やはり吸血鬼の世界は間違っている。   作:Qualidia

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お願いします。
短いです。


〈林間学校篇〉事の顛末。

 

 

 

 

 

 

 

林間学校での鶴見留美、そして五色の脳の鬼神との戦いが数時間前の出来事となった今。

平塚先生から陽乃へ働きかけ、とりあえず今日のところとなった八幡達の車内は静かな者だった。

 

「…ヒッキー、大丈夫かな」

 

その静寂を破ったのは結衣の悲しさと罪悪感が入り交じった呟きだった。

視線は助手席に座ったまま寝ている八幡へと向けられ、結衣の言葉に続いたのは平塚先生だった。

 

「どうだろうな…葉山が言うには性質の使いすぎで疲れただけとは言ってたが」

 

けれど、その言葉で結衣の顔が晴れることはなく、余計に曇らせたようにさえ感じた。

 

「このまま一旦学校に戻る。流石に陽乃が話を聞きたいらしくて…疲れてるだろうけどもうちょい我慢してくれ」

 

「あたしとゆきのんだけですか?」

 

「あぁ、戸塚はこの件には無関係だからな」

 

それ以降、また会話はなくエンジン音だけが響いていた。

 

 

 

 

「集まってくれてありがとね」

 

その一言で4つの視線が陽乃へ向けられる。

いつもの奉仕部へ集合した奉仕部員と平塚先生は、神妙な顔持ちで話の続きを待っていた。

 

「とりあえず比企谷くん、大丈夫?」

 

「車の中でもずっと寝てたみたいなんで体の方は軽くなりました」

 

「そっかそっか。じゃあ本題に入ろうかな」

 

そう言って陽乃はわざとらしく咳払いをした。

 

「まずは聞きたいんだけど…静ちゃん達が倒した鬼は五色の脳で間違いないの?」

 

「いや…どうだろうな。私も五色の脳については一教師としての知識しかないからな」

 

「あ、あたしとゆきのんそれ聞いてます…」

 

「本人が名乗ったってことか…なら間違いないかな」

 

「あの…あいつ、本当に死んでるんすかね」

 

八幡の一言で一瞬部室が凍る。

実を言えば、それが一番聞きたいことだったのかもしれない。あいつが、あの鬼がもう一度自分達に刃を向けるのかどうか。

 

「うん、それは安心して良いよ。ガーディアンの方でそれは調べたし」

 

「なら…いいですけど」

 

「あと戦ってみたことを詳しく知りたいんだけど…それは、今度でも良いかな」

 

4人の様子を見て、あまり長い話は出来ないと感じたのか陽乃は話を打ち切った。

 

「戦いのことに関しては私が主に話すだけでいいだろう。それなら明日以降時間も取れる」

 

「私は別にそれでもいいけど…」

 

「何か自分から気づいたことがあったら君たちは私に言ってくれ」

 

一旦、話が途切れる。

陽乃と平塚先生の気遣いで生徒3人の負担は少なくなっただろうが…起きてしまった心の負担が下ろされたわけではない。

 

「ねぇ、比企谷くん」

 

「何ですか」

 

陽乃の問いかけに八幡が短く答える。

 

「隼人から軽く聞いたよ。君の戦ってるときの様子…もちろん話を聞いただけだから想像でしかないけど」

 

1つ、間をおいた陽乃が真剣な声音で質問を投げかける。

 

 

「君は一体、何者なの?」

 

 

陽乃の言葉に今度は視線が八幡に集まる。

夕陽が部室に入り、幻想的な空間がどこか不気味な空間へとなっていた。

それは八幡への感情を空気が表しているようにも感じた。

 

「別に…ただの高校生ですよ」

 

「そう言うと思ったよ」

 

少し吹き出すように笑った陽乃だが、八幡への視線は外さない。

 

「けどね、比企谷くん。ただの高校生にこんなものが届いてる」

 

ぴらり、と封筒を掲げる陽乃。

真っ白なその封筒はどうやら、学校からの連絡用ではないらしい。

 

もっと格式高いところからの封筒に見えた。

 

「…ガーディアンの上層部から直々のお誘い…君のために席を用意するのも厭わないっていう特別待遇でね」

 

「…」

 

「比企谷がガーディアンに?」

 

「そ、総武祭でのキング、その後の咲良ちゃんを助けた時の戦い、そして今回の五色の脳との戦い…これらを統合してガーディアンが判断したの」

 

驚きを隠さず全員が目を見開いている。

だが、八幡はどこか予想していたかのように、驚きはしていなかった。

それは本当に予想していたのか、ただのポーカーフェイスなのか。

 

「候補生ですら、ない。そのままガーディアンになる…私の記録、抜かれちゃうんだけど?」

 

