やはり吸血鬼の世界は間違っている。   作:Qualidia

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お願いします。


〈総武祭篇〉秀才の結果。

 

 

「いやー、比企谷くんは本当にやばいね」

 

「…今度は何の用ですか」

 

 

クイーン戦とキング戦、それぞれの第1試合が終わり少しの休憩時間。

 

その時間に手洗いを済ませようと控え室を出て、少し歩くとつい数時間前に軽い言い合いをした雪ノ下陽乃と出会った。

 

 

「第1試合を勝てたからおめでとうを言いに来ただけだよ」

 

「そんなこと言いに来るような仲じゃないでしょう」

 

「ま、私の方もまだ何もなくて暇すぎるってのが本音なんだけどね。って比企谷くんにそれを言っても知ってるか」

 

「…史上最年少ガーディアンがそんなんじゃ怒られるんじゃないですか?」

 

「こんなことじゃ怒られないよ。それにガーディアンの中で私が一番年下って訳でもないし、そんな厳しくないよ」

 

「ガーディアンってそんなもんなんですね」

 

「その言い方はガーディアンに喧嘩売ってるみたいだから辞めた方が良いぞ少年」

 

 

ぺらぺらと上辺の言葉の投げ合いが進んでいく。

八幡を応援する気など全くないくせに、そう思わせるような声のトーン。

 

やはり陽乃は話術の才があるのだろう。

 

 

「…じゃ俺は試合見てくるんで」

 

 

無理矢理話を終らせ、関係者立ち入り禁止まで急いで入る。

いくらガーディアンの陽乃でも勝手な行動が許される訳じゃない。

 

 

「…トイレはまた後で良いか」

 

 

控え室に戻ると、キング戦参加者の数が半分になっていた。

負けた者は控え室に居座ることも出来ないルールらしい。

 

厳しいねぇ、と思いながら視線はモニターへ。どうやら陽乃との会話の間にクイーン戦の準決勝が始まる時間にまでなっていたらしい。

 

 

「…まぁ城廻先輩だろうな」

 

 

めぐりに一矢報いることが出来るのはきっとこの学園にはいない。

雪乃がいい勝負をすれば良い方だろう。

 

ならばクイーン戦の見所は2つ。

 

1つは雪乃対優美子の準決勝、としてもう一つはめぐりと真っ向勝負の決勝。

 

 

「…それはこっちも同じか」

 

 

自分で思うのもなんだが、と言い聞かせながら客観的にキング戦を分析する。

 

やはりこちらも見所は2つ。

 

優勝候補トップ2の最上と葉山がぶつかる準決勝、そしてその勝者と八幡がぶつかり合う決勝。

 

クイーン戦、キング戦共に熱いシナリオとなっていた。

 

 

「…もうすぐ城廻が勝つ。会場に向かうぞ葉山」

 

「……はい」

 

 

対戦相手にも尊敬の念を忘れない2人はそのまま控え室を後にした。

 

これから戦う相手、特に最上からすれば2年連続のキングになるという重圧に、3年生という負荷も背負っている。

 

そんな人から見れば葉山は邪険にあつかいたくなるはずなのだが。

 

 

2人きりになった控え室の空気から逃げるようにモニターを見る。

 

そこにはめぐりが対戦相手に手を差し伸べる様子が映し出されており、どうやらめぐりもギスギスした空気を出さない人らしい。

 

 

「…生徒会長、だっけか」

 

 

モニターが切り替わり、最上と葉山が映し出される。

 

真剣な顔つきに女子の黄色い声が上がるが2人は完全にスイッチが入っていてどうこうするような素振りは見せない。

 

 

「さて、どうなるか…」

 

 

そんなことを呟きながら、じっとモニターを見入る。

 

 

 

 

 

 

――手の震えは未だ止まらず。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

――手が震える。

 

 

 

