この息が止まるその日まで   作:りんごあめ

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ちょうど5ヶ月振りの更新になってしまいました…お久しぶりです。

第三十四話よろしくお願いします。


第三十四話 「おんがく」

草加だったモノを近くの草むらに隠して近くの川で血に濡れたゴルフクラブを手際よく洗う。そうして車へ戻ろうと歩きながら考える。

 

草加のことをどう言おうか。

悪いのは明らかに草加の方だ、しかしだからといって自分が殺したとあるがままのことを言ってしまうのは彼女たちが少なからずショックを受けるかもしれない。ここは彼女たちのためにも嘘を言っておこう。適当な理由をつけてアイツは夜のうちに出ていった、と。

 

車の前まで帰ってくると、できるだけ音を立てないように車の窓から入り自分のベッドへ戻り何事もなかったかのようにそのまま眠りについた。

 

 

 

翌朝、目が覚めベッドの前のカーテンを開き車内を見渡す。

運転席にも、テーブルの所にも誰もいないようだ。それだけのベッドの前の仕切りのカーテンも皆閉まっており、すうすうと寝息も聞こえてくる。全員まだ眠っているらしい、今のうちだと草加の持っていたリュックを取りベッドから出る。そうして持ち出された食料などを元あった棚にしまい、光は椅子に腰を下ろした。

 

初めてかもしれない。

初めてまだかれらになっていない人間にゴルフクラブを振り下ろした。

あれだけ噛まれていたのだからいずれかれらになってしまうのだがあれはまだ人間だった。自分は初めて人間を殺したのだと自らに投げかける。

 

しかし罪悪感など何も感じることができなかった。何の感情も起こらず、冷酷に武器を振り下ろしただけ。やはり自分には本来なくてはならない心が抜け落ちてしまっているのだろう。

 

大げさなため息をつき、やることがないからと日記を開きこれまでのことを書き記していく。たいした娯楽もなくなってしまったこの世界、書き記すのに没頭し気づけば時間が経っている、ということができる日記に光は自分で予想していた以上に熱中していた。そのせいもあってか彼の日記は日記にしては詳細すぎるくらいその時に彼や彼女らが言った言葉や状況を鮮明に記していた。

 

 

 

「おはようひかるくん」

 

「……。」

 

「ちょっと、聞いてる?ひかるくん!」

 

「ん……あ、おはようりーさん。いつも早起きだな」

 

声をかけられているのに気づかず少し遅れて顔を上げ挨拶をする光。そんな彼にもぉ、と小さくため息をつきながら悠里は辺りを見回し首をかしげる。

 

「ねぇ、あの人の姿が見えないのだけれど……。」

 

「あの人?あー草加のことか。アイツなら夜のうちに出ていったよ、俺が見送ったし間違いない」

 

「え、夜に?なんで急に、彼明日の朝出ていくって言ってなかった?」

 

「それは……なんでだろうな。気が変わったとか言ってたよ、お前らだって早くいなくなった方がいいだろ?とも言ってたな」

 

「……そう。それならそれでいいわ。私だって正直もう会いたくなかったし。…じゃ!朝食の準備しておくわ。ひかるくん、もう少ししたらみんなを起こしてもらってもいい?」

 

「おう。」

 

小さく返事をした。

 

 

 

嘘は言っていない。

気が変わったと言ったのも早くいなくなった方がいいだろうと言ったのもアイツが本当に言っていたことだ。

自分は全てを話していないだけで嘘を言ったわけではない。

これでいい、別に知らなくていいことだってある。彼女達のためだ。

 

そう自分に言い聞かせ何事もなかったかのようにこれまで通り振る舞った。

 

 

 

 

 

朝食を済ませ光の運転で車が走るなか、由紀がひょっこりと現れた。

 

「ねえねえ退屈だし何か音楽流そうよ!」

 

「音楽?CDとかあんのかな…」

 

光がそう言うと由紀はくるりと後ろを向き座っていた涼音に聞く。

 

