術刻印ってなに?
「ねえ、マシュ。魔術刻印ってなに?」
よく分からなかったのでやっと落ち着いたマシュに聞いてみた。
マシュは何故だか困惑していたが、説明してくれた。
「魔術刻印というのは簡単に言ってしまうと、魔術師の家系で代々伝えられてきた独自の魔術体系の事です」
「魔術体系?システマチックって意味合いの?」
「そうです。論文や理論と言ったイメージに近いかもしれません」
マシュは眼鏡をクイっとあげる。
あ、なんか先生っぽい。
「ほとんどの魔術師は根源へと至るために研究をしているっていうのは立花さんもご存知ですよね?」
「うん。何度か聞いたよ。その根源っていうのがよく分からないけど」
その謳い文句はカルデアの職員からもよく聞くんだけどイマイチしっくりこない。
マシュはそこから説明しましょうか、と言って服をただした。
「根源というのは魔術師の方々が使う専門用語みたいなものですね。彼らは世界のあらゆる事象の出発点になったものをそう呼びます」
「出発点?」
「立花さんに馴染み深い科学的な言葉で表すと.....宇宙誕生のビックバン、というのが近いでしょうか」
「あ〜。なるほど」
確かに始まりだ。
「でも何でそんなことが知りたいの?」
「根源というのは全ての始まりであり、事象全ての原因とも言えます。それは誤解を恐れず言えば、世界全ての真理を究極的かつ完全に補完する知識です。原因を解明すれば、結果は自ずと知れますからね。学者としてはこれ以上に知りたいと思うことはないでしょう」
「.....つまり、ちまちま研究するのは面倒だから大元を知っちゃおうってこと?」
私のふんわりした回答にマシュは微笑する。
「その理解でも大丈夫だと思います。言わば、彼らは帰納的ではなく演繹的に論理を推し進めたいわけですね」
なんか高校でやった気がする。
数学的帰納法とか、デカルトの演繹法、ベーコンの経験論?だっけ。
授業聞いてなかったからあんまり覚えてない...
理解できてないのが伝わったのか、マシュは噛み砕いて説明してくれた。
「例えば重力という存在を知っていたら、リンゴを空中で手放した時、落ちるというのは分かりますよね?」
「うん」
「これが普遍的事実、言い換えるとあらゆる物事に通用する法則から個々の事実導き出すというもので、これが演繹法です」
ふむふむ。
「逆に、リンゴやミカン、桃などは全て空中で離したら地面に落ちますよね。このことから重力という存在があるのではないかと推測をするのが帰納法です」
「一つ一つの事実から法則を見つけ出すってこと?」
「その通りです」
なるほど。
「そして二つの違いの一つには演繹法が必然性を持つのに対し、帰納法は蓋然性を持つという事です」
「蓋然性?」
またよくわからない言葉が出てきた。
「蓋然というのは、あるいはそうであろうと思われるさまのことを言います」
「そうであろうと思われるさま?」
「はい」
マシュは頷く。
「演繹法は前提が普遍的な事実ですから、その法則が個別の出来事に通用するのは明らかです」
「どうゆう事?」
「全ての物を地面に引っ張る重力というものがあれば、空中で離されたものは確実に地面に落ちるという事です」
「当たり前じゃん?」
空中で離しても宙に浮いているリンゴがあったら怖い。
「はい。当たり前です。そしてその当たり前こそが必然性と言えます」
それが起きるのは確実ってことか。
必然的に、とかよく言うもんね。
「しかし帰納法にはその必然性が存在しません」
「なんで?物がみんな落ちれば、重力はあるって事でしょ?」
「まさしくその通りですが、それは全てのもので成り立つ必要があります」
「全てのもので?」
「リンゴやみかんだけでなく、ペンやボール、トウキョーのビルやアマゾンの動物、果ては宇宙の端の小惑星など。この世界に存在するあらゆるものを空中に離し、地面に落ちることを確認しなくてはなりません。全ての物が落ちることを証明して、重力は初めて普遍的法則と言えます」
「そんなことは....」
「はい、仰る通り不可能です。ですから帰納法は蓋然性、つまりそうであろうと思われる、という所までしか持ち合わせません」
「でもそんなこと言ったら重力だって、物が落ちてるところを見て、人間が勝手にあるって決めただけじゃない?」
私の疑問にマシュは頷く。
「その通りです。自然界の法則というものは今知られていることを含め、全ての物が帰納的に推測されたものにすぎません。極端にいうと重力なんて物は本当は無くて、人間の立てた物理の理論を神様があたかもそういう法則で動いているように見せているだけ、という可能性すらあります」
「研究したって本当かどうか分からないなら、研究する意味なんてないんじゃない?」
「だからこそ魔術師は根源へ至ろうとするのではないでしょうか。普遍的法則というものが分かれば全ての事象は確定的な事実と読み取れます」
「それはそうだけど。どうやってそんなことを知るの?」
それができないから、皆周りの小さな事柄から考えているんじゃない?
