(あー。終わった。私の人生終わった)
成辺るんは、完全に諦めていた。はっきり言って、彼女にとって麦野沈利の存在は鬼門中の鬼門。死を覚悟する程度ではすまない。
更に、それに加えて滝壺理后がいる。その指は真っ直ぐ成辺を指し示していた。彼女の能力を知っている成辺からすれば、それは死刑宣告にも等しい。
しかし、この場には別の戦力がいた。成辺は一行の最後尾にいたこともあり、先頭を切っていた御坂が最初に麦野達に接触していた。
「……正直、言いたいことはたくさんあるし、決着も付けたいけど。今はアンタに構ってる暇はないの。どいて」
「あら、奇遇ね、
自信に満ちた表情をする麦野。今の彼女にとって、学園都市の順位はさして気にすることではない。それよりも、
「フレンダ? ……って、あの金髪の爆弾女? そんなのがどこにいんのよ」
一度遭遇したことのある御坂が反応する。婚后ら三人は見知らぬ存在に警戒を強めていた。
「へぇ、第三位の目って超節穴なんですね」
「あ゛?」
ドスの効いた御坂の声も、暗部に暮らす絹旗には痛くもかゆくもない。
スタスタと、御坂達の間を絹旗は通る。婚后らは警戒を示しつつも、遮るわけにもいかずに通した。
成辺の前で止まった絹旗は、成辺の髪を掴み思い切り引き落とした。
ハラリ、と零れるのは金色の髪。ゆるいウェーブを描くそれは、明らかに今までのものと違っていた。地面に落ちたウィッグが何よりの証明だった。
息を呑む音が、四人の口元から発せられた。
「ね? やっぱ超節穴じゃないですか」
「…………」
御坂が黙りこくり、フレンダは俯き、その異様な雰囲気に婚后らもすっかり呑まれていた。
「……あの、すみません」
「なんですか? フレンダ」
「その、フレンダ? さんがどなたかは知りませんが、私は御坂さんたちに自分を偽っていました。すみません」
顔を上げた成辺の口から出た驚きの言葉。絹旗の顔が漂白される。
「は?」
「フレンダさん、でしたか? 人違いではありませんか? 取り敢えず、今私たちは急いでいますので―――」
成辺が前に足を進めようとしたとき、その体が浮き上がりかける。麦野が成辺の金髪を掴み持ち上げていた。
「フ・レ・ン・ダぁ?」
「おい、麦野!」
その鬼気すら感じさせる笑顔。心当たりしかない浜面が止めに入るが、それを麦野は理知的な瞳で抑えた。
「―――おい、
平素の麦野よりも優しい声色。御坂はそれにやや吃驚するが、素直に答えた。
「……私らの友達の安否が不明。その無事を確認しにいく」
それに麦野が何かを返そうとしたとき、御坂のポケットのカエルが鳴いた。
麦野が無言で促す。御坂は視線を外さずに携帯を取る。緊張して静まった場には、携帯から漏れる音声が流れた。
『御坂さん! 大変です。佐天さんが!』
「ッ!? 佐天さんがどうしたの!?」
『第七学区で起きた強盗事件の人質になってしまったようです!』
「何ですって!」
『犯行に及んだ集団は既に逃走していて、佐天さんも連れ去られてしまったと!』
御坂が焦りを見せた瞬間、麦野がその手から携帯を取り上げた。
「はぁい。ちょっといいかしら?」
『だ、誰ですか!』
「その、佐天さん、って子の救出に手を貸してあげようかな、っていう人」
『―――何ですか』
「物分かりが良いのは嫌いじゃないわ。それで、その強盗事件が起きたのはいつ? それと具体的にどこ? 犯行グループの構成、犯行の詳細、それらを教えて」
『……強盗が行われたのは、今から約二時間前、第七学区の第十三地区の複数の小売店です。犯行グループの構成は、およそ十人から二十人。全員が男性で、年齢は高校生ほどと推測されています。犯行は銃火器を用いて店内を制圧、その後店内にいた客を人質にして店から現金や商品を奪って逃走、それを複数回繰り返しています。人質となった客の中で、佐天さんだけは解放されずに犯人達に連行されました。犯人達は多面作戦後に一台の黒いバンで逃走。現在は
「…………ちょっと、その黒いバンの画像があったら送ってくれるかしら」
『今、転送しました』
「仕事が早い。褒めてあげるわ」
麦野は他人の携帯であろうと構わずに操作。微妙に高い位置にある携帯を奪い返そうか御坂は悩むが、会話の内容を聞き一旦の放置を決める。
送られてきた画像を確認し、麦野は頷いた。
「うん。私たちついてるわね」
『何がですか!?』
「ああ、私らはこれからその佐天さんって子の救出に向かうから。この携帯の位置情報探るでも何でもしてれば?」
それだけ言って通話を切ってしまう。麦野は用済みになった携帯を御坂に放ると、滝壺を振り返った。
「滝壺。アンタ、二時間くらい前に猛スピードの黒いバンからAIM拡散力場を観測したわよね?」
「分かった。追跡する」
それだけ。それだけで滝壺は能力を使用した。フレンダ探しでも使わなかった能力を。
フレンダ探しで使わなかった理由はいくつかある。一つ目は、最後にフレンダに会ってから期間が空いたからだ。AIM拡散力場を正確に覚えていた訳ではなかった。二つ目の理由は、負担の大きさだ。浜面をあまり心配させたくはなかった。それに、時間をかければ能力を使わずとも探せたのだ。