いたずらっ子のような笑みで八幡を見つめる陽乃の内心が、どのようなものであるかは計れない。期待か、希望か、喜びか――はたまた、焦りか。

 

「それ、断っといてください」

 

「…え?」

 

まるで妹の頼みを断るかのように軽く告げられた言葉に陽乃が素っ頓狂な声を出す。

 

「え、いや、断りたいんですけど…」

 

「ほ、ほんとに?断るの?」

 

「まぁ…受けるメリットがないと思ったんですけど…」

 

「はぁ…比企谷。こんな機会誰にでもある訳じゃないんだぞ。ガーディアンがお前に、直接、席を用意すると言ってるんだ」

 

「いやでも、忙しそうじゃないですか」

 

「まぁガーディアンも警察みたいなもんだけどね…でも、普通断らないでしょ」

 

「ほら、俺が忙しくなったら小町が悲しむし」

 

なんだこいつ、という視線を浴びながら八幡は自分の意見を真っ直ぐ伝えた。

真っ直ぐな想いかどうかは、ちょっと分からないが。

 

前代未聞のお断りに、陽乃と平塚先生が止めにかかるが、2人の表情はどこか楽しそうに見えた。八幡を止めるのが楽しいのではなく、八幡が断ったと言う事実がこの2人には面白かったのだろう。

 

「ふふっ…いやー、まさかこんな簡単に断られるとは」

 

「俺には荷が重いです」

 

「確かに比企谷はガーディアンって柄じゃないな」

 

「それどういう意味ですか…分かりますけど」

 

「あ、これ、破るにしても捨てるにしても比企谷くんがやってね。私怒られたくないし」

 

「小町に捨てとけって言っときます」

 

「小町ちゃんも重い荷持つことになるでしょそれ…」

 

いくらか空気が緩んだところで、陽乃がガーディアンの用事があるとして、部室を去った。それに続くように平塚先生が報告書を書きに、職員室へ向かった。

 

残されたのは奉仕部の3人だった。

 

「やっと終わったか」

 

「あはは…でも、本当に良かったの?」

 

「ガーディアンのことか?嫌に決まってんだろ…要は就職みたいなもんだろ?絶対やだ、働きたくない」

 

「思ったより理由がクズだし!?」

 

「俺はのんびり小町と過ごしたんだよ」

 

「小町ちゃんなら、断ったこと怒りそうだけど」

 

「ほらあいつブラコンだから」

 

「シスコンのヒッキーが言ってもなんも説得力ないよ…」

 

事実、小町がブラコンであることは結衣も感じてはいるが…冗談で言ってる八幡は気づいていないらしい。

 

八幡が1つ、伸びをすると帰り支度を始める。

 

「ヒッキー帰るの?」

 

「あぁ、早く小町に会いたい」

 

「シスコン過ぎてキモい…」

 

「本気で引くなよ…」

 

カバンを肩に掛けると扉を開ける。

しかし、そこから足を止めると、頭をガシガシと掻いて、「あー」とか「えーと」など何か言い出そうしていた。

 

「…そのだな…色々悪かった…怪我とか、言葉とか…」

 

照れたようにそっぽを向く八幡の頬は夕陽の仕業か、はたまた性格故のものなのか。

 

「でも…助かった」

 

限界だったのか、荒く扉を閉めると早足で下駄箱まで向かう。

慣れないことをすることには、やっぱり慣れることが出来ず、恥ずかしさでベッドでバタバタしたい気持ちを抑えていた。

 

「えへへ…ヒッキーがデレた…」

 

恥ずかしいのはお互い様だったらしく、どこから来ているか分からない嬉しさを結衣はかみしめていた。

 

そして曇った顔は投げ捨てて、満開の笑みを咲かせる。

 

「よし!こんなことでくじけてる場合じゃないよね!また色々教えてねゆきのん!」

 

「え…?そうね」

 

「ゆきのん大丈夫?」

 

「…大丈夫よ」

 

「早くヒッキーに追いつかなくちゃ!」

 

ふんす、と両手を握りしめやる気のポーズを取る結衣。

良くも悪くも彼女の性格なのだろう、きっとこの性格を羨む人だっている。

 

 

 

「――無理よ」

 

 

けれど。

 

感じ方は人それぞれ。

 

 

「え?」

 

 

明日からの活力になる者もいれば、絶望へたたき落とす手のように感じる者もいる。

 

 

「――私達では、あの人達には…届かない」

 

 

寂しげに、何かを悟ったように、夕陽を見つめる雪乃。

 

――その姿は、いつかの宣戦布告の時とは真逆の言葉、姿となっていた。

 




ありがとうございました。
最終話が短くなってしまいましたが、とりあえず林間学校篇、終了です。

次回から新たな章に入ります。
気長に待っていただけると嬉しいです。

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