史実とは違う結果になった競走馬もいます
ヒストリア
ヒストリア(Historia)とは日本の元競走馬・元繁殖牝馬である。意味は物語。調教師は荒井仁。騎手は本村義幸。生産は根井牧場。馬主は熊谷之郎。日本の競馬史において史上最強且つ最高の牝馬であり、世界中に多大な影響を与えた名牝。母仔三代にわたって天皇賞を制す。シンボリルドルフの初恋の相手としても有名。ヒストリアは心底毛嫌いしているが。通算成績11戦9勝。GI5勝。重賞3勝。
父は英ダービーを制したタパルク。母は同期であるタケシバオー等、牡馬相手に一歩も引かなかった33戦16勝馬ピユロノエ。全弟にザテトラーク系を世に再び広めたオグリキャップ最大の宿敵であるGI5勝馬イストワールがいる。
日本では負けなし。海外レースでも負けてなお強しのレースを繰り広げた。
主な勝ち鞍
1984年 牝馬優駿(GI) エリザベス女王杯(GI) 有馬記念(GI)
サンケイスポーツ賞4歳牝馬特別*1(GⅡ)
クイーンステークス(GⅢ)
1985年 天皇賞春(GI) 有馬記念(GI)
鳴尾記念*2(GⅡ)
1984年 最優秀4歳牝馬
年度代表馬
1985年 最優秀5歳以上牝馬
年度代表馬
●デビューから牝馬優駿まで
デビューは旧4歳時の1984年2月25日と非常に遅かった。当時、廃れたザテトラーク系だった為か8番人気。しかし、蓋開けてみれば3馬身差の快勝と順調な滑り出しをみせる。次走は報知杯4歳牝馬特別を定めていたが、ヒストリアは熱発を発症し、出走を取り消すことになる。調教師の荒井仁は桜花賞には間に合わないと判断し次走は条件戦としながらも、馬主である熊谷之郎の許可の上、ダメ元でサンケイスポーツ賞4歳牝馬特別にも登録し、牝馬優駿に狙いを定める。
2戦目は出走馬数の少なさで、ダメ元で登録したサンケイスポーツ賞4歳牝馬特別に出走できることになり、陣営は万全の態勢で臨む。人気は13頭中最低人気。父側の血統の古さ且つ前走の勝利がフロック視されていたこともあり、ヒストリアに期待を寄せる者はほぼいなかった。
だが、ヒストリアは再び3馬身差で勝利。熊谷之郎はピユロノエの子がようやく重賞を勝てたことに大いに喜んだ。
しかし、世間ではヒストリアの強さは疑問視されており、3戦目の牝馬優駿では18番人気と人気が低迷していた。競馬評論家も軒並み「前走勝てたのはマグレ」や「血統が古いうえに、ピユロノエの繁殖成績が悪い」などと期待していなかった。だが、このレースで世間はヒストリアの強さに度肝抜かれることになる。
レースはヒストリアがなんと大逃げをかます。ヒストリアはここまで差しの競走で勝ってきたこともあり、他の騎手は暴走したと捉えヒストリアを追う事はなかった。圧倒的なセーフティリードはみるみるなくなり、第4コーナーを曲がる時には3馬身差まで詰められていた。
3馬身から差が縮まらないのだ。最終直線に入っても、坂を上っても3馬身から差が縮まらない。残り200mといったところで、2番手まで上がってきたトウカイローマン鞍上の冨岡一俊が仰天する事が起こる。
ヒストリアが後ろをチラッと覗き込むように見ながら走っていたのだ。にも拘わらずまっすぐゴールに向かって走っており、走行フォームも一切のブレが無い。たった数秒間の出来事だが普通の競走馬では考えられない行動。後ろを見ながら走るという異常な行動は観客の目にも留まっており、どよめく声が後を絶たなかった。
結局、ヒストリアはトウカイローマンから3馬身離して優勝。僅か3戦でGI初制覇を達成した。レース終了後、トウカイローマン鞍上の冨岡一俊は「後ろを確認しながら走る競走馬なんて信じられない。ヒストリアは狙って3馬身差で勝ちに行っている」と呆然とした様子でインタビューに答えていた。
