やはり吸血鬼の世界は間違っている。   作:Qualidia

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お願いします。


〈生徒会選挙篇〉近日中に

「…うす」

 

 

背中を丸め、のっそりと奉仕部の扉を開けて八幡が入ってくる。

相変わらずのアホ毛がゆらゆらと揺れている。

 

「ヒッキーやっと来た!」

 

「遅かったわね」

 

結衣が携帯から顔を上げて、雪乃は本に目を落としたまま、八幡に返答した。

 

「平塚先生に捕まってたんだよ…愚痴だけど」

 

「ヒッキーと先生って仲良いよね」

 

「…まぁ、普通だろ」

 

「あなた体の方は大丈夫なの?」

 

「もう治った…あれだな、お前に心配されるとかなんか変な感じするわ」

 

「別に心配しているわけではないわ。備品修理は部長の役目だから」

 

「俺は備品なのか…」

 

会話が途切れ、静寂が部室を包む。

基本的に話さない人物が2人いるこの部活は静かである。

それぞれが本や携帯に意識を戻すと、扉が控えめに叩かれた。

 

「…どうぞ」

 

凛とした雪乃の声に反応して、扉が開かれる。

 

「えーと…奉仕部、ってここでいいんだよね?」

 

「はい。お久しぶりです、城廻先輩」

 

可愛らしく微笑むめぐり。

八幡や雪乃…特に雪乃にとっては少し縁のある人物だ。

 

ふわふわとした雰囲気を纏いながら、奉仕部に訪れた理由を話し始める。

 

「今日は相談があって…」

 

そこで言葉を区切り、扉の方へ手招きをする。

どうやら訪問者はもう1人いるらしい。

 

「あ、いろはちゃん」

 

その訪問者が何かしゃべり出す前に、結衣が反応をする。

知り合いらしく、笑顔で手を振っていることから結構親しいのだろう。

 

「結衣先輩、こんにちは」

 

「やっはろー」

 

「あ、2人は知り合いなんだね。じゃあ紹介はしなくても大丈夫かな」

 

膝上のスカートに、クリーム色のカーディガン、そして何よりも目を引く亜麻色の髪の毛。

それを見た瞬間、八幡は先日の騒動を思い出した。

 

やけに記憶に残ったあの時の少女も確か亜麻色の髪をしていた、と。

 

「比企谷くん、久しぶりだね。はるさんから聞いたよ、ガーディアンのこと」

 

「・・・そうですか」

 

あの人口軽いな、なんて思いながら八幡は返答した。

 

「はるさん、君のことを楽しそうに話すから」

 

「楽しそうに人の情報流さないで欲しいですけどね」

 

「まぁまぁ、そこははるさんだから」

 

「めちゃくちゃな理由なのに納得出来ちゃうんだよなぁ・・・」

 

八幡がうなだれると、めぐりは少し微笑む。

 

にこにこと本当に楽しそうに笑うめぐりに、八幡はなんだか照れくさくなって無理矢理視線をそらした。

 

が、そらした先にはこちらを見ている3つの視線が。

 

「・・・えーと」

 

いろはがどこか気まずそうに、言葉を発した。

それもそのはず、話を進めてくれると思っていためぐりが、急に男子と2人きりで話してしまうのだからどうしていいかは分からないだろう。

 

「あ、ごめんね。それで本題なんだけど」

 

封筒をポケットにしまい、八幡から少し離れ、全員を見渡せる場所まで移動する。

そして一拍おいてから、話し始める。

 

「単刀直入に言うね、一色さんはこの後行われる生徒会選挙に生徒会長として、立候補してるの」

 

「・・・へぇ」

 

「あ、今意外だーって思いませんでした?」

 

「あ、いや、別に。そんなこと」

 

「まぁいいですけどー・・・」

 

ぷくっと頬を膨らませて腰を手に当てている様はまさに怒っているアピールだ。まぁその容姿もあってか、本気ではないことは予想出来るが。

 

「それで、何か問題でも?」

 

「その・・・選挙で一色さんは当選したくないの」

 

「・・・というと」

 

「実は私が自分で立候補したんじゃないんです・・・その、私って悪目立ちするタイプなんで悪ノリ?で立候補させられていたっていうか」

 

「だったら生徒会の顧問に頼んで、なかったことにしてもらえばいいんじゃ」

 

八幡が思っていたことを素直に口に出すと、それに答えたのは雪乃の刺々しい口調だった。

 

「無理よ。もう公示は済んでいるわ」

 

「・・・まじか」

 

「城廻先輩、ほかの立候補者は?」

 

「それが、一色さんの応援演説の人も、ほかの立候補者もいないの」

 

「では、信任投票ですね」

 

「・・・こうじ?」

 

「・・・もう立候補者が発表されてる、って意味でいい」

 

「あははー・・・ありがと」

 

結衣への説明を短く済ませ、八幡が少し考えてから全員に向き直る。

 

「信任投票だからといって落選させちゃいけないなんてルールはないでしょう?」

 

「まぁそうだけど・・・」

 

