グリザイア:ファントムトリガー ―空の最奥― 作:ウィーン-MK-シンくん
多くの人々が行き交う表の夏祭りは、大きな神輿を担ぐ若者たちとそれを目にする多くの観衆の熱で賑わっていた。
「ニンジャ、生け捕りは成功しましたか?」
『ごめん…1人逃げられちゃった』
今日の日に普通の参加者として来れていたらどんなに良かったか、とそんな益体も無いことを考えつつ【情報担当】は右耳の通信機に手を当てて制圧組の一人である【ニンジャ】に進捗を尋たのだが、たった今1人が逃走してしまったのだという。
『こちら【スナイパー】。どうするの? 祭りに紛れ込まれたら私は何も出来ないわよ」
そこで声を上げたのは狙撃手を務めている【スナイパー】である。そして、今の【スナイパー】の言は正しい。
先ほども上述した通り、表で行われている祭りは盛況を見せている。特に神輿を担いでいる者たちの周辺はそれが顕著で、あの中から個人を探すのは困難を極めるだろう。
「(現状、市民への影響を考えた場合【スナイパー】を使うのはリスクが高すぎる。かと言って徒に時間を浪費してしまうのも、よろしくないんですよね……)」
うーん、と【情報担当】は自身が今居る薄暗いワゴン車の中で頭を悩ませながらも膝上に置いたノートパソコンで先ほど仕込みを済ませた信号機と監視カメラの映像をチェックする。
そして【情報担当】がそんな数ある情報を素早く正確に処理すると、それを行った本人が拍子抜けするほど件の逃走者はあっさりと映し出された。
「――街頭カメラが逃走者を発見しました。座標を送りますので、ニンジャは即時急行をお願いします」
『【ニンジャ】、座標を確認。すぐに追いかける』
「信号機を操作して誘導しますので、良きタイミングで確保してください」
その後、【情報担当】はリアルタイムのハッキングで信号機を操作。それは正しく詰将棋のように、見事民間人の目が向くことがない祭りの範囲外である歩道橋まで逃走者を誘導した。
『こちらでも確認したわ。あとは私に任せておきなさい』
「殺しちゃダメですよ? 1人は生け捕りにしろって命令なんですから」
『射角に入った! 足を止めるわ!』
――パーン!!!
銃声が轟いた。
『……あ゛』
「? どうかしましたか?」
『…ごめん。狙いすぎて、当たっちゃいけないとこ当たっちゃったかも』
「ニンジャ、すぐに現場を確認してください」
『こちら【ニンジャ】、現着。……あーあ、随分お粗末なトマトを作ったね。犬でも食べないよこれは』
『うっさいわね!! だから謝ってんでしょーがっ!!』
「まあ、逃がしちゃうより良いですけど……シューター? 聞こえますか? そちらで1人、なんとか生け捕りに出来ないでしょうか?」
「シューター? 聞こえますか?」、と【情報担当】が何回か呼びかけを行うと敵オフィスビルで襲撃を担当していた【シューター】はようやく気づいた様子で応答した。
『ふぅ…こちら【シューター】。ごめん、よく聞こえなかったんだけど何だって?』
「すみません、こちらの確保に失敗しまして。そちらで1人生け捕りに出来ないかと』
『あー……ちょっと難しいかな? ッ!!』
――バンバン!!
「……あの、今の音は?」
『ごめ~~んッ!! 1人生きてたんだけど反射的に撃っちゃった~ッ!!!』
「そうですか……」
【情報担当】は頭を抱え、内心で「(この駄犬が…)」と毒づく。
まあもともとはこちらの不手際だったため、あちらを責めるのはお門違いでしかないのだが。
「……仕方がありません。あとの事は本社に任せて私たちは撤退しましょう」
『【シューター】…了解』
『【スナイパー】了解』
『【ニンジャ】、りょうかーい…』
「そういえば、キャスターが帰ってくるのは今日でしたね」
『――そうだった! 今日はお姉ちゃんが帰ってくるんだ! それでマスターが迎えに行ってたんだった!! う~、今日の報告が良いのだったらよかったのになぁ……』
『あー、長期出張に行ったきり向こう半年は顔も合わせられなかったし気持ちはわかるわ。どうせなら胸を張って出迎えたかったわよね』
『おや、今日のスナイパーは珍しく素直だね。隕石でも堕とす気かい? それと、シューターは充分なオモチをお持ちなんだ。安心してそれを誇ると良い』
『ニンジャ、ありがと~!』
『だからうっさいわよ! ていうかあの子じゃあるまいし、ンなの出来るわけでしょ? それとシューターも喜んでんじゃないわよ!!』
「はいはい皆さん、じゃれるのはその辺で。速やかにこちらへ戻ってきてください」
『『『ハーイ』』』
“今日も今日とて裏稼業”
“私たちが死んでも、誰も泣かない。
“やりたくて始めた仕事じゃないけれど、引き受けたからには手は抜けない”
“そしてやるからには、誰かの役に立ってみたい”
