とある画像をしっかりと保存してから、八幡は控え室のドアを開けた。
すでに参加者は八幡以外集まっていたようで、ドアを開けた途端恐ろしい目で睨まれるがそれも多少は仕方の無いことだろう。
近くにあったパイプイスに腰掛け、携帯をぼーっと見ていると1人の男子が八幡に話しかけた。
「やぁヒキタニくん、君も参加していたとは驚きだよ」
事前アンケートでもキングになりえる存在として人気があり、先ほどのタッグトーナメントでも活躍した葉山隼人である。
「…どーも」
「あはは…きちんと話すのはこれが初、かな」
「お前と俺とじゃ世界が違うから当たり前だな」
「そんなつれないこと言うなよ。二年生から参加するのは俺と君だけなんだから」
「…どうりで周りの目が厳しいわけだ」
「それに3年生は進路に関係してくるからね。ここにいる八名は先生が独断で選んだ人だから2年生が2人いることにも納得してないんだろう」
「へぇ…」
この8名の選考基準を知らなかった八幡は自分が選ばれた理由はなんなんだ、と考えるがそういえば先生は高位種であることを知っていることを思い出す。
そしてもう一つ疑問を抱え、葉山を見ているとその視線に気づいたのか何かなと目で訴えてくる。
「いや、タッグトーナメントで疲れてねぇのかなって」
「あぁ、そういうことか。疲れてないわけじゃないけど結構速く終ってしまったからね」
「ま、あの人相手にあそこまで戦えたらガーディアンの目にも止まりそうだけどな」
「そうだと嬉しいけどね」
そこで、控え室のドアが開かれる。
どうやら個人戦の小さな開会式が催されるから実技場中央に集まれとのことらしい。
そんなこと聞いていない、とぼやきたくなる八幡だが相手も居ないし、そもそも去年総武祭に出ていない自分が悪いため言葉を飲む。
3年生を筆頭に、実技場中央に出るとそこには超満員の観客。
反対側から雪乃と優美子、そしてめぐりの姿も見えた。
「なんだか緊張するね」
「お前は一回ここでやってるだろ」
「そうだけどこれだけの人数に見られるのは慣れないよ、それに…」
ちらりと送った視線の先には大きな黒い箱。
それを操作する人たちが八幡達を見ているように感じた。
「…テレビまで来るとは流石にやりすぎじゃねぇか?」
「正確にはネット配信だけどね。陽乃さんが卒業しめぐり先輩がいる今年は注目されても仕方ないよ」
「やりづらいな…」
中央に実況役の放送部女子と解説役の神宮司先生がおり、その両側に参加者が並んでいく。
『それではみなさんお待たせしました!これより総武祭、クイーン戦並びにキング戦を開催したいと思いまーす!』
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああーー!」
『観客の盛り上がりも午前のタッグ戦でうなぎ登り!しかししかし!やはり総武祭と言えばこの個人戦です!今回もそれぞれ八名ずつの参加者を集い、ここに新たなクイーン&キングが誕生します!』
『僕から見ても今年は優秀な生徒が多いですからね。期待できそうです』
『ありがとうございます!それでは試合に先立ちましてクイーン戦、キング戦の参加者の説明をしたいと思います!』
そう実況が高らかに宣言したところで闘技場内の大モニターにクイーン戦の参加者の1人目が映し出される。
『3年生唯一のガーディアン候補。午前のタッグ戦では圧倒的な力を見せつけ観客を黙らせた事前アンケート優勝候補第1位!天使の高位種『絢爛の女神』こと城廻めぐりー!』
「めぐりー!頑張ってー!」
大方めぐりの友達が一緒に声をあげたのだろう。大きく響く声援の声にめぐりが小さく手を振って答える。
やはり盛り上がるのは優勝候補が呼ばれたとき。
そして今回はめぐりがいるにもかかわらず、大きな声援を受けた者がもう2人。
『2年生出場者2名のうちの1人!才能、容姿共にトップクラス!事前アンケートではめぐり、さんに惜しくも届かなかったがそれでも2位!人間の高位種、雪ノ下雪乃だー!』