「でも信任投票で落選って超かっこ悪いじゃないですかー・・・そういうのは恥ずかしいので嫌なんです!」

 

「・・・そ、そうか」

 

あっさりと1つめの解決案が、私情によって断られた。

だから勝手に立候補させられるんだろ、と思う八幡だったがなんとか言葉にせずそれを飲み込む。

 

「なら、方法はあと2つだな」

 

「2つ?」

 

「あぁ、1つ目は他の立候補者を設けて正面から一色を負けさせる」

 

八幡の提案に誰も何も答えない。2つ目の提案を待っているのだろう。

負けさせる、という言葉に少しだけいろはがむっとするが、それは無視して話を続ける。

 

「2つ目は、応援演説のせいで落選した、と生徒に思われればいい」

 

「・・・どういうこと?」

 

「その応援演説は誰がやるのかしら」

 

「・・・そりゃ適切なやつに」

 

「あなたでは無理よ。今のあなたは紛れもなくキングという名がついて回る。そんな人にその役割は似合わない」

 

「あれは実力だけの話だろ、キングに性格の良さなんてのは求められていない」

 

「それでも、確実ではないわ。キングが応援演説に、それだけで面白がる人もいる」

 

「だからそうならないように、応援演説をひどくするんだろうが」

 

「言ったでしょう、確実ではないと。キングという名を甘く見ないことね」

 

「お前はどうして、そこまでキングとかクイーンとか肩書きにこだわる」

 

「・・・あなたには、分からないわ」

 

「そうかよ」

 

両者の言い合いに、周りの3人は気まずそうにうつむくだけだ。

しかし、お互いの意見はどちらとも分からなくはない言い分なのだ。

八幡はキングという+要素を覆すだけの応援演説を、雪乃はキングという名は覆せる者ではない、と。

 

「じゃ、じゃあ1つ目は?」

 

「あぁ・・・他の立候補者を設けるなんて言ったが、やる気のあるやつならもうとっくに立候補してる。今から立候補者を探すのは難しいだろうな」

 

「それこそ、適切なのはあなたじゃないかしら」

 

「・・・俺が生徒会長に?なるわけねぇだろ」

 

「二年生にしてキング、それにガーディアンからのお誘いもあったことも話せば当選すると思うけれど」

 

「いくら俺がキングだろうが、生徒会選挙は言わば人気投票みたいなもんだ。俺がこいつに見た目で勝てる訳がない」

 

「だから実績で勝てばいいのよ」

 

「そんな簡単に人を動かせたら俺はぼっちじゃねぇよ」

 

「・・・どうしてそこまで自分を下に見るのかしら」

 

「事実だからだ。それに生徒会長ならお前の方が適任だろ」

 

「っ・・・それは、」

 

再度行われる言い合いに、やはり3人はどうすることもできない。

お互い熱くなっているのか語気が鋭くなり、八幡もいつもより声のトーンが低い。

 

暗くなる部室を明るくできるものもおらず、そのまま停滞の時が流れていく。

 

「あ、あのさ」

 

結衣が何かを思いついたように顔を上げた。自然と視線が集まる。

 

「いろはちゃんはさ・・・やっぱどうしても生徒会長やりたくない?」

 

「え、と・・・」

 

「嫌ならいいんだけどさ!その・・・いろはちゃん可愛いし頭もいいから生徒会長出来るんじゃないかなーって」

 

「・・・」

 

結衣の全く別角度からのアプローチに今度は視線がいろはに移る。

 

「生徒会長っていう後書きは魅力的ではありますけど・・・クイーンのめぐり先輩のあとっていうのは怖いというか・・・」

 

「あー・・・生物は何か聞いて良いか」

 

「天使と悪魔の混合種です…比率は5対5です」

 

「いつもはどっちを使ってる?」

 

「天使です・・・ほら、めぐり先輩も天使じゃないですか、なのでそれも少し」

 

同じ生物で前生徒会長は高位種・・・やりづらいのは理解出来た。しかもそこにオプションとしてクイーンがついてくる。きっと学校内外問わず、期待の目がついて回る。

 

そのことを一色いろはは理解していた。

 

大方の話は終わり、解決策は断られているのも含めれば全部で4つだろう。

 

「ちなみに、生徒会長って何か良いことあるんですか?」

 

素直に結衣が疑問をめぐりに投げかけた。

するとめぐりは一瞬困った表情を見せるが、すぐに考え始める。

 

「うーん・・・やっぱり大学進学とかは有利かな。あとは経験とか」

 

「・・・」

 

「けど、はるさんとか私とか・・・比企谷くんとかもいる総武って割と目立ってるんだよね。もちろん良い意味で」

 

「確かに・・・」

 

「だからどうしても生徒会長も凄い人、っていう印象がつけられちゃうかな」

 

どこか言いづらそうに答えるめぐり。

 

「いろはちゃんって凄かったりするの?」

 

「んー・・・詠唱は得意な気がしますけど剣とかは無理です」

 

