ひどく鮮やかな光景が目の前に広がっていた。
炎の剣と、大地の剣が交わるたびに火花ではなく、小さな火の粉が辺りに散る。
幾度も交わる2つの剣が、辺りに光を灯していた。
これが自然現象ならば、心には温かな感情が広がっていただろう。
けれど――、
「やだなぁ、やだなぁ!ほんとに憎たらしいほど反応が早いなぁ!」
「く――っ!」
その発生源が自然でなく、恐ろしいほどの戦いの中ならば。
その上、戦っているのが自分の程度は違えど憧れた人物であり、自分達は何も出来ないと来た。歯がゆい、そんな言葉では表せなかった。
「ゆ、ゆきのん…」
名前を呼ぶも、答えも、自分自身で何が聞きたいのかも分からない。
どこか、自分は成長し近づけていたと思っていた。
けれど、それは慢心でしかなく、ただただ遠くで、行われている戦いを見るしか出来なかった。
「ちっ――」
八幡が苛立ちと焦りを含んだ舌打ちと共に、後ろに大きく跳躍する。
このままでは埒が明かないと踏んで戦法を変える。
「〈耀き放て、光焔〉」
一瞬で唱えた詠唱に、体の内の火が答えた。
大きく弓の形となった火から、光り輝く矢が放たれた。
目がくらむほど光るそれは、辺りにいた人物を無差別に襲う。
「やだなぁ、いやだよ?いやなんだけどなぁ!そうやって遠くから攻撃されるのは好きじゃないんだよ!」
「…ダメか」
「分かってるくせに」
「さて――」
大きく距離を取り、出方を伺う。
それと同時に、今行わなければいけない行動の選択肢と、優先度を考えるべく頭を回転させる。
「(由比ヶ浜と雪ノ下…ちっ、無理だな…なら…)」
何かを覚悟したかのように八幡が、1つ深呼吸をした。
そして――、
「〈集い成れ、炎刀〉」
詠唱で剣を作り上げる。
先ほどまで使っていた炎の剣とは、温度も大きさも違う。
それを2振り両手に顕現させる。
「あー…ほんとやだなぁ…そんなん見せられちゃワタシだって…ねぇ」
八幡の剣に呼応するように鬼が再度、地に手をつけた。
そして一瞬のうちにそこらへん一体がクレータと化し、地面が消え失せた。
いや、消え失せた訳ではなく、変化しただけ。
「――っ!」
何の合図もなく、両者が剣を交じ合わせた。
再起ほどまで行われていた光景の繰り返し――そんな生ぬるいものじゃなく、完全に勝負を決めにかかっている。
雪乃も結衣も直感で気づく。
――決まる。と。
「――!」
幾千も会合する両者の剣が悲鳴を上げているように見えた。
最早、剣が体に追いついていない――そんなことが妄想ではないのではないかと感じる。
息をのむ展開。
だからこそ、決着はすぐに――。
「ぁ――!」
先に綻びを生んだのは――、
「――比企谷くん!」
――八幡だ。
鬼の剣撃を紙一重で躱しきっていた八幡だったが、たった一撃手首に掠めた。
繊細な集中力を必要とする、性質の常時発動。
――それが乱れたとなれば。
「しまっ――!」
「…あはっ」
殺される――そんな甘い言葉ではないナニカが目前まで迫る。
高位種の八幡だが、何でも出来る訳ではない。
こうやってミスすることだってあれば、打開策が思いつかないこともある。
そして――鬼の剣が八幡の胴を切り裂く。
「――ぁ?」
――寸前。
八幡も鬼でさえも、予想になかった一手が、目の前に現われる。
それは詠唱や性質の類いではなく。
身を空に任せ、八幡と鬼の間に割り込む『結衣の姿』。
――その行動は、褒められるものか、貶されるものか。
どちらにせよ――、
「…ラッキー」
そう呟いた鬼の笑みに、八幡の全神経が叫ぶ。
――どうにか、どうにかしなければ、と。
「く、そっ――!」
けれど、現実は厳しく、時が止まってくれたりなどしてくれない。
一秒以下の間に自分に何が出来るか――、
やはり、比企谷八幡は。
――考えるよりも先に体が動く。
「ぃ――っ!」
右手から猛烈な痛みを感じる。
