平塚先生が八幡達にとって最悪と言って良い提案をした次の日。
由比ヶ浜の特訓をお休みにし、八幡と雪乃は部室で事の整理をしていた。
ちなみに由比ヶ浜も部室で携帯をいじっているが存在はしている。
「それで、あなたはどうするのかしら」
「言わなくても分かるだろ、断固拒否する」
「でしょうね…」
平塚先生にいったとおり、今回の林間学校での特別講座は確かに魅力的な話ではあるがそれには危険が伴う。
それらを鑑みて…いや、単純に面倒くさいから八幡は拒否している。
「…出席日数の話をされていたようだけれど」
「…」
「今回の件を受けてくれたらなんとかする…と言われてたわね」
「…」
「それで、あなたはどうするのかしら」
「…行くしかないんだよなぁ」
「平塚先生はあなたのことをよく理解しているわね」
一年生の頃、単に面倒くさくて学校を休んでいたことがこんなことで足を引っ張ることになるとは八幡は思っても居なかっただろう。
元々、平塚先生に言われた時から八幡に拒否権はない。
というか逃がす道を平塚先生が用意しているわけがないのだ。
「別に構わないんじゃないかしら、特別講座と言っても相手は小学生。本気の戦闘訓練をするわけでもないでしょうし」
「お前の場合、相手が怪我するまで叩きのめしそうだけどな」
「あら、今実践してあげましょうか?」
「じょ、冗談だ。手をこっちに向けるな」
詠唱してみせましょうか、と言わんばかりの姿勢と表情に八幡は咄嗟に弁解する。
すると、ずっと携帯をいじっていた結衣がわざとらしく声を上げる。
「むぅ…」
「…んだよ」
「2人して旅行に行くなんて…ずるいし」
「旅行じゃねぇだろ…それに別に2人で行くわけじゃない。葉山とか総武祭に出たメンバーもいる」
「…」
「3年生の方達は出れない様だけど…城廻先輩に会えなくて残念ね、比企谷くん」
「なんで城廻先輩が出てくるんだよ…」
「別に、なんでもないわ」
「もう!2人だけで喋らないでよ!」
「なんなんだよもう…てかお前平塚先生の話聞いてなかったのか」
八幡の言葉に結衣は、昨日の平塚先生の言葉を思い返す。
が、特に何も思い当たらず助けの視線を八幡に送る。
思い返す時間の短さに八幡は、結衣はアホというのを再認識したのか「はぁ…」と大きなため息をついた。
「俺と雪ノ下じゃコミュニケーション能力が足りないから、適任者を探せって言ってただろ」
「…あ」
「俺ら2人と接点があるのは、お前か小町ぐらいだ」
「ほ、ほんとに!?あたしも行くの!?」
「いや、小町を連れてく」
「え」
「はぁ…冗談よ由比ヶ浜さん。あなたも林間学校での特別講義に参加するの」
「や、やったー!」
疎外感を感じていた反動からか、大げさに喜ぶ結衣。
そんな彼女を雪乃と八幡は、微笑ましく眺めていた。
喜びすぎて揺れるあれに目が引き寄せられてしまうのはしょうがない、と心の中で八幡はぼそりと呟いた。
「よーし!じゃあ、あたしももっと強くならないとだね!」
「いや別にお前は講義をするわけじゃないからな?」
「え、そ、そうなの?」
「あくまでコミュニケーション要員だから」
「そ、そっかぁ…」
「こればっかりは仕方ないわね」
どこかしょんぼりする結衣だが雪乃の言ったとおりこれはしょうがないこと。
安全面を配慮して総武祭に出場したメンバーを集めたのに、結衣が参加してしまうとどこから非難が来るか分からない。
「他の細かいことは平塚先生から何か聞いてるか?」
「いえ私もそんなには…詳しくは当日話すとは言われたわね」
「当日って…大丈夫かそれ」
「さぁ…当日に話してでも出来るような簡単なことかもしれないし…」
「ま、そう考えないとやってられないな」
不安だらけの林間学校。
先日の、咲良が襲われた事件もあってか、不安の闇がより一層濃くなっていくような感覚を八幡はどこからか感じていた。
~~~~~
「はぁ…」
昼休み、いつもの場所でいつものコーヒーを飲みながらいつものようにため息をつく。
頬を掠める風も今日はどこか肌触りが悪いように感じ、ため息がいつにも増して深くなっていた。
「林間学校ねぇ…」
ため息が出る要因としてはこれに限るだろう。
なんとかなる、という気持ちもあるが、何かが起きるのではという不安はやはり絶えない。