「う〜ん何もないかなぁ、ごめんね私がいたとこから少しくらい持ってくればよかったね」

 

申し訳なさそうに頬をかく涼音。由紀の望みは叶わないらしい。「そっかぁ」と残念そうにする由紀の様子に美紀も苦笑しながら口を開く。

 

「たしかに音楽があったほうがリラックスできたりするかもしれませんね」

 

「なら今度CDショップでも見つけたら寄ってみるかー」

 

「くるみちゃんいいね!うんうん、そうしよう!」

 

 

にこやかに談笑する彼女達の声に僅かに顔をほころばせながら光は車を停める。運転席を降り悠里へ声をかける。

 

「そろそろ昼飯の時間だよな。車この辺に停めとけばいいよな?」

 

「ええ、大丈夫だと思うわ。みんなそろそろお昼にしましょ」

 

悠里のひと声に机の上を片付けたり、食器を取りだしたり、昼食の用意をしたりと各々準備を始める。時おり笑顔を見せながら動く彼女らの姿を見て光はやはり草加がいなくなってよかったと心の中で思った。昨日までは彼女らに笑顔がいつもより少ないと感じていたこともあり、元の日常が帰ってきたようだと安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「ごちそうさまでした!!」」」」」」

 

昼食後、ゆっくりしていると涼音が「そうだ。」と声を上げた。

 

「ねぇねぇみんな!気分転換にちょっとお散歩にでもいかない?せっかくのいい天気なのにずっと車の中にこもってるのはもったいないよ!」

 

「おさんぽ?いいねいいね〜!私いきた〜い!」

 

ピンと手を挙げ彼女の提案に賛成する由紀。他の面々にも声をかけていく。

 

「ほらほら、みんなもいこーよ!」

 

「…そうですね、私もちょっと外の空気が吸いたいので行きます」

 

「お、いいね〜みーくん!くるみちゃんたちは?」

 

「ん〜あたしはいいや。お昼も食べたしちょっと眠くてさ」

 

「食べてすぐ寝ると太るんじゃない?」

 

「余計なお世話だ!その分あたしは普段よく動いてんだ!」

 

小馬鹿にしたような言い方に胡桃は噛みつき仕返しに由紀の脇腹をくすぐりだした。

 

「おまえこそ運動したほうがいいと思うんだけどなぁ〜??」

「あはははは!ご、ごめんなさいぃぃ…」

 

そんな2人のやり取りを見て微笑みながら今度は悠里が口を開いた。

 

「2人とも騒ぎすぎちゃダメよ、私もくるみと残るわ。食器を洗ったりしたいし」

 

「そっか、じゃあ仕方ないね。ね、ひかるくんはどうする?」

 

問いかけられ光はうーんと小さく唸った。

 

「くるみは車で待ってるって言うしな…うん、俺ついてくよ」

 

笑みを浮かべそう答えた。それを聞いた由紀はぱっと顔を輝かせる。

急いで準備を済ませドアの前で早く行こうと急かしてくる。

 

「あはは、言い出しっぺはワタシだったはずなんだけどなぁ〜。じゃ胡桃ちゃん悠里ちゃん、ちょっと行ってくるね!」

 

「ええ、気をつけて行ってきてくださいね」

 

「みんななんかあったらすぐ戻ってこいよ〜」

 

「うん、もちろん。それじゃあ……」

 

「「「「いってきます!」」」」

 

悠里達に見送られながら4人は手を振り散歩へと出かけた。

 

 

 

 

「ふ~んふんふ〜ん♪」

 

ゆっくりと雲が流れその隙間から暖かい陽の光が射し込んでくる。吹いている風も暑すぎず寒すぎることもない穏やかなものであることから、そろそろ夏が終わり秋へと季節が移り変わろうとしていてることを彼らに感じさせていた。

鼻歌交じりに上機嫌に歩く由紀を先頭に光、美紀、涼音は誰もいない静かな道をゆっくりと歩いていた。

 

