ギロ(guiro)
ギロ(競走馬)は、アメリカで生産されイギリスとUAEで調教を受けた競走馬。父馬はクリス。母馬はゴールドリヴァー。短距離から長距離まで幅広い活躍をした稀有な競走馬である。
GⅠレースしか負けたことがなくGⅡ以下のレースでは無敵を誇った。
半姉にサンタラリ賞を勝利したリヴィエルドールがいる。
経歴
2歳時の1993年6月の未勝利戦(1600m)でデビューする。同レースを2着馬から6馬身離し圧勝する。続いて7月に行われた準重賞戦(1400m)も勝利し連勝を飾る。次戦のモルニ賞ではCoup de Genieに直線でかわされ、3着になる。尚、この時にモルニ賞を偶然見ていた○○○○殿下はギロが将来のスターホースになると確信し、ギロの馬主であった○○○氏から800万ユーロでギロを購入した。(要出典)
モルニ賞を3着で終えたギロは次戦のシャンペンステークス(イギリス)を圧勝し、次走のデューハーストステークスを2馬身差で勝利しGⅠタイトルを獲得する。
同年の成績を5戦4勝で終える。
1994年、3歳になったギロはグリーナムSに出走し勝利。続くイギリス2000ギニーも勝利しGⅠ2勝目を挙げる。勢いに乗るギロだが、次走であるイギリスダービーは距離延長が響いたのか、5着に沈む。その後、距離を短縮しハンガーフォードステークス出走しこれを勝利。続くダイアデムステークスもLake Conistonから5馬身差の1着で勝利する。
1995年、4歳時の初戦であるアールオブセフトンステークスに勝利すると、続くデュークオブヨークSも勝利する。陣営はギロの母馬であるゴールドリヴァーの血を活かす為、目標を凱旋門賞に定め、次走をハードウィックステークス(2400m)にギロを出走させる。前走から倍になる距離延長に不安視する者達がたくさんいたが、陣営の徹底的なスタミナ強化による調教で、ギロはハードウィックステークス制し、短距離・マイルだけではなく中距離レースでも走れるオールラウンダーな競走馬になった。
次走は2400mのGⅠレースであるKGVI&QESに出走。このレースには同年のイギリスダービー馬ラムタラ、日本からクラシック三冠馬ナリタブライアンが出走。同レースでギロは直線残り200mでナリタブライアンに交わされ2着に終える。しかし、3着のラムタラを8馬身近く離しており、ギロの競争能力の高さが欧州に知れ渡ったレースになる。
そして、目標の凱旋門賞に出走。同レースには昨年の凱旋門賞馬カーネギー他、日本のナリタブライアン、インターナショナルステークスで2着になったダンシングダンスが出走した。ギロは前走のKGVI&QESを上回るペースで逃げるものの、後方から一気にやってきたダンシングダンスにかわされ、2着に終える。
陣営は凱旋門賞の雪辱を果たす為、ラムタラと共にギロをジャパンカップに出走させる。ジャパンカップには、凱旋門賞上位入賞馬を始め、カーリングやサンドピットといった名馬達もジャパンカップに出走した。しかし、レースでギロは出遅れてしまい、凱旋門賞優勝馬ダンシングダンスと共に執拗なマークを受け、4着に終わる。尚、ラムタラは9着に沈んだ。
1996年、5歳になったギロはガネー賞に出走しこれを勝利。約1年振りのGⅠタイトルを手にする。その後は、ブリガディアジェラードS、クリテリオンステークスを連勝。陣営は、ギロの父馬であるクリスが制したサセックスステークスに出走させる。サセックスステークス当日、ギロは単独1番人気に指名され、見事1着になり親仔制覇を成し遂げる。
次走は、長距離レースであるアイリッシュセントレジャーに出走することになる。関係者からは「マイル馬が長距離レースを制するなんてできるはずがない」と批判されたりされたが、ギロはそんな批判を一蹴し、2着馬Oscar Schindlerから4馬身差で勝利し関係者を黙らせた。
その後、凱旋門賞に出走を表明するも輸送のトラブルなどがあり、凱旋門賞3日前にロンシャンに到着することになってしまい、碌な調整が出来ずに出走する羽目になってしまう。ギロは同レースで、ダンシングダンスの全弟であるダブルノーブレスにゴール前で交わされアタマ差の2着に終えてしまう。
ジャパンカップには2年連続で出走。同レースには天皇賞秋を制した昨年の凱旋門賞馬ダンシングダンス、同年の凱旋門賞馬であるダブルノーブレスをアイリッシュチャンピオンステークスで負かした名牝ティマリダなどが出走した。同レースでは、ギロを上回るペースで逃げたダンシングダンスに乱されたギロは昨年と同じ4着に終わる。
