【ボロス編】ONE PUNCH MAN〜ハゲ抜き転生者マシマシで〜【開始】   作:Nyarlan

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第一話 - 家庭訪問

――あの時、私がその現場に居合わせたのは全くの偶然だった。

 

 ヒーロー制度がまだ無かった当時。

 それでも当然のように怪人は出現していたし、人間の中にも賞金を掛けられる程の凶悪犯罪者が多数居る世の中だ。

 警察や軍隊の貴重な戦力を割き、それでも間に合わない。

 そんな状況を打破するために怪人や凶悪犯罪者に懸賞金を掛け、力を持つ者にその討伐を促す制度があった。

 ――バウンティハンター。ヒーローの前身ともいえる、組織ならぬ個人たちの一人として私もまた日夜活動していた。

 

 あの日、バウンティハンターとしての縄張りとなる街周辺を巡回していた私は、道に倒れた複数の怪我人を発見して救急と警察に連絡と救助を行いながら痕跡を追っていた。

 ……そして、とある公園へ差し掛かったとき。私はそれを目撃することとなったのだ。

 

 

『プーックックック! 見つけたぞ、クソガキめ』

「え、うわああっ!?

 

 真っ赤な甲殻に覆われた上半身と、ブリーフ一枚だけを履いた筋骨隆々とした人間の下半身持つ変態じみた姿の怪物。

 そんな怪物が、顎に二つの膨らみのある特徴的な容姿の少年へ巨大なハサミを突きつけている。

 

 それはヒーローマニアだった前世の私が幾度となく読んだ、『ワンパンマン』の原作における一コマ……()()()()()()()

 

 ……()()()()()()のだ、疲れ切った無職の男(しゅじんこう)が。

 後に無敵のヒーローとなる、目が死んだ男(サイタマ)が。

 

『よくもこのカニランテ様のボディに乳首を書いてくれたなァ? 簡単には殺さん、四肢を順に千切ってから首を切り取ってやろう!』

「や、やめろ、こっち来るな!」

 

 あってはならない事態に私が動揺する間にも怪物は少年へと詰め寄る。

 その場にへたりこんだ少年へ向けてハサミを振りかぶる怪物を前に、私の体は自然と動いていた。

 

『うぎゃあああああ!!?』

 

 怪物の絶叫、飛び散る体液。少年を潰さんとしたハサミを腕ごともぎ取られたカニランテが痛みにのたうち回る。

 

「え……?」

 

「怖かったろう? けどもう大丈夫――なぜって?」

 

 内心を渦巻く狂おしい程の不安を圧し殺し、私は精一杯の笑顔を浮かべる。

 

「私が来た!」

 

 

 ……これが私の“ヒーロー”としての始まり(オリジン)であり、「この世界に必要なピースが足りていない」という不安の影を転生者たちへ色濃く落とした、決定的な出来事である。

 

 

※※※

 

――A市のとある一軒家。

 朝食が終わった時間にピンポン、とチャイムの鳴る音が響いた。パタパタと忙しない足音が玄関へと近づいてくると、やがてガチャリとドアが開く。

 

「はーい、どちらさまで――」

 

 休日の朝。家事をしていたと見られる女性がドアを開けると、そこには画風の違う巨大な筋肉が立っていた。

 

 絶句する女性に、筋肉……オールマイトはペコリと一礼する。

 

「どうも、ヒーローをやっているオールマイトと申しま――」

 

 パタン。

 

 会釈するオールマイトの目の前でドアが閉められた。

 

「……えっ」

 

 予想外の事態に硬直する彼を置き去りにして、ドアの向こうからバタバタと慌ただしい音が鳴り響く。

 

「シゲオー! シゲオー! 生オールマイトが来てるの!」

「ちょっ、母さん!? お、おちついて……」

 

 なにやらそんなやり取りが聞こえたのち、再び扉が開く。

 

「どーもお待たせして! 大ファンですサインください!