しばらくの間他愛もない話をしながら歩いているとそこそこの広さの公園に着いた。そこに置かれたいくつかの遊具に目を配り由紀が「わぁー!」と声を上げた。

 

「懐かしいな〜昔は暗くなるまでよく遊んだなぁ〜」

 

「そうですね。こういうとこに来ると小さい頃のことを思い出してちょっと懐かしくなっちゃいます」

 

由紀の言葉に頷いてそうつぶやくと美紀は顔をほころばせる。

 

「ねぇみーくん!ちょっと遊んでいこ!」

 

「え、私たちもう高校生ですよ、こんなところで遊ぶのはちょっと……」

 

「大丈夫だよ〜誰も見てないし、ちょっとだけ!」

 

渋る美紀の手を半ば無理矢理とり、遊具へ駆け出そうとしたその時だった。人や生物の声などではない優しい音が辺りに響き渡ってきた。

 

 

 

 

「ん、これは……楽器の音か?」

 

「たぶんバイオリンの音だと思います。でもどこから……」

「あ、みんな見て!あそこ、あの丘の上!」

 

涼音が驚いた声で指を指し光達もその指す方を見る。

 

 

その公園には遊具から少し離れた所に小さな丘のような場所が作られていた。そしてそこには屋根があり、木製のテーブルやベンチが置かれている。

そんな場所に若い男が1人立っていた。

男の首元にはバイオリンがあり、そして優雅に身体を動かし音を奏でていた。

 

奏でる音はだんだんとリズムを上げ明るくアップテンポな曲へとなっていった。

奏でられる音色と男の優雅な佇まいに魅入られ4人は静かにその曲に耳を傾けていた。

4、5分ほど経つと一曲引き終わったようで男はゆっくりと首元からバイオリンを離しぐるりと辺りを見回す。

そうして光達の存在に気がついたようで慌ただしくバイオリンをケースにしまい、テーブルに置くと彼らの方へ向かうため丘を駆け下りてきた。

 

男が自分達の方へ向かってきていると知り光達は話を聞いてみることにした。駆け下りてくる男に近づこうと歩き出すと向こうから騒がしい音が鳴る。見ると男が足を滑らせ転び頭から地面に倒れこんでいた。

 

 

 

 

「え、えっと……大丈夫ですか?」

 

慌てて男に駆け寄り涼音が心配そうに顔をのぞき込む。男はふらふらとしながら顔を上げ一言、

 

「は、はい……すみません、大丈夫です……」

 

なんとも力のない声ではにかんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

話をするなら安全な場所でしようということになり車に戻ることにした。

昨日の草加のこともあり、胡桃も悠里も彼を入れることに難色を示していたが由紀や涼音の説得により何とか了承を得ることができた。

 

「えと、はじめまして。僕は瀬戸(せと) (わたる)です。よろしくお願いします」

 

穏やかな声で小さくお辞儀をしたその青年に釣られ光達も「どうも……」とぺこりと頭を下げた。

茶髪で前髪は眉毛の辺りまでかかりサラサラとしたストレートヘアーをしていて若干幼さが残る美青年という言葉が似合う顔、おおよそ大学生くらいだろうかと彼の顔を見る。

 

「えーと……瀬戸さんはどうして外でバイオリンを演奏してたんですか?」

 

「あ、渡でいいですよ、みんなから名前で呼ばれてたので。

外で演奏してたのは他の人に音楽を届けてあげたかったから、ですかね。こんなことになっちゃってもう音楽を聴く機会なんてあんまりないだろうしずっとなんの音もないのは寂しいかなと思って……」

 

涼音に問われるとはにかんで渡はそう答えた。

 

それからも彼の話を聞いた。

渡はバイオリン職人なのだそうだ。彼の父はバイオリニストで父の遺したバイオリンに魅せられそれを超えるバイオリンを作るため試行錯誤を重ねる日々を送っていたらしい。

壊れたバイオリンの修理などでも生計を立てていたらしく、その筋の人間の中でも結構名前が知られているほどの腕前らしい。

 

