地方裁判所第1法廷にて、弁護士である希月心音は検事である亜内武文に向かって、その指をビシッと突き付けながら声を発する。
「この証拠が〝証人が真犯人〟である事を何よりも物語っています!」
「ヒェェエェェェ!!!!」
「ぬがぁぁぁぁ!!!!」
心音が提示した動かぬ証拠により亜内はその髪を撒き散らし、証人は自身の罪が暴かれた事に慟哭してから失神した。
《裁判終了後》
「やったねココネちゃん。君はもう、一人前の弁護士だ。」
裁判を終えて法廷から出てきた心音に、彼女の上司である成歩堂龍一が労いの言葉をかける。
「いえいえ。オドロキ先輩に比べたら、私なんてまだまだですよ。」
心音が話す〝オドロキ先輩〟とは、かつて成歩堂法律事務所に勤めていた彼女の先輩弁護士であり、今は遠い異国の地にて自身の事務所を構え日々奮闘している。
そんな先輩を持っていた事で、心音は成歩堂の言葉に素直に喜ばず、苦笑しながらそう謙遜した。
それを見た成歩堂は呆れたように微笑む。
「僕は一人前だと思うけれどね。」
「そうだよ!ココネちゃんは一人前だって、私もそう思うな。」
成歩堂の後ろからひょっこり顔を出してそう話すは、かつて成歩堂の相棒であり今では立派な霊媒師の綾里真宵であった。
「そ、そうですか?」
照れくさそうに笑いながらそう訊ねる心音に、成歩堂と真宵は頷きながらそれを肯定した。
「なにせ今回の裁判を僕無しでやり遂げたんだ。しかも見事に事件の真相を暴いて、真犯人を突き止めることが出来た。本当に立派になったと思うよ。」
「あ、ありがとうございます。」
一度は謙遜したものの改めて褒められると、心音はどうにもむず痒くて仕方が無かった。
そんな3人の元に新たな人物が姿を現す......それは心音を幼い頃より知る検事、夕神迅である。
「やったじゃねぇかココネ。」
「ユガミさん!!」
夕神の登場に心音は驚きと嬉しさで目を見開く。
「今回の裁判を見てて、お前さんのこれからの活躍が楽しみになったぜ?」
「ありがとうございます!あ......でも、その時はユガミさんが相手なんですよね......。」
心音と夕神の対決は前々からあった......しかしそれは成歩堂や王泥喜の助力あっての時だった。
これからは心音一人で夕神と対決しなければならない......心音はそう思うと見る見るうちに自信が喪失してゆくのだった。
しかしそんな彼女を前に夕神は予想外の一言を言い放つ。
「残念だが、お前さんと戦うことは無さそうだ。」
「────!?どういう事ですか??」
「実は、〝ミツルギ検事の後継者を積極的に登用していく〟って動きが検事局で起こってやがんだ。」
「ミツルギの後継者だって!?」
夕神の言葉に誰よりも驚いていたのは成歩堂であった。
現・検事局長......御剣怜侍。
かつて自身のライバルであり親友である天才検事である男の後継者の存在を知った成歩堂にとって、その話は俄に信じられないことであった。
「そいつの名前は〝
「うえぇぇ......。」
天才の後継者と言われる大型新人検事の登場に、心音は思わず顔を顰めてしまう。
「そして噂ではゴドー検事の弟子だっつー話らしい。」
『ええぇぇぇぇ!?』
夕神の話に成歩堂と真宵が声を揃えて驚愕の声を上げた。
それもそのはず......2人にとって〝ゴドー〟こと〝神乃木荘龍〟は忘れられぬ存在であったからだ。
今は亡き綾里真宵の姉である〝綾里千尋〟の先輩弁護士であり、千尋が亡くなった後に検事として2人の前に立ちはだかった人物。
そんな人物が弟子を取っていたなど、2人は露も知らなかったのだ。
「それは本当なんですかユガミ検事!?」
「さぁ、信憑性は微妙だな。だが、ゴドー検事を知る人物が、彼のゴーグルを裁鬼罪人が首に引っさげていたのを見たっていう話も出ている。」
「その人の写真ってあるんですか?」
「そう言うと思ってミツルギさんに借りてきたよ。」
夕神はそう話しながら一枚の写真を心音に......いや、3人に見せた。
そこには確かにゴドーがしていたゴーグルを首にかけている、黒いキャップ(帽子)を被った青年が映っていた。
どうやら検事局で撮られた宣材写真のようだ。
※証拠品入手
《裁鬼罪人の宣材写真》
検事局で撮影された、御剣怜侍の後継者にしてゴドーの弟子である新人検事の写真
「若......。」
「どうやら君と同年代のようだね。帽子のせいで顔はよく見えないけども。」
「それなんだが、そいつは幼い頃に顔に大火傷を負っちまったらしくてな......それを隠す為に帽子を被っているらしい。」
「なるほど......。」
裁鬼罪人の顔を確認し終えた心音は夕神に写真を返す。
それを受け取った夕神は再び写真を懐にしまいながらこう話した。
「もしかしたらお前さんと対決するかもしれねぇな。ちなみに今のところ、こいつの成績は全戦全勝だそうだ。」
「流石は〝大型新人〟......それなりの実力はあるって事だね。」
「そういうこった。くれぐれも油断すんじゃねぇぞ?」
「はい!」
心音の元気な返事を聞いた夕神は満足そうに去っていった。
「サバキ検事、か......。」
そんな彼の後ろ姿を見送りながら、心音は小さくそう呟くのであった。
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おはようございます!いや、〝こんにちわ〟かな?