「…美少女は写るだけでも歓声がもらえていいねぇ」
『そしてもう1人の2年生出場者!こちらは説明不要でしょう!午前のタッグトーナメントで1回戦、決勝ともに奮闘した、鬼と天使の混合種、三浦優美子ー!』
『ぜひともリベンジをして欲しいですね』
クイーン戦の出場者の説明が終り、次はキング戦。
といってもキング戦は実質、一騎打ちとまで呼ばれているぐらいだから盛り上がりは大体予想出来るだろう。
『続いてキング戦!1人目は…事前アンケートで1位を獲得し去年以上の強さが期待される前回キング。今回のライバルは2年生と噂されていますがどのような試合を見せてくれるのでしょうか!悪魔の上位種、最上大雅ー!」
「わぁぁぁぁぁああああ――!」
「悪魔、ねぇ」
やはり優勝候補とあってか会場の盛り上がりが激しい。
しかし今回の参加者にはもう1人、観客を沸かせられる人物がいる。
「2年生ながらにして優勝候補!午前にはあのめぐり、さんとぶつかり良い勝負を見せ、事前アンケートでも女子からも人気が高い、吸血鬼の上位種、葉山隼人ー!」
「隼人ー!頑張れー!」
めぐりと同じか、即興で呼びかけたのか分からないが葉山の友達の声援が響く。
そして少しして回ってくる八幡の番。
流石に八幡も、これまでの実況の説明に生物名と種の紹介がされてきていることには気づいている。
しかしここに出場するということはそういうこと。
覚悟は決まっている。
『そしてもう1人の2年生!情報が全くない文字通り飛び入り参戦!どんな勝負を先輩に仕掛けていくのか楽しみな人物です!きゅ、吸血鬼の高位種、比企谷八幡ー!』
「…高位種?」
「葉山くんより上って事?」
ざわつく会場も予想通り。
八幡の横に並ぶキング戦参加者のメンツが呆然としているが八幡は軽く礼をする。
そこで目に入った小町と結衣と咲良に軽く手を振る。
その堂々とした佇まいと、この大舞台で八幡が手を振った、というだけで女子3人はときめかざるを得ない。
『僕としては彼に期待したいですね』
『おおっと!神宮司先生お墨付きとはハードルが上がっていきますね!』
意地悪な笑みを八幡に向けながら神宮司先生はそう宣言する。
ここからは一度控え室に戻りすぐさま試合が開始される。
クイーン戦の第1試合から始まり、次はキング戦の第1試合、と交互に試合が行われていく。
さっきよりも空気の悪くなったキング戦の控え室に設置されたモニターで八幡は試合を眺める。
優秀な人材しか出られないと言われている総武祭だが今年は、そう単純なものではない。
力の均衡が保たれていないのだ。
だからどんどんと試合が進んでいく。
「…こりゃ俺の番もすぐ来るな」
クイーン戦の第1試合はめぐりの勝利。
キング戦の第1試合は最上の勝利。
クイーン戦の第2試合はめぐりとペアを組んでいた秋神亜姫の勝利。
キング戦の第2試合は葉山隼人の勝利。
クイーン戦の第3試合は雪ノ下雪乃の勝利。
キング戦の第3試合は鬼の上位種である3年生の勝利。
そして今まさに行われているのがクイーン戦の第4試合。
優美子が出場する試合のため、葉山は応援で会場に行っている。
「…もうそろ行くか」
重い空気の控え室を後にして、1人会場へ向かう。きっと次の試合だって優美子が勝つだろう。
「俺も雪ノ下の応援行った方が良かったのか…いや気持ち悪がられて終わりか」
自称気味にはっ、と笑うと準備運動を始める。
ある程度体を動かしていると、自分の両手に違和感を感じ半ば無意識で手を見る。
「…震えてるな」
そんな客観的すぎる感想も納得の上で出てきた言葉だった。
先ほどの陽乃との小さな口論。
簡単に決まった高位種がばれることへの覚悟。
小町達へ手を振るというらしくない行動。
全てを一つにまとめるならば、
「――――柄にもなくテンションあがってるのか」