と、同時に夥しい量の血液が八幡の右手から形を成して噴き出した。
――その血液は紐のように細長く伸び、結衣の体をつかむと、無理矢理後ろに引っ張る。
間に合うか、間に合わないか、そんなことは考えもしない。
間に合わせるのだ、なんとしても。
「――ちっ」
鬼が先ほどの発言とは裏腹に、苛立ちを舌打ちで表す。
「ぐ、づぁ――!」
けれど――。
間に合ったのは結衣の救出のみ。
鬼が攻撃を辞めたわけではない。
その攻撃は――再度、八幡へ牙をむく。
確実に腹部を剣が捉えた。
致命傷――まではいかずとも、明らかに受け取ってはいけない傷だ。
「あはははは――っ!やだなぁ!いやだなぁ!なんて素敵なんだろうね!ワタシもこんなこと初めてだよ!誰かが誰かをかばい合って傷を受けるなんてさぁ!」
とりあえず、距離を置くことが優先。
痛みに耐えるより先に、結衣を抱え後ろへ下がる。
「ひ、ひっきー…」
「うるせぇ喋るな。お前も傷受けただろ、早く見せろ」
最早、涙を止めることは出来ず結衣は泣きながら八幡の名を呼んだ。
それに対する八幡の返答は、今まで聞いてきた八幡の言葉で最も冷たく――遠く聞こえた。
誰よりも八幡の近くに居るのは自分であるのに。
「っ――」
八幡の言うとおり、結衣の腰辺りに微かに血が滲んでいる。
どうやら鬼の剣が掠めたようで切り傷とは言えないほどの傷が出来ていた。
そこに八幡が右手を押し当てる。
傷を触れればもちろん痛む。なぜ八幡がそんなことを自分にしてきているかを理解出来ない結衣だったが、黙ってそれを受けていた。
「――こんなもんだろ…ぐ……はぁ…」
「ご、ごめんなさ――」
「――いいから」
ぴしゃりと謝罪の言葉が切られた。
しかし、それもそのはず。
まだ戦いは幕を下ろしていないのだから。
こうやって息をつけているのが鬼の気まぐれの上であることを、八幡は知っている。
――薄れる思考の中、打開策を考える。
「…こりゃ、無理だな」
治癒能力の高い吸血鬼でも、一瞬で怪我が治る訳ではない。
そして、治るまで待ってくれるほど鬼は優しくはない。
ならば――もう手はない。
「ほんと、すごいよなぁ…ワタシはそういうのわかんないけどさぁ…そうやって誰かのために死を選べるってすごいと思うよ」
心底楽しそうに鬼が笑う。
しかし、その笑みをぴたりと止めると雪乃の方に視線を送る。
「何も出来ず、突っ立ってるよりは…ね」
びくりと雪乃の体が跳ねた。
「やだなぁ…そんな顔しなくても…君は最後だから安心してよ――ぁ?」
鬼の顔が険しくなる。
森の奥、吸い込まれそうな暗闇の中から物音がする。
「ちっ…さっきの詠唱でばれたのか」
八幡の先ほど放った、炎の弓矢。
その光で誰かが察知したのか、誰かがここまで来たようだった。
大事にしないように、まぐれ混んだのにこんなにばれるのは鬼にとっても良くない状況。
殺してしまえばいいが、相手にもよる。
そして月の光の下に2つの人影が、その輪郭を露わにした。
「――比企谷!」
長い黒髪を靡かせた女性と、端正な顔立ちを見せる男子。
それは、平塚先生と葉山であった。
――どうして、と思うがそれを問う場面ではない。
「あぁもう!ほんっとにいやなんでけどなぁ!これ以上面倒事はごめんだってば!」
「っ――比企谷!?それに由比ヶ浜まで…」
平塚先生が八幡の怪我と、結衣の怪我を見て駆け寄る。
この場面において、助っ人は頼もしいが、それと同時に思ってしまう。
――被害者が増えるだけではないのかと。
「はぁ…いやなんだけどなぁ…まぁいいか」
そう呟いた、直後。
辺りの木々が騒がしく、揺れ始めた。
何事かと見回せば、その原因はすぐさま目に入った。
深くフードを被った者が数十人単位で姿を現した。
「…まじか」
そんな言葉しか出来ないほどの状況だ。
きっと彼らは『五色の脳』の駒。足止めなどを任されているただの人形。
