やはり吸血鬼の世界は間違っている。   作:Qualidia

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お願いします。


〈林間学校篇〉『五色の脳』

 

 

 

 

 

片付けに向かう道中。

タバコを吸いに外に出ていた平塚先生と出くわした。

 

ぼーっとタバコを吸っている姿は様になっていたが、その平塚先生に話しかけるかは別の話。

影を薄くし、隣を通り過ぎようとするとどうやら気づかれたようで平塚先生が手を挙げた。

 

 

「おぉ、比企谷」

 

「…どうも」

 

「あの子の件、聞いたぞ」

 

「…」

 

「別に怒ったりしないさ。いや本当は怒るべきなのだろうな。教師として大人として」

 

「…そうですね」

 

「でも嬉しくも感じてしまったよ。方法はともかく、君が誰かのために頭を使うことが」

 

「その方法があんなのじゃ、褒められないですよ」

 

「あぁ、褒められないな。だからこれから褒められる方法を探すんだ。君には雪ノ下や由比ヶ浜が居るだろう?」

 

「――」

 

「分かったならそれでいい。早く部屋に戻って休みたまえ」

 

 

てっきり怒られる、いや何かしらの処罰までも考慮していた八幡には良い誤算ではあったがどこかモヤモヤが残っていた。

 

雪ノ下や、由比ヶ浜が居る。

 

その言葉の真意をまだ八幡は計れない。

 

 

「…部屋に戻れって…皮肉ですか?片付けなんて面倒なんてこと押しつけて…」

 

 

モヤモヤを吐き出すように、平塚先生に愚痴をぶつける。

きっと自分の今の言葉も「あぁすまんな」なんて軽くあしらわれることを知っていながら。

 

――けれど。

 

 

「ん?何を言ってるんだ比企谷」

 

「は?」

 

 

――軽く笑ってくれただけで良かったのに。

 

――どこまでも、比企谷八幡に世界は厳しい。

 

 

「――君たちに片付けなんて、頼んでいないぞ」

 

「ぁ…は?」

 

 

それはおかしい、と。

頭の中でも、現実でも平塚先生にそのまま聞き返してしまう。

 

だって、さっき、そう言われたのに、と。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。さっき平塚先生から伝言で指示が出たんですけど…」

 

「流石に片付けは小学校の先生達がやってくれたよ。だから片付けも何も片付ける物がない」

 

「で、でもさっき若い小学校の女の先生が…」

 

「…小学校側に若い女の先生は居なかったと思うが」

 

 

 

 

――ならば。

もし、平塚先生の覚え忘れではないのならば。

 

 

 

 

――あの女は『誰』なのだろうか。

 

 

「っ――!」

 

 

一気に体温が失われていく。

 

最悪の事態へと思考を巡らせる。

 

――あの人、誰?

 

そう、留美に聞かれた覚えがある。

冗談だと思って返したが、それが本当ならば。

 

違う。そもそもあの時、八幡と留美はほぼ初対面。

 

――冗談など言う仲ではない。

 

 

「(あの時、あいつは留美に話しかけずにどっかに行った…教師が?生徒が目の前に居るのに?)」

 

 

けれど、もしも、そうであるならば、あの時留美はもっと追求してこなかったのか。

 

――それよりも八幡に用があったから。

 

否定できる点もある。が、否定できない点が多かった。

 

 

 

「…平塚先生、小学校の時の先生覚えてますか?」

 

「急に黙ってどうしたかと思えば…そんなの覚えているんじゃないか?はっきりとは言えないが」

 

「く、っ――――!」

 

 

あの時と同じだ。

総武祭で陽乃の予想が的中したときと同じ感覚。

 

気づけば体は森に向かって走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「…こんな簡単に騙されるなんて」

 

「そこはワタシのやり方が上手かったってことだよ?」

 

「…由比ヶ浜さん、下がってて」

 

 

静かな森の中。

 