みんなの葉山隼人がそんなことを言い出したならばどうなるだろう。

周りからは心配され、あるいはそのギャップに惹かれる者もきっといる。けれどそんなことは葉山隼人、本人が許さない。

 

 

 

幼少期から雪ノ下家への婿入りを期待され、様々な苦痛に耐えてきた葉山。

それを努力と呼ぶのかは分からないが、期待には応えてきた。

 

 

 

 

そして今度の期待は、総武祭で勝つこと。

 

 

 

 

親から信頼され、友人から期待される葉山隼人に敗北の2文字は許されない。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、けれど、それなのに。

 

 

 

 

 

 

 

手の震えが止まらない。

 

これが本当の葉山隼人。何も強くない。技術も精神も幼稚なまま、強いと見繕っている周りから見れば滑稽で仕方ない人物。

 

 

「…俺は、そんなに強くない……」

 

 

そんな中、1つの戦いを見た。

一瞬で決まった試合に、どこまでも余裕そうに振る舞う本物の天才を。

 

 

「…はは、かっこいいな」

 

 

もし、もしもの話である。

自分がああいう風になれたならば、どうなるだろうか。

 

 

結果などは知らない。

 

 

だから知らないものを知りに行く。

 

 

一度超えられなかった秀才と天才の壁を、必ず越える。

 

 

「…よろしく頼む」

 

「えぇ…お願いします」

 

 

目の前に佇む悪魔の上位種――最上大雅。

 

 

本物の天才を前にまずは、もう1人の天才を倒しに行こう。

 

 

 

 

たった一度の光景が人の人生を変える。

 

 

 

そんなこと、この世界ではよくあることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁキング戦準決勝第1試合!こちらは熱いカードだー!優勝候補トップ2がガチンコ勝負!盛り上がっていきましょー!』

 

 

「はやとぉぉぉぉおおおお――!」

「たいがぁぁぁぁああああ――!」

 

 

両者の実力の事前予想、歓声共に紙一重。

 

この2つをひっくり返す手は1つのみ。

 

 

目の前の敵をねじ伏せればすむ話。

 

 

そしてその機会は今まさに、

 

 

『この一戦に言葉はいらない!早速始めましょう!キング戦準決勝第1試合、最上大雅vs葉山隼人、よーいスタート!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〈葬り狂え、障翳〉」

 

 

 

初手は最上。

 

剣など錬成せず、始まりの合図と共に詠唱が呟かれる。

 

 

 

『先生これは?』

 

『最上くんの長所は高い運動神経を利用した剣術。そしてこれは周囲の光を遮断する詠唱だね。これで葉山くんは真っ暗闇から襲いかかる剣を躱さなければならない』

 

『大雅、くんは見えてるんですか?』

 

『悪魔は元々暗闇に強い生物だ。上位種ともなれば肉眼とほぼ変わらないだろう。まぁ、観客のみなさんは暗視付の高性能カメラで見えるだろうけどね』

 

 

場所は戻り、暗闇の中。

 

ここまでは葉山も予想通り。慌てるまでの行動ではない。

 

 

「…すぅ…〈灯り散れ、紅炎〉」

 

 

形を成した詠唱は所々に炎の光源が出来たように明るくなる。

 

完全に見えるようになった、とは言えないがないよりはマシ。明かりがあるだけで人の影がわかりやすくなる。

 

それにもう一つ、

 

 

「っ、そこ――!」

 

 

炎が揺れた瞬間、錬成していた剣で高速の突き。

人が火の近くを通れば火は揺らぐ。

揺らがないほどゆっくり歩かれれば意味は無いが、この状況でそんなスピードで襲うほど馬鹿な奴はいないだろう。

 

 

「っ――!」

 

 

カンッと甲高い音が響く。

それと共に僅かに聞こえた最上の苦しむ声。

 

手応え、と呼べるものではないが確かな一歩だ。

 

 