この場において、最も厄介な物量作戦を相手にとられた。
「さて――どうする?吸血鬼の君」
「――比企谷。あとで何を言ってもいい。まだいけるか?」
そう、問いかけたのは平塚先生だった。
何か策略があるのか。そう目で訴えると平塚先生は首を横に振った。
「残念ながら何もないよ。ただ…2人でならばなんとかなるかもしれない。私が前、君が後ろでサポートしてくれ」
「いや…流石に先生でもあいつには…」
「――あぁ、無理だろうな。だからそこは君がなんとかしてくれ」
「そんな無茶な」
「だから聞いたんだ――比企谷、いけるか?」
男らしい平塚先生の言葉に、八幡が足に力を込めた。
傷は癒えない。思ったよりも深かったようだ。
けれど。
「はぁ…俺の出欠日数どうにかしてくださいよ」
「それぐらいなら簡単だよ」
「ほんとに教師かよ…好き勝手にやってください。俺が合わせます」
「あぁ、期待しているよ。私はそこまで強くないからな」
「…じゃあ、いつでも」
「――」
そう言って、平塚先生が地面に手をつけた。
相手側には負けるが、大きな大剣を顕現させて見せた。
初めて見る平塚先生の攻撃に、合わせられるかどうか――相当な集中力が必要だ。
「――もういい?なら…やろっか」
待ちくたびれたように、鬼がそういった。
それと同時に動き出したのは、フードの集団だ。
八幡を狙うわけでもなく、今ここにいる4人それぞれに向かって襲いかかる。
まずはこいつらをどうにかしないといけない。
「――葉山!由比ヶ浜を連れて雪ノ下のとこで壁作れ!」
鋭い八幡の声に、葉山は体を動かす。
言われたとおり結衣を抱え、雪ノ下の元に。
そして、自分達を隔離するべく、炎の壁を顕現させようと詠唱を開始する。
――だが。
「…ぁ」
「――ちっ!〈聳え立て、炎帝〉」
何故か唱えない葉山に変わり、八幡が唱えた。
3人を囲む四方――いや三方の壁。
1つ空いた方には八幡が立ち、敵を防ぐ。
――忘れていた。葉山が今、性質を使えないことを。
「っ――!」
壁が出来たと同時に、平塚先生が鬼――鬼神に迫る。
そうなれば、八幡はそちらを見なくてはならない。
サポート――それは詠唱によるものだ。ならば正確さは必須。
重なる問題を、少しでも消すべく八幡は葉山に向かって叫ぶ。
「敵が来る場所教えろ!横だけでいい!」
八幡の見えない視界は葉山に任せた。
炎の壁は三方。そこは絶対に突破されないようにし、それ以外は八幡が処理する。
葉山も、手負いの結衣も、攻撃は出来ない。
雪乃は――。
「〈身を纏い、〉」
八幡が静かに唱え始める。
「〈空を高らかに、〉」
平塚先生のサポート。
後ろの3人の防衛。
怪我によるハンデ。
――あまりにも、不可能な条件が揃っていた。
「〈穿ち射て、燐火〉」
八幡の長節詠唱に、性質が答える。
先ほど作った炎の弓矢。それより少しばかり大きいぐらいの同じものを作った。
――しかし、その色はどこまでも蒼かった。
炎の温度を極限まで高くする。
この状態をずっと保てば、肌がもたない。
「ふっ――」
小さく息を吐いた。
放たれた矢は、真っ直ぐに平塚先生の元へ向かう。
剣撃が行われている中、その矢は邪魔でしかないはずなのに。
その一手が形勢を変える。
「は――?」
鬼神がそんな間抜けな声を漏らした。
平塚先生との剣による戦い。
力量は、少しばかり平塚先生が劣る。それは平塚先生も承知の上。
その足りない実力を八幡に補って貰っているのだ。
例えば今――平塚先生が追えない攻撃を、八幡が弓で防ぐ。
これで両者互角――いや、こちらが優勢だ。
「――比企谷!後ろ!」
「くそっ――!」
葉山の声で、視点を変える。
すぐさま後ろを向くと、フードの集団が八幡に狙いを定め、こちらに向かってきている。
それを一瞬で片付ける。
奴らに実力が無いことは知っている。
