やはり吸血鬼の世界は間違っている。   作:Qualidia

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お願いします。


そんなことは許せない。

 

 

実技の授業で行われてる模擬戦闘。

 

待ちに待った本格的な戦闘訓練に心躍る中、最初の生徒が先生と相対する。

事務系の優等生を輩出するJ組だが、総武高校に居る時点で『普通』ではない。そこら辺の者よりは知識も体力もある。

 

なのでF組生徒もJ組生徒を下になど見ておらず、なんなら自分達より強いのではと思ってるぐらいである。

 

 

「は――?」

 

「なにこれ…」

 

 

そんな仮にも自分達より上であると認めた生徒が、次々と倒されていく姿にF組生徒は言葉を詰まらせる。

 

 

「うん、じゃあ次」

 

 

淡々と機会のようにJ組の生徒達の手首を軽く叩き剣を落としていく。

 

それも笑顔で。最早その笑顔は爽やかではなく恐怖だ。

 

 

「うーん…正直なところもう少し出来ると思ってたけど…あの子を見たから余計にそう感じるのか…」

 

 

一区切り、というわけではなさそうだが先生がもう一度やる気を出させようと生徒達を煽る。

事実ではあるだろうが、生徒達にとってすれば少なからず屈辱的だ。

 

だが、どうやら次の生徒はそうはいかないらしい。

先生の言葉に他の生徒と違うところに何かを感じ取ったらしい。

 

 

「あの子…というのは雪ノ下陽乃のことですか?」

 

「…あぁそうだけど…なるほど、そういうことか」

 

「…お願いします」

 

 

どこか他の生徒と目にともす気力が違うのを先生が察したのか身を構える。

 

 

「雪ノ下雪乃…陽乃くんの妹さんか」

 

「…はい」

 

「こりゃ楽しみだね…早速始めたいところだけど…」

 

 

そう言い先生が手に持っていた竹刀を床に置く。

突然の授業の中断に、まさか戦わないのでは、と一瞬思うがどうやら違うらしい。

 

竹刀をおいた後、軽く腕まくりしてから雪乃以外の生徒に大きな声で指示を出す。

 

 

「少しだけ離れて見ててくれないかな、それと流れ弾は自分で弾くこと」

 

「え…?」

 

 

先生の言葉の意図が分からず呆然とする生徒だが、とりあえずの形で指示に従い端による。

そんな生徒に満足した顔をしたかと思えば、すぐさま「あぁ、それと」とまた言葉を繋いだ。

 

 

「きっと君たちにとって手本となる模擬戦闘だ。しっかりと見ときなさい」

 

「……」

 

「…なんのつもりですか?」

 

 

黙る生徒達をよそに雪乃が先生に問いかける。

 

 

「別に深い意図はないよ。まぁ君が僕の言葉に見合う戦闘をしてくれれば文句はない」

 

「…」

 

 

とんとん、と上下に軽く飛び準備運動をする先生に雪乃が風で作られた剣先を真っ直ぐ向ける。

 

風を司る人間の『性質』である。

その姿を見た先生が目を見開く。そして少し笑うと竹刀を持ち上げ遠くに飛ばす。

 

 

「…手を抜けそうにないね」

 

 

そう呟くと右手に光り輝く剣が顕現する。

それはつまり、先生が天使であることを意味し、ガーディアン候補生の実力と言うことは、

 

 

「天使の高位種、ですか」

 

「まぁね。それと実技場の壁は傷つかないようにしたから思う存分来て良いよ」

 

「…すぅ…はぁ…お願いします」

 

 

もう一度お礼を言うと、また雰囲気がひとつ重くなったように感じた。

 

 

「では…はじめ――っ!」

 

「しっ――!」

 

 

初手とは思えぬ破壊の一撃。

ズバッという風を切る音がクリアに聞こえ、続いて大地を揺らす振動を感じ取る。

 

 

「……これほどまでとはね」

 

 

雪乃の振り下ろした一振りは床を捉えただけ。

どうやら先生は回避したようだが、雪乃は何も答えず次の一手のために動き出す。

 

