やはり吸血鬼の世界は間違っている。   作:Qualidia

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お願いします。


〈総武祭篇〉始まりの音。

 

 

 

 

 

「…なんだって?」

 

 

 

神宮寺先生の困惑した声が会議室に響く。

 

急遽開かれた職員会議。

何事かと急いでみれば総武祭に関して緊急事態が起きていた。

 

神宮寺先生の聞き返しにもう一度答えたのは平塚先生だ。

 

 

「私も伝言役だから詳しくは知らないが──最上大雅が、決勝戦を辞退したいと言っている」

 

「…どうして、ですか?」

 

「準決勝で、自分はほぼ負けたようなものだ。だから決勝の舞台に立つのは違う、だそうだ」

 

「まぁ分からなくもないですが…では決勝は比企谷くんの不戦勝…?」

 

「まだ比企谷の準決勝が終わっていな──いや、比企谷が勝つか」

 

「…別に不戦勝で構わないと思いますが、決勝戦が不戦勝だと格好がつかないというのが学校の意見ですか?」

 

「…それもある」

 

「…も?」

 

 

平塚先生の言葉に違和感を感じて思わず聞き返す。

 

その言葉遣いではもう1つ理由があるように聞こえてしまう。

もう1つは何か、それを目線で問うと、神妙な顔持ちで静かに答えた。

 

 

「──雪ノ下が決勝に出れないかもしれない」

 

「…そ、それはどういう?」

 

「こちらは辞退ではない。単純に医師が今の消耗した状態でめぐりと戦うのは危ないと判断したためだ」

 

「…雪ノ下さんはなんと?」

 

「もちろん全力で反抗したさ。自分は戦えると何度も言っていた」

 

「これでクイーン戦、キング戦共に決勝戦が不戦勝になる…?」

 

「あぁ、それは流石に学校側としては面白くない。外部から色々とお客を呼んでいるからね」

 

「それでどうしたもんか、と」

 

「あぁ…こんなことは総武祭が始まって以来、初だそうだ」

 

「でしょうね…」

 

 

頭を抱える2人。

今更、文句を言っても仕方がない。

 

最上の理由は、普通ならば通用しないが優秀な生徒であるがゆえに発言力が高い。

それに一度決めたのならきっと自分の意見は曲げないだろう。

 

 

「…選択肢は3つ、ですかね」

 

「というと?」

 

「まずはこのまま2つとも不戦勝で終わる。確かに面白くないですがこれが1番現実的でしょう」

 

 

神宮寺先生の1つ目の選択肢は、至極真っ当。

 

学校側の意見ではなく生徒の意見を尊重した1番解決しやすい選択肢だ。

 

 

「…2つ目は最上くんを説得してキング戦だけでも決勝戦を行うか」

 

「…」

 

「…3つ目は雪ノ下さんを舞台に立たせクイーン戦だけでも決勝戦を行うか」

 

「それは…少し危ないな」

 

「…分かってます。なので1つ目か2つ目しかないでしょうね」

 

「だが最上が応じるかどうか…」

 

「…あとは比企谷くんと城廻さんに聞いてみてもいいんじゃないですかね」

 

「実は城廻にはもう説明していてな…」

 

「…どうでしたか?」

 

「残念だけどしょうがないですね、と大人の顔をされたよ」

 

「あはは…」

 

「だが、それならと1つの提案をしてきたよ」

 

「…提案?」

 

「あぁ、それは────だそうだ」

 

「はは…それは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー…雪乃ちゃんはもう動けそうにないけどどうなるのかなぁー…」

 

 

ガーディアンの翼を周りに見せびらかすように歩く陽乃は闘技場外のモニターから雪乃の試合を観戦していた。

 

陽乃がここにきた理由は、最近活発化している組織──『五色の脳』からの護衛である。

 

 

「って言っても怪しい人はいないし…」

 

 

総武祭が始まってからずっと周りを警戒しているが何もなし。

怪しい動きすらない。

 

逆にそれが突発的に起こる出来事への合図のようにさえ感じた。

 

 

「私なら、いつ誰を襲うか…」

 

 

『五色の脳』はこれまでに、人間の女子を多く襲ってきた。

 

しかし全てが人間というわけではなく、人間の周りの人物も襲う。

それに当てはめるなら陽乃もターゲットにされていそうだが。

 

 

「私を襲うなんて度胸はないよねー…狙いは雪乃ちゃん…?それともガハマちゃん…?」

 

 

もうそろ総武祭も大詰め。

 

仕掛けてくるならここら辺か、もしくは終わりと同時か。

 

 