「やだなぁ、いやだなぁ――!こっちには時間もないのに!」
「っ――!」
八幡のサポートがない状況では、平塚先生で勝てない。
なんとか凌ぐが、それも時間の問題だ。
「く、そっ!うっとうしいなぁ!」
再開された蒼い矢の攻撃。
平塚先生には当てず、確実に隙が生まれるような箇所に攻撃を打たれる。
それは平塚先生にとっては、やりやすいなんて問題じゃない。
相手が勝手に隙を見せてくれるのだ。そこを突けば良いだけの話。
「…おかしいだろ」
そう、現実に疑問を持ったのは葉山だった。
今の八幡を後ろから眺める。素晴らしい技術に、圧倒的な集中力と戦闘センス。
八幡が、そういう者、ということはなんとなく気づいていた。
けれど、今はそこではない。
あまりにも不可能な点が多すぎる。
「…俺たちを囲む詠唱に…ほかの詠唱まで…そんなことしたら頭が混乱して…」
詠唱において大事なのはイメージ。
そのイメージが2つ重なれば、齟齬が生じる。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、どちらとも顕現しないはずなのに。
八幡はそれを完成させた上で、気持ち悪いほど正確な射撃を行っている。
もっと言えば、その弓矢は高温で、怪我も完全に治っていない――考えただけで、今八幡が行っていることの異常さが同じ吸血鬼である葉山には分かった。
「あと――もうちょいっ!」
そう自分に言い聞かせる八幡の言うとおり、鬼神の体はボロボロになっていた。
これならば――殺れる。
特別なことはいらない。このまま同じ事を繰り返す。
「くそっ!やだなぁ!こんな感じで終るなんて…っ!」
そして――、
八幡の蒼い矢が、鬼神の大剣を打ち砕いた。
丸腰の鬼神に、平塚先生が迫る。
後ろに逃げるようにステップを踏む鬼神へと、平塚先生の剣が突き刺さり――、
「――浅い」
――そう鬼が不敵に笑いながら、呟いた。
まだ――足りないのか。
「――十分です」
鬼が大剣を作り直そうと、しゃがみこんだところを八幡は見逃さない。
――今まで以上に正確無比な射撃が、鬼神の脳天に直撃した。
「――ぁ」
ぱたり、と後ろに倒れる鬼神はぴくりとも動かない。
まだ――と、警戒心を緩めず辺りを見渡す。
すると、フードの集団が何かに止められたかのように、停止し踵を返した。
主を失ったからなのか――。
「終わった…か」
「先生、それ終ってないフラグですよ…っ…」
「はぁ…大丈夫そうだ」
平塚先生の一言で、八幡は全ての詠唱を解く。
肌が急激に冷えていく感覚に襲われ、血を流しすぎたのか、めまいもする。
「比企谷、よくやった」
八幡の元まで歩み寄り、肩を貸す平塚先生はやはりかっこよく、男らしい。
「っ…大丈夫っすかね」
「私も心配してないわけじゃないが…あれは完全に動いていない」
「こんな感じで…安心できないですね」
「何を言ってるんだ、勝負の最後に大技を決めるのはジャンプだけでいいさ」
「はぁ…とりあえず休みたいです」
「あぁ。戻るぞ。説明とかは全部後だ…陽乃には伝えてある。すぐに来るだろう」
「了解…です」
限界だったのか、八幡は平塚先生に身を任せ暗闇に意識を落とした。
「葉山、由比ヶ浜、そして雪ノ下。色々思うところはあるだろうが…全部後にしよう」
「っ…はい」
最後まで、先生らしく振る舞う平塚先生の言う通りに来た道を真っ直ぐ引き返す。
不安がないわけではない。今にでもあの死体が起き上がりこちらに向かってきそうだ。
けれど、今は下がった幕の中で息をつきたかった。
戻った後、この4人にどう話しかければ良いか、平塚先生はそれを考えながらキャンプ場所まで足を速めた。
ありがとうございました。
あまり完成度の高いものにならず、申し訳ありません。
気にくわない点は多々あると思います。それでも読み続けていただけたら嬉しいです。