Inferior Stratos   作:rain time

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第33話 あっけない幕切れ

 

 

 ・・・見たことのないような天井だ。確か俺は・・・

 ああそうだ。織斑に刺されて、俺のISであろう月詠と話をしていたのか。意識がはっきりとしてくる。頭を動かして今の状況を確認。腹あたりには包帯が厚く巻かれており、腕には点滴が打たれている。右手の近くにナースコールらしき呼び出しのやつがある。これを押せばよさそうだ。

 ぐっとそれに力を籠める、1秒・・・2秒・・・と数えていると遠くからドドドドと足音が近づいてくる。勢いよく扉が開かれると、束さんがなだれ込んでくる

 

「いっくん!!良かった!目覚めたんだね!!」

「はい、迷惑をおかけしました」

「いいのいいの!いっくんが悪いわけじゃないし。今すぐ診察するから・・・ってええ!?」

 

 すぐに束さんが今の俺の状態を確認すると驚いたリアクションをする。先ほどまであった腹の怪我が完治していたのだから。これには俺も驚いたよ。

 でもこれなら兄さんを止められる。束さんに点滴の針や体についている機械を取り外してもらってから起き上がり、両手を開いて閉じるのを繰り返す。うん、これまでの人生の中で最高に体調がいい

 

「束さん、今の状況はどうなっていますか?」

「え!?えーっと・・・今はその・・・」

「兄さんが暴走しているのは分かってます」

「ど、どうしてそれを!?」

 

 ここまで驚く束さんは珍しいと思いつつ、先ほどまで見ていた夢を伝える。といっても鈴への気持ちの部分はさすがに恥ずかしいのでそこは伏せたけど

 

「で、でもさっきまで怪我していたから・・・束さんは行ってほしくないな」

「兄さんが暴走したのは俺が落ちたのが原因です。なら俺が無事だと伝えられたら兄さんの暴走も止まるのではないかって」

「でも確証がないよ?」

 

 確かに兄さんの暴走が止まるとは言い切れない。先ほど見たのは俺が見た夢物語だったのかもしれない。それでも

 

「わずかな可能性でも俺は止めに行きたい。それに俺が助けに入れば物理的に止められる可能性も増えるでしょう?」

 

 これ以上兄さんが暴走するのは嫌だし、俺が原因のようなものだから、これは贖罪だ。自分でまいてしまった種はしっかり刈り取らないと。

 はあー、とため息をついてポリポリと頭を掻きながら束さんは口を開く

 

「仕方ないなー、分かった。会議室で今の状況を伝えるから」

 

 ただし!と俺にビシッと指を差して

 

「無茶はしないこと!また大けがはしないこと!約束してね!」

「けがはするかもしれませんが、無茶だけはしません。絶対です」

「ん~・・・まあ良いかな」

 

 じゃあついてきて、と束さんの後を追っていく。会議室に入ると山田先生が幽霊でも見たかのように驚きながらも事情を束さんに伝えてもらい、現状を教えてもらう

 

「鈴たちを敵と認識しているんだな・・・」

「それに押され始めている。撤退させないといけないけど、ゆーくんがどう動くかわからないし」

 

 なら一刻も早くそこに行った方がいい。そう結論付けた俺は二人に出撃許可を貰う

 

「本音をいうと、安静にして欲しいのですが・・・わかりました、許可します」

「いい!もう一度言うけど絶対無茶しちゃダメだからね!!」

「わかりました!」

 

 そのまま俺は会議室を出て出撃地点に向かう。早く鈴たちのとこに行かないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

「AAAARRRR!!!!」

「しぶといなあ!!」

「鈴、大丈夫!?」

「あ、あたしは大丈夫よ!それより雪広に注意して!!」

 

