【ボロス編】ONE PUNCH MAN〜ハゲ抜き転生者マシマシで〜【開始】   作:Nyarlan

33 / 47
2-霧に沈む夜

 ――N市郊外の山間部は秋に色付き始めていた。

 

おおお……っ!

 

 ウォークラリーの到達点である展望台から湖を見下ろしながらシロウは感嘆する。

 広々と拓けた視界の正面には周囲を山に囲まれた巨大な湖が広がっており、澄んだ水面は青空と白い雲を鮮やかに映し出していた。

 

 本日夜の天気は晴れ。満点の星空と、それを鏡写しにした湖面……そしてそれを見下ろして寄り添う二人の人影は、徐々に距離を詰めてゆき――といった妄想に顔を緩ませるシロウの背後からガッツも景色を見渡していた。

 

「へぇ、噂通りの絶景だなこりゃ。……妄想するのはいいが、まだ誘えてないこと忘れんなよ、多分イケるだろうが」

「うぐっ、ひ、昼にはちゃんと言うから! きっと……!」

「いやいやヘタれんなよ。ここ数ヶ月で散々デートまでやってんのに未だ免疫ないのどうにかしろやじれったい」

 

 目をぐるぐるとさせるシロウに、ガッツは深くため息をついた。生まれ変わっても奥手な性根はそうそう変わらないらしい。

 

「しっかし、他の班遅えな……」

「いや俺らが早いんだよ、流石にフィジカル違うの実感するわ」

 

 彼らと同じ班員であるセタンタが空で旋回する(とんび)をスマートフォンのカメラに収めながらそう言った。

 

 結局、三人一班のウォークラリーではいつもの三人で固まってしまっていた。班決めの際、躊躇ってる間にハナが女子グループに組み込まれたのを見てショックを受けるシロウの姿は、半笑いで見ていたガッツとセタンタの二人にとっては記憶に新しい。

 

「この後宿舎へ一旦戻ってから昼飯だっけか?」

「ああ、カレー作りな。これは五人班だしハナも一緒だぜ。まあ不甲斐ないお前に代わって俺が誘ったんだが」

「ぐッ……!」

 

 しおりを眺めながらチクリと刺すセタンタにシロウは呻く。

 

「せめて料理くらいはイイトコ見せねーとな、俺ら前世含め料理した事ねーから頼むぜ」

「……ああ、料理は任せたまえ! 前世では飲食アルバイトもしていたしエミヤ再現のため料理含む家事スキルは日々磨いているんだ」

 

 唯一の自慢である料理について頼られたシロウは一気に立ち直り、キリとキメ顔で腕を捲ってってみせた。

 

「キリッとしてるところ悪いがハナとお前が班同じなのカレー作りだけだからタイミング逃すんじゃねーぞ?」

「ヘタレも大概にしとけ、ボディが泣いてるわ」

 

 シロウのドヤ顔はその言葉で一気に崩れ去った。そんな三人の所へ他の班もゾロゾロと到着し始める。

 

「うわ、もう着いてら。流石はフィジカルエリートチーム」

「シロウは夏前まで帰宅部だったのに、人は変わるもんだ」

(中身はなかなかついてこないみたいだがな)

 

 ガッツはため息をついた。

 

※※※

 

「……よし、それじゃあ始めよう。ガッツとセタンタはジャガイモとニンジンを頼む、ハナさんとエイコさんは――」

 

 テキパキと用意された鍋を洗いながら指示を始めたシロウを横目に、彼らの班員の最後の一人であるクラスメイトのエイコはすすすとハナの横へと移動した。

 エイコが口元に手を当ててみせると、小柄な彼女の身長に耳の位置をあわせてハナが少し屈んで応じる。

 

「なんかシロウくん、急にイキイキしてきたね」

「料理得意なんだよ、彼。この前肉じゃがをごちそうになったけど、すごく美味しかったから期待していいんじゃない?」

 

 米を研ぎつつ、笑顔でそんな事を言うハナに彼女は目を見開く。そして野菜の皮を剥くガッツの横へ滑るように移動し、再び口元に手を当て、ヒソヒソとした大きめの声で話しかけた。

 

聞きました奥さん? もう手料理を食べさせる関係なんですって

 

 そんな言葉に軽く吹き出しながら、ガッツも大きな体を精一杯屈めつつそれに応じてみせた。

 

ええ、奥さん。この間なんて人混みではぐれないよう手をつないで歩いてる所を見たわ! シロウなんて顔が真っ赤だったのよ!