ヒストリア鞍上の本村義幸は「正直、僕がやった事があるとすれば最初のコース取りをしたぐらい。後はヒストリアに任せました。最初以外は僕は乗っていただけですね」とGIレースにも関わらず乗っただけ発言をした為か、JRAに過怠金を払うことになった。
ちなみに、このレースは競馬史上最大の舐めプとして海外でも認知されており、whotubeにアップされたこのレースの動画は500万再生を突破している。
その後、クイーンステークスを追い込みで、エリザベス女王杯を先行でのレースで勝ち、無敗を維持したまま有馬記念へと向かうことになる。なお、どちらのレースもきっちり3馬身差で勝利している。
●演出家と皇帝との出会い
有馬記念ではミスターシービー・カツラギエース・シンボリルドルフとヒストリアとの対決が注目された。
2頭の三冠馬、その三冠馬達をジャパンカップで倒したカツラギエース、ここまでのレースを全て3馬身差で勝利してきた無敗のヒストリア。この4頭に注目が集まったのだが、パドックで事件が起きる。
パドックを周っている最中、シンボリルドルフは鼻息を荒くしながらヒストリアを凝視しており、大きく伸びたステッキをぶらぶらと揺らしながら周回していたのだ。皇帝にあるまじき行為に観客は大爆笑。パドック解説者も思わず苦笑い。シンボリルドルフ鞍上の崗部行雄は「あんなルドルフは見たことがない」と当時を振り返っている。なお、この騒動でシンボリルドルフは3番人気まで落ちた。
レースの方はというと、ヒストリアは中団の後ろに控えながらレースをする。そして、第3コーナーから進出を開始。次々と抜かしていき、最終直線に入った時にはカツラギエースに並んでいた。その後、シンボリルドルフの追撃を振り切り3馬身差で勝利し見事、無敗で有馬記念を制した。
ヒストリアは無敗で一年を終えた事から最優秀4歳牝馬と年度代表馬を獲得した。年度代表馬に至っては、シンボリルドルフとの直接対決を制したことが大きな要因になっている。
●母仔三代天皇賞制覇の偉業
放牧から帰ってきたヒストリアは鳴尾記念に出走し、ここでも3馬身差で勝利。そして、祖母のレダから続く母仔三代天皇賞制覇に向けて、陣営は取材などを一切禁じ、万全の体制を整えながら天皇賞春に向かう。
迎えた天皇賞春、ヒストリアは倍率1.3倍の圧倒的一番人気で二番人気はミスターシービー。シンボリルドルフは3番人気だったがこれにはもちろん理由がある。
この事にシンボリルドルフ陣営は天を仰いだ。当のシンボリルドルフはヒストリアに再会出来たことが嬉しかったのか、再びステッキをぶらぶらと揺らし、後ろにいるヒストリアを凝視していた。シンボリルドルフの前を周回していたメジロモンスニーは、シンボリルドルフから距離をとって周回してたらしいが真実は定かではない。ちなみに、ヒストリア自身も距離をとって周回したとの事。
レースはシンブラウンがいつも通りの大逃げをし、ヒストリアはシンブラウンから離れた2番手追走。ミスターシービーは最後方からの競馬。シンボリルドルフはというと、ヒストリアを追いかけるように暴走していた。鞍上の崗部行雄が必死になって手綱を引くも意に介さず、ヒストリア目掛けて爆走していた。第三コーナー付近でシンブラウンが息切れを起こし、後退するとヒストリアはそのまま先頭に立ち続け、3馬身差でゴールした。シンボリルドルフは暴走していたにもかかわらず、なんだかんだ2着に入選。愛の力ってスゲー。ミスターシービーは5着となった。
