「みんな雪乃ちゃんの友達?」
「友達、っていうか今日初めて喋って…って感じです」
周りの席から見世物のように見られながら飲むコーヒーはもちろんおいしくない。
ガーディアンの第7席、それはつまりこの国で7番目に強いと言うこと。
それだけでも視線を集める理由になるだろう。
「君は?」
「小町はこの兄が雪乃さんと同じ部活なので成り行きでって感じです」
「へぇ…お兄さん、か」
「…どうも」
「八幡くん…だったよね。どう?うちの雪乃ちゃん可愛いでしょ?」
「ちょっと。姉さん辞めてくれないかしら」
「えー、私も雪乃ちゃんの友達と楽しくお話したいー」
駄々をこねるように頬を膨らませる姿もきっと男を落とす武器となるだろう。
八幡はそんな陽乃から目をそらす。
決してずっと見てたらうっかり惚れそう、とかなどは考えていない…のだ。
「いっ…!?」
両足に来る痛みに思わず声をあげる。
位置的に隣の小町と向かいの結衣なのだが、その二人は涼しい顔をして陽乃と会話を続ける。
「ゆ、雪ノ下さん…」
「んー?陽乃でいいよ。ガハマちゃん」
「じゃ、じゃあ陽乃さん…ガーディアンってどんなとこなんですか?」
緊張しているのか声を震わせながら陽乃に質問をする。
ガーディアンの一人と会う機会などほとんどないため聞きたいのだろう。
芸能人に芸能界はどうですか、と質問するようなものだ。
「うーん…結構殺伐としてて息苦しいんだよねぇ…結婚してくださいとかもしょっちゅう言われるし」
「ほへー…」
「ガハマちゃん、ガーディアン目指してるの?」
「へ?い、いえいえっ!あたしなんてなれるもんじゃないですよ!」
「じゃあ小町ちゃんは?」
「うーん…小町はちょっと考えたりしますね」
「なんか少し意外かも。ちなみに生物は何か、とか聞いても良い?」
「吸血鬼の高位種です…まぁ弱い方ですが」
「吸血鬼でさらに高位種か…才能はバッチリって感じだね」
「はは…ありがとうございます」
「しかもあと少しで候補生になれるし、私の下に来たらみっちりしごいてあげるから楽しみにしててね」
「うっ…それは少し怖いかもです」
「あははっ…正直者だねぇ」
流石、というべきかコミュ力が高い3人だと話が進む進む。
雪乃は居心地が悪そうだが、もう諦めたのか外をぼーっと見ている。
そんな中、陽乃が八幡にも問いかける。
「…君はどうなの?小町ちゃんのお兄さん、ってことは吸血鬼の高位種?」
「いえ、僕は下位種ですよ…妹にいいところ全部持っていかれたんで」
「そりゃあ残念だ。いい目をしているから強いのかなーって思ってたんだけど」
「この目を良いなんていう人は初めてですよ」
「ふふっ、光栄だね」
どこまでも見透かしたように話をする陽乃から八幡は目をそらす。
いくらなんでも人に嘘を見抜く術はない。せいぜい少し疑われているくらいだろう。
八幡に興味を失ったのか陽乃は雪乃の方へ向き直り「あ、そうだ」と話を切り出す。
「雪乃ちゃんに伝言があったんだ。いけないすっかり忘れてたよ」
「…わざとらしい。本当は最初から覚えていたくせに」
「そんな事言わないでよー…あ、他の3人にも少なからず関係することだからちょっと聞いてねー」
何事か、と4人全員が耳を傾ける。
「最近、この辺の治安がどんどん悪くなってきてるの。それもただのチンピラじゃなくてちゃんとした組織の下で怪しい動きをしてる」
「…それで?」
「雪乃ちゃんやがはまちゃん達人間は特に注意すること。小町ちゃんも注意はしておいてね、狙われてるのは可愛い女の子ばかりだから」
「ただの変質者ではなくて?」
「言ったでしょ?ちゃんとした組織の下で動いてるって。ただの変質者ならお姉さんが思いきり蹴り上げてるよ」
何を、とは聞けずに少し内股になる八幡。
こればっかりは他の4人には分からないだろう。
「ちゃんとした組織ってなんなんですか?」
「うーん…あんまり言うなって言われてるんだけど少しぐらいならいいかな」
「そ、それあたし達が聞いたから狙われる、とかないですか…?」
「この中の誰かがその組織の人間か、盗聴器をつけられてないとなんともないよ。で、その組織なんだけど政府は便宜上『5色の脳』って呼んでる」
「5色の脳…?」
「そ。5つの生物のトップが幹部で5色の脳。言えるのはこれぐらいだけどまぁとにかく気をつけてって感じかな」
「分かりました…」
「うん、じゃあお姉さんはこの辺で」
そういってお会計へ向かう。
さらりとそういった行動が出来るのはポイント高いが全体的に怖いのでポイントは低い。
そんなことを頭の中で八幡が考えていると、こちらも解散することとなり店を出た。
「なんか怖い人だったね」
帰り道、雪乃と結衣が二人並んで歩く後ろを八幡と小町は歩いていた。
雪ノ下陽乃が怖い。確かにそれには八幡も同意であった。
