馬々掲示板   作:ぬこまんま

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苦労馬の大百科風解説です
成績の画像はサイズがでかくなりすぎました。1MBってなんやねん。
当然ですけど苦労馬が存在したことで勝ち馬などが変わったレースが色々あります。


ニコニコ大百科風解説 苦労馬

 

マクロビオティック

 

不撓不屈

昭和から平成まで、短距離から長距離まで

貴方は走り続けた

何度負けても、決して俯かず

貴方は前を向き続けた

 

全ては産んでくれた母の為に、育ててくれた牧場の為に

ここまで走り続かせてくれた皆の為に

 

98戦目にて、ついに掴んだ栄光のグランプリ

 

―――私達は貴方が見せくれた軌跡を、輝きを忘れない

 

 

─ ヒーロー列伝コレクション 第46回(1999年制作)

 

マクロビオティック(Macro Biotics)とは日本の元競走馬・元種牡馬である。意味は長寿法。馬主は金丸介一。調教師は中野和明。騎手は面木昌隆。忘れ去られた始祖の1頭セントヴィクターズバルブの血を再び世界に広めた偉大な名馬であり、1000mから3600mのレースを勝った変態二代目タケシバオー20世紀の名馬列伝では第1位に輝き、2005年に顕彰馬に選出された。

一度も掲示板外になったことがなく、常に賞金を咥えて来た為、馬主孝行な競走馬だった。

 

主な勝ち鞍

1988年 小倉3歳S(GⅢ)

1989年 ペガサスS(GⅢ)

1992年 ダービー卿チャレンジT(GⅢ)

1995年 中山記念(GⅡ) 京都大賞典(GⅡ)

      ステイヤーズS(GⅢ)

1997年 ダイヤモンドS(GⅢ) 毎日王冠(GⅡ)

1998年 有馬記念(GI)

 

1996年 JRA賞特別賞

1998年 年度代表馬

 

血統背景


父:マクロエコノミー

母:ホーリーオブライフ

 

父マクロエコノミーはアメリカの競走馬だったが1戦0勝と目立った成績を残せず、殺処分されそうなところを牧場長である金丸僖一が1万ドルで購入し、プライベート種牡馬として金丸牧場で過ごしていたがマクロビオティックが産まれた翌週に転倒骨折し安楽死処分にされた。

 

母ホーリーオブライフは安田記念を勝利したシェスキイとサンタアニタオークスを勝利したブリュンヒルデとの間に産まれた地方2勝馬。

 

マクロビオティックの特徴として母父シェスキイのライン以外エクリプスの血が一滴も入っていない異色の血統の持ち主であることだ。ダーレーアラビアン系の競走馬の血も受け継いでいるがエクリプスを介していない競走馬で占められており、その血統を辿ってゆくとシャトルという競走馬に辿り着く。なお、シャトルの父父はエクリプスの父でもあるマースクである。

 

最大の特徴は何と言っても父系が三大血統ではない事が挙げられる。父系を遡るとセントヴィクターズバルブという競走馬に辿り着く。セントヴィクターズバルブはマッチェムの母父父であり、その血は世界中に広がってはいる。

 

しかし、父系としては絶滅寸前でありマクロビオティックが現れるまで重賞馬がおらず、良くてもOP競争までしか勝てなかった。

 

 

競走馬になるまで


1986年2月、北海道の金丸牧場にて誕生。生まれてから立ち上がるまでなんと30分程で立ち上がり周囲を驚かせたという。

しかし、ウイルス性の下痢に罹ったり、頭部をぶつけて出血するなど不幸な事に見舞われることが多かったらしく、当歳時から競走馬になれるのかと不安視されたが、旧2歳になる頃には元気に牧場を駆け回るぐらいに成長していた。

 

当時の金丸牧場は経営難にあり、繁殖馬もマクロビオティックの母であるホーリーオブライフしかいなかった。しかし、実業家として成功した金丸僖一の長男である金丸介一が、借金を肩替わりし金丸牧場を買収したことで難を逃れた。