ヒストリアは史上初めて親子三代による天皇賞制覇を達成する。牡系ならともかく牝系による三代制覇は世界からしても類を見ないだろう。なお、後にヒストリアの最後の仔であるメジロシアラー(父メジロマックイーン)がメジロ四代天皇賞制覇並びに母仔四代天皇賞制覇というとんでもない偉業を達成する事になる。
●海外への挑戦から有馬記念
陣営はヒストリアの海外挑戦を発表。アメリカのバドワイザーアーリントンミリオンを経由して、凱旋門賞に挑戦するプランを明かした。欧州の夏レースではなく、バドワイザーアーリントンミリオンの出走を決めた理由はヒストリアに招待状が来たからというのと、輸送費を全額負担するというのが決め手となったとの事。
放牧を経て、アメリカに旅立ったヒストリアは直ぐに順応してみせ、軽快な動きを見せ続けていた。アメリカの競走馬達もヒストリアに見惚れていたという。流石にどっかの皇帝と違って、馬立ちはしていなかった模様。
しかし、海外の壁は厚かったのかTeleprompterから2着と初めての敗北を期してしまう。陣営はヒストリアでも勝てないのかと愕然とするが、アメリカ競馬界にはヒストリアの強さは伝わり、馬主の熊谷之郎に「いつかヒストリアの仔をアメリカで走らせてくれ」と頼み込むほどだった。タケシバオー以来の勝利とはならなかったものの、ヒストリアの走りは日本競馬の海外進出に大きな一石を投じたのだった。
次走の凱旋門賞では12番人気と低迷する。欧州のレースに参加していなかったのもあるが、この時は日本の競馬は低レベルと馬鹿にされていた時期でもあった。だが、ヒストリアを警戒する"競走馬"がいた。SagaceとRainbow Questである。
Sagace・Rainbow Questの陣営はヒストリアを取るに足らない相手としていたが、競走馬のSagaceとRainbow Questが警戒心を露わにしていたことで、騎乗していたG.サンマルタン騎手とガット・エデリー騎手はヒストリアを強敵と認識し、レースに備える事にしたという。
結果はというとヒストリアは3着。Sagaceが1着入選をするも、Rainbow Questの進路を妨害したとして1着はRainbow Questになった。後のインタビューでSagaceに騎乗していたG.サンマルタン騎手は「ヒストリアを警戒するあまり、Rainbow Questの進路を塞いでしまった。本当に申し訳ない」と謝罪し、Rainbow Questに騎乗していたガット・エデリー騎手は「恐ろしい牝馬だったよ。SagaceとRainbow Questの警戒を感じ取っていなかったら間違いなく負けていただろうね」と述べており、ヒストリアの能力の高さを認めていた。
帰国後、検疫を経てヒストリアは引退レースの有馬記念へと向かう。出走馬は宝塚記念を勝利したシンボリルドルフや怪我からの復帰戦であるジャパンカップを勝利したミスターシービー。クラシック二冠馬ミホシンザンや天皇賞秋でシンボリルドルフに勝利したあっと驚くギャロップダイナなどが参戦。
ヒストリアは1番人気に押され、それに続く形でシンボリルドルフ・ミスターシービー・ミホシンザン・ギャロップダイナと続いた。なお、パドック周回時はシンボリルドルフは目隠しされており、皇帝のステッキが大きくなる事はなかった。
レースではミスターシービーの傍を併走する形でスタートした。そのまま最終コーナー付近まで最後方におり、最終直線に入った瞬間にミスターシービーと共に末脚を爆発させる。次々と抜き去り、残り200mというところでシンボリルドルフを捉えると、そのままミスターシービーと共に抜き去り最後までミスターシービーとデッドヒートを繰り広げた。