雪乃と結衣の前に佇むのは明らかにおかしい人物。

女性とは思えない体格に、低くなった声。

口調さえも、先ほどまでとは違い常人ではない。

 

――あちら側の人間であると、容易に判断できる。

 

 

「そんなに怖がらなくても、抵抗しないなら殺さないよ?」

 

「…」

 

「ちょーっとワタシ達の研究に協力して欲しいだけだよ?」

 

「――」

 

「で、どうする?無理矢理はいやだよ?」

 

「――ふざけないで。そう簡単に捕まるほど安くないわ」

 

「やだなぁ…安く見てないよ?高く見てるだって君たち――!」

 

「――!」

 

 

明らかに虚を突いた雪乃の先制攻撃。

 

風で剣を作るスピードも、踏み込みも、どれもが素晴らしいはずなのに、彼女は余裕で躱して見せた。

 

 

「おぉ、聞いてたとおり威勢が良いねぇ…」

 

「ちっ…」

 

 

苛立ちを隠さず、雪乃が舌打ちをする。

 

今戦えるのは雪乃のみ。八幡の加勢は気づかなければ望みはなく、気づいていたとしてもそれは遅い。

 

 

「――1人じゃないよ、ゆきのん」

 

「由比ヶ浜さん…」

 

「あたしだってこの時のためにゆきのんと頑張ってきたんだから」

 

 

声は震え、足はふらつく。

きっと結衣が体験する初めての『異常』。

 

さらわれそうになった経験がある雪乃とは違い、明らかな一般人が巻き込まれている。

 

それでもなお――、

 

 

「――だから、あたしも隣で戦わせて」

 

 

ずっと溜めてきたしてきた結衣の覚悟。

 

この時、この瞬間。

今隣に並ばなければ、八幡にも雪乃にも置いて行かれてしまう。

そんな気分が心の底に積まれていた。

 

 

「いやだなぁ…ワタシは無理矢理って好きじゃないのに」

 

「由比ヶ浜さん、あなたは好きにやってちょうだい。私が後ろからフォローするから」

 

「うん!」

 

 

そう言って雪乃の隣で風の剣を顕現させる。

 

逃げたい、泣きたい、怖い。

 

そんな負の感情を無理矢理飲み込む。

 

 

「…あなたは『五色の脳』で間違いないのかしら」

 

「んー?そうだなぁ、ワタシ達ってそんな呼ばれ方されてたんだっけか…ワタシはなんて呼ばれてたっけ?」

 

「――」

 

「覚えてないや…」

 

「…」

 

「鬼だから鬼神ってことで」

 

「…」

 

 

名前、というよりも識別名だろうがそれは聞けた。

きっと今、目の前に聳える鬼には敵わない。

 

自分達が出来るのは時間稼ぎと滑稽な命乞いだ。

 

 

「大丈夫だよ、ゆきのん」

 

「っ」

 

 

自分のネガティブな考えを振り払うかのように、結衣がそう呟いた。

 

 

「もしあたし達が無理でも…ヒッキーが来てくれる」

 

「――」

 

「大丈夫、絶対来てくれるから」

 

 

どこまでも真っ直ぐに、いない八幡を見つめている結衣。

きっと彼女は、留美の一件でも、雪乃とは違い心の底から八幡を信じて任せたのだろう。

 

純粋で、真っ直ぐで、美しかった。

 

 

「…そうね。こういうときぐらい役に立って貰わないと…あなたに合わせるわ。直感でいきなさい」

 

「――任せて!」

 

 

互いに目を見てうなずき合い、笑顔を見せ合った。

 

気づけば声と足の震えはなくなっていた。

 

 

「んっ――!」

 

「――!」

 

 

結衣が飛び込み、その後に雪乃が続く。

結衣が直感型なら、雪乃は思考型だ。

 

だから作戦や動きの方向性、それらを動きながら雪乃が考える。

 

横薙ぎに振るわれる、結衣の剣を鬼が後ろに下がり躱す。

 

 