「渡さんはすごい人なんだね!じゃあ音楽を届けるためにいろんなとこたびしてるの?」

 

目を輝かせる由紀に照れたように頭をかくと渡は首を横に振った。

 

「いえ、住んでるのがこの近くなんです。僕もほんとは旅にでも出ようかなと思ってたんですけど尊敬している人に頼まれたんです。僕たちの帰る場所を守っていてほしいって。それでその人が帰ってくるまで僕はここに残って音楽を奏でようって決めたんです」

 

「へ〜その尊敬してる人はどんな人なんだ?」

 

話を聞いていた胡桃が興味深そうに問うと渡は嬉しそうに顔をほころばせる。

 

「とても正義感が強くて、まさしく正義の味方!って感じの人で行動力もあるし僕の相談にも乗ってくれてカッコよくて……僕の憧れなんです!いまは他の所にも困っている人達がたくさんいるだろからってそういう人達を助けに行っています。

……僕の周りにいた大切な人達は僕とその人を除いてみんな外の人達と同じようになっちゃって。彼にみんなといたいつもの場所でおかえりなさいって出迎えるためにも僕はここで生き続けようと思ってるんです」

 

「そっか、渡さんも大変な思いをしてきたんだな……」

 

「そうですね……でもみなさんだって大変だったんですよね、学校で生活していたと聞きましたが……」

 

そういえば車に戻ってくる途中に由紀がいろいろと喋っていたなと思い出す。彼女の初対面の人ともすぐに仲良く話せるところは自分には真似できないなとつくづく思う。

 

「ええ、でも私たちはみんなで協力していろんなことを乗り越えてきたから……ただただ辛い日々ってわけではありませんでしたね」

 

悠里が学園生活部の面々も見ながら小さく微笑んだ。

 

「みなさんがすごくお互いを信頼しているのは見ていてなんとなくわかります、素敵な人達だなぁって思いました」

 

彼の裏表のないと感じさせる穏やかな声や優しい笑みに自然と彼女達も照れや嬉しさを覗かせる笑みをうかべている。

 

出会ったばかりであるし決めるには早すぎる気もしたがこの渡という青年は害のない人間だろうと光も感じてきていた。草加とは大違いだった。本性を現してからの言動はもちろん苛立ちなどの不快感があったがそれ以前の時にもどことなく胡散臭さや不信感を感じていた。

しかし渡にはそのようなものは一切感じない、本心を言っているとしか思えない表情や声色に光の警戒心も次第に薄れていた。

 

「あの、もう少ししたら日も暮れてきちゃいますしよかったら今日は僕の家に来ませんか?家の前に門もあるので安全ですよ」

 

「そうだな……ここはお言葉に甘えてお世話になろうかな、みんなもそういうことでいい?」

 

「そうですね、私もそれでいいと思います」

 

それからしばらく談笑していると渡がそう提案してきた。

断る理由もないしせっかくだから好意に預からせてもらおうと話も決まり、一同は渡の案内のもと彼の家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「辺りに誰もいないみたいです、いまのうちに門を開けましょう」

 

「了解です………よっと!!」

 

渡の合図で門を開けようと力を込める。ここ最近は古くなって開けるのも一苦労になっていたらしい。実際にその門は重く光も思わず苦笑した。

ギギギギ……と少々耳障りな音を立て門が開く。

それを確認し光は車のほうを向き頭の上で大きく丸を作る。

それからすぐに車が動き敷地の中へ進みだす、そして車が通ってからすぐに今度は内側から門を閉めた。

 

「渡さんいつもこんなんやって外に出てるんですか?大変ですね……」

 

ふぅ、と息をつきながら言うとそれに渡は首を横に振った。

 

「いえ、普段は裏口があってそこから外に出るんです。車は正面の入り口からじゃないと通れないので」

 

渡がそう答えていると後ろが元気な声が聞こえてくる。お、と小さく光が口を開いた。

 

「みんな降りてきたみたいだ。渡さん、俺達も行きましょう」

 

そう言って車から降りてくる彼女達の元へ足早に向かった。

 