そんなことを考えていると聞き慣れた声が後ろから投げかけられた。
「あれ、ヒッキーじゃん」
「…?」
後ろを振り向くと綺麗な髪を靡かせた結衣の姿が。
「なんでこんなとこいんの?」
「普段ここで飯食ってんだよ」
「へぇ…なんで?教室で食べれば良くない?」
「お、おぉ…」
見知った仲ではあるが、どうやら八幡のそういった面は察してくれないらしい。
それが普通であるかのように八幡の横に座る結衣。
その近さに少したじろぐがどうにも出来ないことなのですぐさま諦めた。
「で、お前は何してんの」
「ただ飲み物買いに来ただけ」
「あ、そ」
「んー…ここ風凄いね」
中々横から移動しない結衣に疑問をしようと、口を開こうとした寸前。
今度は聞き慣れない声が前から聞こえた。
「あれ、由比ヶ浜さんと比企谷くんだ」
「あ、彩ちゃんだ!」
「なんだか珍しい組み合わせだね。2人はここで何してるの?」
「う、うーん…特に何も話してなかったんだけど…彩ちゃんは部活?」
「うん、テニス好きだから」
八幡としてはなんとも言いづらい空気感である。
別に無視されているとかそんなことではなく、ただ単に見知らぬ人と会話をしていないだけなのだが。
「そういえば比企谷くん、キングおめでとう」
「あ、あぁ…ありがとう」
「僕もああなれたらいいなぁとは思ってるんだけど…」
「い、いやーなんか照れるなぁ…んで、誰」
「同じクラスじゃん!?信じらんない!」
「いや俺、クラスの女子の面識ないから」
「あー…僕、男の子なんだけどな」
「……………え」
驚きすぎて声が出なかった八幡だが、どうやら本当らしい。
その後、戸塚彩加とフルネームで挨拶され、一応顔見知りとなったが会話らしい会話はなく昼休みは終ってしまった。
戸塚が男子、というのをちゃんと確認できたのは数日後の実技の授業での出来事だった。
今日の実技は2人1組を作っての授業らしく、八幡は好きな奴とペア組め対策を使おうと先生に元に行こうとしたのだが…
ポンと軽く肩に衝撃があり、後ろを振り向くと今度はむにっと頬に指が当たる衝撃が。
「あはは、引っかかった」
そこには満面の笑みを浮かべる戸塚の姿が。
「(何この笑顔、本当に男なの?)」
「比企谷くん、もうペア決めた?」
「いやまだだけど…」
「じゃあ僕とやらない?」
「(何をでしょうかね)」
邪な考えを振り払い、なんとか了承の言葉を口から発すると戸塚は安心したように微笑んだ。
「今日は男子同士でそれぞれ自由にしていいってことだから…えーと、どうしよっか」
「俺は別に何でも…戸塚に合わせる」
「じゃあ剣技だけの練習に付き合って貰ってもいい?」
「あぁ」
「あ、もちろん手加減はしてね?詠唱はなしだけど本気でやられちゃったら…ね」
「ん、大丈夫だ」
周りからの視線が痛い中、戸塚との練習が始める。
と言ってもただ剣の稽古を繰り返し、戸塚が八幡にアドバイスを求める。
雪乃と結衣の特訓のようで少し笑ってしまったが。
「やっぱ比企谷くん、強いね」
「…そうか」
「うん、僕でも本気じゃないのが分かるよ」
「あー…すまん」
「ううん、手加減してって言ったのは僕だし嫌味とかじゃないから…あ、そうだ比企谷くん。今度またこうやってペアを組むときが合ったら組んでくれる?」
「別にいいぞ、俺はいつも1人だから」
「あはは…よし、じゃあよろしくね、は、八幡!」
「……」
「ちょ、ちょっと照れるね…」
「も、もう3回」
戸塚と八幡のイチャイチャが繰り広げられている内に実技の授業の終わりのチャイムが鳴り響いていた。
それからまた数日。
戸塚との実技の授業、そして結衣の特訓。
それらを繰り返し、林間学校へと向かう日になった。
恐ろしいほど平塚先生からメールが来ていたが、それらを全て無視し、とりあえず必要になりそうな物を小町がバックに詰め、小町に服を選んで貰った。
準備は万端、とは言わないがやれることは少ないのでこれでいいだろう。
少し重くなってしまった荷物と、大分重くなった不安を抱えながら八幡達は舞台となる千葉村へと足を向かわせた。
ありがとうございました。
短くてすみません。
次回より〈林間学校篇〉に入ります。