「え、あ、はい」

 

 どうやったのか短時間でバッチリとメイクをキメてきた女性から色紙を突きつけられ、彼はタジタジになりながらもそれに応じる。

 慣れた手付きでサインを書き終えて手渡すと、女性はひとしきり喜んだあとでようやくオールマイトに向き直る。

 

「……あの、ところで我が家にどういったご要件で?」

「コホン、実はあなたの後ろにいるシゲオ少年に用がありまして」

「シゲオに……?」

 

 彼女が振り返ると、そこには母の奇行にドン引きした様子の少年が立っていた。

 

 

 

「いまコーヒーをお持ちしますので!」

「いえ、お構いなくっ!」

 

 シゲオの母がキッチンへと消えて行くのを見届けると、オールマイトはテーブルを挟んだ正面に座る少年へと向き直る。

 少年――シゲオは、やや諦めたような表情でそれを迎えた。

 

「……さて。私が君に会いに来た要件については、恐らく察しがついていると思うが――」

「――はい、僕も転生者です。あなたもですよね」

 

 オールマイトの言葉にシゲオがため息をついて答えると、彼はその返答に満足そうに頷いてみせた。

 

「うんうん、話が早くて結構。いかにも、私は“僕のヒーローアカデミア”のオールマイトの姿で転生した者だ。君は“モブサイコ100”の影山茂雄の姿に転生した、という認識で間違いないね?」

 

 彼がそう訊ねると、シゲオはこくりと頷く。

 

「別に、それを希望した訳じゃ無いですけど」

「……と、いうと?」

 

 ため息をついてそうボヤく少年に、オールマイトは首を傾げる。

 

「……僕は去年辺りに転生以前の記憶を思い出しました。あなたも、死んだ後に“神様”と会ったと思うんですけど……どういうやり取りをしましたか?」

 

 シゲオの問いに、彼は少し唸りながらも答える。

 

「……前世の記憶を思い出したのはかれこれ二十年前にはなるから細部には自信がないが、“漫画やアニメのキャラクターに転生させてあげよう、キミは何になりたい?”とかそんな感じだったかと」

「僕も、そんな感じの事を言われました」

 

 オールマイトの返答に頷き、シゲオは「でも」と続ける。 

 

「僕はこう返しました“モブキャラみたいに地味な人生でいいから、僕は僕としてちゃんとした人生を歩んでみたい。だからそんな特典は必要ない”って。神様は何故か困った顔をしてましたけど」

「それで“モブ”の部分をあえて拾われ、影山茂夫として転生させられた、と? ……以前から気になってはいたが、やはり“神”は何らかの思惑を持って我々を転生させているのか?」

 

 そう言って唸るオールマイトの思考を遮るように、部屋の扉が開いて盆にコーヒーカップを載せたシゲオの母が部屋へと入ってきた。

 

「コーヒーお持ちしました! すみませんこんなお茶菓子しか……」

「ああいえ、お構いな、く……?」

(……なにゆえコーヒーに酢昆布)

 

 シゲオはどっかりと自分の横に腰を下ろしたニコニコ顔の母をジト目で見つつ、困惑顔で酢昆布を一つ摘むオールマイトに向き直ると一つ咳払いした。

 

「――それで、その確認のためだけに来たわけじゃないですよね?」

 

 そう問われて、オールマイトは表情を引き締め姿勢を正す。

 

「そうだね。まず、先日の怪人災害における救助活動に多大な貢献をした君に感謝状が出る事になっている」

「あらシゲオ、あの日事件に巻き込まれかけたって言ってたけど、立派な事をしてたのね! えらいえらい!」

 

 例の事件の話を、シゲオは簡単にしか母に話していなかった。

 

「……そういうの面倒だから救助隊が来たらすぐ帰ったのに」

 

 グリグリと頭を撫でる母の手をげんなりとした表情で払い除けるシゲオに、オールマイトは苦笑する。

 

「まあそう言うな、君のおかげで沢山の人が助かったんだ。怪人の対処に手一杯で救助に回る余裕がなかった私たちヒーローからも感謝の言葉を贈りたい」

 

 ありがとう、と頭を下げる彼にシゲオは照れ臭そうに頬を掻く。

 

「……それで、本命の話だが」

 

 そう言って顔を上げたオールマイトの真剣な表情に、褒められて年相応に緩んでいた少年の表情がにわかに引き締まる。

 

「君の超能力はかのS級ヒーロー“戦慄のタツマキ”に比類しうる出力だと見ている。しかし君、能力を使い慣れてないね?」

 

 妙におっかなびっくりとした能力の行使だったらしいじゃないか、そう言いながらオールマイトはコーヒーを啜る。

 

「そういえば……あまり使ってるところ、見ないわね」

「……だって、加減間違えたら危ないし」

 

 母の言葉に目を泳がせるて答えるシゲオ。

 

「そう、それは正しく使えば万人を救える大きな力であると同時に、使い方を誤れば大きな危険を伴うものだ、故に――」

 

「僕が危険だと思っている?」

「――いやいやとんでもない!」

 

