「初めまして、わたくしが婚后光子ですわ」
バッと緑色の扇子を広げ、口元に当ててその少女は言った。ツンとした態度だが、人の好さが透けて見えているのが好印象。何だかんだ言って憎めないタイプだ。
「私は常盤台一年の湾内絹保です」
「同じく常盤台一年の泡浮万彬ですわ」
ふわふわとした薄い茶髪のショートの方が湾内、黒いロングの方が泡浮。よし、憶えた。もちろん顔も憶えたがやはりこうして髪型に違いを付けてくれているとありがたい。……にしても、二人とも髪の質高過ぎやしないか。
湾内の髪は緩いウェーブだが、毛先が綺麗にまとまっていて軽さを感じさせる。泡浮の方は打って変わって一切溜まらずにストンと落ちるさらさらな髪。少し顔を動かすと一本一本の髪が水のように揺れ動く。
(学舎の園のシャンプーって何使ってんの? ……まさか、持ち込み? 可能性は十分にあるか)
お嬢様の寮なのだからさぞかし高品質なものを使っている、かと思いきや、むしろ当人たちのこだわりが強すぎて全て持ち込みの可能性も。
「わ、わたくしは常盤台の二年生ですわ!」
自分だけ所属を言っていないことに焦ったのだろう、婚后が付け加える。そういうところが人好きのする点だ。高飛車に思えるが、ただ不器用なだけの素直な少女であることがすぐにわかる。
にっこりと微笑みながら、こちらも自己紹介を返した。
「初めまして、婚后さん、湾内さん、泡浮さん。本日は私のためにここまで来ていただき、ありがとうございます。来年の新学期より常盤台の二年生に編入する成辺るんです。以後、よろしくお願いします」
ペコリと一礼。顔を上げて、再び笑顔を作った。
▽ ▽ ▽
さて、なぜこんなことをしているか? そんなの、無論涙子の紹介に決まっているだろう。
あれからすぐ、涙子はこの三人に連絡を取り、何と早速その週末の今日、学舎の園がある第七学区のカフェテラスでこうして会っているのだ。ちなみに涙子自身は用事があると言って早々に抜けてしまった。止めろ、私を一人にするな。
(ああ! もう、最悪! 何で、よりによって学舎の園なんかに……!!)
学舎の園に近付くのは、はっきり言って避けたい。今の私では太刀打ちできないような能力者がゴロゴロいる。というか、話を聴けば、目の前の光子もレベル四だし、今の私じゃ勝ち目がない。もう腹をくくった方がいいのかもしれない。
「へえ。それでは、成辺さんは婚后さんと同じく編入試験を合格なされたんですね!」
「え、ええ。なんとか、どうにかこうにかして……」
そうじゃん! 普通に考えたら編入って試験が要るでしょ!? あのカエル……、マジで何者!?
てか、この三人の雰囲気を見る限り、編入試験ってかなぁり難しいんじゃないの?
「ええと、その、編入試験ってそんなに難しいものなのでしょうか……?」
「はい、それは、もう! 婚后さんが編入したときも噂になったんですよ」
「な、中々やるようですわね。ですが、常盤台に入ったらわたくしがたっぷり指導して差し上げますわ!」
あ、やべ。これ『編入試験とか余裕でした』感出ちゃったかも。マズい。
「それはご親切にありがとうございます。ですが、やはり迷惑になってしまいますでしょうし……」
「そんなことはありませんわ! この婚后光子、その程度のことを重荷に感じるほど軟弱ではなくてよ!」
……いや、今回は割と本気で止めて欲しかったんですけど。両脇で絹保と万彬も感心した目で光子を見てるし。これ、光子言い出したら引けなくなるタイプでしょ、絶対。
「はは……」
片頬がピクピクする。でも、この手のお人好しはむしろこういう露骨な反応の方を見落とすから大丈夫だろう。
「さてと、成辺さん、これが学舎の園への招待状です」
スッと万彬が差し出してきたカード。……カード?