 二人の単一能力で雪広のSEを徐々に削ぐことはできているが、羽の数は一向に減ることがない。むしろ、簪とシャルロットは単一能力による集中で直撃こそしないが被弾が増えている。あたし自身も先ほどの倍近くを引き付けているものの、これ以上だと躱し切れずにSEが尽きてしまう。被弾覚悟で羽を叩き落とすこともやってみたのだが、落ちた羽の枚数分だけ新たに雪広が再生してくるから無意味と判断し回避行動を続けている。あたしのSEも余裕がなくなってきた。

 だが、それ以上に簪とシャルロットのSEが危うい。もともとSEを消費する単一能力であり、特にシャルロットは形態変化の時にSEを削っている。戦闘が長引けば長引くほどこちらが不利になっていく。

 雪広の猛攻を躱しながらどうするか作戦を練る

 

「どうする?一回撤退する?簪ちゃん、ちょーっとSEがまずいのだけど」

「でも俺たちが撤退したら雪広がどうなるか分かんねえし」

 

 どちらの言い分もわかる。撤退のタイミングを間違えると全滅の恐れもあるし、撤退後再び来ても雪広は別の場所で暴れて被害が出るかもしれない。なら・・・

 

「あと一撃、雪広に大きいのをぶちかましてあげて。それで撤退よ」

「分かった」

「了解だよ」

「それと、一撃与えたらすぐ撤退して。殿はあたしが務める。あたしがすべてのアレ(ビット)を受けきるから」

「「はあ!?」」

 

 さすがに驚くか。無理もないよね

 

「無謀だよ!それは!鈴が死んじゃう!」

「一夏が悲しむぞ!!」

「分かってる!でもこれが最善よ!雪広にダメージを与えればビットの動きも鈍くなるわ」

 

 実際、簪とシャルロットの単一能力で雪広にダメージを与えるほどビットの動きも遅くなっている。大ダメージを与えればすべてのビットを捌けることだって不可能じゃない・・・いや捌き切る

 それしか・・・今のあたしが役立つところがないから・・・

 

「あんたたちを信用しているから、あたしを信じて・・・頼んだわ」

「・・・ここで言い争っても仕方ないしな。わかった、影も限界だし、大きいのをぶっこんでやる」

「そこまで言われたらここで決めなきゃね」

「よし、やるわ!!」

 

 あたしは龍砲とマシンガンで簪とシャルロットの周りの羽を打ち落とす。フリーとなった二人は両手を突き出して極限まで集中し、シャルロットの影が最速で雪広に肉薄する。その影が持つ簪のエネルギーの剣も体と同じくらいまでに大きくなって雪広に上段から振り下ろされる。最速で最大の一撃。雪広も回避が間に合わないと判断したのか、爪を上でクロスしつつエネルギーの羽で体を包むかのようにして守りの姿勢をとる

 刹那、エネルギー同士のぶつかり合いで雪広のビットもろとも吹き飛ばされそうになる

 

「UUUUUU・・・!」

「押し込めええっ・・・!」

「これならああ・・・!」

 

 簪が右手をさらに出すとエネルギーの剣から数本の針が浮き出てきた。そして右手を握るとその針たちが一斉に雪広に突き刺しに行く。これで相手の集中が切れたところで押し込む算段だった

 

「UUUUOOOO!!!」

 

 それを察知したのか、寸前で雪広は新たな羽を出してピンポイントで針との間に入って事なきを得てしまう

 

「押されてるっ・・・!」

「もう・・・ダメえっ・・・」

 

 ここまでしてもダメなのか。アイツは本当にISを一年も乗ってないのにと思うと嫉妬どころかむしろ感心する。

 

 でもね、アンタは大きなミスを犯しているわ。

だってさっきのエネルギー衝突の余波でここに一切のビットがないのよ。今のあたしは完全にフリーなのよ。あたしが何もしないわけないじゃない

 

「GA・・?!」

 

 気配と敵意を消して雪広の背後に回り込み、限界まで圧縮した龍砲をガラ空きの背中に叩き込む。完全に想定外だったらしく、直撃して体勢が崩れる

 

「「「いけええええ!!!」」」

 