 

「――」

 

「っ…」

 

 

一つ、踏み込むと一瞬で先生の懐へ。

そしてそのまま斜め上から剣を振り下ろす。

 

それを先生が剣で受け流すと今度は先生の剣が、雪乃の右手首を狙い振り下ろされる。

 

シンプルなカウンター。しかし、それだからこそ綺麗に決まれば最強の一手である。

 

 

「まじか、いっ――!」

 

 

剣をいなされ、右側へ重心が崩れる雪乃だが左足を強引に右足の前へ持っていくと、左足を軸に綺麗な回転を見せる。

 

それは先生の攻撃を躱すと同時に、回転後にそのまま剣で攻撃できるということ。

 

カウンターに対する術の一級品。

 

 

「――――」

 

 

表情を崩さないまま機械のように最善の一手を繰り出す。

 

だが、先生が後ろに大きく跳躍して後ろに下がると雪乃も体勢を整えるため間が出来る。

 

 

「…はっ」

 

 

そこで生徒達は自分達が無意識で呼吸を止めていたことに気づく。

たった数秒の攻防の中で天才を技を見た。

 

見入ると言う言葉を体現したような生徒はそのままじっと二人を見る。

 

 

「…風を操る人間。風で自分の体を速くして倒れそうな体も風で支え人間を超えた動きを可能にする高位種…流石だね」

 

「…」

 

「そうだな…せっかくだ、詠唱も許可しよう」

 

「…では」

 

 

詠唱――自身の体に接していないものを動かす際の手段。

 

連想するならば魔法の呪文だ。

自分に接している面の風を人間は意識するだけで操れるが、接していない風を操るときには言葉という媒介を使わなければ操れない。

 

 

「〈薙ぎ払え、青嵐〉」

 

 

凛とした声で雪乃が呟く。

普段ならば使わないような言葉選び。だがそれは今の世界にとっては膨大な力となる。

 

雪乃の周りに出来る球体。

正確に言えば、かまいたちという怪異と同じ原理であり風を勢いよく動かし鋭利な武器へと変えたのだ。

 

 

「すっごいなー…」

 

 

素直な感想を口にしながら体は回避行動を開始する。

次々と飛んでくる鋭利な風が集合した球体を全て躱す。

 

球体の速さを超えているからこそ出来るそれは軽く見られそうだが高位種ならではの行動だ。

 

性質を発動させながら雪乃自身も動く。

すぐさま距離を0にして剣で追い詰める。

 

――だが。

 

 

「凄い、けどそこ止まりだね」

 

「っ――!」

 

 

悪寒を感じて雪乃がとっさに攻撃の手を緩める。

 

その隙を先生が逃すはずもなく攻防は反対へ。先生の攻撃を後ろへ跳躍して躱す。

 

 

「はい、終わりっと」

 

「い、っ…」

 

 

右手首に軽い痛みを感じると同時に風の剣が消失する。

それは雪乃の敗北を意味しており、生徒達はようやく現実世界に引き戻されたようにざわざわと騒ぎ出す。

 

あっけない終わり方、とばかにするような生徒は1人も居なかった。

 

 

「っとごめん!竹刀じゃないから怪我させた…ってあれ、切れてない?」

 

「…大丈夫です」

 

「そ、それならいいんだけど…なんで怪我してないの?」

 

「…なるほど…理由は話せませんが大丈夫です」

 

 

そう言って雪乃は生徒達のもとまで戻る。

 

元々クラスに友達のいない雪乃に話しかける子もおらず、そのまま真っ直ぐ八幡の隣まで歩いた。

 

 

「よーし、それじゃあ再開するよー」

 

 

仕切り直す先生の声に次の子が前に行く。

雪乃の後はやりづらいだろうが、生徒達は雪乃の話題でざわざわしているため逆に目立たないだろう。

 

そしてそこからまた淡々と先生が生徒達を倒していく。

先生も雪乃との戦闘で調子が上がったのか順番が回る速さも少し上がったように感じる。

 

 

「はぁ…」

 

「ん、お疲れさん」

 

