思った以上に長引きました
季節の変わり目にはご注意ください
透き通るような青い空、どこまでも続くような青空を見るように寝っ転がっているのに俺は気づいた。
「・・・は?」
俺は確か、兄さんを庇って・・・そうだ、クズに腹をぶっ刺されて・・・
しかし腹をさすって確認しても血はついていない。体中の痛みや出血による倦怠感もなく、起き上がろうとして地面を見る。いや、そこは地面ではなかった。水面のようなもので、触れたところから波紋が広がる。それでいて俺を映していない。どこだここは・・・まさか、死んだのか?
「死んでいないよ」
「わっ!?」
突然後ろからの声に驚き、急いで体を向ける。そこには少女らしき人がそこに立っていた。何故かその少女の周りに靄のようなものがかかっていて顔や年齢までは分からない。でも、俺はこの子を知っていると認識している。どこかで一回あったことがあるような・・・
するとその少女は俺に話しかけてくる
「ねえ?少しお話しない?」
「いや、早く行かないと。福音がまだ倒していないし、鈴と兄さんが戦っているかもしれない。助けないと」
俺はここから立ち去ろうと少女に背を向けて・・・足が止まる。
あたり一面何もない。見えるのは水平線のみ。出口らしきものも何もない
「なあ、出口は?」
「無いわ」
無いだって!?まさか閉じ込められたのか!?
「大丈夫。もう少ししたらここから出られるから、それまでお話しましょう?」
本当ならそんな言葉を鵜呑みにはしない。しないのだが、この少女の言葉は不思議と間違いを言ってはいないと思う。出口もなく今何もすることがないのなら仕方ない。話をして気分を紛らわそう
「いいぜ、何話す?」
少女はうーんと唸る。話す内容を考えていなかったのか、それとも何から話そうか迷っているのか。少女は数秒考えたのち、決めた!と叫んだから後者のようだ
「質問。貴方にとって一番大事な人って誰?」
状況ははっきり言って良くはない。あたしたちが雪広と合流する前に地鳴りのような叫び声が聞こえたときは何があったのか不安になったけど、雪広が福音を倒した勝利の咆哮だったようだ。福音が残り、雪広が落とされるという最悪の展開ではなかった。
問題はそのあとだった。雪広に無事かどうか話しかけたのだが、明らかに暴走しているようでこっちの話を聞いているように見えない。
むしろだんだんと殺気が強くなっていくのがわかる
「ねえ、あたし嫌な予感がするんだけど」
「残念ながら私も」
「奇遇だね、僕もだよ」
あたしたちの姿を見て暴走が止まれば、という淡い希望を踏みにじるかのように雪広は敵意を向けてきて、
「EEEEYYYY!!!!」
先ほどの映像では無かった漆黒の翼を広げ、あたしたちを敵として見るかのように咆哮する雪広。やっぱりこうなるのか
「・・・どう見ても威嚇よね」
「これは力尽くで抑えるしかないね」
「もー、私たちのことがわからないなんて!」
「ホントだよね。お仕置きしなきゃね」
「いいね!正気に戻ったら何してもらおうかな~」
「お仕置きって、全く」
警戒をしながら軽口を交わす二人に突っ込んではいるが、内心は少し焦っている。シャルロットも簪も一筋の汗が伝っているのを見ると二人もそうなのだろう。
今の雪広はあたしと一夏と三人で抑えていた福音を一人で倒しきっている。つまり、今の力は彼の方が圧倒的に強いし、あの翼は見たことがない。どれほどの火力か、どんな戦闘をしてくるのかが全く分からない。そのうえこちらの目的はあくまで雪広の鎮静化だ。間違っても殺しちゃいけないのに対し、向こうは明らかに殺しにかかるだろう。
「やり辛いわね・・・」
思わず本音が漏れてしまう
「そうだよね。どう来るか全くわからないし」
「いきなり突撃してきたりして」
「やめてよ、シャルロ・・・」
やめてよ、シャルロット。あたしがそう言い切ることはなかった。
突然、本当に突然雪広が瞬間加速をかましてあたしに横なぎの一閃を放ってきた。
「きゃっ!」
警戒していたとはいえ、話の最中に攻撃されると反応が遅れる。なんとかしゃがむようにしてその初撃を躱した。でもこの躱し方は良くない。相手からの追撃に対応することができない。事実、雪広は上段に剣を構えているのが見える
「せらあっ!!」
それが振り下ろされる前にシャルロットがパイルバンカーで雪広を貫こうとする。簪は回避地点を予測しマシンガンを構えるも、それらを察知したのか雪広はバックステップを大きくとって距離を開ける
「助かったわ」
「いきなり攻撃してくるなんて、って思ったけど雪広はそういうのを平然とするタイプだった」
「雪広ってトリックプレーやだまし討ちが得意だよね~・・・本当に厄介」
簪の言う通り、雪広は暗殺者って思うくらいそれが上手。そういうことをする相手とは中国で戦ってきたことはあるが、どれも精度は低く破れかぶれのようなものだった。
改めて思う。雪広は敵に回すと厄介であると
「どうやら、あの翼を使うみたいだよ」
「RUAAAAAA!!!!」
再度雪広が叫ぶと、翼から羽が十数枚ほど離れて雪広を囲むようにして静止する。あの羽はなんなのか、双天牙月を構えてさっきのような特攻に警戒をする。
と同時に束さんから通信が来た
「みんな!ゆーくんのあの羽はビット兵器と思った方がいい!ビットをゆーくんはすべて動かすし、あれからのレーザーは強力だから直撃だけは絶対避けて!」
なるほど、あれは一つ一つがビットなのね。それなら先ほど戦った福音と似たようにすればなんとかなるはず。先ほどと同じようにうまくいくかは分からないが、何も作戦が思いつかないよりかはましだ
「みんな、最初の福音を倒すときの作戦で行くわよ!文句ない!?」
「それが最善だね、了解!」
「それに向こうは待ってくれないみたいだしね」
この作戦を伝えて許可を取るのと同時にビットからレーザーが発射された。福音と比べても弾幕の量は多いけどこの作戦でまずは様子見ね。
さあ、勝負よ!雪広!