まあ! なんと初々しい! これで付き合ってないなんて信じられます!?

 

 金色のポニーテールを揺らしながらわざとらしく両手のひらを口元に当て大袈裟に驚いてみせるエイコ。

 精一杯背伸びをしながら大きなヒソヒソ話をする彼女と、少し屈みつつ同じようにオネエ言葉で返すガッツという最高に悪ノリした凸凹コンビにセタンタは吹き出すのを堪えながらジャガイモを剥く。

 

それが今日の夜に例の展望台で告白するそうよ!

きゃーっ、シロウくんったらロマンチスト!

 

 そう言ってひとしきり盛り上がった所で同時にバッと顔をシロウへ向けた二人に、セタンタはついに吹き出して剥き終わったじゃがいもを地面に落とす。誰も見ていないのをいい事に、彼はそっと洗ってまな板へ戻した。

 

 凸凹コンビによる聞えよがしの大きなヒソヒソ話は当然の如く本人たちの耳にもがっつりと届いている。

 先程までハキハキと喋っていたシロウは耳まで赤くしながら黙り込み、ハナはそんな彼を期待に満ちた目で見つめていた。

 手元をプルプルとさせつつ、シロウは視線をそらすと。

 

「そ、その……か、カレーができてからで……

(ヘタレたね)(ヘタレやがった)(背中押してやったってのに)

 

 蒸気を出しそうな程に紅潮しながらなんとか絞り出したそんな言葉に、一同は呆れた視線を返す。

 そんな様子を、ハナは余裕の笑みを浮かべて見守っている。

 

 

 綺麗に炊き上がった白米を年季の入ったアルマイト製の皿へよそい、大ぶりに刻まれた野菜と肉が浮かんだとろみのあるカレールウを多めに掛ける。

 シロウは出来上がったカレーライスをそれぞれの席へ配膳し終えて自身も席へ――唯一空いているハナの隣の椅子へと座る。

 

 食欲をそそるスパイシーな香りにより、誰ともなく腹の虫が鳴く音が響くのが聞こえると、彼らは揃って手を合わせた。

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 金属製のスプーンと食器が擦れる独特の音を奏でながら、各々のタイミングでカレーライスを掬い口へと運んだ。

 アツアツのルーは口当たりはまろやかながら、後味にはしっかりとした程良い辛さが控えており絶妙な加減となっていた。

 

うンまっ! シロウくんってばホントに料理上手なんだ!」

 

 エイコは目を輝かせながら味付けの殆どを担当したシロウへ惜しみない賛辞を送る。彼は誇らしげにドヤ顔を浮かべる。

 

「気に入ってもらえてなによりだ。かつて料理を始めて最初に作ったのもカレーでね、私の得意料理の一つさ」

 

 気取った様子で鼻高々に返答する彼にガッツとセタンタは内心「あ、今ちょっと調子に乗ってんな」と思いつつカレーを咀嚼する。

 

 水をぐっと飲むと、ガッツはワザとらしく林間学校のしおりをテーブルに広げて見せた。

 

「この後ハイキングからのラフティングか、めっちゃ体動かすなァ」

「それからバーベキューやってキャンプファイヤーだとさ、それが終わったら一時間の自由時間の後就寝だな。今日は天気もいいようだし、ここなら星も綺麗だろうよ。展望台とかきっと絶景だぜ」

 

 察したセタンタがそう続けると、エイコはクリクリとした目を輝かせながらシロウとハナへ視線を行き来させた。

 

「……………」

 

 スプーンを口へ運ぶ体勢のままフリーズしてしまったシロウの姿に三人はアチャーと額に手を当てる。

 しかしハナは慌てずカレーを嚥下し、コップの水をくいと飲み干すと満足げなため息を吐き出して笑みを浮かべた。

 

「星空かぁ……あの展望台からの眺めは湖にも星が写ってとってもキレイなんだろうなぁ」

「…………………」

 

 吐息とともに漏れ出した彼女の言葉に、停止していたシロウが再起動を果たした。カチャリという音を立ててスプーンを置き、コップに残った水を勢いよく飲み干すと、彼は耳まで紅潮させて口を開く。

 

「は、ハナさんッ……!」

「うん?」

 