「…私ならガハマちゃんを狙う。けどガハマちゃん雪乃ちゃんは比企谷くんと知り合い。『五色の脳』も比企谷くんの実力は見てるはず……だったらまず比企谷くんを狙う?」

 

 

思考が加速していく。

 

あくまで推測の域。ここまで音沙汰がないと断定は出来ないためこれは陽乃の予想でしかない。

 

が、どこか自分の考えていることが恐ろしく感じてくる。

 

 

「…いや違う。比企谷くんの実力を知ってるならそんなことしない。だったら比企谷くんの身の回りの人を襲う?そんな芋づる式になるのか…」

 

 

『五色の脳』の狙いが人間の女子ならば、ターゲットはきっと雪乃か結衣。

しかし雪乃には陽乃と八幡、結衣にも八幡、と身近に手を出しづらくなるような人物が多い。

 

だったら、陽乃が関与していない結衣を狙う。

そして邪魔になる八幡をどう引き剥がすか。

 

八幡の注意を逸らす。

 

 

 

 

 

どうやって?

 

 

 

 

 

 

 

──身内を攫う、とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ──!でも、仮定が多すぎる。ターゲットが雪乃ちゃんガハマちゃんとは限らない…!」

 

 

自分の予想がそうではないか、と断定に変わっていく。

それでも想像は想像。これだけで動くほど冷静さは失っていない。

 

 

 

 

 

「私が…私が仕掛ける立場だったら?雪乃ちゃんは今疲れてて狙い時……?違う!だったら私が警戒心を強める事も予想できる!」

 

 

 

 

 

 

頭が熱い。

高速で思考が巡る。

 

一度吹き出た不安をかき消すように思考を持った沈ませる。

 

自分の杜撰な仮定の綻びを探すために、さらに。

 

 

 

 

 

「…比企谷くんの身内…小町ちゃん?いやでもあの子も相当な…『五色の脳』の力を甘く見過ぎ?小町ちゃんを過大評価しすぎ?…でも、それなら…」

 

 

 

 

 

そこで思い出される、試合が始まる前に八幡と会ったあの時。

 

その前に小町らしき人を見つけたのだ。

きっと八幡の応援だろうと思って気にしていなかったが、あの時、確か、

 

 

 

 

 

 

「────小町ちゃんの友達?」

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女がいたはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

けれど。

 

 

 

あまりにも『考えすぎ』ではないだろうか。

 

 

 

仮定に仮定を重ね、行き着いた先が、八幡の妹の友達?

 

幾ら何でもふざけた理論だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──これは確認」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翼をはためかせ、陽乃が移動を開始する。

 

 

お願いだから、この自分の欠陥だらけでみっともない仮説を誰か壊してくれ、と願いながら。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…疲れた」

 

 

キング戦準決勝第2試合。

激戦、と呼べるものではなく一瞬で終わった試合。

 

結果はもちろん八幡の勝利であった。

 

葉山と最上、雪乃と優美子の2試合を見てきた観客からすればあっけない試合だったが盛り上がらない、というわけではない。

 

 

「…決勝戦ねぇ」

 

 

決勝戦までは結構な時間が空く。

 

それまでに散歩でも行くかと思い控室のドアを開けようとすると、先に扉が開き最上が立っていた。

 

 

「…どうも」

 

「比企谷、だったか。ちょうどよかった伝えたいことがある」

 

「何ですか?」

 

「…次の決勝戦、俺は辞退する」

 

 

最上の告白に、八幡は眉ひとつ動かさず受け止めた。

 

 

 

「…まぁ理由はなんとなく察しますが……いや、俺からは言うことはないです」

 

「そうか…すまない、こんな形でキングにしてしまって」

 

「…そう思ってるなら出て欲しいですけどね」

 

「…それは、」

 

「──すみません。言い過ぎました。俺は少し用があるので」

 

 

最上の返事を聞かずに控え室を出てそのまま外へ。

 

別に最上に対して失望した、とかそういったことではない。

そもそもそんな仲ではないのだから。

 

 

…ただ少し残念だった、それだけなのだ。

 

 

 

「…あ?あれは…雪ノ下さんか?」

 

 

 

そこで上空飛ぶ人間が視界に入る。

 

翼のない人間が飛んでいる、ならばそれは限られた人物だろう。

 

陽乃も八幡に気づいたのか、視線が合う。

すると陽乃は一気に方向転換。

八幡に向かって急降下を始めた。

 

 

「え、な、なんでこっち来てんの…?」

 

 

ばさりと八幡の前に降り立つ陽乃。

 

いつものように、何の用ですか、と嫌な顔をして聞こうとするが陽乃の表情を見て言葉をのみくだす。

 

 

「…どうしたんですか。そんなに冷や汗かいて」

 