「えーと……?」
「……? 佐天さんから学舎の園を案内してあげて、と言われたのですが?」
絹保がその髪を揺すりつつこちらを窺う。
(涙子ォォォ!!!)
単純な友人としては素晴らしい気配りだろう。うん。確かに雰囲気を感じるなら直に見てきた方がいいもんね。うん。でも、でもさぁあ。
(ヤバいって……。なんかヤな予感するしぃぃぃ)
こう、申し出を柔らかくお断りできないだろうか……。
「あ、そうだったんですか。それはお手数をお掛けしました。でも、やっぱりまだ緊張するというか、色んな人と会うのは……。それに、学舎の園の中にいらっしゃる方は皆さん優秀なんでしょう? 気が引けてしまいます」
ここまで言えば、どうだ……?
「いえいえ、そんなことありませんわ。わたくしも馴染めたんですもの、成辺さんが心配するような事態にはなりませんわ」
光子のフォローが光る、……名前にかけても事態は好転しない。というか、あなたが思っている心配している事態と私が本当に懸念していることは絶対違うと思うんですけど。
「ええ、それに皆さん優秀ですけれど、それを含めてとても良い人たちばかりですし」
「それに、早くから顔を合わせておくというのも大事だとこの間雑誌で読みましたわ!」
万彬と絹保。うんうん、確かにそうだろうね、君たちの雰囲気からもそれがよく伝わってくるよ。というか、絹保は何の雑誌を読んだんだし。
でも、違うんだ。問題の原因はむしろ全部私にあるんだ―――。
(どうする!? どうすればいい!? 涙子との関係とか、今後とか考えるにこの三人と険悪なのは良くない!)
必死に頭を回す。
「で、でも私、まだこの街に来たばかりなので、街も案内して欲しいなぁ、なんて」
必死に主張してみたのだが、即座に
「ま、街はダメですわ!」
「や、やっぱり学舎の園に行きましょう! そうしましょう!」
「ほ、ほら、チケットもありますし!」
なぜか全力で拒否られた。そうこうする間に万彬が、
「それに、折角だと思って学舎の園の中のカフェの予約も取ったので、お楽しみいただけると思いますよ?」
(うわぁぁぁぁぁぁ、無理だァァァ!!)
そもそも、私は普段から行けるときはぱっぱと行くし、行けないときはきっぱり断ってきたから
(なんか、最近諦めが多くなってきている気がする)
諦めが良いのは長所だが、良すぎるのは短所だ。その見極めを付けなければすぐに『闇』に呑まれる。
(……『闇』を気にしないから、『表』の人間は諦めが悪いのかな)
「そうなんですか! それは楽しみです!」
やけくそに返事をして、四人で席を立った。
▽ ▽ ▽
「へぇ。そうなんですか」
「それは面白いですね!」
「わぁ、楽しみです!」
「すごいんですね」
「流石は婚后さんですね!」
「うーん、もっと早くから常盤台に入りたかったなぁ」
そろそろリアクションのネタが尽きてくるぞ。
昼前から待ち合わせをして、お昼も食べて、そろそろおやつ時。その間に一体どれだけ連れ回されたことか。
連れ回されて、大量の店を冷やかして、得られた情報は大漁で。
曰く、常盤台には寮が二つあり、片方が学舎の園の中、片方が外にある。そして、
ちなみに、「常盤台といえば、もう一方レベル五がいらっしゃいましたよね? たしか、食蜂操祈さんとか。その方はどちらの寮にお住まいで?」と聞いたところ、
「あら、どちらの寮でいらしたかしら」
「学舎の園でもよくお見掛けしますよ」
「でも、御坂さんは一緒に寮監に怒られたことがあるとおっしゃられていませんでした?」
「「「まあ、何にせよ、どちらかの寮にはお住まいでいらっしゃるわ」」」
……まず間違いなく精神操作、それも認識操作の類を使っている。ヤツは神出鬼没という訳だ、気を付けよう。
「さて、そろそろ予約の時間ですし、カフェに向かいましょうか」
絹保が街灯と並んで立っている時計を見て言った。
件のカフェというもの、それは、まあ、何と言うか、お洒落な店だった。
この学舎の園自体が西洋風建築の集まり、更に言えば街並みもそれに近づけている。その瀟洒な雰囲気に違和感なく溶けこんだ店。テラス席もあり、そこに座っている生徒たちが醸し出す雰囲気は無粋な人間を遠ざけていた。……そも、この街の中に無粋な人間など皆無に等しいのだが。
「―――って、あら、御坂さんじゃありませんか?」
(…………ハァ!?)