 水を飲んだばかりなのに彼の口の中はカラカラで、顔からダラダラと流れる汗はけしてカレーの辛さだけのせいではないだろう。

 そんな様子をハラハラとしながら見つめる視線が無数に降り注ぐ。

 

「今夜の自由時間に、俺と一緒に展望台で星を見ませんか」

 

 にこやかな笑みを浮かべながら続きを待つハナを真っ直ぐに見つめながら、もつれそうな舌を何とか制御して彼は言い切った。

 背後で外野の三人がハイタッチを交わす中、ハナはその名の通り花の咲くような笑顔でゆっくりと頷いた。

 

「うん、行こっか!」

「……っし!」

 

 小さくガッツポーズをする彼に、背後の三人がヒソヒソと話す。

 

「出来レースみたいなもんなのに躊躇いすぎだろ……」

「まあ、アイツ色恋沙汰初めてらしいからしゃあねぇんじゃね?」

「でもちゃんと誘えて良かったぁ、顔に似合わずオクテだよねー」

 

 そんな声を耳にしてプルプルと震えるシロウの耳に、ハナはそっと唇を寄せると。

 

ちゃんとシロウくんから誘ってくれるって、信じてたよ?

「……………!!!」

 

 ビクーンと硬直するシロウにくすくすと小さく笑いながら、彼女はカレーのおかわりをすべく皿を持って立ち上がる。

 

「……やっぱ基本主導権はハナ側だなぁ」

「はは、あいつらしい」

「青春だね〜!」

 

 真っ赤な彫像と化したシロウを肴にカレーを食べる三人であった。

 

 

 

「えー、これより自由行動となるが、あまり遠くには行かない事! 展望台への道は舗装されているし灯りもあるとはいえ、蛇やイノシシ等が出る事もあるから十分注意するように……それから、学生らしく節度は守れな! 就寝時間には遅れるなよ! 以上、解散!」

 

 キャンプファイヤーの片付けが終わって集合を掛けた後、担任のオニガワラはそう締めくくる。

 

「完全にシロウの方見て言ったよな、オニガワラのやつ」

「エイコ経由か? というか何故かみんな当たり前のように計画把握してるのはビビるわ、別に言いふらしたりしてねーのに」

 

 ガッツとセタンタがくつくつと笑いながらそんな風に話す傍ら、少し離れたところではシロウがガチガチの表情でハナへ近づいて話しかけていた。

 

「お、ちゃんと行ったな」

「そら流石にそろそろ覚悟も決まっただろ、キャンプファイヤーの時ずっと自己暗示かけてて軽く引いたからな、はは」

 

 二言三言話すと二人寄り添って展望台の方へ歩いていくのをクラス一同は見送った。

 

「で、どうするよ、コッソリ見に行くか?」

「いやいや、悪いだろ流石に……でもアイツがどんな告白するのかは興味あるかも」

「はー、シロウくんカッコよくなって来たし、ちょっとアリかもって思ってたのになー」

「まあしょうがないよ、今のいい感じになったシロウ君はハナが育てたようなもんだしさー」

「でもキャラ作ってるのはちょっと痛いよね、もう慣れてきたけど」

 

 クラスメイトたちもワイワイと二人について語っているが、その成否について触れるものはいない。全員分かりきっているからだ。

 そんな中、宿舎へ向かっていくガッツとセタンタへ背中から声がかかる。

 

「おおい、ガッツたちは見に行かないのか?」

「あ? まあ、見に行かなくても結果は見えてるしなあ」

「親友の一世一代の告白だ、進んで水差しに行くつもりはねえよ」

 

 二人の返答にクラスメイトたちは拍子抜けした表情になる。

 

「それもそうか……オレもやめとくかな、ゲームのスタミナ消費しなきゃだし」

「というかめっちゃ疲れたし、とっととシャワー浴びて寝たい……」

 

 興味深げに展望台方面を見る者もいるが、概ね皆宿舎へ向けて歩き出した。空は雲一つない星空であり、展望台からの眺めは抜群だろう、と思いながら。

 

 

 

「……おい、ガッツ。ちょっとコレ見てみ」

「あん?」

 

 部屋へ戻り布団の支度を始めたガッツは横からかけられた声に振り向くと、椅子に座ったセタンタが持つスマホの画面を見てまず飛び込んできた単語に顔をしかめる。

 

「……『賞金稼ぎ(バウンティハンター)』って、お前マジでそっち方面進む気か?」

 