 伏し目がちにつぶやいたシゲオに、彼は語気を強くして言う。

 

「君は強大な力を持ちながらその力に飲まれない精神力を持っているし、使うべき時咄嗟に使える判断力も備えている。警戒すべき危険人物ではなく、むしろ正しく英雄の卵であると思っているよ」

 

 ちょっとしたツテであの時の映像は見させてもらったんだ、と彼はニヤリと笑った。

 

「キミの力は正しい指導を受ければもっともっと伸びる! 幸い、私には超能力の講師にピッタリの人脈もあってね、どうかな?」

 

 バチッと似合わないウインクをした筋肉にげんなりとしたシゲオとは反対に、彼の母は両手を打って歓迎を示した。

 

「まあ! シゲオのためにわざわざすみません。ほら、加減の仕方を学べば、いろいろと役立てると思うわよ!」

「えーっ……」

「近年、怪人災害は活発化しているからね、身を守る手段を鍛えるに越したことはないさ! もし君がヒーローになってくれるならば、遠からずS級の席を用意できるだろう!」

 

 グッと力こぶを作りながら力説するオールマイトに対し、シゲオは「ああ、やっぱり勧誘が目的だったんだな」と白い目を向けた。

 その視線に気づいた彼は、慌ててブンブンと両手を振る。

 

「いやいや! 別に君の意志を無視してヒーローに引き込もうって訳では無くてだね。そもそもヒーローとは人に請われてなるようなモノじゃなく、なりたいという本人の気持ちこそ大事なのさ」

 

 そう語るオールマイトの表情は真剣なもので、その場しのぎの嘘を言っているわけではなさそうだとシゲオは思った。

 

「――わかりました。ヒーローになるかは、ちょっとわからないけど……超能力の指導は受けたいと思います」

 

 彼がそう言うと、オールマイトはホッとしたような表情をした。

 

「よーし、では善は急げ! 早速顔合わせと行こうか!」

「へ? い、今からですか?」

 

 そう言って膝を叩いて立ち上がったオールマイトに、シゲオは面食らいながらも立ち上がる。

 

「そうとも、丁度今日は()()の貴重なオフの日だからね! それに寄る所もある。……それではお母さん、早速ですが息子さんをお借りしてもよろしいでしょうか? もちろん、夕食までには家に送り届けますとも」

「わかりました、シゲオをお願いしますね!」

 

 自分を置き去りにしてトントン拍子に進んでいく展開に、早くも後悔し始めるシゲオであった。

 

 

 

「それで、今はどこに向かってるんですか?」

「まずは、我ら同胞(てんせいしゃ)たちの拠点……というより、集会所代わりに使っている研究所からかな。()()とは夕方に会う約束だからね」

 

 どこかドナドナされている気分でタクシーに揺られているシゲオが尋ねると、そんな返答が帰ってきた。

 研究所、という言葉にシゲオはやや緊張した面持ちとなる。

 

「集会所……てことは、同じ境遇の人って結構居るんですね」

「確認してるだけでもかなりの数だよ、これまでも地道に探しては協力を仰いだり、境遇によっては積極的に保護したり……っと」

 

 郊外にある大きな建造物の門の前にタクシーが止まると、オールマイトは財布を取り出す。運転手とのやり取りをする傍ら、シゲオは門に書かれた文字に視線を走らせる。

 

「特別生物、保護研究所……?」

「簡単に言うと、敵意のない怪人を保護しつつ研究をする場所さ。さあ、降りるよ」

 

 タクシーを降りた彼が門へと歩み寄ってインターホンを押すと、すぐにインターホンから若い女性の声が聞こえてきた。

 

〘はいはーい! ……ああっ、オールマイトじゃないですか! と言う事は、後ろのその子が例の新入りですか!?〙

 

 興奮気味に声を弾ませる女性をオールマイトはカメラ越しにどうどうと抑えながら返答する。

 

「うん、顔合わせに連れてきたよ。所長は今所内に何人いる?」

〘ええとぉ、確かさっき二人並んで歩いてるのを見ましたよ。他に稼働中なのは外部に居る所長だけじゃないですかね〙

 

 そんな奇妙な会話を繰り広げるオールマイトたちに、シゲオは内心首を傾げる。

 

(所長がたくさんいる? というか稼働中って……?)