結果はヒストリアのハナ差勝利。見事引退の花道を飾る。なお、3着のシンボリルドルフとは3馬身離していた。
レース終了後、疲れ果てているミスターシービーに寄り添うようにしてスタンドを後にする姿が観客達に目撃され、ヒストリアはミスターシービーに惚れたのかと噂が飛び交った。なお、それを間近で見てしまったシンボリルドルフの脳は破壊された。
●ヒストリアの成績
●血統表
●日本史上最高の名牝
引退後、繁殖牝馬となったヒストリア。ヒストリアの仔達は全馬GIレースを勝利し、後の競馬史に影響を与えた名馬しかいない。
以下がヒストリアの仔達だ。
第一仔 クエント(1987年生 父カツラギエース) 23戦9勝 GI1勝
GI:天皇賞秋
GⅡ:弥生賞 京都新聞杯 京都記念 京都大賞典 日経賞
第二仔 Anneaux(1988年生 父Sagace) 16戦10勝 GI4勝
GI:凱旋門賞 サンクルー大賞典 ジャパンカップ2連覇
GⅡ:オカール賞 ユジェーヌアダム賞 エヴリ大賞 フォア賞
第三仔 ライスシャワー(1989年生 父リアルシャダイ) 37戦14勝 GI6勝
GI:東京優駿 菊花賞 天皇賞春3連覇 メルボルンカップ
GⅡ:阪神大賞典3連覇
GⅢ:ステイヤーズステークス2連覇
第四仔 ワダツミ(1990年生 父ミスターシービー) 12戦5勝 GI1勝
GI:牝馬優駿
GⅡ:サンケイスポーツ賞4歳牝馬特別 京都大賞典
GⅢ:新潟3歳ステークス
第五仔 Love story(1991年生 父Rainbow Quest) 22戦12勝 GI7勝
GI:BCディスタフ BCジュベナイルフィリーズ フリゼットステークス
ラスヴァージネスステークス アッシュランドステークス マザーグースステークス
アラバマステークス
GⅡ:ワシントンラッシーステークス ラブレアステークス
第六仔 エアツェールング(1992年生 父ミスターシービー) 14戦7勝 GI2勝
GI:東京優駿 宝塚記念
GⅡ:スプリングステークス 神戸新聞杯 産経大阪杯
第七仔 デルフィニウム(1995年生 父サッカーボーイ) 15戦8勝 GI4勝
GI:牝馬優駿 秋華賞 天皇賞春 カドラン賞
GⅡ:阪神大賞典 グッドウッドカップ
第八仔 Ophelia(1997年生 父サンデーサイレンス) 14戦9勝 GI5勝
GI:英オークス 愛オークス ヴェルメイユ賞 チェバリーパークステークス
クリテリウムドサンクルー
GⅡ:フライングチルダーズステークス
GⅢ:ネルグウィンステークス
第九仔 メジロシアラー(2000年生 父メジロマックイーン) 27戦12勝 GI5勝
GI:東京優駿 天皇賞春2連覇 有馬記念 メルボルンカップ
GⅡ:阪神大賞典3連覇 京都大賞典
GⅢ:ラジオたんぱ2歳ステークス
以上の9頭で、合計GI勝利数35勝というとんでもない兄妹達なのだ。
兄弟制覇も多く、ライスシャワー・エアツェールング・メジロシアラーの東京優駿兄弟制覇やワダツミ・デルフィニウムの牝馬優駿姉妹制覇等多数の記録を保持している。
35勝の内、7勝が天皇賞で占められており、東京優駿・牝馬優駿の合計勝利数5勝と誰もが羨む成績をたたき出している。中長距離に強い仔が大半を占めており、短距離・マイルはLove storyぐらいしか、活躍した兄妹はいなかった。
子供達の繁殖成績もかなり優秀である。あまりにも活躍馬が多すぎるので割愛するが、デルフィニウムでいえばキングヘイローとの間に産まれたクイーンズヘイロー。孫には凱旋門賞馬キタサンブラック、イギリスの長距離王グリマルキン、暴走列車ディスポなど錚々たる面子がいる。
●演出家と皇帝の三角関係?
