9回裏2アウト、1-2でランナー二塁三塁。
バッターボックスには5番、俺。
冷たい汗が頬を伝う。
ココ一番のこの場面、絶対にモノにしなければならない。
バッターボックスの中は、とても身体が重く感じられ、まるで別次元にいるような感覚がする。
ピッチャーが初球を投げる。
インローのスライダー、見逃しのストライク。
ピッチャー第二球。
アウトローのチェンジアップ、ボール。
ピッチャー第三球。
インハイのストレート、空振り。
追い込まれたがピッチャーから絶対に目を離さない。
ピッチャー第四球。
ストレートがワンバウンド、ボール。
ピッチャー第五球。
アウトローのスライダー、外れてボール。
これでフルカウント。
ネクストバッターボックスに立つのは、今日4打席3安打1四球の男。
確実に俺で決めたがる。
だから次のボールはワイルドピッチでもない限りはストライク。
ピッチャーは一息つく。
ピッチャーの持ち球はストレート、チェンジアップ、カーブ、フォーク......そして奴の決め球スライダー。
フォークは三塁ランナーがいるのでワイルドピッチの危険性から除外。
この打席でカーブを投げていないことが不思議だ。カーブあるか?
初球スライダーはゴロで打ち取るため、ではさっきのスライダーは決める気だったが外れてボール。
ストレートの可能性もある。チェンジアップは切ろう。
ピッチャーの顔を凝視する。一度だけ首を振り、その後すぐに頷いた。
......決めた、インローのスライダーだ。
ピッチャーの第六球。
インローのスライダー。
思いっきりバットを振る。
山勘は当たった。
当たるかどうかは後はバット次第。
ガギィン
バットとボールが当たる、心地のよい感触がした。
バットに当たったボールは、
バットに当たっても、キャッチャーミットに吸い込まれていった。
■
「だぁぁぁぁあああ負けたぁぁぁぁぁぁ!」
「うるさい
オバちゃんから頭を叩かれた。
ここは駄菓子屋『テンライ』。
高校近くの有名な駄菓子屋で、70越えたオバちゃんが経営している。
部活帰りにいつもここに来るのが野球部の常だ。
「オバちゃん、最後の最後でホームランがファールチップやったんぞ?少しは叫ばせてくれよぉ」
「打てなかった奴が何いいよるか」
「僕はオバちゃんの耳が遠くなってなくて驚いてます。思ったより若かったんですね」
「聞ことるぞ
皆で軽口を叩きながらアイスを頬張る。
「しかし最後さ、なーんで監督は代打送らんかったんだろなぁー?」
「そんなことも気づかんのか。俺のバッティングがどれだけ素晴らしいモノかをついに気づいたんだぞ」
「確かに。こんな打席でガチャ回してるようなバッターより代打で響先輩の方が絶対にヒット打てますよねぇ」
「あっれー無視ですかー?」
「キャプテン、どー思うー?」
「まずさまずさ、あのキャッチャーはスライダー好きすぎるやろ。あのスライダー以外やったら俺はいつでもホームラン飛ばせるわ!」
「高めのストレート空振りましたやん」
久也の強がりはの
「そういう南田も今日エラー3つだろ!何が鉄壁ショートだよディズニーのチーズみたいに穴ボコやんけ!」
「イレギュラーバウンドが多すぎたから仕方ないですね。俺じゃなきゃエラー6つはありました間違いない」
オバちゃんが奥から焼きイカを三本持ってくる。
「おらー焼きイカ三本できたぞー。頼んだ奴はよーこい!」
「焼きイカ三本ー!」
「焼きイカ頼んだ奴ー!」
「あ、オレオレ!オバちゃん一本こっちー」
「とりこんかい!」
「あ、二本僕です」
オバちゃんの持ってきた焼きイカに群がる
二人受け取った途端、焼きイカにがぶりつく。
「アッツ!......おおうまいうまい。蘇我、お前二本で足りるん?」
「最近新しいキャッチャーミット買ったからお金足りなくて......」
「じゃあ俺が一本奢ったろ。オバちゃん焼きイカもう一本!」
「あいよー」
「前橋先輩......有り難うございます!」
「ええて、今日のお前のリードは冴えとったからな!お礼や!」
「次も頑張ります!」
蘇我と前橋の絡みを見ていた
「池上先輩。蘇我、大丈夫ですかね......」
「前橋は......そういう男だから」
「いやでもボディタッチ多すぎません?」
「去年の合宿じゃ一番最初に風呂に入って最後まで居たからなぁ。シャワー派なのに」
「シャワー派なのに大人数での風呂は長風呂......それってガチじゃ」
「イヤッ!まだ疑惑止まりだし!蘇我につきっきりだし!」
「そ、そうですよね!僕たちは大丈夫ですよね!」
本松と池上の後ろでは
「スタメン外された......交代出場すらなかった......。監督ぅ......俺のリードじゃダメですかぁ......?」
それを見て心配する
「加賀さん。響先輩、大丈夫なんですかね」
「......いつもの事」
「あ!今日の6回降板までの完封!先輩カッコよかったっすよ!」
「......いつもの事」
今日もテンライは大繁盛だった。
■
山に囲まれたコンビニもないド田舎にある山川市。
そんな山川市に唯一ある高校、県立山川高校野球部は弱小である。
部員は一年と二年だけのたった12名。