この時、馬主資格を得ていた金丸介一はその仔の馬主になると言い、約300万円で購入。長く生きて欲しいという意味を込めて、マクロビオティックと名付けたという。結果、マジでそうなった。

 

馴致訓練なども嫌がらずに順調にこなした為、とても賢い馬だと牧場内で評判になる。その後、金丸介一と縁がある美浦の中野和明厩舎に預けられることになる。

入厩時から才能の片鱗を見せており、重賞ぐらいはとれるかもしれないと思っていたとのことである。馬体の成長も早く7月にデビュー戦を走ることになった。

 

競馬界の長老


89年クラシック世代は長老世代と呼ばれている。ざっくり説明するとマクロビオティックとミスタートウジンが10年以上走っているにも拘らず、年下の競走馬たちと互角に渡り合った事から、そう呼称されるようになった。

古馬になってからの89世代は重賞を勝っている競走馬はいるものの、GIを勝ったのはマクロビオティックとミスタートウジンの2頭だけであり、ミスタートウジンにいたっては旧15歳でダートGI(フェブラリーSと東京大賞典)を2勝するというマクロビオティックを超える偉業を成し遂げている。

また、マクロビオティックは美浦所属でミスタートウジンは栗東所属であった事から、それぞれ『美浦の長老』『栗東の長老』とも呼ばれていた。

 

現役時代


詳しくはこちら

この記事ではごく一部しか記載しないことを了承願いたい。

 

1988年7月16日の福島競馬場3歳新馬でデビュー。逃げよりの先行策で華々しくデビュー戦を勝利で飾った。なお、このときマクロビオティックはブービー人気であり、単勝122.4倍の万馬券を叩き出し観客をどよめかした。これまで地方馬しか輩出していなかった金丸牧場としてはこれが中央競馬初勝利であり、牧場長の金丸僖一は飛びあがるほど喜んでいたという。また、父系がダーレーアラビアン・バイアリーターク・ゴドルフィンバルブのいずれにも属さない異系血統の持ち主という事で競馬界でも注目されることになった。

 

マクロビオティックの最大の特徴として驚異的な回復力があげられる。当歳時は何かとケガをしたり、病気になったりしていたが現役時は一度もケガをすることはなかった。レースをして1日経てばケロッとしていたのだ。でなければ3年連続マイルCS・スプリンターズステークス・有馬記念連続出走など出来なかっただろうと、調教師の中野和明は述べている。

 

他にも10年連続宝塚記念・有馬記念出走。4年連続有馬記念2着を2回記録するなど、今後記録することができない事柄をマクロビオティックは成し遂げている。短距離から長距離まで幅広く出走していたため、短距離ではサクラバクシンオーニシノフラワーダイイチルビー、マイルではノースフライトダイタクヘリオスタイキシャトル、中長距離ではオグリキャップを初めとした平成三強、トウカイテイオーナイスネイチャビワハヤヒデ達BNW、三冠馬ナリタブライアン、名優メジロマックイーン、関東の刺客ライスシャワー、女帝エアグルーヴ、快速馬サイレンススズカステイゴールドスペシャルウィークを始めとした黄金世代など数多の名馬と対決することになった。

 

1995年のステイヤーズステークスで記録した3:41.0はいまだに破られていない。獲得総賞金においても2024年にゴールデンシックスティに抜かされるまではトップを維持していた。現在の賞金に換算するとマクロビオティックの獲得総賞金は40億を超えるのではないかと噂されている。また、1996年には凱旋門賞にも出走。旧11歳での出走は現在でも破られておらず、着順もエリシオからアタマ差の2着と大健闘を果たした。

 

1998年の天皇賞秋では、レース発走直前にサイレンススズカの前に立ち右前脚を見つめた後、騎乗していた岳勇樹に向けて首を横に振るなど、あきらかに警告しているような仕草を見せていた。

これは1995年の宝塚記念の際、ライスシャワーに騎乗していた射場仁に対しても行っており、レース中にどちらも故障、予後不良となったことからマクロビオティックはライスシャワーサイレンススズカの故障を予期していたのではないかと噂されている。