 

 

 

 

 

「わーすごい!ほんとにお屋敷だぁ〜!!」

 

「改めて近くで見てみるとやっぱすげえ……」

 

「なかなか雰囲気のある洋館ですね」

 

口々に感嘆の声を上げる彼女達に恥ずかしそうに渡がブンブン首を振る。

 

「ほんと見た目だけですから、中はたいしたものはないですしあんまり期待しないでくださいね!?」

 

屋敷に住んでいると伝えた時からソワソワしていた彼女達の興奮ぶりに困ったように声を上げていた。

 

彼女達が騒ぎだすのも無理もない、渡の家は住宅地の中で圧倒的な存在感を放っていた。どこでも見かけるような家々が建ち並ぶなかで黒い門とレンガと柵で周りをぐるりと囲まれたその白い洋館は思わず立ち止まって見上げてしまいたくなるような立派なものだった。

二階建てのその家は木材を多く使用した木のあたたかさを感じられる居心地のよい内装になっていた。

 

基本的には1階を居住スペース、2階をバイオリンの工房としており、2階へ上がると大きな机の上には道具や作りかけのバイオリンなどが散乱していた。渡は「汚くてすみません。」と恥ずかしそうに片付けようとしていたが初めて見る光景に興味津々だった由紀達がお願いし実際にバイオリンを作るところを見せてもらった。

話している時はとても穏やかな雰囲気だった渡のバイオリンに向ける真剣な眼差しや手際の良さに光達はさっきまでとは別人なのではないかと思ってしまうくらいの驚きと共にその作業に見入っていた。

 

「ふぅ……とりあえず形はこんな感じで、色はまた別の日にということで。どうでしたかねずっと見てただけですし退屈でしたよね、集中しちゃっててあんまり話したりもしませんでしたし……すみません、いつも没頭して区切りのいい所まで作り続けちゃうんです」

 

「ううん、そんなことないです!バイオリン作るとこ初めて見たしおもしろかった!」

 

由紀が満面の笑みで答えそれを見た渡もほっとしたように笑みを見せた。

 

「私たちの方こそすみません、やりづらかったですよね」

 

「いえいえ!むしろ嬉しかったです、いつも1人寂しく作っていたのでなんだが今日は楽しかったです。

外も暗くなってきましたしそろそろ夕食の時間にしましょう、食べ物はたくさん残ってるのでご馳走しますよ。1人だと食べきれずにダメにしちゃいそうなので遠慮せずどうぞ」

 

家には彼とその仲間達で分け合うはずだった食料が備蓄されていた。その仲間達は1人を除いて感染してしまい渡1人で消費することになってしまっていたらしい。

 

家にあった食料をご馳走になりしばらくの間皆で楽しく語り合いその日はお開きとなった。

1人ずつに部屋が与えられおやすみと挨拶を交し眠りについた。

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、光はふと目が覚め布団から出た。喉の渇きを感じ部屋を出てリビングへ向かう。テーブルに置きっぱなしにしていた自分の水を手に取りペットボトルのキャップを開ける、そうしてその水を流しこもうと首を上に向けるとあることに気づいた。

 

「……渡さん?」

 

リビングに階段がありそこから工房として使っている2階の部屋に直接上がれるようになっている構造のため柵はあるが上の様子が見えるようになっている。その柵の隙間から椅子に腰かけ窓のほうを向き空を眺めている渡の姿が見えた。

なんとなく気になったので声をかけてみようと木製の階段を昇る。ギシ、ギシと軋む音に気づいた渡がはっと振り向いて穏やかな表情で首を傾げた。

 

「あ、光くん。どうしたんですかこんな時間に眠れませんでしたか?」

 

「いや、喉が渇いたんでちょっと水を飲みに……渡さんこそ眠れないんですか?」

 

光がそう問い返すと渡は少し悲しげにも思える顔で小さく笑った。

 

