林間学校2日目。
目覚めた瞬間、戸塚の顔が目の前にあったという事件はともかく、朝の支度を済ませた後最初に集合していた大広場に全員が集められていた。
「うー…ヒッキー、おはよー…」
「眠そうだな」
「昨日ゆきのんと優美子が喧嘩しちゃって…余計な疲れがたまっちゃったよー」
「余計って…別にお前、先生役じゃないだろ」
「む…これでもゆきのんの役に立ってるんだからね!ゆきのんに説明、難しい言葉ばっかだからあたしがその意味を聞いて、小学生に伝えてるんだから!」
「お前も分からないのかよ」
「みんなおはようございまーす!」
先生の言葉で自然と目線がそこへ行く。
昨日仕切っていた人と同じようで、元気な声に元気な声で小学生が挨拶を返す。
「今日は、基本的に自由時間で、お兄さん達に教わりたい子はグループで先生に伝えにきてくださーい!けどずっと遊ばず決めた時間は教わってね」
教わることは任意。
そう聞いた途端、八幡は期待するがどうやら生徒達は遊び感覚で教われることが楽しいらしくほとんどの生徒が講義に参加した。
「どうやらほとんどの子達が教わる方を選んだみたいだね」
「葉山…さぼれると思ったんだがな」
「悪いものじゃないだろ、子供とふれあうってのは」
「あの人生に何も絶望してない瞳が少しな…」
「はぁ…僕は先に向かってるよ」
昨日教えた開けた土地で、またやるのだろう、その方角へ歩いて行った葉山を見送ると入れ替わりで吸血鬼グループの担当の女性教師がこちらへ走ってきた。
「あの、比企谷くん」
「あ、はい」
「とりあえず全員が参加することになりました。今日もあそこでやりますか?」
「そのつもりです、もう葉山は向かいました。生徒の案内はお願いできますか?」
噛まないように細心の注意を払いながら受け答えをする。
昨日もいくらか話はしたが、八幡に取って会話は難しいままだ。
「あの」
そうしていると八幡のところへもう1人の来訪者が。
視線を下に下げるとそこには吸血鬼の高位種と言っていたあの少女がいた。
「では私はこれで」
「あぁ、はい、ありがとうございます」
女性教師は忙しかったのか、少女には話しかけず走っていってしまった。
その姿を見て、働きたくないと意思をさらに強くしていると、少女が話しかけてくる。
「…名前」
「あ?名前がどうかしたか」
「名前教えて。普通分かるでしょ」
「俺は普通じゃないと言われてきた逸材だから…比企谷八幡だ。お前は?」
「…鶴見留美」
「で、どうかしたか」
小学生だからか、あるいはぼっち(推定)だからか、八幡もいくらか緊張せず話すことが出来た。
「あの人、誰?」
「あの人って…先生を覚えてないとかお前は昔の俺か?」
「ふーん…なんか、違う感じがする」
「え?」
「…八幡はもう1人の人と違う感じがするってこと」
「呼び捨てかよ」
ぼっちとぼっちはやはりどこか惹かれ合うのか、共感のようなものを留美は持ったようだ。
「八幡は高位種なんだよね?」
「あぁ」
「高位種って…大変じゃない?」
大変、と一言で言われても何のことか詳しい想像は出来ない。
他よりも火が強いためそのコントロールのことなのか、高位種としてどこか一歩引かれて見られることなのか。
けど、八幡にはなんとなくだが、分かったような直感があった。
「…そりゃあ、な」
「やっぱり…私も高位種って知ったときは嬉しかった、けど…」
「お前が友達いないのは、高位種だからか?」
「…きっと違うと思う。そういうの関係なしに誰かを無視するのってよくやってたから…今がたまたま私の番なだけ」
「なるほどな」
小学生ならまだ、高位種への嫉妬のような類いの感情は生まれにくいだろう。
留美が友達と疎遠になっている理由は、生物関係なしの人間関係が問題なのだろう。
「あの、さ…」
「…」
「私も八幡みたいに強く、なりたい」
「…」
留美の言葉に八幡は言葉を詰まらせた。
最近、雪乃と結衣と出会ってからよく聞く強さという言葉に八幡は不信感を抱いていた。
八幡は強さとは何か、なんて哲学的なことを考えたことがないのだから。
「総武祭、見たのか」
「…うん。お母さんが総武の先生だからその場で見てた」