特に岳勇樹は「あの時、マクロビオティックの警告を受け入れていればスズカは死ななかった! 僕がスズカを殺してしまったんだ!」と激しく後悔し、一時自殺寸前まで追い詰められ、翌年の4月まで復帰出来なかった。

 

引退レースである1998年の有馬記念ではスペシャルウィークを始めとした黄金世代などが集結。マクロビオティックは引退レースということもあってか、初の1番人気。レース展開はセイウンスカイが逃げ、エルコンドルパサーがこれに追随する形となる。マクロビオティックは後方からの競争で徐々に進出し最終コーナー付近で先頭に立つ猛追を見せる。

そこからグラスワンダーエルコンドルパサーに迫られるも先頭を譲ることなくゴール。GI55度目の挑戦にて悲願のGI初制覇を達成し、引退の花道を飾った。

 

中山競馬場にはマクロコールが響き渡り、当時認知症による記憶障害を患っていた金丸牧場の牧場長である金丸僖一が記憶を一時的であるが取り戻すなどの奇跡をマクロビオティックは起こして見せた。

 

金丸僖一の次男で牧場を引き継いだ金丸慶二郎は「マクロがいなければとっくの昔に牧場は閉場していた。牧場がここまで大きくなったのもマクロが長い間走ってくれたおかげ。本当にありがとうと言いたい」とのちのインタビューで語っている。

 

マクロビオティックの成績


マクロビオティックの成績

 

血統表


血統表

 

種牡馬としてのマクロビオティック


引退後のマクロビオティックは種牡馬として新たなスタートを切るが、初年度の種付依頼数はわずかに7頭。その後、数年間は数頭にとどまるも初年度産駒のモスタクバルがフェブラリーステークスを優勝したのを皮切りに7頭の初年度産駒が大活躍。最終的に、マクロビオティックの初年度産駒は全頭GI4勝以上するという快挙を成し遂げた。これを機にマクロビオティックの種付依頼は殺到し、最終的には100頭近い重賞勝利馬。GI馬34頭を送り出す大種牡馬となった。

 

マクロビオティックの仔達もアベレージの良い成績を叩き出し、中でも孫のウイングオブホープは2019年に日本勢悲願の凱旋門賞制覇を達成するなどマクロビオティックの直系は着実に未来へと受け継がれている。とくにこの凱旋門賞には、後述の世界最強馬El Elyonが出走していたこともありウイングオブホープの評価は爆増した。

 

母父としても非常に優秀で、デイアフターデイを始めとした数多くの優駿を送り出している。一番有名なのが当時の世界最強馬だったEl Elyonだろう。ティズナウを父に持つEl Elyonは芝ダートを難なくこなし世界中の大レースを優勝した。当時の日本最強馬の一角だったアーモンドアイですら全く歯が立たず、ジャパンカップを2:20.0で勝利。最終的に32戦30勝GI26勝という、まさに至高の神の名にふさわしい成績を残した。なお、このEl Elyonに勝ったのはゴールデンシックスティウイングオブホープの2頭である

 

最期


2023年12月24日早朝、マクロビオティックは牧場関係者達に見守られながら静かに息を引き取った。享年36歳の大往生だった。同期のミスタートウジンも35歳まで生き、89世代は最期までマクロビオティックとミスタートウジンが先頭を駆け抜け続けた。

 

なお、当日は有馬記念が行われており、曾孫のドウデュースが1着。ドウデュースはマクロビオティックの死を感じ取っていたのか、ゴール後にある方角に向くと数回大きく嘶いた。その後、有志の調査でドウデュースが向いた方角に金丸牧場があることが分かり、世間を驚かせた。

 

金丸牧場の敷地内にある小山の山頂にマクロビオティックの墓がある。マクロビオティックはそこで静かに未来ある仔馬達を見守っているであろう。

 




おドウ君は苦労馬の曾孫になりましたw
ミスタートウジンは、寿命も爆伸びして成績もよくなり、110戦以上レースをこなしたある意味苦労馬以上の競走馬となりました
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