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)とは賞金の掛かった犯罪者や時には人類生存圏にまで紛れ込んだ怪人、怪物等を捕獲・討伐し賞金を得る者の事である。

 セタンタが以前から興味を示していたのをガッツは覚えていた。

 

「んー、まあ、それもあるが。見て欲しいのは下の写真だ」

「写真……? って、コイツは……!」

 

 写真に写っているのは画風が違うレベルに彫りの深い顔をした筋骨隆々とした大男。

 その特徴的な濃い顔立ちは、彼らに覚えのあるモノだった。それは前世で彼らが見た――。

 

「ヒロアカのオールマイトじゃねぇか! って事は、コイツもて――」

「シッ!!」

 

 ガッツを黙らせたセタンタは周囲を見渡す。

 同室の一人はシャワーを浴びており、もう一人は先程ジュースを買いに部屋を出た。最後の一人はシロウだ。

 問題ないことを確認すると、セタンタは大きく頷く。

 

「ああ、多分間違いねぇ。俺らと同じ転生者だろうな」

「はー、俺らがフツーに学生生活送ってる裏で転生者らしく大活躍してるヤツもいたんだな」

 

 写真の背景には彼が倒したという大きな怪物が写っており、ガッツは敷いたばかりの布団に座り込んで嘆息した。

 

「授かりものの超パワーとか羨ましいこった。こちとらルーン魔術を知らないどころか半神半人ですらねえってのに」

「そういやシロウのヤツも投影のやり方が分からないとかでボヤいてたっけな。……って、半神半人?」

 

 彼が疑問を呈すると、セタンタは腰掛けた椅子をくるりと回しながら頷く。

 

「ああ、本物は父親が太陽神なんだよ……今の親父はただの大工だし何代遡ってもただの人間だったけどなー。しっかし、もしかしたら検索すりゃ他の転生者も……って、なんか外騒がしくねーか?」

 

 ピタリと椅子の回転を止めると、彼は部屋の扉へ視線を向ける。ガッツも耳を澄ませて見ると、何やら騒ぐ声が聞こえてくる。

 

「ホントだ、なんかあったのか?」

「……ちょっと気になるな、行ってみっか」

 

 二人が立ち上がり部屋から出ると、なにやらバルコニーへ向けて歩く生徒が何人も見かけられた。

 ガッツは同じ野球部の生徒を一人捕まえて声を掛ける。

 

「おいユージン、なんの騒ぎだ?」

「おお、ガッツとセタンタじゃん。いや、今バルコニーにいる奴からメール来てさ……とりあえず来てみ、スゲェぞ」

「あん?」

 

 二人は顔を見合わせながらも促されるままにバルコニーへと足を運んだ。すると――。

 

「――ンだ、アレ」

 

 二階のバルコニーは湖方面を向いており、展望台ほどではないものの中々の景色が楽しめる。しかし、今は視界が大きく遮られていた。

 湖の半ばから先を完全に遮るように、巨大な白い壁が異様な速度で宿舎へ向けて広がっている。

 その巨大さのあまり緩慢にすら見えるそれは。

 

――それは、濃霧による巨大な()だった。

 

 

「雲……いや霧、か? この辺じゃよくある事なのか?」

 

 そのあまりにも異様な光景にセタンタが呆然と呟く。

 濃霧はまるで意思を持っているかのように施設の方面へ真っ直ぐ迫ってきていた。その光景に、ガッツの腕は粟立っていた。

 

「いや、うちの学校は毎年ここ使ってるみたいだけど、こんな話先輩からも聞いたことないぜ。なんかすげぇよな」

 

 そう言うと、ユージンは他の生徒と同じようにスマートフォンを迫り来る濃霧の壁へと向けて動画の撮影を始める。

 

 

「……どう思う?」

「わかんねぇ。ただ、どうも胸騒ぎがしやがる……」

 

 セタンタの問いにガッツは顔をしかめる。そうする間にも濃霧の壁は目前まで迫っており――やがて、すべてを白が包み込んだ。

 

「うわっ、何も見えねぇ!」

 

 濃霧に飲まれたバルコニー。面白がって撮影をしていた者たちも、なんとも言えないその不気味さと、じっとりとした湿り気に小さく悲鳴を上げる。

 

「……やべぇな、視界が何メートルも無いぞこれ」

 