「強く、ねぇ…」
「空いた時間で良いから、高位種のこと教えて欲しい。戦い方とか…色々」
「それは構わないが…いや、なんでもないな」
「いいの?」
「断ったら何言われるか分からないしな…教えるのはお前の実力を見て判断する。無責任なことはしない。責任って言葉嫌いだし」
「…分かった。あと、」
「ん?」
「お前じゃなくて、留美って呼んで」
「お、おぉ…じゃあ、る、留美…」
「…うん、よろしくね八幡」
大人びた表情で、可愛らしく微笑んだ留美の表情のギャップにどきりとするが、昨日の雪乃の忠告を思い出しすぐさま追い払う。
ぼっち同盟が誕生し、午前の講義が終り、さすがに飽きたのか生徒達は違うことに夢中になっていた。
「…八幡、いこ」
「ん、少し待ってくれ」
「…?」
「ヒッキー、この子?」
他の生徒が走り回る中で、留美が八幡を特訓へと誘う。
するとそこには結衣と雪乃が並んで向かってきていた。
「こいつらはなんていうかもしものことがあった時の監視役だ」
「初めまして、雪ノ下雪乃。こっちが由比ヶ浜結衣」
「もう、自己紹介くらい出来るよ…よろしくね留美ちゃん」
「…よろしく」
「すまんな、自由時間なのに」
「別に他にすることがないし、構わないわ。それにあなたが犯罪者になるところを見れるなんて楽しそうでしょう?」
「なる前に止めろよ…いやならねぇけど」
「それでどこ行くの?」
「それなら場所は見つけてある。とりあえず行くか」
八幡の横にぴたりと張り付く留美に2人は不思議な目を向けるが、特に気にせず八幡の後ろをついて歩く。
到着した場所は林の中にぽっかり空いた、土地。
草も生えておらずグラウンドのようになっている場所だった。
「火の練習するなら木とか草があったら燃えるからな…ここなら思う存分出来るだろ」
「それなりに遠くのようね…こんなところがあったなんて」
「ここの人に聞いたからな。んで、何をするかなんだが…そうだな、とりあえず」
3人を置いて八幡が少し離れる。
数m離れたところで振り向くと、右手を前に出した。
「…詠唱?」
「そのようね」
「…」
「高位種ってのは、火が強いせいでコントロールが難しい。けどそれは逆に言えば、コントロール出来ちまえば強い火を扱えるってことだ」
一拍おいてから、八幡が静かに、けれども通る声で呟いた。
「〈聳え立て、炎帝〉」
呟いた直後、大きな炎の壁が4人を包み込んだ。
それはきっと見慣れない者からすれば、強大すぎる力だ。
大きく聳え、強い熱を持った炎の檻は、畏怖すら感じ取れた。
「高位種ってのはこれぐらいの力を持つ」
炎の檻を解いてから、八幡は3人に近寄ると今度は手のひらに小さく火の玉を作り上げた。
「これは高位種共通かは知らんが…」
そう言うと炎が変化を見せる。
大きくなったり、形状が変わったわけではないが目に見える大きな変化。
「青い炎…」
留美の呟きに、八幡がそうだ、と肯定の言葉を口にした。
「火を集める感覚を身につければこうやって高温の炎も出せる」
「なんか綺麗だね」
「そうか?で、お前はどこまで出来る?」
「む…お前じゃなくて留美」
「…はいはい。留美はどこまで出来る?」
「やってみる…」
今度は留美が少し離れたところで静かに詠唱を開始した。
「〈聳え立て、炎帝〉」
すると八幡とおなじように、炎の檻が4人を囲む。
しかし範囲も、高さも、熱の強さも八幡のそれには劣る。
留美は今以上のものを作ろうとし、力を手に込める。
「ストップだ。無理するな」
「はぁ…ごめん」
「謝る必要は無いけどな…性質は身体能力だ。成長すればもっと使えるようになる、それに留美の年であれだけの詠唱が出来るのはすげぇと思うぞ」
「…そうかな」
「火の扱いはいいとして…今教えられることはそうだな…剣でも作ってみるか」
「…どうするの?」
「触っているなら詠唱はいらない。炎を動かして思い描いた剣を作れば良いんだが…なんか適当にかっこいい刀とか」
「…ん」
留美の右手が炎に包まれ、それが手のひらへと集まり始める。
より明確にイメージすればするほど炎は形を成しやすくなる。それは留美も知っているからか、目を瞑って集中している。