「別に強くなきゃ生徒会長はしちゃいけないなんてことはないんだけど」

 

そういうめぐりがクイーンなのだから、いろはもやりづらいのだろう。

悪意がないからこそ、より一層プレッシャーが重くのしかかる。

 

きっといろはにも生徒会長は務まるのだろう。別に教師より権限を与えられるわけでも、学校を背負って戦うとかもないのだから。

 

「・・・一度、こちらで話し合っても大丈夫でしょうか」

 

雪乃が、そう提案した。

こちらでというのはきっと奉仕部で、ということだろう。

 

「そうだね、じゃあいこっか」

 

そう言い、2人で退出していく。

残った3人は良い雰囲気とは言えず、静寂が流れていく。

 

「あなたは、本当にやる気はないの?」

 

だが、雪乃の一言で流れが止まった。

 

「生徒会長なんかやる気は無い・・・それよりも早い解決策があるだろ」

 

「無理よ、あなたのやり方では一色さんにまで被害が及ぶかもしれないでしょう?」

 

「それは・・・なんとかする」

 

「なんとか出来る力があるなら生徒会長も出来そうだけれど」

 

幾度となく薦められる生徒会長の座。

なぜ雪乃がそんなことをしてくるのか分からない八幡は苛立ちばかりが募っていく。

 

「・・・どうしてそこまで俺にやらせたがる」

 

「それは、・・・」

 

「生徒会長なら雪ノ下の方が適任だろ。城廻先輩が卒業したらクイーンはきっとお前になる。実力だって申し分ない」

 

「私は・・・」

 

再度、雪乃が歯切れの悪い返答をする。

それに比例して、八幡は苛立ちがさらに積まれていくことを感じていた。

 

「・・・今日はもう帰るわ」

 

荒くカバンを持つと、そのまま立ち上がりドアを開けた。

去り際に見えた雪乃の苦しそうな表情と、結衣の悲しげな表情だけが、頭にこびりついていた。

 

帰路につく。

その前に、自動販売機で飲み物を買っていると、足音が聞こえてきた。

 

「やぁ、比企谷」

 

「・・・なんだよ」

 

「自販機の前でクラスメイトに会ったら誰でも声かけるだろ」

 

「そうか、じゃあな」

 

「ちょっと、話をしないか」

 

「お前と話すことなんか何もない」

 

「君はなくとも俺はある。それに、いろはが部室に行っただろ?」

 

そこで言葉を句切ると葉山はお金を入れ、スポーツドリンクの下にあるボタンを押した。

そのままどこかに歩き出す。きっと着いてこい、という意味なのだろう。

 

八幡は渋々ついていった。

 

連れてこられたのは自分達の教室で、窓際に立つジャージ姿の葉山は、なんとも様になっていた。

 

「話ってなんだよ」

 

「あの日以来・・・性質が使えていない。総武祭の時、一度使えなくなったけど…回復してたんだ。それなのに、あの時からまた使えなくなった」

 

「・・・」

 

葉山が指す、あの日、あの時とは林間学校の時だろう。

八幡も覚えていないわけではないが、そこまで心配していた訳でもない。

それはあの状況でいつものように性質を使えることが、簡単ではないと理解できていたし、事実葉山もそうであると思っていたからだ。

 

「俺に相談することじゃないだろ。平塚先生、いや神宮寺先生にでも聞いてみろ」

 

「そうだな・・・」

 

「話は終わりか?俺はもう帰るぞ」

 

「・・・君はどうして、そこまで強いんだ」

 

「は?」

 

思わぬ葉山の発言に、驚く八幡。

視線を葉山に戻すも、その葉山は外を向いたまま、こちらを向こうとはしなかった。

 

「あの時も・・・君は動じていなかった。自分のやるべき事をあるだけの力を持って対処していた」

 

「・・・動じていなかった?そんなわけないだろ、あんな状況になって怖くないと思う奴はいない」

 

「じゃあ君は怖いとおもっていながら行動していたのか?」

 

「あぁ、今すぐ帰りたいと思いながらやってた」

 

「ならどうして・・・っ、体が動くんだ」

 

「・・・」

 

弱々しく告げられた葉山の言葉に八幡はどう返して良いのか分からず動きが止まる。

 

「そんなの・・・知らねぇよ」

 

そう言い残し、八幡は早足で教室を出た。

 

葉山はまだ言いたいことがあったのだと、分かっていながら話を無理矢理打ち切った。

 

「くそっ」

 

どこから湧いてくるのか分からないこの感情から逃げるように下駄箱へ向かう。

 

「・・・なんだこれ」

 

下駄箱から靴を荒く取り出すと、紙がひらりと落ちた。

2つ折りの真っ白な紙は、とてもラブレターとは言えるものではなく、ただ機械的な文字で書かれていた。

 

 

『近日中に、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣の強奪。一色いろはを貰いに行く。』

 

 

「一色、いろは・・・?」

 

理解出来ても、納得出来ない怪文書に八幡はまた、頭を回らせる。

 

 

 

 




ありがとうございました。

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