 バルコニーから階下を見下ろしたガッツは異様な霧の濃さに戦慄を覚えた。他の生徒たちも一様に第六感が警鐘を鳴らすのを感じており、誰からともなく屋内へ戻り始める。

 と、スマートフォンを弄っていたユージンが悲鳴を上げた。

 

「さっきまでアンテナ三本立ってたのに圏外になりやがった! 先輩に濃霧の映像送ろうと思ったのに……」

 

 ガッツたちも釣られて自分の端末を確認すると、やはり「圏外」の表示がされている。

 

「……雨や霧で電波が不安定になる事はあるらしいが、割と繋がりやすい状態からこんなに完全に遮断されるもんなのか……?」

「どうも気味が悪い、嫌な予感がヒシヒシとしやがる――」

 

 寒気を感じながらセタンタがそう言った、その時だった。

 

――ギャアァッ!

 

 突然、遠い霧の中から男の悲鳴が響き渡った。その場にいた生徒たちは足を止め、不安そうな表情で互いに顔を見合わせる。明らかに、鬼気迫る本気の悲鳴であった。

 

「……冗談キツイぞ、マジで」

「マズい事が起きてるな、コレは」

 

 ゴクリと生唾を飲みながら二人は緊張した面持ちで霧越しに遠くへ視線を向ける。展望台が見えるはずの方向は、深い深い白い闇で覆われていた。

 

 

 

「星がキレイだねー」

 

 満点の星空を見上げ、ハナは少し声を弾ませる。

 

「ああ、きっと展望台からの眺めは最高さ。今日は風もないし、湖が凪いでれば夜空か映るかもしれない」

 

 シロウは展望台へ向かう坂道を踏みしめて歩きながら、手のひらがじっとりと緊張で濡れているのを自覚する。

 ……彼がチラリと振り返れば、遠くで誰かが隠れるのが見えた。

 クラス中に知られているため出歯亀の存在は想定できたものの、実際に来られると少しイラッとするシロウであった。

 

(……でも、それとなく展望台の独占をさせてくれてるのは、みんな知ってる状況ならではともいえるんだよな)

 

 ジャリ、ジャリと足音を立てながら二人は斜面を歩く。十数メートルおきに存在する街灯は、蛍光灯の交換が滞っているのかチカチカと点滅するものが多々あり肝試しにはうってつけといった雰囲気だ。

 

「静かだねぇ」

「そうだな……いや、なんか静かすぎるような気が……」

 

 風がないので木々の擦れ合うざわめきがない。しかし、シロウは何か違和感のようなものを覚え、やがて気づいてしまった。

 

「――そうだ、虫の声がしていないんだ」

 

 昼間はやかましいほど鳴いていたセミの声。日が暮れてから先程までは鈴虫などの様々な虫の声がこの山の夜を彩っていたはずだった。

 

「わ、ホントだ。キャンプファイヤーの時は結構聞こえてたと思うのに、山中でこんなに静かなのってふしぎー」

「……そうだ、な」

 

 シロウは少し胸騒ぎのようなものを感じるものの、頭を振って頭から追い出してこの後のことへ集中する。 

 

「あ、見えてきたよ!」

 

 ザッザッと足音を立ててハナが駆け出す。シロウは慌ててそれを追い、夜の展望台へと足を踏み入れる。

 

「わあっ……!!」

「これは……!」

 

 二人の口からは、思わず感嘆の吐息が漏れ出した。

 

 ――それは、想像していた以上の絶景だった。凪いだ湖面には星々と月が浮かび、まるで二つの星空に挟まれているかのよう。

 

 あまりの美しさに呆けていたシロウは、やがて真の目的を思い出してハッとする。彼がさり気なく横を見ると、ハナはうっとりした様子で視界いっぱいの夜空へ見惚れていた。

 

(……よし、言うぞ、言うんだシロウ。あれほどシミュレーションしただろ……文面は……ヤバい、お、思い出せない……ッ! ええい、ままよッ!)