創部して約47年、甲子園優勝どころか出場の歴史もない。
ピッチャー3名
キャッチャー2名
他の守備位置にそれぞれ1名。
監督は女性。
マネージャー1名。
たったそれだけで語り尽くせる部活だった。
■
「ショートォ!」
前橋の気迫ある怒号と共に放たれる打球を南田が捕球。
「おっとと、ファーストッ」
態勢を傾けながらのファーストへのスローは、綺麗にミットへと収まる。
「ナイスボール」
鉄仮面のキャプテンが低く響く声で南田を鼓舞する。
しかし、前橋の「サードォ!」という声を聞いた瞬間、顔を少し歪めイヤな顔をした。
「バッチこーいッ、ってショートバウンドォ!?だぁッファーストォ!」
サードの久也は覚束ない動きで何とかショートバウンドを捕り、そのままファーストにスロー。
久也の投げた球はバシッっと気持ちのよい音を立ててミットに収まった。
キャプテンの頭上を越えて、後ろを歩いていた金谷のミットに。
「ナイスボール」
金谷がジョークを言うが久也には生憎と笑う余裕がなかった。
久也はチラッと前橋を見た時、そこには般若がいたから。
「久也ァ!何回目だぁ!」
「つ、次は!次はキチッと決める!」
「それはさっき聞いたぞぉ!」
久也が前橋にまた守備で叱られるのを横目に、キャプテンは金谷の方へと向かう。
「ナイスキャッチ、いい反射神経してるな。金谷」
「有り難うございますキャプテン。僕は久也先輩の守備が本気で心配です」
「キャッチャーからコンバートしてまだ1ヶ月だからな。あと少しは目を瞑ろう」
「あの人本当にキャッチャーだったんですか?」
「下手くそだったがな。俺が投げる簡単なスライダーくらいしか取れなかった」
「ええ......」
金谷が久也を見る。
久也は前橋に正座させられ、前橋のショートバウンドの捕り方を一から聞かされていた。
「バッターボックスにいる時の久也先輩と同一人物とは思えませんね」
「人が変わるからな、久也は」
「お待たせー!」
「ごめんなさい待たせてしまって」
校舎がある方から監督と星川がやって来た。
「ごめんなさいね、職員会議で遅れてしまって」
「いえ、監督も忙しいでしょうから」
監督とキャプテンがいつもの挨拶を交わす。
星川は久也と前橋を見てゲンナリした。
「まーたやってるよ。今度はなに?」
「久也先輩の送球がキャプテンの頭を越えました」
「相変わらずヘッタクソねぇ......」
■
「もっといい感じに捌けねぇかなぁ」
久也は手を閉じたり開いたりを繰り返しながらランニングをする。
今は朝の五時、久也は日課で家から近くの神社まで走っている。
「あーあ、もっといい感じにこう、なぁ」
久也ぼやきながら神社まで走る。
神社につけば、一人の金髪の外国人のオッサンいた。
石階段に座って寝ているようだ。
「うっわ、酔っぱらいか?」
久也は彼を起こすか迷っている。
「まだ5月って言ってもここは冷えるからなぁ。でも英語しゃべれねぇし......。まぁいいや起こしちまえ」
久也は外国人の肩を揺さぶる。
「おーい起きろー。風邪引くぞー」
「............absolutely will not allow......」
「なにいってんだよアンさん。日本語じゃないと分からんぞー」
「.........I hate......」
「だーもうめんどくせぇなぁ!起きろォ!」
久也は外国人の肩を叩く。
すると外国人はビクッと体を震わせて目を覚まし、周りをキョロキョロと見回した。
「What is it!?」
「おー起きた。オッサン日本語喋れる?」
外国人は周りを見たあと、自分がどういう境遇にいるのかを思いだし、落ち着いた。
「ahー、すまない少年。寝ていたようだな」
「お、日本語喋れる。てか上手い」
久也は外国人の流暢な日本語に驚いた。
「少年、ここら辺に宿泊場所はないかい?」
「泊まれる場所?ないけど」
「......そうなのか。通りであれだけ歩き回ってもhotelのHもなかったのかぁ。あークソ」
「オッサンどうしたんだ。泊まる場所ねぇのか?」
「あーうん」
「ウチ来る?」
「いやいや少年、初めてあった人間を家にいれていいのは美しい女性だけだよ」
「......今のでオッサンの人間性を大体理解したわ」
「凄く偏見された気分だよ少年......」
久也は外国人を節操なしの男だと認定した。
「そーいやオッサン。なんでこんな辺鄙とこにいるんだよ?」
「いーや、古い友人にここに行けって言われてねぇ。野球をしに来たんだ」
「野球すんの!ポジションは?」
「現役の時はサードだったな。いやぁ懐かしいなぁ」
「サード!俺もサードやってんだよオッサン!ん?......現役?」
「ああ、君もサードか!いやー偶然だなぁ。僕は現役の頃はサードを守らせれば右に出るもの無しとまで言われててねぇ。ああ、懐かしいなぁ......」
久也を置いて一人昔を懐かしむ外国人。
そんな外国人に久也は一つ疑問があった。
「いや、オッサン。いま現役はって」
「ん?ああ、ここらへんにある高校でコーチをしにきたんだ」
山川は山に囲まれたド田舎。高校なんて一つしかない。
「え......ウチにコーチィ!?」
久也の声は同時刻にランニングしていた加賀にも届いた。