「大事な人?」
突拍子もない質問につい聞き直してしまう
「そう。一番大事な人。あなたにとって大事な人を一人上げるとしたら誰?」
大事な人はいる。俺を救ってくれた兄さんと幸雄父さん、小学校の時に味方してくれた弾と数馬、中学のクラスメートに今のクラスメート、簪に楯無さん。
そして、愛している鈴。
でも一人を選ぶとなると・・・どうしても二人の顔が頭をよぎる
「二人じゃ駄目か?」
「うーん・・・その二人ってどんな人?」
「一人は俺の兄さんの遠藤雪広。血はつながっていないけど兄弟で、俺を助けてくれた恩人。そして俺のことを一番気にかけてくれる優しい兄さん。変な思考回路をしていたり、無駄な才能が有ったりで面白い人でもあるな。ちょっと他の人に対して厳しいとこがあるけど」
うんうんと相槌を打つ少女にもう一人を紹介する
「もう一人は凰鈴音。小学校の幼馴染で・・・俺の初恋の相手。小学校の時虐められていたんだけど、それを助けようとしてくれた女の子でさ。久しぶりに会ったときは本当にうれしかったよ。あの時と全く・・・いや、ほとんど変わっていなかった」
「?何か変わったところがあったの?」
「自信がついていたんだ。それに昔以上に凛々しくて、可憐で、それでいて可愛かった」
本当ならもっと語ることができるが、要所だけを抑えて話す。すると少女は顎に手を当てるようなしぐさをする
「ならどうして貴方は彼女の告白に答えなかったの?」
「なあっ!?」
ど、どうしてそれを知っているんだ!?何も言ってないのに!
「ずっと見てきたからね。当然だわ」
「『ずっと見てきた』ってどういうことだ!?」
てか今、心を読まなかったか!?コイツ一体何者だ!?
「まだわからない?私のマスター?」
「マスター?・・・ってことは、『月詠』か!?」
「やっとわかった?そう、私は『月詠』のコア人格だよ」
こ、コア人格なのか?言われてみれば初めて形態変化をしたときに見たような・・・
だが何故姿がはっきりと見えない?
「それは一回置いといて、どうして彼女の告白を受けなかったの?」
「そ、それは、俺が鈴の隣にいていいのか・・・鈴を幸せにできるかが不安で・・・」
「それは違うわ。本当に好きならその人を幸せにするように『頑張る』のよ。あなたは彼女の好意から逃げているわ」
それと、と月詠は俺の目を見てはっきりと言う
「お兄さんのことが心配なのも原因でしょう?」
「!!」
「お兄さんは恋愛ができないから結婚なんてできるわけない。あなたが彼女と付き合ってしまったらお兄さんが一人ぼっちになってしまうって思っているでしょ?」
図星だった。心を読まれているから当然と言えば当然なのだが、いざ言葉で言われると痛感する。
もし俺が鈴と付き合ったら家族の時間が減ってしまう。そしてもし鈴と結婚することになると、兄さんは本当に一人になってしまう。兄弟のつながりが強いのに、俺がその繋がりを一方的に引き裂くようで・・・
それだけじゃない
「それもある。でもそれ以上に俺だけが幸せになっていいのかって思うんだ。兄さんはその幸せを得ることができないのに俺が、俺だけが貰えるのは・・・どうなのかなって」
兄さんが絶対に得ることのできない
「私の考えなんだけど、兄弟っていつまでも一緒に居るものなの?」
「え?」
「兄弟は『生涯ずっと一緒に居る』ものなの?」
「そ、それは・・・」
「いつかはそれぞれの人生を歩むのでしょう?それなのにあなたはいつまでもお兄さんとともにいようとする気なの?」
「・・・」
「それにお兄さんって弟の幸せに嫉妬するような人なの?そうならそんな関係を断つべきだし、そうじゃないのならお兄さんに失礼よ。なによりあなたを好きでいてくれる彼女にも失礼じゃない?」
「!」
そうか、おれは兄さんの本当の気持ちを聞かずに一人で勝手に悩んで逃げていた。そして鈴の思いも踏みにじっていたんだ。
「最低だな、俺」
「でもそれに早く気づけて良かったんじゃない?」
「ああ、そうだな。ありがとう、月詠」
「マスターのためになったのなら幸いだわ」
するとこの世界が明るくなりだす。そろそろ現実に戻されるのだとなんとなくわかった