その後、陣営はギロの引退を発表。イギリスの○○牧場で種牡馬生活を送ることになる
ダンシングダンスとの関係
ギロはダンシングダンスが近くにいる時、ダンシングダンスと話をする様な仕草を度々していた。ダンシングダンスもギロに対して話をする様な仕草を見せている。
この光景は、1995年に行われた凱旋門賞・95年、96年に開催されたジャパンカップで見られ、観戦しに来ていた観客のなかで、話題になっていた。
この事についてギロとダンシングダンスの関係者各位は「まるで、中に人が入っているみたいだ」と話している。
生涯成績
1993.6 未勝利戦 1着 1600m
1993.7 準重賞 1着 1400m
1993.8.22 モルニ賞 3着 GⅠ 1200m
1993.9.10 シャンペンステークス(英) 1着 GⅡ 1400m
1993.10.18 デューハーストステークス 1着 GⅠ 1400m
1994.4.16 グリーナムS 1着 GⅢ 1400m
1994.4.30 イギリス2000ギニー 1着 GⅠ 1600m
1994.6.1 イギリスダービー 5着 GⅠ 2400m
1994.8.12 ハンガーフォードステークス 1着 GⅢ 1400m
1994.9.24 ダイアデムステークス 1着 GⅢ 1200m
1995.4.19 アールオブセフトンステークス 1着 GⅢ 1800m
1995.5.18 デュークオブヨークS 1着 GⅡ 1200m
1995.6.23 ハードウィックステークス 1着 GⅡ 2400m
1995.7.22 KGVI&QES 2着 GⅠ 2400m
1995.10.1 凱旋門賞 2着 GⅠ 2400m
1995.11.26 ジャパンカップ 4着 GⅠ 2400m
1996.4.28 ガネー賞 1着 GⅠ 2100m
1996.5.28 ブリガディアジェラードS 1着 GⅢ 2000m
1996.6.29 クリテリオンステークス 1着 GⅢ 1400m
1996.7.31 サセックスステークス 1着 GⅠ 1600m
1996.9.21 愛セントレジャー 1着 GⅠ 2800m
1996.10.6 凱旋門賞 2着 GⅠ 2400m
1996.11.24 ジャパンカップ 4着 GⅠ 2400m
通算23戦16勝(GⅠ5勝 重賞9勝)
種牡馬時代
ギロは初年度産駒から、El Gran looksやking of Splendorなどを輩出し、種牡馬として絶好のスタートを切った。その後、ダンシングダンスを繁用している○○牧場が2000年から2002年の3年間限定という条件でギロをシャトル種牡馬として輸入。日本でも活躍馬を輩出し、日本に再びエタン系の血を広め、クリスの後継種牡馬としての地位を確立した。また、2002年に生まれたバラフォンが菊花賞他GⅠ8勝を挙げる大活躍を見せた。
血統表
主な産駒
太字はGⅠ競争を表す
1998年生まれ
El Gran looks GⅠ3勝(スプリントカップ、BCスプリント、スプリンターズステークス)
king of Splendor GI5勝(モルニ賞、デューハーストステークス、イギリスダービー、凱旋門賞、ジャパンカップ)
1999年生まれ
Polite Sonia GI3勝(ヴェルメイユ賞、オペラ賞、安田記念)
2000年生まれ
Lind Well GI1勝(香港スプリント)
2001年生まれ
Sacred Diamond(イギリス調教馬) GI3勝(アイリッシュナショナルステークス、BCマイル、サセックスステークス)
マンジーラ GI2勝(エリザベス女王杯2回)
2002年生まれ
バラフォン GI8勝(菊花賞、天皇賞春、有馬記念、BCターフ、メルボルンカップ、コックスプレート、香港ヴァーズ、KGVI&QES)
ギロは完全にぼくのかんがえたサラブレットです。
ウイポの自データにもいません
……実のところギロはブリガディアジェラードSでピルサドスキーに勝ってますw(史実ではピルサドスキーが優勝)
見て見たい架空馬の物語は?
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舞踊の曾孫
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米雨の子供