光子の言葉に目を剥き、事実を認識、せざるを得なかった。
「あ、婚后さんたち、こんにちは」
「あら、婚后さんですの。それに泡浮さんと湾内さんも。……そちらの方は? 見かけない顔ですが」
どうにも見覚えのある二人組に、どうにも聞き覚えしかない二つの声。いいだろう、認めてやる。
どう見ても御坂美琴とその付き人です、ありがとうございました!!!
「わ、私は来年の一月から常盤台の二年生に編入する成辺るんです。
ペコリと頭を下げる。腰から九十度、顔を隠して。これで向こうはさらりと重力に従って流れたストレートの茶髪が印象に残ったはず。
次に顔を上げて、にっこりと笑う。ニヒルな感じも出さず、目を糸のようにして、聖母の如く。以前戦っているときに見せた笑みはもっと違う種類の笑みだ。これで印象をアレから遠ざける。更に瞳を見せずに目の印象を薄くし、相対的に黒縁眼鏡の印象を強く押し付ける。
初めましてをそのまま受け取り、同時に前回との共通点を削った印象を受けたはずだから、この二人組には取り敢えずこれで……。
「へぇ、編入生がもう一人。すごいこともあるものね。私は御坂美琴、これからよろしく」
御坂と握手を交わす。怪しまれた気配は無い。
「あらあら、貴女は余り無茶しないことですわね。そちらの婚后さんの二の舞ですわ。私は白井黒子、
うん、この風紀委員も大丈夫みたいだ。というか、
やはり、初対面の敵対していない人に対する対応は二人とも一般的なのだろう。よかった。
「それで、御坂さんたちはどうしたんですか?」
万彬が訊く。バクが応えた。
「わたくしたちも今日は学舎の園の中で、……小物を見繕っていましたの。それで、少々休憩しようかと思いまして」
「でも、この店完全予約制なのよね~。すっかり忘れてたわ。前から入ってみたいと思ってたんだけどね」
御坂が繋ぐ。それに絹保が手を叩いた。
「あら、でしたらご一緒しませんか? ここの予約、人数は問われませんもの」
「え、いいの? だったらお言葉に甘えちゃおっかな」
(絹保ォォォォォ)
いや、薄々感づいてはいたさ。この三人の人の好さに。というか、常盤台の学友ならばこのくらいは普通か。常識的に考えて何も問題はないのだから。だから、私が反対することもおかしい。くそぅ。
と、そんなところでその場にprrrrと着信音が鳴った。
しばし、天使が躍る。
ハッと、バクが通信端末を開いた。
「はい―――はい? ―――はぁ……―――――分かりましたわ」
それだけでバクは通話を切った。そしてこちらに向き直り、
「申し訳ありませんの。風紀委員の方で呼び出しが入ってしまいました。名残惜しいですが、これで」
「ん? 黒子、何があったの。わたs「いえいえ、大したことのないただ警備を言いつけられただけですわ。お姉さまのお手を煩わせるほどのことでも。お姉さまはカフェをお楽しみください。では」
と言うと、
「にしても、最近物騒よね。ま、仕方ないんだけど」
御坂が零す。それに光子たち三人も苦笑している。やはり、第三次世界大戦以来中々日常には戻らないらしい。
「じゃ、私らはカフェ楽しもっか」
(……そうだった。何とか隠し通さなきゃ……)
二日ほど遅れました。申し訳ない。
プロットが八割方できましたが、このシリーズは長く続ける気はないので、新年度までには終わりそうです! よろしくお願いします!