「…お前は、四方八方が暗闇で方向感覚さえなくなるほどなのに、なぜ動ける」

 

「甘く見すぎですよ。それに怖くないわけないじゃないですか」

 

 

手も足もとっくにがたがたと制御が効かないほど、震えている。

けれど、勝たなければならないのだ。

 

それだけが自分を突き動かす。

 

 

「ふん…なら」

 

 

その言葉の直後、周りの暗闇が一気に晴れる。

 

何を思ったのか最上は自分で自分の詠唱を解いたのだ。

 

なんのため、と聞く前に目にあるものが届く。

 

 

――太陽の光だ。

 

 

「しまっ――――!」

 

 

そう思ったときにはもう遅い。

暗闇からいきなり電気をつければ必ず目は対応できない。

 

刹那の時間、葉山に隙が出来る。

 

 

そしてそれを王は見逃さない。

 

 

 

一瞬で錬成した真っ黒の刀を、無駄のない動きで葉山の胸を貫こうとする。

 

実際に貫けるほど鋭く錬成してはいないだろうが当たれば戦闘不能に出来るだけの力はあるだろう。

 

 

 

 

 

 

ばさり、と何かが羽ばたく音が響く。

 

きっと勘で後ろに避けても、左右に避けても目が見えない自分は勝てない。

ならば時間稼ぎ。

 

それの有効な手段として挙げられるのは、

 

 

「――吸血鬼の翼か」

 

 

黒の翼に、鋭い爪。

吸血鬼が吸血鬼と言われる所以。

 

上空に逃げ、目が回復するまでの時間を稼ぎきった。

 

 

これで状況はイーブン。

 

 

『こ、これは…』

 

『…詠唱を使った戦闘はやはり見栄えが良い。だがしかし、彼らが行っているのは高い思考力と反射神経が織り成す頭の戦闘だ…みなさんにも注意してみていて欲しいね』

 

 

神宮司先生の一言が観客全てに届いたかは分からないが、届いた人たちもいるのも事実。

 

 

「…ならばもう一度――〈葬り――――っ!」

 

「――させると思いますか?」

 

 

 

力強く翼を羽ばたかせ、一息で最上の面前まで迫る。

 

人間以外の生物が、その特徴である翼などを出すときはあることを意味する。

翼などを出せば身体能力が上がり、吸血鬼そのものに近い能力を出すことができる。

 

 

 

つまりどういうことか――――戦闘スイッチオン、ということである。

 

 

 

「〈轟き爆ぜよ、業火〉」

 

 

 

数多の炎の剣が上空で錬成され、それが地上に降り注がれる。

連想されるのはタッグ戦でのめぐりの姿。

 

構図が同じ、それが大きな理由だが戦闘本能が働いている葉山には『そう思えさせるほどの』迫力があった。

 

 

 

「く、そがっ――!」

 

 

 

それを間一髪で躱しきる。

 

しかし躱せただけ、今の体勢は滑稽極まりない。

 

 

 

「〈集い成れ、炎刀〉」

 

 

 

詠唱を唱えたと同時、いや正直に言えばその寸前には錬成できていたようにも見えた。

そんなことはありえるはずがない、のだが。

 

 

『戦闘を好んだ吸血鬼――全く…恐ろしいね』

 

 

右手には血で作られた剣。

左手には燃え盛る炎の剣。

 

 

鮮やかに燃える剣と禍々しく顕在する血の剣。

 

それら2つが織り成す剣技が、最上を襲う。

 

 

「ちっ――!ぐ、ぁぁぁあああ――!」

 

「――!」

 

 

しかし、最上も素晴らしい反応でそれらの剣を1本の刀でいなし、時には躱す。

 

冷静に見える葉山も頭の中では焦っていた。

2つの剣を顕現させたのに、決めきれなかった。

 

 

 

また、秀才が天才に負けるのか、と。

 

 

 

 