「…私が怪我しなかった理由…いえ、怪我が治った理由は昨日のあなたの血の効力かしら?」

 

「そうだろうな。まぁ大体一日で切れるからもう少ししたら普通に戻るぞ」

 

「別にどちらでもかまわないけれど、あなたの血が私の中で流れてると思うだけ鳥肌が止まらないのよね」

 

「それいつか絶対言われると思ったわ」

 

 

八幡の返答にくすりと笑う雪乃。

そんな二人をちらちらと見ている視線を感じるが、どうしようもできないためそのまま無視をして話を続ける。

 

 

「次はあなたの番…ね」

 

「何の話だ?」

 

「私が本気を出して模擬戦闘をしたのだからあなたも昨日見たく少しは本気を出しなさい」

 

「えぇ…なにその理論」

 

「昨日は足の痛みでよく見れなかったから…」

 

「ただの興味じゃねぇか」

 

「それでいいからちゃんとやりなさい。ほらもうすぐあなたの番でしょう?」

 

「どっかの誰かさんのせいでみんなの集中力が切れたから順番早く回ってきたんだが」

 

「さぁ、文句ならその誰かさんに言いなさい」

 

 

大きなため息をついてから八幡が歩き出す。

いつの間にか実技場は、葉山の健闘に対する拍手やらかっこいいという褒める言葉で埋まっており誰も八幡を見ていない。

 

 

「さてと…ん?あぁ…君が比企谷八幡くん、だね」

 

「…そうですけど」

 

「平塚先生から全部聞いてるよ。本気ではやらないのだろう?」

 

 

真面目にやれ、と言いながら八幡が不真面目に出来るように仕組んでいることに八幡はなんだか背中がかゆくなる思いをするが好都合には変わらない。

 

 

「生徒達は盛り上がってる…あぁ葉山くんが人気なのか」

 

「…イケメンで吸血鬼の上位種。もてない訳がないですね」

 

「ははっ、確かにね。けど…雪ノ下さんともう一人女の子が君のことを見ているようだね?」

 

「気にしないでください」

 

「じゃあ適当に早く終わらせようか。正直、君に全力を出されたら僕では歯が立ちそうにない」

 

「過大評価はやめてください」

 

「そういうことにしとこう。では…はじめ」

 

 

静かに始まる模擬戦闘。

始めの合図に数人、八幡の方を見るが別に興味津々といった目線ではない。

 

ただなんとなく見ているだけだ。

 

 

「っと…君も性格が悪いね。少し前の子と全く同じ動きをするなんて…けど竹刀でやるとは本当にやる気が無いんだね」

 

「…すいません」

 

「あー、別に怒ってるわけじゃないよ。よし、次の人呼んできて」

 

「了解です」

 

 

誰も疑わないような普通の負け方。

それはなんとなく見ていた人たちにとって同じ光景の繰り返しとなるため何も思うところはないだろう。

 

けれど、八幡の実力の片鱗を知っている者や注意深く見ている人たちなどには違った光景として見られるだろう。

 

 

「はぁ…疲れた」

 

「…何の真似かしら」

 

「あ?…俺の5人前の奴の動きをそのまんま…」

 

「――ふざけないで」

 

「…んだよ」

 

 

壁にもたれかかりながら座る八幡を見下すように立つ雪乃。

表情からして怒っていることぐらいは推測できるが、なぜ怒っているかが八幡には理解が出来ない。

 

 

「…なぜ本気でやらないの」

 

「俺の自由だろ」

 

「才能に甘えて努力を怠る…人間の私への当てつけ?」

 

「そんなんじゃねぇよ…俺には俺の理由がある。それだけだ」

 

「…あなたの理由なんて知らないわ。けど努力をしなくていい理由なんてない」

 

 

それはきっと努力を誰よりもしてきた雪乃ならではの言葉。

いや、努力『しか』なかったのだ。

 

他の生物の相対するための力をつけるためには努力という選択肢しかなかった。

 

 

 

 

「…手抜きや努力をしない……」

 

 

 

 

 

 

 

「――そんなことは私は許せない」

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

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