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『さぁ1回戦、残す試合は後1つ!ここまでは淡々と進んでいく試合展開でしたが神宮司先生はどう思いますか?』
『今年の強い人が強すぎる…少し幼稚な表現ですがそういうことでしょうね』
『ふむふむ、確かに圧倒的な試合が多かったですよね』
『次の試合がどうなるのか楽しみですね』
『そうですね、キング戦第4試合には期待の比企谷くんが出ますからね!みなさん見守りましょう』
観客の盛り上がりも平坦な試合運びにしては盛り上がっている方だろう。
次の試合に八幡が出るから、というのもあるだろうが。
闘技場中央に八幡と相手の3年生が佇む。
『ところで神宮司先生、比企谷くんの情報があまりにも少なくて…どういった生徒なのでしょうか』
『吸血鬼の高位種ですからね、詠唱は得意ですし剣術も隙は無い。ですが、僕が最も注目しているのはスピードですね』
『スピード、ですか?』
『えぇ。このモニターのカメラとネット配信のカメラマンさんが彼の速さを捉えきれるかどうか…』
『は、はぁ…そんなにですか…で、では始めましょうか!キング戦第4試合!スタート!』
ゴングの音が鳴り響く。
と、同時に武器の錬成をお互いし始める。
八幡は赤黒い剣を顕現させ、相手は両手を大地につける。
大地につけた両手から体がどんどんと大きく変化していく。
それはつまり、
『比企谷くんの相手は鬼の上位種。やはり鬼と言えば恵まれた体格とその体から放たれるパワーですね』
『鬼のパワーは凄まじいですからね…』
「…なんかめっちゃ既視感あるなぁ…」
「――あ?なんか言ったか2年生」
「いや、両手で錬成できるもんなんだなと思っただけです」
「ふん…」
錬成が終わり、両手に2振りの刀が顕現する。
『ここまではセオリー通り、ここから詠唱で来るか剣術で来るか…』
神宮司先生の一言に観客も次の動きをじっと見つめる。
「先輩、こんなルールを知ってますか?」
「は?ルール?」
「…一般市民が鬼を殺した場合、こちらの勝利とする」
「……は?」
どういう意味か、または意味の無い揺さぶりか。
どちらにせよ気を引き締める相手に対し、八幡がニヤり、と嗤うと。
――一閃。
「っ、が…ぁ――?」
そんな情けない声を出しながら相手が尻餅をつく。
相手が見た最期の光景は、八幡が少し前傾姿勢になったところまで。
そこから瞬き一つすれば、自分が尻餅をついて剣を喉元まで突きつけられている。
はっきり言って意味が分からない。
『…これほどまでとは。今年の総武祭は少しやばいね』
「ふぅ…」
1つ息を吐く。
そして、
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああーー!」
遅れてやってきた歓声に興味を示さず、八幡は血の剣を消した。
あまりに一瞬。
あまりに鮮やか。
あまりに――手慣れていた。
モニターに繋ぐカメラは自動のため、かろうじて捉えられたがネット配信のカメラマンは呆然としている。きっとこの後上司に怒られる、なんて考える余裕もないのだろう。
最後にもう一度、小町達に軽く手を振り闘技場を後にする。
「――君は本当に何者なの?」
「うーん…戦ってみたいかも」
「…遠いわね」
「ばっちりだよお兄ちゃん」
「かっこいい――!」
今の戦いで、多くの者に新たな感情を芽生えさせたことを八幡は知る由もない。
しかし、実力を見せてしまった以上引き戻れないのは事実。
きっとこれから様々なことが、八幡と、八幡の周りで起きていくだろう。
そう、ここはまだ第1試合。
キング戦も、物語も、
――序章に過ぎない。
ありがとうございました。
余談を1つ。この話の半ばでデータが吹っ飛び、ぶちぎれたので出来は悪いと思います。いつものことですが今回は特に。すみません。ぶちぎれたんです。