「おぉ?」

 

 

一瞬の思考さえ与える時間を与えず、今度は雪乃の突きが鬼の眼前に迫る。

 

しかし、それもひらりと躱される。

 

ここまでは当たり前だ。

強い相手に必ずと言って良いほど、一撃目は当たらない。

 

ここから、どう二撃目、三撃目へとつなげていくのか。

 

 

「やぁ――!」

 

 

結衣の気の抜けるかけ声と共に、交互に攻撃を繰り返していく。

何度か行われてきた放課後の特訓からくみ取れた結衣の癖を、雪乃が頭の中で思い出し予想し、合わせる。

 

即興だが、いいペアとなっていた。

 

 

「いいなぁ…いいねぇ…!その姿勢、その瞳っ!面倒くさいけど付き合っちゃおうかなっ!」

 

 

鬼が隙を突いて、地面に手をつける。

 

鬼の性質である地を司る能力。それにより両手に大剣が顕現した。

地面を簡単に変化させるこの性質の注意点はほかにある。

 

 

「――由比ヶ浜さん、地面に注意して」

 

「うん。分かってる」

 

 

高位種や上位種になれば、大きく地面を変化させることが出来る。

地震や地割れだって、世界のルールを破らない程度なら出来てしまうのだ。

 

圧倒的な力と反則的なまでの性質。

この2つをどうにかしなければならない。

 

 

「…比企谷くんなら」

 

 

最初に八幡と出会い、鬼に襲われ、助けられたあの時。

八幡は鬼を圧倒していた。

 

自分にそこまでの力は無い。ならばやはり、裏をかき、隙をつき、時間を稼ぐしかない。

 

 

「やだなぁ…そんな怖い顔しないでも殺さないよ?殺したらあいつうるさいだろうしねぇ…まぁ多少傷つけるぐらいならいいみたいだけどね?」

 

「…なぜ私達を狙うの」

 

「んー?それは人間が私達の研究に必要だからだよ?」

 

「――研究」

 

「そ、研究。ワタシ達…というかあいつの考えなんだけどねぇ…君たちも考えたことない?」

 

「――」

 

「――なんで人間とのハーフが高位種なんて呼ばれてるのか」

 

 

両手で大剣をクルクルと遊ばせながら、どこかつまらなさそうに鬼が問いかけてくる。

 

なんで高位種と呼ばれているのか、そんなことを聞かれたって昔からそう教わってきたから。としか答えが思いつかない。

 

 

「だっておかしいでしょ?人間とのハーフがほかよりも強くなるなんて…同じ生物同士の方が強くなるとは思わない?」

 

「――」

 

「人間には生物の力を高める『何か』がある…それを研究するのがあいつで、その手伝いがワタシ達…分かった?」

 

「…それがあなたたちの研究、ね」

 

「まぁ簡単に言うとねぇ…そしてあいつは人間のある部位に注目してるんだよねぇ」

 

 

鬼が大剣を自分のこめかみに向けた。

その行為で、雪乃は察する。彼らにとらわれた人間達の末路と、彼らの組織名の由来を。

 

 

「頭…いえ、正確には脳、かしら」

 

「聡明だねぇ…そ、ワタシ達は人間の脳を調べる組織…『五色の脳』」

 

「…あなた達に遊ばれる人間の気持ちを考えたことが…そんなこと言っても無駄なのでしょうけど」

 

「ワタシ自身も少し興味があるからねぇ…あぁ、話過ぎちゃった。それじゃあ…やろうか」

 

「…遅かったわね」

 

「やだなぁ…そんな威勢のいいこと言われても…あぁ、そういうこと…めんどうだなぁ…」

 

 

風も起きていない森の中。

その薄暗い木々の間から、仄かに光り輝く炎。

 

鬼が顔をしかめる。が、それも束の間、すぐさま楽しそうに嗤った。

 

 

「〈囲い狂え、烈火〉」

 

 