私、《成歩堂法律事務所》で働いている弁護士の希月心音。3年前にここに来て、ようやく一人でも弁護が出来るようになったんだ〜♪
え?〝遅くね?〟ですって?失礼な!
まぁ確かにナルホドさんやオドロキ先輩と違って3年もかかっちゃったけど、でもそのお陰でこうして一人前の弁護士になれたのよ!
さて......成歩堂法律事務所では大小様々な依頼が来るけれど、どれもちゃんと依頼者の期待に応えられるよう頑張ってます!
そんな私は今、久しぶりの空き時間にナルホドさんの元相棒である〝綾里真宵〟さんと共にテレビを見ていた。
ちなみにナルホドさんは今はミツルギさんに呼ばれて出ている。
〝ミツルギさん〟って言うのはナルホドさんのライバルだった検事さんで、今は検事局の局長さんになっている。
そんなナルホドさんを待ちつつマヨイさんが好きな番組の《トノサマン・天》を見ていると、突然番組内容が変わってニュースキャスターの女性が映った。
それを見たマヨイさんは〝なんでー!?〟と怒りながらも驚いている。
〝「トノサマン・天」を放送中ですが、ここで緊急ニュースが入りました。昨夜未明、《タニシマ・グランドホテル》の駐車場にて男性の変死体が発見されました。男性はホテルのオーナーである
《水無月華蓮》......誰もが知る世界的歌姫だ。
ちなみにこの《トノサマン・天》のエンディングテーマも彼女が歌っている。
それだけにテレビ界ではこの事件がかなり衝撃的だったようだ。
私とマヨイさんも同じく驚いていると、事務所のドアが開いてナルホドさんが息を切らしながら駆け込んできた。
そして私を見ると、真剣な顔でこう言った。
「ココネちゃん、依頼だよ。依頼者は今ニュースで取り上げられている水無月華蓮さんだ。」
『────!?』
ナルホドさんの言葉に私とマヨイさんは更に驚いていた。
一人で法廷に立つようになって2回目の裁判......まさかその裁判でこんな大物の弁護を引き受ける事に、私は一気に緊張してくるのだった。
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《5月10日、第一刑務所、面会室》
「今から、この目の前にあのカレンさんが座るんですね......。」
「2回目にしていきなりの大物相手だけど......大丈夫かい?」
「正直、全然大丈夫じゃないです。けれど、そんな弱音は吐いてられません!それに今まで通りに依頼者を信じて裁判に臨めば、必ず真実に辿り着けますから!」
「ふふっ......本当に立派になったね。」
ナルホドさんとそんな会話をしていたら、遂に今回の容疑者である水無月華蓮さんが現れた。
カレンさんは私の前に座るとテレビで見るような、とっても綺麗で何処か儚げな微笑みを浮かべてくれた。
「初めまして弁護士さん。私の事はご存知かしら?」
「勿論です!カレンさんの歌はほぼ全て聞いてます!とってもいい歌です!あっ、新曲もとても胸に来るいい曲でした!ぶっちゃけ初めて歌を聞いた時からファンになっちゃったりしてます!!」
「ココネちゃん......。」
「あ......。」
憧れの歌姫に会えた嬉しさの余り、思わず舞い上がってしまった......反省、反省。
さて、一旦落ち着いたところで事情を聞くとしましょうか?