「比企谷くん、答えて。今日この場に小町ちゃんは来てる?」

 

「は?なんでそんなこと…」

 

「──いいから!…答えて」

 

 

陽乃の焦り切った表情に気圧されて、一歩足を引いてしまう。

 

 

 

「…来てますよ。中学の友達と2人で」

 

「っ…今はどこ?」

 

「そりゃ闘技場の中にいるでしょうけど…何があったんですか」

 

「…『五色の脳』覚えてる?」

 

「まぁ覚えてますけど…まさか小町が?」

 

「…分かんない。けど────」

 

 

陽乃は自分の推測を全て話す。

八幡はそれを黙って聞いていた。

 

陽乃は八幡なら仮定を壊してくれることを祈って事細かくけれど簡潔に話し切った。

 

 

「いや……考えすぎじゃないですか?」

 

「……」

 

「そりゃ理屈は通ってますけど…」

 

「そう、だよね…」

 

 

一気に熱が冷める感覚が起きる。

 

だったら、『五色の脳』はどうするか。

もう一度、思考を巡らせ────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プルルルルルル。

 

 

そんな気の抜ける携帯の音が鳴り響く。

見れば八幡の携帯が鳴っているようだ。

 

 

「…」

 

「…小町からです」

 

「出て、いいよ」

 

「ついでに雪ノ下さんの話についても聞いてみます」

 

 

ぴっ、と通話ボタンを押す。

 

嫌な予感を胸に抱えながら八幡がもしもし、と声を出す。

 

嫌な予感は嫌な予感。

予感的中する確率はどれほどか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──お兄ちゃん!咲良ちゃんが!』

 

「っ──!雪ノ下さん!」

 

 

 

 

 

陽乃は初めて聞く八幡の荒げた声に反射して体を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い林の中を3つの影が駆け抜ける。

 

黒い翼を生やした男女が1組と、純白の女性が1人。

 

低空飛行で駆ける姿はさぞ異質に見えるだろう。

 

 

「…で、あなたの仮説通りってことか」

 

 

小町の話によると、手洗いから帰ってくると咲良がおらず、僅かに黒フードの男が見えたと言う。

 

 

「…ごめんお兄ちゃん」

 

「お前が謝ることじゃないだろ。こんな展開、誰でも予想出来ねぇよ」

 

「…」

 

「ま、あなたは止められなければやばいんでしょうけど」

 

「そう、だね」

 

 

この林の中に逃げたと言う小町の証言を頼りに、飛び回りながら周りを索敵する。

 

『五色の脳』についても、咲良を連れ去った人物についても情報が足りない。とりあえずは咲良の居場所の特定が最優先だろう。

 

 

「それで、由比ヶ浜の方は?」

 

「神宮寺先生に見てもらってる」

 

 

闘技場から出て北東に少し進むと林…いや森のような場所がある。

そこにフードの男が走っていくのを見たというが日光があまり入ってこず、薄暗くて少々不気味だ。

 

 

「はぁ…俺の試合が始まる45分後までには終わらせますからね」

 

「私だってそうしたいけど…」

 

「このスピードならもうそろそろ近くにいてもいいと思うんだが……あ?なんだあれ」

 

 

森の中に一際、開いた場所に出た。

何度かこの森に足を入れたことのある八幡だったが、こんな場所初めて見る。

 

そして平らな土地にぽつんと佇むコンクリートのビル。

ボロボロのその建物は今にも崩れ落ちそうだ。

 

 

「…いかにも悪い組織のアジト、って感じだな」

 

「小町ちゃん、咲良ちゃんの携帯に電話かけてくれない?」

 

「…」

 

「かけていいぞ」

 

 

あくまで行動するのは陽乃の指示ではなく八幡の指示。

そう示す様に八幡から許可をもらってから電話をかける。

 

すると──、

 

 

 

 

「…あっちだな」

 

 

 

 

意外に近くからなる携帯の音の方を見ると少し離れた場所に携帯が落ちている。

 

間違いなく咲良のだろう。

 

しかしあるのは携帯だけ。移動したのか、はたまた──。

 

 

 

「…比企谷くん、早く探そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いや、」

 

 

 

 

 

 

周囲に広がる草を踏む音。

 

 

数人…いや数十人単位の音だ。

 

 

 

 

 

 

 

「──囲まれたか」

 

 

 

 

 

 

 

どうやら携帯はトラップ。

 

ここで3人を足止め、または殺すためのものだろう。

 

 

3人を囲む様に出てくるフードを被った集団。

 

どうやら戦闘をお望みらしい。

 

 

 

 

 

静かな森の中で携帯から発せられる機械音が、何かの始まりを祝福している様に感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

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