コミュニケーションの仕方一つ取ってすぐさま仲良くなれるスキルににこにことした可愛い笑顔。
けれどその後ろにはあまり考えたくないような何かが見え隠れしていた。
「ん…ガーディアンだからじゃねぇの」
「そうかなぁ…ガーディアンでも雰囲気ない人居ると思うけど?」
「ま、あの笑顔は張り付けぐらいなのは分かったな」
「あ、そうだヒッキー」
「どうした」
「陽乃さんが小町ちゃんに言ってたもうすぐで候補生になれる、ってなんなの?」
「そのまんまの意味だよ。ガーディアン候補生は高校に入らなきゃなれない」
「へぇ…そんな規約あるんだ」
「前に授業でやったけどな。それにあの人…雪ノ下さんは候補生一年目でガーディアンに入った天才だ。史上最年少でガーディアン入りってことぐらいは知ってるだろ」
「すごい美人さんだから覚えてるよ。すごいなぁ…あたしと同い年の時にはガーディアン、か」
どれだけそのことがどれぐらい凄いかをかみしめるように呟く。
ガーディアンはいわば国民のヒーロー的な立ち位置である。
きっとこの国に生まれたならば一度はガーディアンになりたいという気分にはなるだろう。
「んじゃ、俺と小町はここで」
「あたしはこのままゆきのんの家に泊まるよ」
「初めて会ったのに仲いいな」
「えへへ…仲良くなるために、かな」
「私は拒否したのだけれど…途中からめんどくさくなって諦めたわ…二人とも気をつけて」
「おう、お前らもな」
「ではではー、また今度ですー!」
左右にそれぞれ歩き出し、八幡達は帰路につく。
なんだか今日一日が長く感じ疲れているからか、足取りはそう速くない。
少し楽しそうに笑う小町を、なんだこいつと思いながら歩く。
「てゆうかお兄ちゃん、もうそろそろ総武祭でしょ?今年は出なよ?」
「えぇ…」
総武祭――いわゆる学校祭であるが、総武高校では出店とかは出さない。
その代わり、と言っては何だが学校一の強者を決めるという名目のトーナメントがあるのだ。
女子と男子、それぞれトーナメントが用意され競い合う。
運が良ければガーディアン候補になれるということもあってか力に自信のある者は大体出場している。
「去年は小町に学校休みだーって嘘までついてさぼって…ていうかそもそもなんで高位種だってばれたくないの?きっとモテるよ?」
「目立つのが嫌なんだよ…」
「そりゃあ分かるけどさぁ…今年は小町友達と行こうと思ってるから格好良い姿見せてよたまにはさ」
「それだといつもの俺が格好悪いみたいじゃねぇか。俺はいつでも格好良いだろ」
「…?」
「本気で分からない顔するんじゃない」
ぷぷっと吹き出す小町が笑いながら八幡の手を取る。
小町の前で格好良いとこを見せるか、それとも目立たないようにするか、そんな二択に悩みながら小町の手をそっと握り返す。
家はすぐそこだと言うのに可愛い妹である。
「!――お兄ちゃ…!?」
「――分かってる…〈聳え立て、炎帝〉」
短く唱えた詠唱に呼応して八幡と小町の周りをぐるりと炎が囲む。
急な場面展開に小町が慌てて周りを見渡すが八幡はただ一点を見つめている。
「…ただの変質者か?」
「やだなぁ、そんな趣味はないよ」
八幡の質問の真意を理解しちゃんとした答えが返ってきた。
先ほどまで聞いていた声。
それなのに今は凍えるほど冷たく感じる。
「それにしても私の攻撃を軽々弾くなんて…まだ下位種だって言い張るの?」
周りの炎が消えていくと同時、一つの人影が。
「――比企谷くん。君も吸血鬼の高位種だね」
断言するような言い方。
しかしそれは元々知っていたことを再度、断言しているように聞こえた。
「それで天下のガーディアン様が何のようですかね――雪ノ下さん」
「ただの確認作業だよ、戦う意思はない。だから指を切る準備は辞めてよ。少しだけ話をしたいと思ってね」
「…なんですか?」
「近々行われる総武祭…総武高校全生徒と外からもたくさん人が集まる一大イベント、そんな絶好の機会を五色の脳が狙わないはずがない」
「その組織を知らないのでなんとも。それでどうしろと?僕には雪ノ下を守る力なんてないよ」
「しらばっくれちゃって…雪乃ちゃんを守って欲しい、それもあるけどこれは優しいお姉さんからの忠告。これから君も色々と巻き込まれるだろうからね」
「…そりゃどうも」
ふてぶてしく答える八幡に満足げに頷く陽乃。
どこに満足したのか分からないが、そのまま何も言わずに帰っていく。
最後まで真意をくみ取れない陽乃に対して明確な苦手意識を覚える。
「はぁ…帰るか」
「…気をつけてね、お兄ちゃん」
「まだ何も分からないこの状況で気をつけるも何もないだろ」
曇った表情になってしまった小町に何を言ったら良いか分からずそっと手を握る力を強くした。
ありがとうございました。
次回から「総武祭篇」です。