「それで......今回の事件、どうしてカレンさんが犯人に?」
そう訊ねると、カレンさんは表情を暗く落とし静かに話し始めた。
「実は......あの日の夜、私はクロベエさんに呼ばれたんです。」
「えっ!?」
「驚くのも無理はありません......しかし、クロベエさんの用件は悪いものではありませんわ。」
ニュースでは確か、カレンさんとクロベエさんの間にトラブルがあって、それを理由にカレンさんがクロベエさんを殺害したって言ってたな。
「トラブル......は無かったんですね?」
「トラブル?あの日呼ばれたのは、ホテルでのコンサートについての相談の為ですよ?」
「こ、〝コンサート〟?」
タニシマ・グランドホテルでカレンさんのコンサートが開かれるなんて聞いた事無いけど......。
「コンサートを開くなら、なにか広告とか出すと思うんですけど......普通は。」
「普通はそうでしょうね。でなければお客様のいないコンサートになってしまう恐れがあるもの。でも、クロベエさんのホテルは一般の方からセレブな方まで......それこそ芸能人の方々も泊まるんですよ。」
「なら、なおさら......。」
「カレンさん。もしかしてその〝コンサート〟はドッキリ......いや、〝サプライズ〟だったのでは?」
私とカレンさんの会話にナルホドさんが参加して彼女にそう訊ねた。
するとカレンさんはニッコリ笑って頷く。
「流石はナルホド弁護士。鋭い洞察力ですね♪確かに貴方の言う通り、クロベエさんと計画していたコンサートは言わば〝サプライズコンサート〟でしたのよ。」
「サプライズ......コンサートですか。」
「ええ、クロベエさんが営むタニシマ・グランドホテルは今年で創立20周年を迎えます。その記念と日頃のお客様方への感謝を込めて、サプライズコンサートを開催することに決めたのですよ。」
「ちなみに予定日はいつだったのですか?」
「来週の日曜日が創立記念日なので、その日に開催予定でした。」
私とした事が......まさか憧れの歌姫のコンサートが開かれる事を把握していかったとは......。
いや、知ってたらサプライズじゃないんだけれどね!!
「ナルホドさん!急いでその日にタニシマ・グランドホテルを予約しましょう!」
「ココネちゃん、落ち着こうか!?それにクロベエ氏が亡くなってしまった以上、そのコンサートが開催されるかも分からないんだし。」
「あ......そうでした。」
「そう......なのですよね......。」
私とナルホドさんの会話を聞いていたカレンさんが再び表情を暗く落としてしまった。
彼女自身、このコンサートは何がなんでも成功させたかったのだろう。
ん?ちょっと待って。
何故カレンさんはこのホテルでのサプライズコンサートを成功させたかったのだろうか。
「カレンさん。一つお聞きしたいのですが、貴方とクロベエさんは一体どういう......「面会終了の時間です。」......えぇ!?」
重要な質問だったのに、無情にも看守は面会終了を告げる。
その為、カレンさんは看守に連れられ面会室から去ろうとした。
だが出る前にカレンさんがこちらを向くと、涙ぐんだ表情で最後に私達にこう告げた。
「今回の事件......私はクロベエさんを殺してなんかいません!ココネさん、ナルホドさん......弁護、宜しくお願い致します。」
そうしてカレンさんは看守と共に面会室から去ってしまった。
あとに残された私とナルホドさんは重い空気の中、今回の事件について話し合う。
「今回の事件......本当にカレンさんが犯人なんでしょうか?」
「ココネちゃん。」
「分かってます。私は最後までカレンさんを信じます。だけれど......一つだけ気になる事があるんですよね。」
「気になる事?それはもしかしてココネちゃんが最後に聞こうとした事が関係してるのかな?」
「はい。何故カレンさんはタニシマ・グランドホテルでのサプライズコンサートを開く事になったんでしょうか?」
「それはクロベエ氏が彼女に依頼したからじゃないのかな。」
「ですがカレンさんの話を聞くに、ただ依頼されたからとは思えないんですよね。絶対に何か関係があるんだと思います。」
「う〜ん......その事については調べていくうちに分かるんじゃないかな?とりあえず、早く現場に向かうとしよう。」
「そうですね。それに現場を捜査している刑事さんがアカネさんだったら、もしかしたら協力して貰えると思いますしね!」
そうして私とナルホドさんは事件現場へと向かうことにしたのだった。
しかし、そこで待ち受けていたのは今まで以上の理不尽と難敵.........だが、その時の私はそんな事なんて知るよしもなかった。
そう......今回の担当検事である《サバキ検事》が、かなりの難敵であった事なんて......。
《次回予告》
《谷島九郎兵衛殺害事件》の容疑者となった水無月華蓮の弁護の為、調査の為に事件現場へと訪れた希月心音と成歩堂龍一......しかしそこには既に担当検事である
2人の調査を許可しない罪人の前に、心音と成歩堂はなす術なし!?
次回、《逆転の歌姫〜調査〜》