「そこで用いられるのが魔術です」
ここで魔術になるんだ。
「根源は未だに人が到達していない領域です。これは逆説的に言うとまだ明るみになっていない事柄を伝っていけば、いずれ根源に至るとも言えます」
そう言えなくもないけど、随分強引な解釈だ。
「従って根源へ至ろうとする魔術師たちは、各々がまだ明るみに出ていない真理、即ち神秘を研究します。これらが結果的に魔術と呼ばれています」
「へ〜」
魔術ってそんな曖昧な理由で研究されてるんだ。
ん?
「魔術ってみんなから聞くところによると、世間から隠されてるってイメージなんだけど」
「そうですね。魔術は一般の人々から秘匿するのが魔術界隈で暗黙の了解です」
「でもその根源?への道筋とか方針とか大分曖昧なわけじゃない?」
「公表されている情報に関しては、その通りです」
「そうだったら大学とか学会みたいにみんなで情報交換をして、大人数で体系立てて行った方が効率いいんじゃないの?」
魔術師って効率重視なんじゃないの?
私の質問にマシュは苦笑した。
「科学的見地からすればそうなのですが、魔術的な見解は違うんです」
「?」
「彼らにとって研究の公開とは、神秘からの下落を意味します。人々に知られてしまえばもはやその研究は神秘では無くただの情報で、その行動は根源から離れていくことだ、と」
「ええぇ。なにそれ....」
なんか逆説的過ぎないだろうか。
私の表情はおそらく今苦い。
「これは確かに手段の目的化と言えるでしょう。根源に至るために神秘を知るはずが、神秘として維持しなければ根源から遠ざかってしまう。ある種のパラドックスですね」
「秘密にする必要なくない?神秘じゃなくなるって勝手に思い込んでるだけでしょ?」
それがそうとも言えませんとマシュ先生は言う。
「魔術では信仰や人の意識というものが強く関わってきますので、一概にはそう言い切れません」
また数えられないものが出てきた。
人に意見を求めることもできない。明確な数値として比較できるものも少ない。
そんな学問がなぜここまで発達したのか。
少なくとも私は今まで、目標を立てたら自分がやるべきことを数字にして、明確にしてから行動してきた。
分からない事があったら人に聞いて、学びながら動いてきた。
そんな私にはこの魔術のルールっていうものがちっとも理解できない。
「でも一人で頑張ったって、人間たかが知れてるよ」
「そうです。魔術師もそれが分かっていました。そのため、彼らはあるものを作りました」
「あるもの?」
「はい。それが魔術刻印です」
あ、話が戻ってきた。
「彼らは自分だけで根源へ至ること諦めました。そして今までやってきた自らの研究を後世へと託すことにしました」
「子供に教えるってこと?」
「そうです。彼らは今までの研究を刻印として体に刻むことで、自らが築いた成果を残し、自分の後継ぎに根源へ至ってもらおうと考えました」
「体に?」
「その家系の魔術師が研究してきた神秘を後継ぎの体に固定化する事で先代の研究を受け継ぐ。こうやって魔術師の家は代々繁栄してきました」
「つまり魔術刻印って....」
「祖先の研究、です」
そうか。じゃあ達海には....