「まぁ小さいがそんなものだろ。中学に入ったら剣術も学ぶからな、そういうことは中学の先生に聞け」
「八幡は教えてくれないの?」
「あと2日しかないのに剣術なんて教えられねぇよ、ちなみに血の使い方も同じようにやれば、出来る」
「…そういえば、ヒッキーって血の剣作るときって指切ってるの?」
「別に切らなくても、出てくるぞ。内から血が出てくる感覚には慣れるしかないな」
「うえぇ…なんかきもい」
「きもいってなんだよ…」
ここまで八幡が教えたのは1人でも特訓できることだ。
火の扱いも、剣の生成も今のうちに出来ているなら、中学に入ったとき苦労しない。
特訓と言っても雪乃や結衣のように毎日する訳でもないので、余計な情報は与えない。
「とりあえずここらへんが戦い方の入門編ってとこだな」
「…剣の使い方はお母さんからちょっとは教わってるし、血の剣と炎の剣同時に作れる」
「…まじか」
「すぐ消えちゃうけど…長節詠唱とかも勉強はしてる、かな」
「…なんか雪ノ下みたいだな」
「…?」
「いやなんでもない。なら俺から教わることなくないか?」
「本当は一回、戦ってみたかった」
「俺とか?」
「…うん、どれだけ強いのかなって」
いくらなんでも小学生とガチバトルなんかしてしまえば、問題になりかねないし、実力差の前に体格差や年齢の差が大きすぎる。
その後、八幡が最初の方に覚えた攻撃詠唱や、簡単な体の使い方を教えていく。
すると、結衣から呼ばれ、何事かと近くへ駆け寄る。
「なんか隼人くんがみんなに集まって欲しいんだってさ」
「なんで?」
「わかんないけど…なんかあったとか?」
「そうか。じゃあ留美、とりあえずはここまでだな」
「ん、ありがと」
「じゃあ最後に…あんまり怒ると火の扱いが鈍って予想外の動きをすることがあるってのと、相手の裏をかいたりしろ、勝てばなんでもしてOKだ」
「…それは納得出来ないのだけれど」
「長節詠唱は最後の切り札とでも思っておけ」
「分かった」
「よし、じゃあ戻るか」
結衣の案内で葉山たちが待つ場所へと歩き出す。
留美は、みんなから少し離れたところで自主練すると言って早々にどこかへ行ってしまった。
3人となった奉仕部組は集合場所へと急ぐ。
「なんか意外かも」
「…何がだ?」
「ヒッキーって教えるの上手いなぁって思って。それになんかいつもの違ってよく喋ってたし違う人かと思った」
「…そんなにか」
「私も少し驚いたわね。あの子を下の名前で呼んでいるところとか」
「あー!そういえばそうだ!」
「それは留美に呼べって言われたからだから」
「むぅ…」
「…それに小町に教えてるみたいで懐かしかった」
「小町ちゃんに?」
「あぁ。あいつ、ある時期から色々教えてってうるさくてな…ああやって教えてたんだ」
「へー…だから慣れてたんだね」
「まぁな…ってほら、葉山達もう全員来てるぞ」
奉仕部組が最後だったようで、見知った顔ぶれは全員席に着いていた。
木の椅子に木の机、周りにもたくさんある休憩場のような場所に集まって何を話すのか。
そう思っているとすぐさま葉山が切り出した。
「集まってくれてありがとう。ちょっとみんなに報告、っていうか相談したいことがあるんだ」
「隼人くんがそんなこと言うの珍しくない?なんか緊張してきたわー」
「それで、何かあったん?」
優美子の問いかけに、葉山が1つ、深呼吸をした。
何が切り出されるのか。
その内容を八幡、そして雪乃はどこか察していた。
「俺たちが教えている子が孤立していて…どうにか出来ないだろうか」
問題が浮き彫りにされてしまった時、そこで初めて問題として形を成す。
葉山の問題と八幡の問題、それぞれが抱えていた問題は全く違うもので、八幡の方は解がほぼ出かけていたというのに。
解いていた問題に、プラスで条件が与えられた場合、多くの者は解き直す。
途中から始めるか、解きなすか、どちらが正しいかは明確ではない。
だがしかし、高確率でその問題は難しくなるだろう。
どうしたもんか、と八幡は解き直しを頭の中で静かに開始した。
ありがとうございました。
口調が難しいです。連続投稿となりました。次の投稿は未定です。