シンボリルドルフの初恋の相手としてヒストリアは有名だが、交配の機会はなかった。というのも、交配相手としてシンボリルドルフの名をヒストリアが聞くと怒り狂うのだ。そりゃあ、見たくないステッキを2度も見せられたんじゃあ仕方がない。ちなみにミスターシービーの名を聞くと、とたんに大人しくなる。
逆にシンボリルドルフがヒストリアの名を聞くと目を輝かせるのだ。しかし、ミスターシービーの名を聞くと、歯をむき出しにして威嚇する。
ミスターシービーはというとヒストリアの名を聞くと反応するが、シンボリルドルフは聞いても無反応なのだ。
この事から、ヒストリアとミスターシービーは互いに意識し合っていると馬産関係者に認識され、実際に交配する時も上手くいった。シンボリルドルフはヒストリアに一方的な愛を向け、ミスターシービーには敵意剥き出しにするという何とも悪役染みた感じになってしまった。
後の某擬人化ゲーでもこの関係は取り入れられており、某擬人化ゲーから入った競馬民は、この嘘のような本当の事に驚く者が多数存在した。
●ヒストリアとキングヘイロー
昨今の競馬において、最も重要視されているのがヒストリアとキングヘイローの血だ。どういう訳かこの2頭の血を継いだ子達は高確率で勝ち上がり、半数がOP馬まで勝ち上がっているのだ。父方にヒストリア、母方にキングヘイロー。もしくは父方にキングヘイロー、母方にヒストリアといった感じに、父と母にヒストリアとキングヘイローが分かれていれば高確率で勝ち上がっていく。
といっても、父方若しくは母方にヒストリアとキングヘイローの2頭の名前が入る、若しくは父母と別れていても5代目父母の欄にヒストリアの名が入っていたら、その効果はなくなるという謎の現象が起こっている。
この効果が最も強く発揮されているパターンが母父キングヘイロー×父母母母ヒストリアであり、その代表馬があのキタサンブラックの初年度産駒にして最高傑作の世界最強UMA、Equinoxである。
母父キングヘイロー×父母母母ヒストリアの成功例はEquinox以外にも東京優駿とジャパンダートダービーを制したアールエックス。Baaeedの最大のライバル、Flare Star。2024年に米国牝馬三冠を達成したAifeなどがいる。
●仔馬誘拐未遂事件
ヒストリアの5番目の仔であるLove storyだが、実は幼駒時代に誘拐され掛けた事がある。誘拐しようとした犯人は根井牧場に侵入し、小火騒ぎを起こしたあと、当歳時のLove storyを誘拐しようとする。しかし、ヒストリアが犯人の顎を蹴り砕き、犯行を阻止したのだ。犯人は関係者に確保され逮捕される。しかし、これにブチキレたのはドバイの殿下だった。なんと犯人を引き渡せと要求し、呑まなければ今後日本との貿易は一切行わないと断言。日本政府はこの要求を呑み、犯人の身柄をドバイに引き渡した。
もし、この時に要求を呑んでいなければドバイミーティングはおろか、日本経済にも大きな影響を与えていただろう。
ちなみに犯人がどうなったかは今も分かっていない。
●最期
2012年3月7日、放牧地で眠る様に息を引き取ったヒストリアを関係者が発見。死因は老衰で31歳の大往生だった。日本競馬界はおろか世界に多大な影響を与えたヒストリアに対して、シンザン以来となる大規模な葬式が執り行われ、生まれ故郷の根井牧場に土葬された。
2025年現在、子供達のクエント・ワダツミ・エアツェールング・デルフィニウムに囲まれながら、ヒストリアは根井牧場にて眠り続けている。
シンボリルドルフ
GI7勝→GI4勝
(クラシック三冠、宝塚記念)
ミスターシービー
GI4勝→GI5勝
(クラシック三冠、天皇賞秋、ジャパンカップ)
ルドルフは天皇賞春と有馬記念2連覇を史書に、ジャパンカップをミスターシービーに盗られた感じですね。代わりにスズカコバンから宝塚記念を強奪しています。
キタサンブラックは史書の牝系に属していることになり、GIも史実で負けた宝塚記念を制覇し、史実では出走しなかった凱旋門賞にも出て勝利しました。
ちなみにこの世界線だと王の光輪ことキングヘイローに次ぐ2頭目の快挙です。