「……はい、大切な人達のことを思い出してちょっと寂しくなっちゃって。誰かとあんな風に楽しく過ごせたのはできたのはすごく久しぶりだったので。羨ましいです、あんな賑やかな人達だから毎日悲しい思いなんてせず過ごせるだろうなぁって……」

 

「そうでもないですよ……少なくとも俺は」

 

え?と小さく声を上げ自分を見る渡に光は椅子を彼と同じように窓のほうへ向け静かに腰を下ろした。

 

「車でも話したけど俺達前まで学校にいたんです。その時に自分達の恩人とも言える人を俺は……殺した。

やつらになってたし殺らなきゃ俺達がやられてたから仕方ないんですけどね。それでも俺は大切な人を殺した、その事に変わりはないから。時々夢に見るんです、あの人の頭を叩き潰したあの瞬間を……。」

 

下を向きながら光が語りそれから少しの間2人に沈黙がおとずれる、気まづくなり顔を上げて無理やり笑みを作る。

 

「あ〜暗い話しちゃってすみません、今の話忘れてください。さ、そろそろ寝よっかなぁ……」

 

そう言って立ち上がろうしたその時渡が静かに口を開いた。

 

「……僕も同じです、忘れようにも忘れられないですよねそういうのって」

 

ぴたりと動きを止め光は上げかけていた腰をそっと下ろした。

 

「僕も大切な人を終わらせてしまいました。僕の初恋の人でした。僕、兄がいるんですけどその人は兄の許嫁で、でも彼女は僕を想っていてくれたそうで……俗にいう三角関係というやつでした」

 

少し照れたようにしながらそう言い渡は続ける。

 

「世界がこうなってしばらく経ったある日、彼女は怪我をして僕の前に現れました。噛まれてしまいもう自分は助からないと悟ったそうです。彼女は僕に頼みました、『私を殺して』と。そんなことできるはずないと断ったんですがそうしてる間に彼女は外の人達と同じようになってしまって、それで……」

 

「彼女を終わらせた……ってことですか」

 

「……はい、ふらふらと歩く彼女を見てこれからずっとこんな風にさまよい続けると思うといたたまれなくて、もう休ませてあげよう、と。

後から駆けつけた兄は血を流し倒れる彼女を見て僕を殴りました、どうして殺したんだと。理由を説明すると、俺は一緒に死にたかった、それなら彼女に噛まれてずっと一緒にいたかったと泣き叫びました。僕をだって殺したくはなかったのに……。

それから兄は僕の前から姿を消しました、兄との初めての喧嘩でした。

僕が外に出て音楽を奏でるのは彼女を含めた多くの人へ向けた鎮魂歌なんです。それくらいなんです、僕ができる償いは……。」

 

 

彼の話を聞き光は静かに口を開く。

 

「渡さんも、その……すごく悲しい経験をしたんですね。なんなら俺より悲しい、俺には一緒にいてくれる仲間がいるだけマシなんだ……。なんかすみません、俺自分のことを少しだけ悲劇の主人公みたいに思っていました。世の中にはもっと辛い思いして生きてるってのに」

 

そう言うと渡は静かに首を横に振った。

 

「いいと思います、こんな世界に生きてる時点でみんな悲劇の主人公ですよ。いきなりあたりまえだった日常を奪われて大切な人を失って……。自分を悲劇の主人公だぐらい思ってないと気持ち的にやっていけないですよ!

 

こんな悲しい世界です、みんなそれぞれ様々な目に遭ったと思います。その中で誰の経験が1番辛いとか比べる必要ないですよ。僕もあなた達も他の生存者達も、皆等しく辛い経験をしたはずです。自分の辛い思いをそんな蔑ろにしないでください、しんどい時は抱えこまずに泣いたりしたっていいんですよ」

 

「…………。はは、そっかぁ、確かにそう考えるのもアリだな……。誰かにこんな風に認めてもらえたのは初めてだな」

 

渡の言葉にすとん、と少し肩が軽くなったようなそんな気がした。

 