“だからもし私たちの誰かが死んでも、仲間はきっと笑って送り出す”
“明日が来る保証なんて、どこにも無いのだから”
◇
「――…。」
羽田空港・国際線ターミナル。
多くの者が闊歩するその中に、先ほど夜の祭りで一仕事終えた四人が話題にしていた人物が一人。
周りの者たちに比べて頭一つどころか二つか三つは背丈の低い黒色のローブを纏った少女が空の長旅を終え、頭の上に載る紫のとんがり帽子をふとした拍子落とさぬよう右手で支えながらも、左手には自分の身長と殆ど変わらない130cmの長杖を携えてロビーに降り立っていた。
「――カナタ」
そんな時、少女は背後から自らを呼ぶ声を聞いた。
――小西カナタ(こにし かなた)。
仕事中の通信時などは【キャスター】と呼ばれることもあるが、今はこれが少女を示す名だ。
カナタが振り返ると、10mほど離れたそこには自分の知る人物が立っていた。
「~♪ 唸れ~二台目のハイエース~♪」
今、自身の隣で歌いながら今月に購入したという二台目のハイエースを国道沿いに走らせているその人物はある学園に進路をとっていた。
左胸の位置に四つの三角形で構成された黒い一つ星(ブラックスター)の刺繍がされたベストと真紅のネクタイを身に着けた彼は、一見隙など見当たらないにも関わらずどこか無防備というか、人畜無害な印象を抱かせる奇妙な青年だ。
これはやはり彼が青年ではあるものの、かなり女性に近い顔立ちをしていることに起因するのか……付け加えるなら世の女性の大半が羨むような、長く艶やかな蒼い髪も要因の一つなのだろうが。
「――解せんな」
カナタは後ろの後部座席でそう言って、目深にかぶっていた帽子の腹部分に当てていた左手を円状のツバ部分へ添え直すと、人差し指で少しだけ持ち上げた。
すると、そこにあったのは月明りでもよく目立つメッシュが前髪にかかった黒のショートヘア。右肩には耳の付け根辺りから毛先の直前まで編まれた一房の三つ編みが垂らされている。
瞳は底の見えない海のように暗く深い碧色をしていたが、今は右目しか見られなかった。何故なら左目には黒地に青年のベストにあるものと同じ、三角形で作られた一つ星を白色で描いた眼帯を付けているからだ。
カナタはこの左目によって、青年が自分を迎えに来ることを偶然視て識ってはいたものの、正直言って理解不能だった。
カナタはなんなしに帽子を押し上げていた手を退かし、一度眼帯にあてがってから膝に降ろすと早速そのことを問いただす。
「ハルト―― お前、【シューター】は……いや、<レナ>はどうした?」
「レナだったら皆と仕事に行ってるよ。時間的にそろそろ一区切り着く頃じゃない?」
それに対して青年――蒼井ハルト(あおい はると)は追及を躱すべく別の答えを返すのだが…
「そういうことを訊いているのではない」
「わかってて言ってるだろう?」と後ろから突き刺さる視線に、ハルトは思わず冷や汗を流す。
「自分が銃を撃たないからとシューターを雇っている癖に、連れ歩かないのでは何の意味もないだろう」
「ハハ、これでも自衛は出来るんだけどなぁ…」
「それでもだ…お前は普段から一人背負いすぎる。長らくこの国を離れていた私が言えた義理では無いのかもしれんが、少しは年上に頼れ」
「いやでも書類上では俺が年上だし……第一カナタはどう見ても年上には見えな――「“ あ゛? ”」っすみません、何でもないです」
ギラリ、と一体いつの間に取り出したのか、カナタの手には一本のジャックナイフが握られていた。
しかし幸いと言って良いのか、ハルトが迅速な謝罪をしたことで直ぐにそれは元あったローブの袖に引っ込められた。
「向こうでのお目付け役はあのフィッツジェラルド少佐だったと思うけど…どうしたの、その暗器術? 前より凄かった気がするけど、ワシントン(あっち)で何かあった?」
「ん……」
そのハルトの問いに懐でナイフの位置を整えていたカナタは、手の行き先を自身の袖元へと変えて開封済みのシガレットケースを取り出すも、車内後ろに張られた禁煙ステッカーをハンドルから手を離すことなくバックミラー越しに指し示すような性悪に話す義理は無いなと考え、車内を濁さない代わり言葉を濁してやることにした。
「半年も滞在したんだ。まあ、それなりにな」
とその後はカナタのアメリカでの暮らしまで話が移っていったが、途中でクラスの連絡事項を思い出したハルトによって一時切り上げられる形となった。
「そういえば、これはもうカナタ以外の皆には伝えたことなんだけど」
「?」
「君たちに――新しい先生が付くかもしれない」
2019/03/15 21:24
主人公、カナタの髪型を少し変えました。
同年、同月、16日 07:18
後半、車内でのやりとりを編集。
同年、同月、17日 08:58
ローブの色を紫から黒に変更。ただし、帽子の色は以前の紫のまま。