 

「あああああの、ハナさん! 俺、俺ッ……あのっ、えとっ!!」

 

 頭の中が半ばパニック寸前になりつつもシロウはなんとか言葉を捻り出そうとしていると、不意にハナの表情が消える。

 

「……ねえ」

「はいっ!? な、なんだい!?」

 

 思考中に声をかけられて思わず変な声が出たシロウに構わず、彼女は湖を指差した。

 

「あれ、何だろう」

「あれ……?」

 

 シロウが正面を向くと、そこには奇妙な光景が広がっていた。

湖の中心部から湧き出るように白い何かが吹き上がっている。

 それは背後の山を覆い隠してしまうほどに高く天を衝くように、そして湖面のこちら側へと急速に広がってゆく。

 

「あれは、煙……いや、霧? どうして急に――」

 

 まるで津波のような勢いで押し寄せる濃霧は、確実に彼らを飲み込まんと迫ってきている。異常な光景に二人は困惑を隠せない。

 

「こっちに来てるね。大丈夫、かな?」

「どう、だろう。離れたほうが――」

 

 そう言って不安な顔をするハナ、シロウも眉を顰めて霧を見る。

 そう言う間にも濃霧は目前まで迫っており――。

 

「わっ!」

「……っ!」

 

 ――やがてすべてが白に喰らい尽くされた。

 

「うわっ、なんだこれ!?」「しーっ! 聞こえるだろ!」

 

 背後でガサガサと音がなり、二人は振り返る。すると少し離れた生け垣の裏で見知った男子生徒が動くのが見えた。

 シロウとバッチリ目があった少年は誤魔化すように笑うと、一つ咳払いしながら立ち上がる。

 

「あーっ、き、奇遇だな?」「いやー、何か妙な事になったもんだ!」

 

 白々しくそんなことをのたまう出歯亀二人にシロウは脱力する。

 

「あ、セギーくんとエーニくん」

「お前たち……」

「いやあ! 邪魔するつもりはなかったというか!」「元々コレでそんな雰囲気でも無くなっちゃったし?」

 

 非難するようなシロウの目に対し弁解する二人に、彼はため息をついた。確かに、二人の事がなくとも謎の濃霧のせいで告白する雰囲気ではなくなっていた。バツが悪そうな表情をした二人は顔を見合わせると、シロウたちに背を向けた。

 

「……ええと、ムード壊しちまってゴメンよ!」

「とりあえず俺達は戻るから、ごゆっくりー!」

 

 そう言って二人は踵を返し小走りで走り去る。濃い霧も相まって、あっという間に見えなくなってしまった。

 シロウはため息をつくと、緊張の抜けた笑みでハナへ向き直る。

 

「あー、ハナさん」

「うん、なあに?」

 

 ハナもシロウの目を見つめ返す。

 

(――すべてが白に包まれた中に二人きり。先程の星空には劣るが、これもまた中々に……ロ〜〜〜マンティックないいムードなのではなかろうか!?)

 

 セギーたちのおかげで過度な緊張も図らずして解れており、ここらでの道中で決意はしっかり固めてきたシロウは、一つ深呼吸をすると――。

 

――ギャアァッ!

 

 背後から響いた絶叫に表情を強張らせた。

 

「な、なに? いまの、セギーくんの……?」

 

 びくりと怯えたように肩をすくめるハナを背に隠しながら、シロウは声の方へと向き直る。激しい足音を響かせながら近付いてくる。

 

「今の声、ただ事じゃ――ッ!?」

 

 霧を超えて先程の男子生徒、エーニが血相を変えた表情で走ってくるのをシロウたちは発見する。

 

二人とも、逃げろっ! 霧の中から――ア゙ッ

 

 彼は必死の形相でそう叫んでそのまま倒れ込む。

 シロウは慌てて駆け寄ると、エーニはそれを手で制する。

 

「ハナを、連れて、にげろ! 早く!」

「何を――ッ!?」

 

 シロウは瞠目する。倒れ込んだエーニの右ふくらはぎを、長い何か――木製の長い槍――が貫いていたからだ。

 

 そして霧の中彼の背後からぬっと現れた者に、シロウは戦慄した。

 

『しゅるる……このオスもよわいセンシ。われらがカミのニエにはもっとつよいセンシがほしい……』

がああっ?!

 

 それは強靭そうな太い脚でエーニを抑えつけると、鱗に覆われ長く骨張った腕で槍を掴むと、力任せに引き抜く。

 

 ――感情の見えない縦に割れた瞳孔がシロウを見ている。

 苦悶の悲鳴を上げるエーニを、シロウは唖然と見ている事しかできなかった。

 

『おまえもオスか。おまえは、つよいセンシか?』

 

 しゅるりと口から飛び出しては戻る事を繰り返す細い舌がそんな言葉を紡ぐのを聞いて、シロウの頭はようやく現状を把握した。

 

「怪、人……ッ!」

 

 全身を鱗に覆われた爬虫類型の怪物は血に濡れた槍を持ち上げる。

 そしてその穂先をエーニの背へ向け――。

 

「――ッ! やめろおッ!