 エネルギー体の力が強まり、剣の強度も強くなったようで徐々に雪広が押されていく。

 

 ピシリッ、ピシリッ

 

とエネルギーの翼に亀裂が入り、まばゆい光が垣間見えた刹那、大爆発が起こる

 

「くうっ・・・」

 

 先ほどとは比にならないような暴風に耐え、雪広の状態を見守る。この攻撃ならもしかしたらSEが尽きているかもしれない。そうだとしたら、落下してISごと沈んでしまうかもしれないので撤退はできそうにない

 簪とシャルロットがこちらに来る

 

「・・・どうかな?倒せたんじゃない?」

「分からないけどもうこっちのSEが尽きかけだし、これ以上は無理だ」

「そうね、でもこれなら流石の雪広も倒れるでしょ」

「「鈴、それフラグ」」

 

 言われてから確かにそうだと思った。爆発の黒煙で雪広の姿が確認できないが、警戒を引き上げようとして

 

 

 二つの金の球が揺らめく

 

 

「DDDYYY!!!!!」

 

 黒煙を吹き飛ばして雪広が出てきた。とはいえ先ほどの攻撃は効いたらしく、頭から血が流れており、翼も半壊して左側しか生えていない。でもまだ動けるようだ

 

「嘘・・・でしょ・・・」

「化物・・・かよ・・・」

「マジ・・・?」

「RUUUUU!!!!」

 

 呆然とするあたしたちを嘲笑うかのように再度羽を出そうとする。心が折れそうになるのを何とかこらえ、相手の出方を伺いつつ、撤退のタイミングを探る。が、

 

「UU・・・」

 

 雪広もどうやらSEが切れかかっているのか、出した羽は力なく海に落ちていく。絶望していたが、これなら撤退できると希望が見えて・・・

 撤退を決断しようとしたとき新たなIS反応が超高速で後ろから来る

 

「こんな時に・・・っ!?」

 

 厄介だと思いつつ乱入してくる機体を確認して思わず思考が止まってしまった

 

 落とされたはずの彼が・・・ヒーローのように来てくれたから・・・

 

 

 

 

 

 

 鈴たちの交戦地帯に全速力で向かうと、満身創痍の四人がいた。間に合ってよかったと安堵すると同時にここまで兄さんが暴走したのが俺のせいと思うと心が痛む。簪とシャルロットは驚いたような顔をして、鈴は今にも泣きだしそうになっている

 

「一夏・・・!」

「鈴、言いたいことはあるかもだけど今は兄さんを止めるのが先だ」

 

 兄さんを止める手立てはなんとなくわかる。鈴を制止し、俺は武器を何も出さず兄さんに近づく。俺はもう大丈夫だと伝えるために、それだけを伝えるのに武器は必要ない

 

「ちょっと、一夏!危ないよ!」

「せめてシールドだけでも展開したほうがいいって!!」

「大丈夫、任せてくれ」

 

 簪たちの不安をよそに、兄さんにゆっくりと近づいていく。兄さんはまだ俺に気づいてないようで殺気を放つが、一歩踏み出せば切られる距離までお構いなしに近づいていく。すると兄さんは爪を展開し、俺を仕留める構えをして威嚇する

 

「GAAAAA!!!」

「兄さん」

「A・・・!?」

 

 はっきりと一言。ただそれだけ。それだけだが兄さんはぴたっと止まる。まるで呆けているよう。兄さんに語るだけで上手くいくなんて馬鹿馬鹿しいかもしれないが、俺ならこのやり方で上手くいくと直感で思ったのだ

 事実兄さんからの殺気が無くなり、警戒が無くなっている

 

「俺だよ、兄さん」

「I・・・CHI・・・KA・・・?」

「ああ、一夏だ。兄さんの弟の遠藤一夏だ」

 

 獣が言葉を始めて話すかのように兄さんが言葉を紡いでいく。やっと俺のことがわかるようになったようだ。そんな兄さんにさらに近づいて手を握る。展開していた爪が粒子となって消え、兄さんも俺の手を握り返す。もう一押しだ