「私のお父さんとお母さんに研究が達海受け継がれてるってこと?」
「そう言うことになります。ですが......」
マシュの表情はまた曇る。
何か変なところがあるのだろうか?
「どうしたの?」
「いえ、その.....」
マシュが口ごもる。
何かあるなら言ってもらわないと素人の私は何もわからない。
私は次の言葉を待ったが、マシュは一向に口を開こうとしない。
そうして1分ほど過ぎた。
見兼ねたのか、隣のムニエルさんが口を開いた。
「魔術刻印の移植って基本的にはさ、事前に万全の準備をしておかないと上手くいかないんだよ」
「そうなの?」
準備?
「ああ。それも大分入念なものだ」
「そうなんだ」
じゃあ、達海も結構大掛かりな手術をしたってことになるんだろうか。
少し心配になってきた。
「達海の体に負担がかかってるってこと?」
「いや、それもあるんだが」
煮え切らない返事をするムニエルさん。
何かあるならはっきり言って欲しいんだけど。
「つまり、なんなの?」
要するになにが言いたいんだろうか。
「その、だな。立花のご両親ってカルデアに来る少し前に亡くなったんだろ?」
「うん。そうだけど......」
ムニエルさんは眉をしかめながら、言いにくそうに口を開いた。
「つまり、亡くなってすぐに刻印を移すなんて不可能なんだよ。事前に準備して置かないと」
「え.......」
「遺体から刻印を移すのが不可能ってわけじゃない。前例もある。でも何の準備も無しに行うのはとても難しいし、大抵の場合は魔術協会に押収されちまう」
周りのみんなは一様に表情が重い。
「じゃあ.....」
「少なくとも藤丸家の誰かは立花のご両親が亡くなることをわかってて、移植の準備と協会との折衝を前持って進めてたってことになる」
「でもお父さんとお母さんはそんなこと....」
「だろうな。言い方は悪いけど、自分達が暗殺されるのに、子供を残して飛行機に乗るとは思えないよ」
え、いや。
ちょっと待って。それって。
「待って...」
「推測だし、当時の状況もわからない、けど」
「ちょっと待ってって!」
「少なくとも達海は、かなり前から両親が死ぬことをわかっていたってことだ」
§
「ここ、であってると思うんだけど」
僕は人気の少ない廊下通り、ある部屋に入った。
ペンドラゴンさんが僕に投げた包み紙を開くと綺麗な英語で“管制室裏手の倉庫に来い“って書いてあった。
なんであんなふうに伝えたんだろう。
こんな回りくどいやり方しなくても直接言ってくれれば、すぐに行くのに。
「ペンドラゴンさーん!いますかー!」
広々とした倉庫の中は電気がついておらず、薄暗い。
「いるなら電気つければいいのに。というかやたらと広いな、この倉庫」
あまり周りが見えないので、手探りで壁づたいに電気のスイッチを探す。
「うーん、どこだ?」
にしても、なんでこんなところに倉庫があるんだろう。
立地悪いし、使ったことないんだよな
あ、そういえば、この倉庫って元々は所長室だって誰かが言っていたような....
「痛っ⁉︎」
何かが肘にぶつかって落ちてしまった。
バサバサっと紙が落ちるような音がした。
やばっ。書類でも落としちゃったかな。
落としたものを拾おうとしてしゃがんだ時、ズボンのポッケに違和感があった。
それで自室を出る前に、携帯端末を入れたのを思い出した。
そうだ。このスマホのライトで照らせばいいじゃん。
僕は携帯端末のライトをつけて、足元を照らした。
やはり落としたのは何かの書類だったようだ。
棚に乗せてあったものが肘にあたって落ちたらしい。
僕はそれを片付けようと足元に手を伸ばした。
そのとき、書類の文字が目に入った。
「なんだこれ?」
書類には先代所長の名前が署名されていた。
そして妙なことが書かれていた。
「ペーパームーン?アトラス院からの寄贈?.............ゼロ、セイル........?」