「マスター!」
最後に月詠は俺に向かって叫ぶ
「マスターのお兄さんはあなたが落とされたことで暴走しているわ!だからマスターが止めに行ってあげて!!」
「ああ、わかった!」
それと!と世界が光る中、月詠は一呼吸して
「マス・・・はまだ・・・を十全に・・・えて・・・いわ!!」
「何だって?」
ノイズが走って最後の言葉がうまく聞き取れない。聞き返そうとしたがその前に目の前の光が強くなって、俺の意識は落ちていった
あの作戦で上手くいけばと思った自分が恨めしい。あまりにも楽観視していたようだ
「ビット増えすぎでしょ?どういうこと?40って」
「しかもそれで本人もしっかり動けるなんて・・・あたしも想定外よ」
「完全に
福音の時は30までしか出していなかったのに、そこから10増えた。すべての羽がまるで意識を持っているかのようにレーザーを撃ちまくる上、雪広自身も近接から銃撃までどれも致命傷となるほどの攻撃を行ってくる。こちらから攻めることすら許されていない状態だ
「WWWWIIII!!!」
「散開!!」
雨では生ぬるいようなほどの夥しい量のレーザー40本があたしたちに降りかかる。それを分散させるために三手に分かれて回避をする
だが
「嘘だろオイ!」
「マジ!?」
「簪!シャルロット!」
「WWWEEEEE!!」
回避先を予測したかのように各6つの羽が二人を取り囲むように構えていた。さらに羽を増やすことができるの!?その羽を打ち払おうにも雪広が邪魔をして援護ができない!
二人はなすすべなく、複数のレーザーに貫かれ爆発が起こる
「二人ともおおお!!!」
「WRAAAAA!!!」
「あぐうっ!!」
二人に気を引かれた隙に雪広からの回し蹴りがこめかみに直撃する。吹っ飛ばされ、体勢を立て直すも頭部のダメージを完全に殺し切れず、焦点が定まらない。だがISからの警告音が鳴り響く。ぼやける目で見えたのは無数の羽があたしに向けてエネルギーを蓄えている光景だった。その光はまるで蛍のような光で、あたしを包み込むかのよう
ああ、あたし、死んだな・・・
そう思い、ゆっくりと目を閉じてしまう。もっと一夏とデートしたかったな・・・
「
「
「WEA!?」
「ハッ!?」
だが、雪広の驚きの声に我に返る。ぼやけた視界には黒い影が光るエネルギーの剣を持って雪広と鍔迫り合いをしている光景だった。それが原因かレーザーの発射が遅れる。あたしはギリギリでその弾幕から逃れることができた。
声がした後ろを向くと黒が強めのオレンジの機体と銀に光る機体がこちらに向かってくる
「あっぶね、間に合った」
「鈴、怪我無い?」
「シャルロットと簪ね!あんたたちの方こそ無事なの!?」
「まーね。直撃する直前で『形態変化』をしたから」
「変身中なら無敵だからね。何とかなったよ。危なかったけど」
「なら良かったわ。あたしだけじゃどうしようもない状態だし」
視力は元に戻ったが、先ほどの攻撃で脳が揺らされたからかコンディションが悪い。これだとレーザーを避けるのに精いっぱいで攻めることはできそうにない
「OK、じゃあ攻撃は俺たちに任せな」
「簪ちゃんたちの単一能力は雪広に効くようだし」
「わかったわ、あたしは出来るだけビットの注意を引き付けるわ」
「助かる。俺の今使ってる単一能力は少し集中しないといけない状態だから」
「私も動きが鈍っちゃうから、フォローお願いしていい?」
「ええ、善処するわ」
さすがに任せろとは言えない。あの量の弾幕を一人で避けるのは至難の業だ。でも、それでもシャルロットと簪が倒れたらどうしようもなくなってしまう。ならあたしはこの二人を守りぬくのがこの作戦の役目だ。
・・・たとえあたしが犠牲になろうとも
一夏君は恋や愛がないと結婚は無理と考えています。政略結婚などは恋や愛がなくても強制的に結婚しますが、一夏君はそんなの結婚ではないと思う派なので
愛がなくても結婚はできる などの感想はお控えください
あと個人的ですがこの作品、1周年みたいです。途中更新が長く止まりましたが完結まで頑張るつもりです