だが、今回は違う。麦野がいきなりこんな行動を取った理由は分かる。先に向こうの予定を潰して、ゆっくりフレンダと話そうという魂胆だ。更に言えば、人質の救出も兼ねている。つまり早急な発見が望まれた。幸いなことにいまだAIM拡散力場の波長は覚えていた。
「おいっ!」
「大丈夫。大体、感覚は掴んだから」
浜面が声を荒げる。それに対して滝壺は心配してくれた、と少し嬉しそうにしつつもその心配を切り捨てた。今の滝壺のコンディションは連日の捜索のせいで酷いものだ。だが、今の滝壺の
「こっち」
端的に告げ、滝壺は駆け出す。麦野達『アイテム』はそれに続いた。そして能力の詳細はわからないが、話の流れから佐天の下に向かっているのだと察し、御坂達も駆け出した。成辺も、無言でそれに続く。
佐天の救出という重要事項があったためにこの場での成辺に対する追及はなかった。そのため情報の共有が行われず、婚后らは素直に成辺の言を信じ気遣わし気にその表情を窺う。しかし、御坂の中での疑念はどんどんと膨らんでいた。
(どういうこと? あの顔、成辺さんは確かにあの爆弾女。でも爆弾女はそれを否定した。それに対して
御坂の中で成辺=フレンダは確定していた。御坂が見た成辺るんは気弱で、本当に一般的な少女だった。間違っても絹旗や麦野の気迫、怒気に耐えて受け流せるはずがない。婚后らのようにその空気に呑まれるのが普通で、正面から会話に取り掛かるなどできない。その点で、既に成辺が今まで見せていた尋常さは否定されていた。
そして、逸般人であることは、フレンダであることと実に結び付けやすい。あの爆弾女であれば殺気に怯むような人間でないことは確かだ。
御坂は佐天を助けた後、何とかして聞き出そうと決意した。
▽ ▽ ▽
(あー、もう、どうしよう)
私は現在進行形で絶望している。
(何でバレたし。いや、普通に滝壺の能力だろうけどさ。……いや、でも滝壺に体晶を使ってた印象はなかった)
だが、どう推測してみても私の知らないことの方が『アイテム』のメンバーには多い。そもそも知っている情報だって、能力に関することを少しだけだ。詳しい能力詳細など知らない。
あの場は一旦はぐらかしたが、精々数時間の後回しにしかならないだろう。何せ、麦野と絹旗と滝壺、ついでに浜面がいるのだ。涙子の救出など片手間で終わる。
(あー、マジでどうしよ)
手段はいくつかある。まず、大まかに分ければ、フレンダと認めるか否かだ。
フレンダと認めた場合、『アイテム』はどう動くだろうか。……今回は珍しく対話から入ったから穏便に済むかもしれないが、一度否定しているから対応は悪くなる。それに穏便に連れ帰って人目のない所で
まあ、少なくとも常盤台生として生きる未来はなくなるだろう。
フレンダと認めなかった場合、『アイテム』には戻らないということだから、常盤台側に寄ることになる。今の私には『アイテム』と常盤台しか居場所がない。というより、『アイテム』にはどうやら執着されているようだから、常盤台のような場所でなければ留まれない。
だが、常盤台には御坂がいる。ついでに言えばバクもいるし、他にも
御坂は甘い。バクはそこまで甘くないが御坂には弱い。他の者も押しなべて甘い、甘すぎる。つけ込む隙はある。いや、感触から言えば素直に頼めば匿ってくれるはずだ。
しかし、常盤台で大丈夫なのだろうか。
相手は、『アイテム』だ。暗部抗争で『アイテム』は大負けした。その後には第三次世界大戦もあった。暗部抗争のときに潰れた暗部組織もあったことだろう。つまり、暗部は再編された可能性が高いのだ。
再編された『アイテム』。メンバー構成的に大体は変わっていないとしても、私の代わりがいるはずだ。私は自分で言うのもアレだが高位能力者だ。その代替も高位能力者に決まっている。
また、『アイテム』がそのまま再編されたならば、当然バックに学園都市がいる。以前と同じ数だけの暗部組織を構成できるとは思えないから、数が少なくなった分一つの暗部組織に対するリソースは増えているはずだ。
それに、常盤台で対抗できるのか?
実際には、私には選択肢など残っていないのではないか?
常盤台では『アイテム』に敵わず。
私個人では、今のようにすぐに『アイテム』に追い付かれ。
(あー、やっぱり終わった。私の人生終わってる)
思考が辿り着くのは結局そこ。抗えない滅び。
思考が幾度か廻り、幾度かソコに落ち着いて。
そんなことをしている内に、一行は何度も角を曲がり、道を駆け抜け、街の奥まったところに入り込んでいた。
「ここ。ここの中から、あのバンに乗ってた人のAIM拡散力場を感じる」
滝壺が能力の指し示すことを伝える。滝壺は今日だけで一体どれだけ戦果を上げたことだろう。
(ホント、便利な能力なことで)
何を言おうとも、私が覚悟を決めなければならない時間はすぐそこに迫っていた。
※フレンダは暗部がどうなった、とか、『アイテム』がどうなった、とか、まるで知りません。