『――両者ともに剣術は一級品。葉山くんの熟練の剣を勘だけで捌ききる最上くんの天才の剣……さぁどうなるか』

 

 

 

凄まじい音と繰り返される剣技。

 

それを前に観客は皆、瞬くすら忘れてしまう。

 

 

「調子にっ――!乗るなよ葉山ぁぁぁあああ――!」

 

 

力任せの一振りが葉山を後ろへ飛ばす。

 

 

「ちっ」

 

 

小さな舌打ちと共に上空で体勢を整える。

 

すると最上がしゃがみ、自分の影へと手を当てる。

 

 

 

 

――悪魔の『性質』闇を司る能力。影も闇、ならば使えない道理はない。

 

 

 

「…はぁ…予想以上だ。お前が2つの剣を使うならば俺も使おう」

 

 

顕現させる二つめの刀。

 

葉山のとは違い、形は全く一緒。『性質』が2つある吸血鬼でなければ葉山のような芸当は出来ない。

 

 

だが、そうは言っても威力が落ちているわけではない。

 

才の違いを考えてもこれでまたイーブン。

 

正真正銘の、剣技のぶつかり合いだ。

 

 

 

 

 

「…はぁ…はぁ……ぐ、っ」

 

 

 

 

 

再度振り出しのような形に戻る展開。

だがもう一度ゴングの音は鳴らない。ならば合図となるのは――、

 

 

 

 

「っ――!」

 

 

 

「しっ――!」

 

 

 

 

 

 

剣士の勘、それのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ…っ」

 

「…?」

 

 

 

『あははっ…本当に凄いな今年の総武祭…これでまだ準決勝とは…』

 

 

両者の剣が奏でる音楽が、観客の、耳を、脳を、心を揺らす。

 

高速で繰り出される払い、突き、振り下ろし、全てを経験で躱す葉山と、天才のそれで捌ききる最上。

 

剣士の舞踏会は未だ終わりを知らず、終わって欲しくないと願うほど。

 

 

 

「っ…――――!」

 

 

 

最上が振り下ろした剣を、後ろへバク転するようにして躱す葉山。

ただのバク転でも翼の生えた吸血鬼が行えば、それは跳躍の域を超える。

 

高跳びのような形で、後ろへ飛ぶ葉山。

もちろん最上は着地点へ走り出す。

 

 

ここから葉山が降りてきても剣で対応するとは思えない。

体力的にも飛び続けることは出来ないだろう。

 

 

 

「(取った――!)」

 

 

「――――ぁ?」

 

 

 

葉山の視認するべく、空を仰げば、そこには頭を下にしたままで『弓矢を構える』――天才に到達すべき秀才の姿が。

 

剣技の応酬で忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

――葉山は詠唱も得意であることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…完璧に虚を突いた。葉山君が取ったね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――勝たねば、ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………え?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神宮司先生が驚きの声を上げる。

 

ガーディアン候補生であった彼の言葉だ。本当に葉山が間違いない『勝ち』を取ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――詠唱を完成させることができたなら。

 

 

別に邪魔が入ったとかそういったことではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――速く、勝たないと…彼に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何事でもあと一歩、という場面で生物は焦る。

 

 

焦りは緊張を生み、緊張は失敗を生む。

 

 

 

 

 

「ぐ、ぁぁぁぁあああ…」

 

 

 

 

苦悶の表情を浮かべる地に墜ちた吸血鬼がもがく。

 

 

 

 

 

 

 

 

『性質』のノーリスクで使えるほど便利なものではない。

 

 

『性質』だって立派な『身体能力』。

それを酷使すればどうなるか。

 

 

 

いや違う、『緊張が限界まで張り詰めた状況』で慣れた動作を行えばどうなるか。

 

 

例えるならそれはスポーツでよく見られる身体障害のようなもの。

 

 

 

 

 

 

秀才故の試練。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを人は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――イップス、だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう呼ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

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