 

「思い出したか?俺は無事だよ。安心して」

「ICHIKA・・・ICHIカ!・・・イチカアッ!!」

「おっと!」

 

 完全に俺を認識したようで兄さんの目が金色から元に戻り、兄さんは俺に抱き着く。突然で後ろによろけそうになったが立て直す。

 

「スマナカッタ・・・オレガ・・・オレノセイデ・・・オマエガ・・・!!」

「兄さんは悪くないよ。もう大丈夫だから」

「ゴメンヨ・・・ごめんよおっ・・・!」

 

 泣きじゃくる兄さんの背を優しく擦る。昔兄さんに慰めてくれた時と同じように今度は俺が兄さんを慰める。なんか昔に戻ったような気がして懐かしさを感じつつ兄さんが落ち着くまで兄さんの好きにさせよう。もう暴走の心配は無さそうだ。

 顔だけ後ろを向くと鈴たちが呆然としている。こんな形で兄さんの暴走が収まるとは思ってもみなかったのだろう。フリーの左手でピースサインを見せると皆は安堵の表情になり、武器をおろす。

 こんな感じで兄さんの暴走を止める作戦はあっけなく幕を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、一夏。もう大丈夫だ」

 

 しばらくした後、兄さんはそう言って俺から離れる。ボロボロではあるが、いつもの機体に戻っているからもう心配ない。そして兄さんは鈴たちに申し訳なさそうにしながら頭を下げる

 

「すまなかった、みんな。許されないことをしでかしたけど・・・どうか許してほしい」

 

 暴走していたし、その原因も兄さんのせいではないとはいえ、罪悪感が半端ではないのだろう

 するとシャルロットが笑って・・・いや、ニヤついて雪広の前に立つ

 

「許すけど~、タダじゃちょっとねえ~?何かしらの対価が欲しいな~」

「・・・あの時のお返しってわけか」

 

 あの時・・・シャルロットが女だとバレた時のことを言っているのだろう。おどけたようにシャルロットはふるまう

 

「別に~?僕はそんなつもりは決して、け~っしてないけど?」

「・・・できる範囲内なら了承する。簪も鈴も」

 

 言質取った♪と眼を輝かせるシャルロット。それに続いて簪と鈴もニヤついて兄さんに何を頼むか考える

 

「じゃあ僕は、デート一回分で埋め合わせかな」

「私は~映画館デートしたいな~」

「あたしはアンタとのデートは別にだし・・・帰ったら学食のパフェ奢りなさい。一番高いの」

「・・・いいのか?それで許してくれるのか」

 

 兄さんは不安な表情を浮かべたまま言葉を吐き出す。兄さんにとって許されざることをしたと思っているようで、その埋め合わせ程度で許されるのかと思っているのだろう。けど、今回ばかりは兄さんの意思でそうしたかったわけじゃなく仕方がないと俺は思う

 

「何言ってるの。アンタの暴走は仕方がなかったじゃない。それにあたしはそもそも怒ってないわ」

「私も気にしてないよ。雪広が悪くないのは分かっているから」

「そうそう。事故のようなもんだろ?でも約束は守ってもらうけどね」

 

 鈴たちも俺と同じように思っているようでそれほど気にしていないよう。それを感じた兄さんから不安な表情が消え、安堵の笑みがこぼれる

 

「そっか・・・ありがとう、みんな」

 

 再度頭を下げるが、その言葉に不安がない。心からの感謝を伝える。

 

 そして山田先生に敵反応がないことと、兄さんの暴走が止まったこと、福音のコアを回収したことを伝える。そののちに『帰投してください』と通信を受ける

 

「じゃあ、帰ろっか」

 

 俺の言葉に皆が返事をし、旅館に向かう

 

 

 作戦、完遂だ

 

 




 福音戦、暴走戦はこれにて終了!
 でも臨海学校はあと1,2話くらい続きます
 あと、資格試験のため更新遅れます

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