吸血鬼にしか出来ない火の性質を扱う時の詠唱。

この場において、登場する人物は1人しかいない。

 

 

「――!」

 

 

火が意思をもったように鬼にまとわりつく。

 

 

「…遅すぎるわよ」

 

「ヒッキー…」

 

「はぁ…うるせぇな…これでも早いほうだろ…」

 

 

肩で息をし、汗はダラダラ流れており、シャツだってぬれている。

そんな中でも鮮やかに詠唱を決める姿は、素晴らしいとしか言えない。

 

だが、それらに見惚れている場合ではない。今の八幡の詠唱の火を鬼は剣で薙ぎ払ってみせた。

 

 

「やだなぁ…やだなぁ!君だけには会いたくないんだけど!」

 

「そんな事言うなよ。昔を思い出すだろ」

 

「あいつから君だけは殺して良いって言われてるんだよねぇ…ワタシ如きが君に敵うかなぁ…」

 

「…とてもそういう顔には見えねぇけどな」

 

「あはっ…ワタシってば顔に出るタイプなんだよねぇ…」

 

 

そう言うと、鬼の姿が豹変する。

先ほどよりも溢れる筋肉で、最早女性としての原型は保っていない。

 

そして鬼の特徴である角。

それらを総合的に判断するならば、紛うことなく『鬼神』だ。

 

 

「――比企谷くん」

 

「――ヒッキー」

 

 

雪乃と結衣の前に立った八幡。

しかし、雪乃と結衣はその立ち位置を否定するかのように隣にたった。

 

言わずとも言いたいことが分かる。

『隣で戦わせてくれ』と。

 

 

「…止めても無駄だろうから止めないが、邪魔だったらすぐさまどけてもらうぞ」

 

「任せてよ!」

 

「そうね、私たちだって邪魔になるほど弱くないわよ」

 

「――行くぞ」

 

「やだなぁ…勝手に士気高めないでよ…〈揺れ壊せ、静振〉」

 

 

鬼の詠唱に地面が応える。

 

規則的に地面が波のように揺れ、急激にステージが津波の上になったような感覚に陥る。

その混乱を鬼神は見逃さない。

 

 

「ちっ――!」

 

 

勢いよく迫る、自分と同じ大きさにもなる大剣。

それにすぐさま対応したのは八幡だ。

 

いや、正確に言うならば――。

 

 

「…やだなぁ、この一手で終らせてくれたら楽なのに」

 

「ぐ、っ――」

 

 

顕現させた2つの炎の剣で、鬼の大剣を正面から受け取るが、パワーの違いに驚く。

まともに攻撃を受ければ、体が粉々になる想像すらさせる一撃は、自然と鳥肌を生成させた。

 

ならば、一撃の重みを散らすため、手数を増やす。

 

なんとか鬼の初手を捌き、今度は八幡のターン。

 

 

「しっ――!」

 

「――はやっ!?」

 

 

ドン、と大地が悲鳴を上げるほど、力強く踏み込むと鬼の目の前まで一息で迫る。

そこから呼吸を忘れさせるほどの連撃を、繰り出していく。

 

右、左、上、下、斜めと八幡の剣は角度を選ばない。

繰り出すことに練度が上がっていく剣撃を鬼は全て、紙一重で躱していく。

 

 

「でけぇのにあたらねぇな…」

 

「やだなぁ…ワタシ女の子なんだけど?」

 

「そんな筋肉ムキムキの女子いねぇから」

 

 

そんな軽口をたたき合いながらも、剣撃は止まることを知らない。

凄まじい速さで行われる剣撃だが、攻守が一瞬で変わる。

 

例え攻撃でも手を抜くことは許されない。

 

一度手を抜き、下がって一息つきたい気持ちをなんとか抑える。

 

なぜならお互いに知っているから。

 

――もし、攻撃の手を緩めたら完璧なカウンターで殺られる、と。

 

 

 

 

 

 

――その狂った剣の世界に2人の少女はただ見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 




ありがとうございます。

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