Inferior Stratos   作:rain time

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第31話 福音と狂気

 

 時は鈴と一夏が撤退した直後まで遡る

 

 鈴たちが撤退し、雪広と福音しかいない海上。漆黒に染まった雪広は未だ動かない福音を警戒する。その手には爪が装備されており、いつでも福音を切り裂こうと身構える

 一向に動かない福音。ずっと警戒するのは疲れたのか、そろそろ警戒を解こうと雪広が福音から視線を外そうとした。

 

 次の瞬間、福音が光る

 

「!?」

 

 突然のことに距離を取って身構える雪広。彼の本能が危険と判断しすぐに攻撃はせず、福音の発光が止むのを待つ。

 光がだんだんと収縮していく。その中心にはエネルギーの翼を持つ銀の福音がいた。ここにきて第二形態移行(セカンドシフト)したのだ。彼らとの戦闘によって皮肉にも進化を遂げる要因を作ってしまったのだ

 

「RU~~・・・」

「・・・」

 

 またしてもにらみ合う両者。福音は目の前の人間が自身に害を成すのかを、雪広は一夏に危害を成すのかと判断しながら最大限の警戒をする。どちらかが攻撃を開始すれば戦闘が始まってしまう殺伐とした空気があたりを包む

 

「「・・・」」

 

 だが動かない。暴走しているとはいえ、双方ともに自身の不利益となることをしたくないのだ。誰が寝ている毒蛇に棒でつつこうとするか。よほどの馬鹿か自殺志願者、もの好きでなければそんなことはしない。両者は自身への危害が最小に物事が進むのを望む

 数分ののち、福音が動く

 

「La・・・」

 

 雪広への警戒を解いた。彼からの攻撃がない以上、敵ではないと判断したのだ。それを見て雪広も少しだが肩の力が抜ける。

 それを見た福音は完全に雪広に背を向け飛び立とうとする。本来の目的である東京に向かうために残りのエネルギーから最速で移動できるように計算をし、動き出す。

 

 

 

 動き出してしまったのだ

 

「GAAAAAAA!!!」

「La!?」

 

 突然、本当に突然だった。

雪広が咆哮とともに福音に爪を立てて突撃をかましたのだ。突然の豹変に福音も驚いたようにその場から離れようとするも完全な奇襲に虚を突かれ、振り落とされた爪が頭を直撃する。福音はそのまま派手な水しぶきをあげて海に落ちる。

 

 雪広はなぜ攻撃したのか。それは福音が移動しようとした『向き』によるものだった。

 

 福音が飛ぼうとした方向は奇しくも一夏たちがいる臨海学校の旅館に近い向きだったのだ。今の雪広にとって一夏に害を成す可能性のあるものはすべて敵とみなしている、いわば暴走状態。そのため、福音の行動を『一夏たちを襲撃するために動いた』と判断し、攻撃を行った。たとえ一夏を狙う目的であろうとなかろうと今の彼には関係ない。

 そして敵とみなしたら完全に殺すまでその獲物を追い続ける殺戮兵器と成す。

 

 雪広は福音が落ちた水面を睨む。あの攻撃程度では機能停止にはなってないだろうと戦闘準備をする。

 ザバアッ、と福音が真上に上昇し雪広を睨むかのようにとらえる。その目は彼を敵と判断するかのような、先ほどの奇襲に腹を立てているかのような恨みを籠めたように睨んでいるかのよう。それを感じ取ったのか、雪広も武器である爪を構える

 

 そして

 

「LaLaLaaaaaaaaa!!!!!」

「GOOOSPELLLLL!!!!!」

 

 二つの機体が戦闘を開始する

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 雪広は生きている。そう喜んだのも束の間、僕たちはただ雪広と福音が戦う映像を見ていた。見たことのない雪広の機体、進化した福音、そして二機の激しい戦闘。何が起きているのかわからなかった。

 ひねり出すかのように鈴が呟く

 

「こ・・・これは?」

「これが今のゆーくんと福音の現状だよ」

 

 そう束さんが苦虫を嚙み潰したように答える。

 ここに束さんがいるのは指揮の補助として山田先生が正式にお願いしたためだ。それに対し束さんは二つ返事で了解し、手伝うのを惜しまないとのこと。あの大天才にして会社の協力者が味方になるのは心強い。

 でもこの現状は予想外だ。思わず束さんに質問をする

 

「雪広に、何が起きてるんですか」

「多分だけど、ゆーくんはセカンドシフトをしながら暴走しているんだと思う」

「「ぼ、暴走だって!?」」

 

 鈴とともに叫んでしまう。暴走ってことは、あの福音と同じ状態になっている?

