目が覚めた。
そして辺りを見回す。周りには誰もおらず普通の朝であることを確信した。
食事の前の軽い運動はここ数ヶ月程前から始めたが今では苦もなくいい日課になっている。ルートは寮から出てグラウンドまで移動、そこからトラックを2周走ってまた寮に帰ってくる。走っている途中で出会う
そして少し早めの朝食。部活動の朝練のある人間は皆この時間に朝食を摂る。中には部屋に戻ったり部活棟のシャワー室で汗を流す人間もいるが俺は先に朝食を摂る。それにこの時間帯なら彼女達に会わなくて済むので楽に食べられる。最後に食後のコーヒーを飲もうとして手が止まる。本当は飲みたいところだが残念なことに今の俺にはそれをすることができない。
汗を吸って重くなった下着とトレーニングウェアは洗剤とともに洗濯機に入れて選択する。その間に俺はシャワーを浴び、汗を流していく。
平和とは平―つまりは並―で和むと書き、平穏とは平たく穏やかと書く。
俺の日常は常にこれを欲している。俺の日常で休まるのは朝と夜の僅かな時間だけ、それも
昔、友に借りた漫画の中に数々の殺人を犯しながらも平穏を望んだ殺人犯という登場人物がいた。あの頃はとんでもなく矛盾した上に自分勝手な奴だなぁとか思っていたが今ならある意味、平穏を求めた彼の気持ちが分かる。
異常の中で過ごす事はストレスなのだ。だからこそ普通の日常というのが大切に思えるし、ひどく必要に思える。それは異常の大きさが大きければ大きいほどその想いは強くなる。
人は異常だけでは生きることができない。それは食に例えれば分かりやすい。異常とは味に限れば激辛料理のようなものだ。だがそれだけを食べたいからと言われればそれは不可能だろう。辛さというものの刺激は舌だけでなくその先の胃や食道にまで影響を及ぼす。時たまでいいのだ。そういった辛味は日々の食事に加える文字通りのスパイス。だからこそそれは少しだけでいい。
俺は世間一般でいう異常の中で過ごしたわけではない。俺にとって日常はそのまま日常であり、異常はそのまま異常なのだ。その逆は決してない。
シャワーの後に鏡で自分の顔を確認する。身だしなみというのは非常に大事だ。身だしなみというのは相手に与える第一印象でありそれだけでその個人を大まかに判断する材料になる。
だが俺にはどうもこの鏡を見るという行為が好きになれない。これは至極当然だが目が合ってしまうのだ。そしてその目は俺を責めてくる。そろそろ決めろと。ここ数週間は特にそれが強くなってきている。心の中では多分分かっているのだろうと責め立ててくる。その優柔不断さが今の自分の状況を生んだのだと。そんなことは分かっている。分かっているが踏み込めないでいる。良くも悪くも彼女達は友だ。その繋がりを切るなど俺にはできるか分からない。だが決めなければならないのも事実。このままでは俺だけではなく他の学友も危険に晒されるだろう。だからこそ俺は…
――コンコンコン
その音で俺は現実に戻された。約束をしていた学友が部屋に来たのだろう。部屋のドアをノックしてくる。俺は自分がするべき全ての準備を終わらせ、扉を開いた。
「おりむー、おはよ〜」
「おはよう一夏」
そう、俺の名前は織斑一夏。自分の行いの結果とはいえ面倒な5人もの少女に惚れられた不幸な人間である。
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俺はモテる部類の人間であると自覚したのは3年ほど前のことだ。きっかけは単なる気付きからだった。姉がモンドグロッソで優勝した頃から少しずつ進んでいた女尊男卑が一気に進み、小学校でも女子が男子を顎で使い始めるまではなかったが翌年度の生徒会の面々がほぼ女性で固められた。そんな極端にいえば女至上男ゴミなこのご時世に染まりつつある少女に告白紛いのことをされればそれは気付くだろう。思えばそれ以前にも同じようなことが何度かあった。
そこで漸く自分は自覚することができたが同時に告白してくる人間の本心がわからなくなっていった。
"本当に相手は自分を愛しているのか?"
それが告白される度に俺の頭に張り付いて離れない。我が姉は今のこのご時世においてある意味神だ。そしてその唯一の肉親が俺。つまりは姉の信者からすれば姉が男性と結婚、又は交際していない以上、彼女の愛を受けることができる人間というのはほぼ俺だけなのだ。
もう分からなかった。俺に告白してくる人間全てが悍ましく思えた。俺を必要としてくれているのか、それとも姉の義妹というポストを求めているだけなのか。
だから俺は見て見ぬ振りをした。それが俺自身に本当に向けられた愛だとしても。この相手にとっては一世一代の告白だとしても。俺は見ないふりをした。気付かない唐変木で朴念仁なイケメンを演じる事にした。だがその仮面もいずれは剥がれる。
だからこそ
だからこそ
俺は覚悟を決める時が来たのかもしれない。俺の手でこの地獄を潰す覚悟が。
そして俺自身で愛する人を決める覚悟が。