確かにそうだ、こんな世界でなんの苦労も味わわなかった者などそうそういないだろう。そんななかで自分と誰かをいちいち比べることなど彼の言うとおり無駄かもしれない。

生きてるだけで儲けもの、なんて言葉をどこかで聞いたことがある気がするが案外そうなのかもしれない。光は笑みをうかべ椅子から立ち上がった。

 

「渡さんありがとうございました。少しだけど肩の荷がおりた感じがする、ちょっと楽になった感じで……これからもまだ頑張っていけそうです」

 

光の顔を見て嬉しそうに顔をほころばせ渡は答える。

 

「それはよかったです。

お互い、キバっていきましょう!」

 

「……き、ばって、ん?きば……?」

 

「あ、ああすみません、言いませんかね?元気に頑張っていこうとか張り切っていこう、とかそんな感じなんですけど……」

 

「あ〜なるほど。いいですね、みんなとこれからも元気にやっていけるよう頑張ります。

 

……結構長いこと話しちゃいましたね、そろそろ部屋に戻ります、お話聞いてくれてありがとうございました」

 

「こちらこそありがとうございます、おやすみなさい」

 

渡に軽く手を振り階段を下り部屋に戻った。彼と話して本当に気が楽になったようでその後すぐに彼は悪い夢も見ることなく眠りにつくことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、時間は午前10時を回った頃。

身支度を整えた光達は渡の前に横並びになって向かい合う。

 

「それじゃあ渡さん!」

 

「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」

 

由紀の言葉を合図に一斉に頭を下げる。

そんな彼女達に対して渡は少し驚いたようにしながらも笑みを作り、

 

「こちらこそありがとうございました」

 

そう言って頭を下げた。

 

 

 

「渡さん!バイオリン作るところ見せてくれてありがと!」

 

「食料まで分けていただいて本当にありがとうございます」

 

「こんなオシャレな屋敷に泊まれる日が来るとは思わなかったよ、ありがとうございます!」

 

「弾いてくださったバイオリンとても素敵な音色で感動しました」

 

「ん〜!由紀ちゃん達に言いたいこと全部言われちゃった!とにかく楽しかったです!ありがとう!」

 

 

「こちらこそありがとう、僕もみなさんと過ごせて本っ当に楽しかったです、また来てくださいね!」

 

車に乗り込む前に彼女達が渡に一言お礼を言っていく。

全員が乗り、車のエンジンがかかったのを確認すると光は渡と共に門の前に立つ。

 

周辺にかれらがいないか確認し一気に門を開く。そうして来たとき同様に車に向かって腕で大きく丸を作り合図を送る。それからすぐに門の端による。

 

「渡さんありがとう、本当にあなたと会えてよかったと思います」

 

「ええ、僕もそう思います。由紀さん達にも言いましたがまたいらしてください」

 

車が門のを通り抜けるまでの間に渡と言葉を交わす、そうして固く握手をした。

車が通り抜けるとまた門を閉め人が1人通れるくらいの隙間を開け敷地の外に出た。

 

「せんぱ〜い!大丈夫そうです、早く乗ってくださ〜い!」

 

車の窓から美紀がひょっこり顔を出し手を振る、わかったと答え走りだす。そうしながらくるりと振り返って、

 

「渡さん!お互いキバっていきましょう!!」

 

そう笑い手を振った。

 

それを見た渡はぱっと顔を輝かせて頷く。

 

「はい、お元気で!またお会いしましょう!!」

 

笑顔で手を振り返してくれていた。

 

 

光が車に乗ってからも曲がり角を曲がり姿が見えなくなるまで渡は彼らに手を振り続けてくれていた。

瀬戸渡は光達に人の温かさを改めて感じさせてくれた。

彼の家を出発してからもしばらくの間、光達の顔は明るく、やさしい笑みを作りつづけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました!

前回までは悪い人にあってしまったお話でしたので今回はいい人といい出会いをするお話をしたいと思いこのような展開にしてみました。

またこれからもゆっくり更新になるかと思いますが気長にお待ちいただけるとありがたいです(^^;

次回もよろしくお願いしますm(_ _)m

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