 と、冷静そうな簪が束さんに質問する

 

「どうして雪広が暴走していると予想しているのですか」

「それは福音と同じく、私のコマンドが一切効かないから。これは福音と同じだしね。それに・・・」

 

 と束さんが自身の目を指す

 

()()()がね」

「目の色?」

 

 映像を見ると雪広の目が金色に光っている。確かに雪広の形態変化は目が赤になるけど、金色になったのは見たことがない

 

「ゆーくんの目が金色になったのは過去に一度だけ。それはゆーくんが()()()形態変化をしたときなんだ。その時ゆーくんが暴走していたから辻褄が合うんだ」

 

 なるほど。それなら暴走しているってことが納得した。他のみんなも納得している。でもこれってかなりマズいのでは?

 鈴もそう思ったようで

 

「これってマズいですよね」

「うん。すっごくマズいよ。だって・・・」

「今、雪広は福音と戦っている。早くしないと雪広が落とされるかもしれない」

「それだけじゃない。仮に雪広が福音を倒せたとしても、雪広が暴走していると次に雪広が何をするかわからない。最悪、本土に行って暴れる可能性だってある」

「二人とも代弁をありがとう。そう、どっちに転んだとしても被害が出る可能性があるんだ」

 

 だから、と束さんはじっと私達の目を見る

 

「君たち3人にはゆーくん、福音の無力化を行ってほしい。ゆーくんと福音が交戦中なら福音を優先で無力化を、ゆーくんが勝った後なら鎮静化を、・・・もし福音が勝ったならゆーくんの救助優先で福音を無力化を行ってほしい。もしもゆーくんが暴走しているなら、君たちの方がそれを止められると思うの。・・・やってくれる?」

 

 それが最善の選択かもしれない。雪広が僕たちを認識できれば問題はないけど、認識してくれるかは分からない。最悪、僕たちを判別できずに見境なく暴れるかもしれない。 

 雪広がどう動くか見当がつかない、不確定な要素が大きい大変な作戦だ。でもこの作戦に参加しない理由はないし、二人も同じ考えのようだ

 

「当たり前です。僕たちに任せてください」

「雪広を救うためならいつもよりも頑張るしかないでしょ!」

「あたしも行きます」

「鈴ちゃんはいっくんの傍にいてあげなくていい?」

「・・・そうしたいのもそうですが仲間をないがしろにするつもりはありません。それに一夏もあたしが雪広を助けるのを望んでいるはずです」

「わかった。今度は邪魔が入らないようにしっかり見張っているから」

 

 ・・・またクズどもが横やりを入れられないように対策してくれるのは助かる。

 余談だが、先ほどゴリラ女(篠ノ之)がここにいたのはカス教師(織斑千冬)が福音の討伐に向かわせるためとのこと。要はおいしいところを横取りさせようと画策していたのこと。ろくでもないし、本当にどうでもいい話だ

 

「よし、じゃあみんなが準備次第、作戦開始ね!ゆーくんの安全と鎮静化を任せたよ!!」

「「「了解!!」」」

 

 雪広、助けに行くから待ってろよ!!

 

 

 

 

 

 銀と漆黒がぶつかり合う。雪広の近接による猛攻の嵐を福音は躱し、いなし、受け流してほぼ無力化していく。雪広も暴走しているとはいえ、同じ攻撃を繰り返さない。今度は正中線や体軸を容赦なく狙っていく。正中線には人体の急所が複数あり、体軸は体の中心であるために回避は難しい。一撃一撃で確実にSEを削っていこうと彼は本能で判断した。

 だが相手は人ではない機械だ。正中線だろうが急所は無く、軸も安易にずらすことができる。攻撃パターンを変えても、福音には攻撃が届かない。

 

「UUUU!!!!」

 

 だんだんとイラついていく雪広。それでも攻撃は雑にならず緩急をつけたり、右半身を重点的に攻めたりと攻めの姿勢を崩さない。が、それでも近接だけでは福音にダメージが入らない。

 そして雪広の放った突きに対してガードが甘くなったわき腹を福音は蹴り飛ばす

 

「GUUU!!」

 

 雪広はそれを本能で察したのか、蹴りと同時に後ろに下がることでダメージを押さえる。だが福音と距離が離れてしまった。

 

「La!!」

 

 福音は好機と言わんばかりにエネルギーの翼とを広げ、雪広に向けて無数のエネルギー弾を発射する。それを雪広は針の穴を縫うように回避していく。暴走しているとはいえ、これを直撃すると死ぬと雪広は本能で判断しており、防戦に徹している。が、福音の弾幕は一向に減ることなく、むしろ精度が上がっていき雪広を追い詰めていく。

 エネルギー弾が足をかすめると同時に雪広はさらに後方に飛び、距離を取ろうとする。そこを狙って福音は瞬間加速で雪広との距離を縮め、ゼロ距離でエネルギー弾を放つ。

 