 

「Hum、あまりたくさんいてもややこしいし丁度いいかな。それと、所内で手の空いてる転生者は誰かいる?」

〘今の時間だとみんなもお仕事中だと思いますよ。食堂の人たちはお昼前で忙しいでしょうし、工房も今は休日返上ですし〙

「あちゃー、タイミング悪かったか。まあ、転生者一同との顔合わせはまたの機会だね……じゃ、開けてくれる?」

〘りょーかいですっ!〙

 

 快活な返事とともに、研究所のゲートがゆっくりと開き始める。

 オールマイトの手招きに従い、シゲオも中へ向かった。

 

 

 

「今は居ないみたいだけど、この研究所には普段務めている人の他に、暇を持て余した転生者の子たちもよく顔を見せにくるんだ。キミも気軽に遊びに来ていいからね」

 

 そう言いながらClass: Bと書かれたカードキーをガラス扉前に設置された端末にかざして自動ドアを開けるオールマイト。

 内部は「いかにもな研究所」といった雰囲気で、白を基調とした無機質な廊下が続いている。

 

「……なんかすごいですね。なんていうか、SCPのゲームでみたような光景というか」

 

 そんな感想をこぼすシゲオ。

 本物の研究所など見たことない彼は、そういった創作に出てくるような知識しか持ち合わせていない。

 そんな彼の発言に反応する者があった。

 

「おっ、君はそういうのもいけるクチかい?」

「はい……ん?」

 

 女性の声だった。インターホン越しの声に比べればより大人びて落ち着いたそれに驚いたシゲオが振り返ると、彼らの背後にはいつの間にか白衣に身を包んだ長身の女性が立っていた。

 

「……ああ、そこに居ましたか。紹介しよう、彼女が――」

 

 シゲオに説明しようとするオールマイトの口に女性の長くしなやかな人差し指が当てられる。

 パチリとウインクしてみせた女性にシゲオは思わずどぎまぎとしてしまうが、対するオールマイトは何やら微妙な表情を浮かべている。

 女性はそれを気にする様子もなく、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ここはSpecial Creatures Preserve laboratory、通称【SCP研究所】。特殊な生物とはつまりは怪人、中でもヒトから変異した怪人の研究を行う場所さ。ようこそ、超能力者くん?」

(ホントにSCPだった……!?)

 

 女性の細く冷たい指がゆっくりと顎を這い、シゲオは後退る。

 初対面の女性からの急なスキンシップに慌てるやら、自身も収容されるのではという恐れからか、少しおっかなびっくりな表情となった少年の様子に彼女はからからと笑う。

 そんな様子を傍から見ていたオールマイトは深く溜息をついた。

 

「あまりからかわないでやってください、まだあなたに慣れてないんですから……」

「おっと、叱られてしまったか。ふふ、君を無理矢理に収容したりはしないから安心していい。ここはあくまで【保護】を主目的とした研究所だからね。いやあ、私も前世では怪奇、SFモノが大好物で、こうして転生して夢を叶えた形になるのさ」

 

 大仰に手を広げ、なにやら芝居がかった動きで語る彼女にシゲオは少し引いて一歩後退る。

 

「……あ、貴女も転生者なんですね。ええと……?」

「おや、私がわからないかい? まあ、無理もないかな」

 

 そんなシゲオの反応にニッコリと笑った女性は、おもむろに豊かな胸元から首飾りを取り出してもて遊び始めた。

 大粒のルビーの周囲に複数のダイヤがあしらわれた首飾りに目を奪われていた彼が顔を上げると、目の前の女性が()()に増えており――彼女たちは異口同音に告げる。

 

「「私()()はDr.ブライトの転生者、この研究所の所長さ。よろしく、超能力者くん?」」

「……え?」

 

 目の前でステレオに話す二人の女性を交互に見比べ、目を見開いたシゲオは酸欠の魚のように口をパクパクとさせる。

 

「ええええええええ――っ!?」

 

 研究所内に驚愕の声を上げる彼の姿をイタズラが成功したとばかりに笑みを浮かべながらブライトたちに、オールマイトは深くため息をついた。




・影山茂夫の転生者
ハゲの抜けた戦力穴埋め要員その2
目立つことがあまり好きでなく、超能力もあまり使わず暮らしていたがオールマイトの転生者に捕捉されて無事に巻き込まれた。

Special(特別) Creatures(生物) Preserve(保護) laboratory(研究所)
財団のような何か……ではなく、転生者の集会所も兼ねた怪人研究所。
頭文字がSCPになるのはブライト博士の転生者の趣味。

2021/04/23 加筆修正&特別タグ追加

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