「シロウくんっ! ダメッ!」

 

 駆け出したシロウに一瞥もくれることなく振り下ろした。

 エーニはくぐもったような声を上げ、血を吐きながら数度力無くもがき……ぐったりと横たわる。

 

――殺された。目の前で、クラスメイトが、友人が。

 

あ、ああ゙あ゙ッ!!!

 

 あまりにも、現実離れした光景だった。

 シロウは沸騰するように血が登った頭で怪物へ殴り掛かる。

 

『しゅるっ、なかなかハヤい』

 

 怪物は槍を素早く引き抜き、拳を回避する。

 

『けど、スキだらけ』

 

ガッ――!

「シロウくんっ!! ……ッ!?」

 

 大ぶりの拳を外し隙を晒したシロウの腹を、怪物の持つ槍の柄が力強く薙ぎ払う。

 数メートルは吹き飛ばされて倒れた彼の耳へ、絹を割くような悲鳴が飛び込んできた。

 

「――ッ!?」

 

 彼が痛みに耐えて顔を上げると、いつの間にか背後から現れたもう一体の怪物の姿が目に入る。

 ドラム缶のように太く長い胴体と巨大な頭を持つ異形の爬虫類が、細長い腕でハナを高々と持ち上げていた。

 

いやっ、離してッ!」

 

 シロウは激しく咳き込みつつも腹部の痛みを堪えて立ち上がろうとするが、それより早く怪物はバタつかせる彼女の足を咥え込んだ。

 ハナは恐怖に顔を引き攣らせて身をよじるが、その体はどんどん飲み込まれて行く。

 胸元まで込みこまれ、完全に身動きが取れなくなった彼女はとてつもない恐怖に涙を流し、震えながらシロウの方を向きその名を呼ぶ。

 

ぅ、あ……シロウ、くん……

 

 涙でぐちゃぐちゃになった端正な顔を恐怖に歪め、体を圧迫される苦しみにあえぎながら、彼女は――。

 

にげ、て

 

 かろうじてその言葉を、声を絞り出し――全身を完全に怪物の中へ飲まれてしまった。

 体を揺すり、少女の身体を胃の奥へ収めんとする怪物を前にして、シロウの表情は絶望に染まる。

 

「ぁ、あ……ッ!」

 

 深い霧の中に、シロウの慟哭が響き渡った。

 




・エイコ(非転生者)
金髪ポニテとクリクリしたつぶらな瞳がチャームポイントの超小柄で噂好きなクラスメイトの女子。特に恋愛関係の話が大好きで、彼女に知られるとファーストキスの顔の角度まで広まるとかなんとか。
ハナとは特に仲がよく、三人組ともそれなりに話す仲なクラスのマスコット枠。
ゴシップ誌の記者になって芸能人の恋愛模様を探るのが夢だと(うそぶ)いていた。

・ユージン(非転生者)
ガッツたちと同じ野球部員のクラスメイトにして友人。
帰り道がガッツと途中まで同じで、部活後一緒に買い食いしながら帰る姿をよく見かけられた。コンビニチキン狂い。
優秀な投手であり、夢はガッツと同じくプロ野球選手、だった。

・セギー(非転生者)
お調子者のクラスメイト。
テニス部でなので転生者たちとは接点がないように見えるが、休日にカラオケなどに誘って一緒に遊ぶ仲。
父と同じ警察官になるのが夢、だった。

・エーニ(非転生者)
クラスメイトでセギーの幼馴染、同じくテニス部。
セギーと一緒にクラスメイトを誘って遊びに出ることが多い、社交的な男。
実家の八百屋を継ぐ予定、だった。












次回予告
(BGM:Berserk-Forces-)

人は己の運命(さだめ)を知ることはできない
不意に来る崩落の時まで 明日の安寧を信じ人は生きる
たとえそれが 薄氷の上の幻にすぎないとしても
たとえ 崩れ落ちた先が絶望の奈落であろうとも

次回、転生伝奇ONEPUNCHMAN~青春時代編~『蛇たちの宴』
(CV:石塚運昇)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。