 いや、放とうとした

 

「RUUU!!!」

「La!?」

 

 近づいた福音に雪広はさらに近づき、エネルギー弾が放たれる前に蹴りを叩き込む。これにより福音は攻撃を中断し、苦悶の機械音を出しながら距離を再度とる。

 それを見て雪広は自分を抱くようにして前かがみになり、

 

「AAAAAAAA!!!!」

 

 叫ぶ。叫び続ける。そして彼の機体に変化が起こる。

 だんだんと雪広の背中から、彼の背中にも翼が生えていく。だが福音のようなエネルギーの翼ではなく、悪魔や堕天使のような漆黒の翼が雪広の機体から半分ほど現れたのち、息を吸い込み

 

「WRYYYYYYY!!!!」

 

 再度叫ぶと同時に悪魔の翼が完全に生える。その大きさは福音の持つ翼と同じ大きさを持ち、無数の羽で構成されている。

 福音はその変化に戸惑いはしたものの、すぐに敵と再度認識しエネルギー弾を張ろうとする

 

「RUAAAAAAA!!!!」

 

 その前に雪広が叫んで前に体を突き出すと羽の一部が翼から離れ、宙を舞う。その数15枚。その羽は空中で静止し、先端が福音に向く。それから雪広はおもむろに右手を挙げ、福音が弾幕を張ると同時に振り下ろされる。

 すると羽の先端からレーザーが発射された。福音のエネルギー弾ほど太くはないが、福音のエネルギー弾を貫く。数本が複数のエネルギー弾にあたり相殺されるが、残ったレーザーがすべて福音へ吸い込まれていく

 

「La!?!?」

 

 想定外すぎる攻撃に福音は反応が遅れるものの、持ち前の機動力で致命傷を躱す。再度翼を広げて、雪広に向けてエネルギー弾をばらまく。対して雪広はさらに羽を出し、計20枚からレーザーを放つ。先ほどと比べても一発の威力は変わってない。一部の羽は彼に降りかかる無数のエネルギー弾を打ち抜き、残りの羽で福音に攻撃する。今度は福音が防戦一方だ。ジリジリとSEを削られ、弾幕を張って耐えようとするがそれ以上に雪広の攻撃は苛烈になる。

 そして一本のレーザーが福音の翼を貫く。

 

「L~~!?」

 

 まるで痛みを感じるかのように機械音を出し、動きが止まる。それを見逃さず雪広はすべての羽を福音に向けて発射した。先ほどよりも多くのレーザーが福音に突き刺さってのけぞり、機能が止まりかけるのを福音は耐える。一度撤退し、SEの自然回復を待ってから東京に向かうのが最善と判断して敵である雪広を見る。 

 福音の視界から雪広が消えていた。360度どこを探しても見つからないため、上にいると判断し上に向かってエネルギー弾を当てようと手をかざして上を見る

 

 

 だがいなかった

 

 

「OOOOAAAA!!!!」

 

 雪広は真下から爪を立て、下から上に切り裂く。福音は一瞬の対応に遅れ、もろにその攻撃を受ける。その流れで雪広は捻りながら回転して頭に蹴りを叩き込む。これで福音は機能がほぼ停止し空中に留まるだけで精一杯になるが、雪広は容赦をしない。弱った敵に情けをかけることはなく、さらに羽を出し再度右手を上げ照準を福音に向ける。そして、無慈悲に手を振り下ろす。

 計30本のレーザーが一斉に福音を串刺しにした

 

「・・・!」

 

 声を出すことすらできず福音は自由落下を開始し、海に堕ちていった。大きい水しぶきを見届けた後、再度浮上してくるかを目視で確認する雪広。だが、時間だけが過ぎていく。5分経過。それでも福音は浮上してこない。

 雪広は勝利を確信した

 

「WOOOOOO!!!!」

 

 勝利の咆哮をあげる。一夏に害を成すものを排除できた達成感を噛み締めようと再度咆哮を上げようとした。

 

 

 彼が三つの機体を見るまでは。

 

 

 それらがこちらに近づく。マゼンダ・オレンジ・水と灰色の機体が何か自分に言っているが雪広は別のことを考えていた。それらは一夏のいる旅館の方向から来た。つまり一夏に何かしでかした連中ではないか、一夏に危害を与えた連中ではないか、そんな考えを決めつけてしまう。先ほどの戦闘で疲弊したものの、奮起するために叫ぶ

 

「EEEEYYYY!!!!」

 

 雪広はその機体たちを敵と判断した

 

 

 

 ・・・判断してしまったのだ

 




 
 補足

 雪広と福音の戦闘描写にて全て大文字表記が雪広の発言です

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